GaN-on-Siでのバッファ層の役割 バッファ層が熱応力や格子不整合の緩和ができる理由は何か?

この記事で分かること

  • バッファ層とは:基板と機能層の間にある中間層です。結晶構造や熱膨張係数の大きな差を緩和し、機能層の結晶欠陥の発生を防ぎ、デバイスの高性能化と信頼性を確保する役割を持っています。
  • 格子不整合の緩和ができる理由:、異なる材料間で結晶のひずみを段階的に吸収・分散させるためです。組成を傾斜させることで、欠陥(転位)を横方向に湾曲・消滅させ、機能層の結晶品質を高めます。
  • 熱応力の緩和ができる理由:熱膨張係数の異なる層間の応力を段階的に分散・吸収し、組成や厚みを制御することで、冷却時に発生する引張応力を相殺させ、ウェーハのクラックや反りを抑制するからです。

バッファ層の役割

 X-FABは、GaN-on-Si技術を同社のファウンドリサービスに追加しました。これは、特にワイドバンドギャップ(WBG)半導体ソリューションにおける提供範囲を拡大するものです。

 https://eetimes.itmedia.co.jp/ee/articles/2511/07/news079.html

 この動きは、X-FABがピュアプレイ・ファウンドリとして、SiC (炭化ケイ素) に続くGaNという主要なワイドバンドギャップ材料にも対応することで、多様な顧客ニーズに応え、パワー半導体市場での存在感を高める戦略的な一歩と言えます。

 前回は、GaN-on-Si技術に関する記事でしたが、今回は特に重要な技術であるバッファ層に関する記事となります。

バッファ層とは何か

 バッファ層(Buffer Layer)は、半導体デバイスの積層構造において、非常に重要な役割を果たす中間層(緩衝層)です。


バッファ層の定義と役割

 バッファ層は、主に以下の目的で、基板(ウェーハ)とその上に成長させる機能層(デバイスの主役となる半導体層)の間に設けられます。

1. 結晶の格子不整合の緩和(最も重要な役割)

 異なる材料の結晶同士を接合させる際、原子の並びの間隔(格子定数)が異なると、直接接合した層には大きなひずみや多くの結晶欠陥(転位)が発生し、デバイスの性能や寿命を著しく低下させます。

  • 役割: バッファ層は、格子定数の異なる基板と機能層の間で、ひずみを段階的に吸収・緩和し、機能層の結晶性を高める役割を果たします。これにより、欠陥の少ない高品質な薄膜を成長させることが可能になります。

2. 熱応力の緩和

 結晶成長は高温で行われるため、冷却時に基板と機能層の熱膨張係数の違いから生じる大きな熱応力を緩和し、クラック(ひび割れ)の発生を防ぐ役割もあります。

3. 相互拡散の防止と電気的絶縁

  • 相互拡散防止: 高温での成長中に、基板の原子が機能層へ、またはその逆に拡散するのを防ぎ、デバイスの性能劣化を防ぎます。
  • 電気的絶縁: GaN-on-Siの場合、バッファ層は絶縁層として機能し、導電性のあるSi基板からGaNの機能層を電気的に分離することで、リーク電流を防ぐ役割も担います。

GaN-on-Siにおけるバッファ層

 GaN-on-Si技術では、安価なSi基板(シリコン)と高機能なGaN(窒化ガリウム)の間には大きな格子不整合熱膨張係数の差があるため、バッファ層は必須です。

  • 使用される材料の例: AlN(窒化アルミニウム)や、組成を段階的に変化させたAlGaN(窒化アルミニウムガリウム)などが多層にわたって用いられ、SiからGaNへ徐々に結晶構造を適合させていきます。

 バッファ層の最適化は、GaN-on-Siデバイスの高性能化、高信頼性、高耐圧化を実現するための最重要技術の一つとなっています。

バッファ層は、基板と機能層の間にある中間層です。結晶構造や熱膨張係数の大きな差を緩和し、機能層の結晶欠陥の発生を防ぎ、デバイスの高性能化と信頼性を確保するために重要な役割を果たします。

バッファ層で格子不整合の緩和ができる理由は何か

 バッファ層が格子不整合を緩和できる理由は、主に結晶構造のひずみを段階的に吸収・分散させることと、結晶欠陥の伝播を阻止・湾曲させることにあります。


格子不整合緩和のメカニズム

 窒化ガリウム(GaN)とシリコン(Si)のように、格子定数(原子の並びの間隔)が大きく異なる材料を直接接合させると、界面に大きなひずみが集中し、その上層に多くの欠陥が発生します。

 バッファ層は、このひずみを複数の層で分散させ、段階的に吸収することで緩和を実現します。

1. 段階的な組成(格子定数)の傾斜

 特にGaN-on-Siのような大きな不整合がある系では、バッファ層は単一の層ではなく、通常は複数の層から構成されます。

  • 組成の段階的変化: 例えば、Si基板の上にまずAlN(窒化アルミニウム)の薄い層を成長させます。AlNはSiと比較的相性が良いものの、それでも格子定数には差があります。
  • その後、AlGaN(窒化アルミニウムガリウム)層を成長させる際に、アルミニウム(Al)の含有量を層を重ねるごとに徐々に減らしていく(つまり、ガリウム(Ga)の比率を徐々に増やす)ことで、結晶の格子定数をSi側からGaN側へと段階的に近づけていきます。
  • この「格子定数の傾斜」により、ひずみが各バッファ層に分散され、一箇所に集中してクラックや致命的な欠陥を引き起こすのを防ぎます。

2. 転位(欠陥)の阻止と湾曲

 バッファ層の結晶界面で発生した欠陥(転位)が、GaNの機能層まで垂直に伝わってしまうと、デバイスの性能を大きく損ないます。

  • 欠陥の湾曲(ベンド): バッファ層の最適な成長条件や構造により、界面で発生した垂直な転位が、層の成長とともに横方向へ湾曲するように誘導されます。
  • 欠陥の消滅(アニール): 湾曲した転位同士が途中で衝突し、互いに打ち消しあって消滅することがあります。
  • 結果: 機能層に達する転位の密度を大幅に低減させることができ、GaN層の結晶品質を向上させることができます。

3. 熱応力の分散

 バッファ層はまた、成長時の高温から室温への冷却過程で生じる熱膨張係数の差による応力を、各層で分散・吸収する役割も担い、ウェーハ全体の反り(Bow)やクラックの発生を抑制します。

 これらのメカニズムにより、バッファ層は低コストなSi基板上に高品質なGaN層を成長させるという、極めて困難な課題を可能にしています。

バッファ層は、異なる材料間で結晶のひずみを段階的に吸収・分散させるためです。組成を傾斜させることで、欠陥(転位)を横方向に湾曲・消滅させ、機能層の結晶品質を高めます。

バッファ層で熱応力の緩和ができる理由は何か

 バッファ層が熱応力を緩和できる理由は、主に熱膨張係数の異なる材料間での応力を段階的に分散・吸収するため、および結晶の成長プロセスを最適化して応力の発生を制御するためです。


熱応力緩和のメカニズム

 GaN(窒化ガリウム)とSi(シリコン)のように、熱膨張係数(温度変化による物質の伸び縮みの度合い)が大きく異なる材料を高温で成長させ、室温まで冷却する際には、以下のようなメカニズムで熱応力が働きます。

  1. 熱応力の発生: GaNとSiの熱膨張係数は大きく異なります(GaNの方がSiより小さい)。約 1000℃ の成長温度から冷却される際、Si基板の方がGaN層よりも大きく縮もうとします。これにより、GaN層には強い引張応力がかかり、ウェーハの反り(Bow)クラック(ひび割れ)の原因となります。
  2. バッファ層による分散・吸収:
    • 段階的な組成変化: 格子不整合の緩和と同様に、バッファ層(AlNやAlGaNなど)を複数層で構成し、その組成を段階的に変化させることで、熱膨張係数の差も少しずつ吸収させます。これにより、応力が一箇所に集中するのを防ぎます。
    • 応力の相殺: 特定のバッファ層にあえて圧縮応力や引張応力を導入することで、冷却時にGaN層にかかる引張応力を部分的に相殺し、全体の応力を低減するように設計されます。
  3. 厚みの制御: バッファ層の膜厚を精密に制御することで、ウェーハ全体の反りの形状や大きさを最適化し、製造プロセスや後のデバイス作製工程(リソグラフィなど)に適した状態に保ちます。

 このように、バッファ層は単なるつなぎ役ではなく、熱的なひずみを分散・制御するための応力マネジメント層としての役割を担っています。

バッファ層は、熱膨張係数の異なる層間の応力を段階的に分散・吸収し、組成や厚みを制御することで、冷却時に発生する引張応力を相殺させ、ウェーハのクラックや反りを抑制するからです。

窒化アルミニウムや窒化アルミニウムガリウが適している理由は何か

 窒化アルミニウム(AlN)や窒化アルミニウムガリウム(AlGaN)がGaN-on-Siのバッファ層に利用されるのは、主にGaNとの高い親和性と、シリコン(Si)基板との間の課題を効果的に解決できるという両面的な理由からです。


AlN/AlGaNが適している理由

1. GaNとの高い結晶学的親和性

  • 同一の結晶構造: GaN、AlN、AlGaNはすべてウルツ鉱型構造という同じ結晶構造を持ち、非常に相性が良いです。
  • 組成調整による格子定数の傾斜: AlGaNは、Al(アルミニウム)とGa(ガリウム)の比率(組成)を調整することで、格子定数(原子の並びの間隔)をAlN側からGaN側へと連続的かつ段階的に変化させることができます。この性質により、Si基板との大きな格子不整合のひずみを、複数の層で徐々に吸収・緩和することが可能です。

2. Si基板との熱的・化学的課題の解決

  • Siとの化学反応抑制 (AlNの役割): GaNをSi基板上に直接成長させようとすると、高温のプロセス中にSiが融解したり、SiとGaが化学反応を起こしたりする可能性があります。AlNを初層(核生成層)としてSi基板表面を完全に覆うことで、この望ましくない反応が抑制され、GaN成長表面の平坦性が向上します。
  • 熱膨張係数の適合: AlNやAlGaNは、GaNやSiとの間で熱膨張係数を橋渡しする役割も果たします。特にAlGaNの組成を調整することで、GaNとSiの大きな熱膨張係数の差から生じる熱応力を分散させ、ウェーハのクラック(ひび割れ)や反りを防ぎます。

3. 電気的特性の寄与

  • 絶縁破壊電界: AlNは、GaNよりもさらに大きな絶縁破壊電界を持ちます。バッファ層として、高い絶縁性を提供し、導電性のあるSi基板からデバイスの活性層を電気的に分離し、リーク電流を抑制するのに役立ちます。

 AlNやAlGaNは、Siに対する保護層として機能しつつ、GaNの高品質な結晶成長を可能にするという、GaN-on-Si技術の成功に不可欠な条件を満たしているため、バッファ層として利用されています。

AlNとAlGaNは、GaNと同じ結晶構造を持ち、組成調整で格子定数を段階的に変化させられます。また、AlNはSiとの化学反応を防ぎ、高い絶縁性を持つため、Si基板上のGaN成長に最適です。

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