この記事で分かること
- MEMSデバイスのフィルターとは:半導体技術で製造された極小の機械構造を持つ部品です。主に通信機器で特定の周波数(信号)や光の波長を選択的に通し、ノイズや干渉を排除する役割を果たします。
- 特定の光を選択的に通す理由:折率の異なる薄膜を重ね、特定の波長で光が強め合う干渉を起こすように設計されています。目的外の波長は弱め合い反射されるため、選択的に透過します。
- ウエハの直接接合が必要な理由:フィルターの振動子を高真空のキャビティ内に気密性高く封止し、空気抵抗によるエネルギー損失を防ぐため不可欠です。これにより、高いQ値を維持します。
MEMSデバイスのフィルター
チップの微細化による性能向上の限界が見え始めていることから、半導体製造において前工程から後工程へと性能向上開発の主戦場が移り始めています。複数のチップを効率的に組み合わせて性能を引き出す「後工程」の重要性が増しています。
前回は高周波スイッチに関する記事でしたが、今回はMEMSデバイスのフィルターに関する記事となります。
MEMSデバイスのフィルターとは何か
MEMS(Micro-Electro-Mechanical System:微小電気機械システム)デバイスのフィルターは、主に通信機器やセンサーにおいて、特定の信号や波長の光を選択的に通したり、遮断したりするために使われる極めて小型で高性能な部品です。
従来のフィルターと異なり、半導体製造技術を使ってシリコン基板上に機械的な微細構造(数十マイクロメートル以下)を形成することで機能を実現します。
1. RF音響波フィルター (無線通信向け)
MEMSフィルターの最も一般的な応用は、スマートフォンやタブレットなどのRF(高周波)フロントエンドで使用される音響波フィルターです。これらは、アンテナが受信した無数の周波数の中から、目的の通信バンド(例:4G、5G)の信号だけを効率よく抽出し、他の帯域のノイズや干渉を排除する役割を果たします。
主要な種類は以下の2つです。
| 種類 | 原理 | 特徴 | 主な用途 | |
| SAWフィルター | 表面弾性波(Surface Acoustic Wave)を利用し、基板表面を伝わる音響波を電気信号に変換。 | 製造が比較的容易で低コスト。主に2GHz以下の周波数帯域に適しています。 | 携帯電話、Wi-Fi、GPSなど。 | |
| BAWフィルター | バルク弾性波(Bulk Acoustic Wave)を利用し、基板全体を厚み方向に振動させて共振させる。 | 高周波数帯域(1.5GHz〜6GHz以上)で高い性能を発揮。Q値が高く、損失が少なく、帯域外減衰が優れています。 | 5G通信、高機能スマートフォン、高性能無線システム。 |
BAWフィルターは、5Gの普及に伴い、その小型化と優れた温度安定性から、搭載数が増加している最も重要なMEMSフィルターの一つです。
2. 光フィルター (光学・センサー向け)
光通信や分光分析、イメージセンサーなどの分野で、特定の波長の光のみを選択的に透過させるために使われます。
- MEMSチューナブル光フィルター:微細な可動部(アクチュエータ)を電気的に駆動し、光路長や共振器の構造を変化させることで、フィルターの透過波長を可変にできるのが大きな特徴です。特定の光チャネルを柔軟に選択できるため、光通信システムなどで利用されます。
MEMSフィルターの優位性
MEMS技術がフィルターに応用される主な利点は、以下の点に集約されます。
- 小型・軽量化: シリコンプロセスによる微細加工で、従来のコイルやコンデンサを使ったフィルター(LCフィルター)に比べて劇的な小型化を実現します。
- 高性能(高Q値): 機械的な共振(弾性波)を利用するため、電気的な共振回路よりも非常に高いQ値(品質係数)を達成でき、低損失かつ急峻な(切れの良い)フィルタ特性が得られます。
- 大量生産性: 半導体プロセスとの互換性が高く、ウェハーレベルでの大量生産が可能です。

MEMSフィルターは、半導体技術で製造された極小の機械構造を持つ部品です。主に通信機器で特定の周波数(信号)や光の波長を選択的に通し、ノイズや干渉を排除する役割を果たします。小型・高性能化に不可欠です。
どうやって他の帯域のノイズや干渉を排除するのか
MEMSフィルターは、その微細な機械構造が持つ「共振現象」を利用して、他の帯域のノイズや干渉を排除します。
ノイズ・干渉排除の仕組み
MEMSフィルター、特に通信に使われる音響波フィルター(SAW/BAW)のノイズ排除の原理は、以下の通りです。
1. 特定の周波数に「同調」する共振器として機能する
フィルターの核となる微細構造(圧電体膜や電極)は、材料の音響速度や膜の厚さや寸法によって、特定の周波数でのみ効率よく振動(共振)するように設計されています。
- 共振周波数: フィルターの通過帯域(パスバンド)の中心となる周波数です。
- BAWフィルターの場合、共振周波数は圧電材料の厚さにほぼ反比例します 。
2. 信号エネルギーの変換と選択
- 通過帯域の信号: 目的の周波数帯域の電気信号が入力されると、フィルター内の圧電材料がその信号エネルギーを受け、最も効率よく音響波(機械的な振動)に変換します。
- ノイズ・干渉の信号: 通過帯域外の周波数(ノイズや干渉)の信号は、共振周波数から外れているため、音響波への変換効率が極端に低く、ほとんど減衰してしまいます。
- 再変換と出力: 音響波に変換された信号(目的信号)のみがフィルター内を伝播し、反対側の電極で再び効率よく電気信号に戻され、出力されます。
3. 高い「選択度(Q値)」でノイズを「遮断」
MEMSフィルターは、機械的な共振を利用するため、従来の電気回路(コイルとコンデンサ)によるフィルターに比べて非常に高いQ値(品質係数)を達成できます。
- Q値が高い = 選択度が高い
- 選択度が高いということは、通過帯域の端から外れた周波数(ノイズ)に対する減衰(遮断能力)が非常に急峻(切れ味が鋭い)であることを意味します。
この急峻な特性により、目的の通信バンドのすぐ隣にある強力な干渉信号(例:隣接チャネルの信号)を効果的に排除し、システムの安定性を高めることができます。

フィルター内の微細な機械構造を、目的の周波数でのみ効率よく振動(共振)するように設計します。共振しないノイズや干渉は音響波に変換されずに減衰するため、選択的に排除されます。
特定の波長の光のみを選択的に透過できる理由は
特定の波長の光のみを選択的に透過できる理由は、主に光の干渉現象を利用し誘電体多層膜フィルター(干渉フィルター)の構造にあります。
1. 薄膜の積層構造
フィルターは、屈折率の異なる2種類の誘電体材料(高屈折率層と低屈折率層)の薄膜を、光の波長スケール(ナノメートル級)の厚さで何十層も交互に積層して構成されています。
2. 光の干渉による選択
光がこの多層膜に入射すると、各層の境界面で反射と透過を繰り返します。フィルターの設計は、この反射光同士が、特定の波長でのみ特殊な干渉を起こすように精密に計算されています。
- 目的の波長(透過光)設計された特定の波長の光については、各層の境界面で反射する光同士が強め合う干渉(建設的干渉)を起こします。その結果、その波長の光は打ち消されることなく、高効率で層を突き抜けて透過します。
- 不要な波長(遮断光)目的外の波長の光については、反射光同士が弱め合う干渉(相殺的干渉)を起こします。これにより、光のエネルギーが打ち消され、結果として膜の表面で強く反射されるか、途中で吸収・減衰され、透過が阻止されます。
3. 吸収フィルターの原理(補足)
干渉フィルターとは別に、吸収フィルター(色ガラスフィルターなど)もあります。これは、フィルター材料の化学組成が、特定の波長の光のエネルギーを熱として吸収し、吸収されない波長のみを透過させる原理を利用しています。
しかし、MEMSデバイスで利用される高性能で波長選択性の高いフィルター(例:チューナブル光フィルター)は、主に上記の干渉フィルターの原理に基づいています。

光フィルターは、屈折率の異なる薄膜を重ね、特定の波長で光が強め合う干渉を起こすように設計されています。目的外の波長は弱め合い反射されるため、選択的に透過します。
ウエハの直接接合が必要な理由は
MEMSデバイスのフィルター、特に高性能なBAW(バルク音響波)フィルターやMEMS共振器の製造において、ウェーハの直接接合(Direct BondingまたはFusion Bonding)が必要とされる主な理由は、以下の2点です。
1. 高いQ値(選択度)を維持するための高真空密閉
MEMSフィルターの性能は、その微細な構造の機械的な共振に依存しており、高い選択度(Q値)を得るためには、共振子の振動エネルギーの損失を極限まで減らす必要があります。
- 空気抵抗の排除: 共振子(振動体)が空気中で振動すると、空気抵抗(ダンピング)により振動エネルギーが奪われ、Q値が著しく低下し、フィルターの特性が鈍くなります。
- 高真空での密閉: ウェーハを直接接合することにより、振動体の上や周囲に高真空のキャビティ(空洞)を形成しながら、ウェーハ同士を原子レベルで強く接合できます。これにより、振動子を永続的に気密性の高い高真空環境に閉じ込めることができ、空気抵抗を排除して高いQ値を維持できます。
2. 高い接合強度と清浄性の確保
直接接合は、間に接着剤や別の金属層を挟まず、ウェーハ表面の分子間力を利用して接合するため、以下のような利点があります。
- 高い接合強度: デバイスが振動や温度変化にさらされても剥がれることがない、母材(シリコン)と同等の高い接合強度が得られます。
- 清浄な環境: 異種材料を使用しないため、不純物による汚染や、接着剤に起因するガス放出(アウトガス)のリスクがなく、フィルターの性能を安定させることができます。
- 熱歪みの回避: 室温または比較的低い温度での接合が可能であるため、熱膨張率の差によるデバイスの熱歪みの発生を防ぎ、高精度な構造を維持できます。
特にBAWフィルターやMEMS共振器は、動作周波数が厚さに依存するため、この高精度な封止技術が不可欠です。

ウェーハの直接接合は、フィルターの振動子を高真空のキャビティ内に気密性高く封止し、空気抵抗によるエネルギー損失を防ぐため不可欠です。これにより、高いQ値を維持します。

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