この記事で分かること
- 熱ダイオードとは:熱の流れを一方通行に制御する素子(熱整流器)です。熱伝導率の温度依存性が異なる材料の接合を利用し、特定の方向には熱を良く通し、逆方向には熱を遮断します。
- 超伝導体を使用する意味:転移温度で熱伝導率が劇的に変化するため、極めて大きな非対称性を生み出します。これにより、極低温(1K程度)で動作し、外部磁場による精密な制御が可能となり、従来の技術より格段に優れた熱整流を可能にします。
超伝導体を利用した熱ダイオード
東京都立大学と東京大学の研究チームは、超伝導体を利用した熱ダイオードを開発したことを発表しました。
この研究は、熱の流れを一方通行にする熱整流を、超伝導体の特性を利用して実現した画期的な成果です。
熱ダイオードとは何か
熱ダイオード(Thermal Diode)とは、電気のダイオードが電流を一方向にしか流さないように、熱の流れを一方通行に制御する素子(デバイス)のことです。この機能は熱整流(Thermal Rectification)と呼ばれます。
原理
熱ダイオードは、熱力学の法則に反するように見えますが、主に以下の原理を利用して熱の流れに方向性を持たせます。
- 異種材料の接合: 熱伝導率の温度依存性が異なる2種類以上の材料を接合して作られます。
- 熱整流のメカニズム:
- ある方向(順方向)に温度差をかけると、接合部全体で熱伝導率が高い状態が保たれ、熱が良く流れます。
- 逆方向(逆方向)に温度差をかけると、接合部の一方で熱伝導率が急激に低下し、熱の流れが大きく抑制されます。
- その結果、熱の流れやすさに方向依存性(非対称性)が生まれ、熱整流が実現します。
具体的な構成要素の例
熱ダイオードを実現する材料や現象にはいくつかの種類があり、研究が進められています。
- 温度依存的な熱伝導率の利用:
- 超伝導体と常伝導体: 東京都立大学と東京大学の研究のように、超伝導体(特定の温度以下で熱伝導率が急激に低下する)と常伝導体を接合し、その特性差を利用します。
- 相変化材料: 特定の温度で結晶構造が変化し、熱伝導率が大きく変わる材料を利用します。
- 非線形な格子振動の利用: ナノスケールの構造において、原子の振動(フォノン)の非線形な振る舞いを利用して、熱の伝わり方を非対称にする方法も研究されています。
応用可能性
熱ダイオードは、熱の流れを積極的に制御できることから、さまざまな分野での応用が期待されています。
- 熱管理(サーマルマネージメント): スマートフォンやCPUなどの発熱体から、効率的に熱を一方的に逃がすことで、デバイスの高性能化や長寿命化に貢献します。
- 低温技術・量子デバイス: 量子コンピュータなどの極低温で動作する電子デバイスの微細な熱制御に不可欠な技術として注目されています。
- エネルギー回収: 排熱を利用した熱電発電において、熱の流れを整えることで発電効率の向上に役立つ可能性があります。
熱ダイオードは、電気の分野におけるダイオードと同様に、熱の分野における一方向の制御を可能にする重要なデバイスです。

熱ダイオードは、熱の流れを一方通行に制御する素子(熱整流器)です。熱伝導率の温度依存性が異なる材料の接合を利用し、特定の方向には熱を良く通し、逆方向には熱を遮断します。低温機器の熱管理などへの応用が期待されています。
今回の開発の内容は何か
東京都立大学と東京大学の研究チームが開発したのは、超伝導体の熱伝導特性を利用して、熱の流れを一方通行に制御する(熱整流を行う)熱ダイオードです。
開発のポイントと原理
この開発の核となる構成と原理は以下の通りです。
- 素子の構成材:
- 高純度な鉛(Pb)線: 超伝導体として使用されました。
- アルミニウム(Al)線: 動作温度域(約1K)で常伝導体として使用されました。
- この2つの材料をハンダ接合し、熱ダイオードが作製されました。
- 熱整流の原理:
- 熱伝導率の大きな違い: 鉛(Pb)は、超伝導状態(転移温度以下)になると熱伝導率が急激に低下する特性があります。一方、アルミニウム(Al)は比較的高い熱伝導率を保ちます。
- 非対称性の生成: この熱伝導率の非対称な温度依存性を持つ2つの材料を接合し、温度差をかけることで、熱の流れやすさが方向によって大きく異なる状態(熱整流)を生み出します。
- 成果: この素子により、最大で1.75倍の熱整流比(熱の順方向と逆方向の流れやすさの比)が観測され、超伝導体による熱整流が実証されました。
重要な特徴
- 外部制御性: わずかな磁場を印加することで、熱整流比が最大化する温度域を制御できることが示されました。これにより、多様な温度差環境での高効率動作が可能になります。
- 低温での動作: わずか1 K程度の小さな温度差でも熱整流が可能であり、極低温で動作する電子デバイスへの応用が期待されています。
この開発は、低温機器の高性能化に不可欠な革新的な熱管理技術として非常に重要な成果です。

都立大と東大は、鉛(超伝導体)とアルミニウム(常伝導体)の接合を利用した熱ダイオードを開発しました。超伝導体の熱特性で熱整流を実現し、低温機器の熱管理への応用を目指します。
超電導を使うことでどれくらい熱整流に有利なのか
超伝導体を超伝導体/常伝導体(SC/NC)接合として熱ダイオードに利用する最大の利点は、その極端な熱伝導率の変化を利用することで、低温域において高い整流性能と優れた制御性を同時に実現できる点にあります。
1. 極めて大きな熱伝導率の非対称性
超伝導体が熱整流に有利な最も大きな理由は、超伝導転移温度(Tc)を境にして熱伝導率が急激に変化する特性にあります。
- 超伝導状態(T < T_c): 超伝導体は電気抵抗がゼロになるだけでなく、熱伝導率が急激に低下し、熱を伝えにくくなります。これは、熱を運ぶ主要な担い手である伝導電子がクーパー対を形成し、励起されにくくなるためです。
- 常伝導状態(T > Tc): 超伝導転移温度を超えると、通常の金属と同様に高い熱伝導率に戻ります。
この「熱伝導率が低くなる超伝導体」と「熱伝導率が高い常伝導体」を接合することで、順方向と逆方向で熱の流れやすさが大きく異なり、高い熱整流比を生み出すことができます。
2. 低温(極低温)での動作
通常の熱ダイオードは、熱伝導率の温度依存性が非線形な常伝導体や相変化材料を利用しますが、超伝導体はわずか 1 K 程度の小さな温度差でも動作可能です。
- 極低温での応用: 量子コンピュータや極低温で動作するセンサーなど、極低温環境で熱を厳密に管理する必要がある最新の電子デバイスにとって、超伝導体は理想的な熱整流材料となります。
3. 磁場による動作温度の制御
超伝導状態は磁場に非常に敏感であり、この特性を利用して整流特性を外部から簡単に制御できます。
- 制御の柔軟性: ごくわずかな磁場を印加するだけで、超伝導転移温度が変化し、その結果、熱整流比が最大化する温度域を最適化できます。これにより、さまざまな温度環境での高効率な熱制御が可能になります。
今回の研究成果の具体的な優位性
これは、従来の常伝導体や他の整流メカニズムと比較して、極低温領域での優れた熱制御と外部磁場による精密な調整が可能であることを示しており、低温技術の進展に大きく貢献すると期待されます。
今回の都立大と東大の研究では、鉛(Pb)の超伝導転移温度を利用することで、超伝導体の特性を利用した熱ダイオードとして明確な熱整流(最大 1.75 倍)を初めて観測しました。

超伝導体は、転移温度で熱伝導率が劇的に変化するため、極めて大きな非対称性を生み出します。これにより、極低温(1K程度)で動作し、外部磁場による精密な制御が可能となり、従来の技術より格段に優れた熱整流を可能にします。
磁場を印可する理由は何か
都立大と東京大の研究において、超伝導体を用いた熱ダイオードに磁場を印加する最も重要な理由は、熱整流比が最大化する動作温度域を制御・調整するためです。これは、超伝導体の持つ臨界磁場という特性を利用したものです。
1. 超伝導状態は磁場に敏感
超伝導体には、超伝導状態が壊れて常伝導状態に戻ってしまう臨界値(温度、磁場、電流)が存在します。
- 臨界磁場 (Hc): 超伝導状態にある物質に特定の強さ以上の磁場をかけると、超伝導状態が破壊され、電気抵抗を持つ常伝導状態に戻ります。
- 臨界温度 (Tc) の変化: 磁場を印加することで、超伝導が発現する温度である臨界温度 (Tc) が低下します。
2. 磁場による熱整流の最適化(熱スイッチング)
この磁場による超伝導状態の変化が、熱ダイオードの性能に直接影響を与えます。
- 動作温度域のシフト: 磁場をわずかに印加することで、超伝導体のTcが下がり、熱伝導率が急激に低下する温度域(つまり、熱整流が最も効率よく起こる温度域)が変化します。
- 整流比の最大化: 研究では、磁場を調整することで、熱ダイオードが最大の熱整流比(今回の場合は最大1.75倍)を示す温度域を、狙った温度差の範囲に精密に最適化することができました。
磁場は、熱ダイオードの「スイッチ」として機能し、素子の動作条件や性能を外部から能動的に制御するための重要な手段なのです。これにより、さまざまな温度差環境で高効率な熱管理が可能になります。

磁場を印加するのは、超伝導体の臨界温度を変化させ、熱伝導率の急変する温度域を動かすためです。これにより、熱整流比が最大となる動作温度を精密に制御・最適化できます。

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