この記事で分かること
- ティッセンクルップとは:ドイツの巨大な複合企業です。かつては鉄鋼が中核でしたが、現在は自動車部品、産業プラント、潜水艦、そしてグリーン水素技術(ヌセラ)などの産業技術に注力するグローバル企業へと再編を進めています。
- 赤字となる理由:主に鉄鋼部門の大規模な再編に伴う多額の費用計上が原因です。加えて、子会社ヌセラのグリーン水素市場の減速も影響しています。
- グリーン水素市場停滞の理由:、製造・設備コストの高騰により水素価格の競争力がなく、補助金や需要側の長期購入契約の欠如でプロジェクトの投資決定が遅れているためです。
ティッセンクルップの赤字見通し
ドイツの複合企業ティッセンクルップに関する2026年(2025/2026年度)の業績見通しについて、報道があり、最大で8億ユーロ(約9億3100万ドル)の純損失(ネット・ロス)を計上する見通しです。
https://jp.reuters.com/markets/world-indices/JRNXHO7PO5IS3MXXTLLOR63MOQ-2025-12-09/
ティッセンクルップは、再編措置を通じて、中期的には調整後EBITマージン4~6%、大幅なプラスのフリー・キャッシュ・フロー、安定した配当の達成という財務目標に引き続き取り組む姿勢を示しています。
ティッセンクルップはどんな企業か
ティッセンクルップ(ThyssenKrupp AG)は、ドイツを代表する巨大な鉄鋼・産業技術グループです。もともとドイツの二大鉄鋼メーカーであったティッセン社とクルップ社が1999年に合併して誕生しました。
その事業は多岐にわたり、世界中に子会社を持つ複合企業(コングロマリット)として知られています。
事業の主な特徴と部門
ティッセンクルップは長年の歴史とともに多角化を進めてきましたが、現在の主要な事業セグメントは以下の通りです。
| 事業セグメント | 主な内容 | 特徴と製品例 |
| 欧州鉄鋼事業 (Steel Europe) | 鉄鋼製品の製造 | ドイツ最大の鉄鋼一貫メーカーとしての基盤。自動車産業向けの高品質な鋼板などが主力。現在、売却や再編が進められている部門です。 |
| オートモーティブ・テクノロジー | 自動車部品・システム | シャシー、ボディ、パワートレイン向けの部品とソリューション。ビルシュタイン(Bilstein)ブランドのサスペンションシステムや、ステアリングシステムなどが有名です。 |
| 脱炭素技術事業 (Decarbon Technologies) | プラントエンジニアリング | 再生可能エネルギー関連技術、特にグリーン水素製造に必要なアルカリ水電解技術や、食塩電解プラントなどを手掛けるティッセンクルップ・ヌセラ (thyssenkrupp nucera)が中核です。 |
| マテリアル・サービス | 材料の流通・加工 | 鉄鋼、ステンレス、プラスチックなどの材料の在庫管理、加工、流通サービスをグローバルに提供しています。 |
| マリン・システムズ | 造船・防衛技術 | 潜水艦や水上艦艇などの設計・建造を行う造船事業です。 |
日本における展開
日本においても、自動車部品、旋回ベアリング、階段昇降機、プラントエンジニアリングなど、各部門の子会社が事業を展開しています。
- ティッセンクルップ・オートモーティブ・ジャパン:自動車部品
- ティッセンクルップ ローテエルデ ジャパン:大径の旋回ベアリング(風力タービンなどにも使用)
- ティッセンクルップ・ヌセラ(ジャパン):電解プラントやシステムにおけるエンジニアリング
現在の動き
同社は現在、大規模な構造改革を進めています。特に、歴史的な中核事業であった鉄鋼部門の再編・分社化や、エレベーター事業の売却(2020年に「TK Elevator」として分社化)などを通じて、より収益性の高い技術・産業ソリューション分野へと事業の焦点をシフトさせている最中です。

ティッセンクルップは、ドイツの巨大な複合企業です。かつては鉄鋼が中核でしたが、現在は自動車部品、産業プラント、潜水艦、そしてグリーン水素技術(ヌセラ)などの産業技術に注力するグローバル企業へと再編を進めています。
赤字の理由は何か
ティッセンクルップが2026年度に大幅な純損失(最大8億ユーロ)を見込んでいる主な理由は、以下の2つの要因に集約されます。
1. 鉄鋼部門(Steel Europe)の再編費用
これが最大の要因です。
- 再編に伴う引当金:
- 同社は、中核事業であった鉄鋼部門をインドのジンダル・スチール・インターナショナルへの売却なども視野に入れ、大規模な再編を進めています。
- この再編プロセスにおいて、人員削減や組織改編などに伴う多額の引当金を計上する必要があります。この費用が純損失の主要な部分を占めます。
- 現金支出も発生:
- M&Aを除くフリー・キャッシュ・フローがマイナスとなる見通し(3億~6億ユーロのマイナス)も、主にこの鉄鋼部門とオートモーティブ部門における再編のための現金支出(約3億5,000万ユーロ)が含まれるためです。
2. 子会社ヌセラ(nucera)を中心とする市場環境の厳しさ
- グリーン水素市場の減速:
- 電解槽メーカーである子会社ティッセンクルップ・ヌセラ (thyssenkrupp nucera) は、グリーン水素を取り巻く環境の厳しさや、大型プロジェクトの意思決定の継続的な遅れを指摘しています。
- このため、ヌセラの2026年度の売上高は大幅に減少するとの警告が発されており、グループ全体の業績見通しを圧迫しています。
ティッセンクルップの赤字は、歴史的な鉄鋼部門の構造改革(一時的な費用)と、成長を期待されていたグリーン技術市場の足踏み(事業環境)という、異なる性質を持つ二つの問題が同時に影響している結果と言えます。

2026年度の大幅赤字は、主に鉄鋼部門の大規模な再編に伴う多額の費用計上(引当金・現金支出)が原因です。加えて、子会社ヌセラのグリーン水素市場の減速も影響しています。
グリーン水素とは市場の減速の理由は
グリーン水素は製造過程において二酸化炭素(CO₂)を排出しない方法でつくられた水素のことであり、地球温暖化対策の切り札として期待される、究極的にクリーンなエネルギーです。
グリーン水素は、CO₂排出削減が難しい鉄鋼(水素還元製鉄)や化学産業などの分野、また長距離輸送(船舶、トラックなど)の燃料として、脱炭素社会の実現に不可欠なエネルギーとして世界中で注目され、導入が推進されていますがで市場の減速や遅延もみられています。
グリーン水素プロジェクトで市場の減速や遅延が相次いでいる主な理由は、コスト高と需要の不確実性に集約されます。
グリーン水素市場減速の主な理由
1. 高すぎる製造・供給コスト
グリーン水素は、再生可能エネルギー(太陽光や風力など)で水を電気分解して製造されますが、現時点ではコスト競争力が低い状況です。
- 資材・人件費の高騰:
- 世界的な資材価格の高騰(電解槽、再生可能エネルギー設備など)や人件費の上昇により、プロジェクト全体のコストが見積もりから大幅に増加しています。
- これにより、水素価格が高止まりし、需要家が長期の購入契約(オフテイク契約)を結ぶのに慎重になっています。
- 初期投資の高さ:
- 大規模な再エネ発電所や電解プラントの建設には巨額の初期投資が必要です。
- 輸送・貯蔵コスト:
- 製造した水素を需要地へ運ぶための輸送・貯蔵コストも課題であり、価格競争力を低下させています。
2. 需要と制度の不確実性
需要側が長期的な安定供給契約を結ぶための環境整備がまだ不十分です。
- 長期オフテイク契約の欠如:
- グリーン水素のコストが高いため、需要家(産業界や電力会社など)が、長期的に高額な価格で買い取る契約を結ぶことに二の足を踏んでいます。これにより、プロジェクトの事業化(ファイナンス)が困難になっています。
- 補助金・政策の変動:
- 各国政府による補助金や税額控除の変更・削減、または政策の決定遅れが、プロジェクトの採算性に影響を与え、投資家や事業者のリスクを高めています。
- 国際認証・ルールの未整備:
- 水素を国際的に取引するための国際認証制度や輸送ルールなどの制度面での整備が途上であり、越境取引の前提条件がまだ固まっていません。
ティッセンクルップ・ヌセラへの影響
ティッセンクルップの子会社であるヌセラ(電解槽メーカー)が業績見通しを引き下げたのは、まさにこれらの市場減速が原因です。
- コスト高と需要の不確実性により、世界各地で大型グリーン水素プロジェクトの最終投資決定(FID)が遅延しており、ヌセラが電解槽を受注する機会が伸び悩んでいるためです。

グリーン水素市場減速の主因は、製造・設備コストの高騰により水素価格の競争力がなく、補助金や需要側の長期購入契約の欠如でプロジェクトの投資決定が遅れているためです。

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