この記事で分かること
- KrF露光装置とは:波長248nmのフッ化クリプトンレーザーを光源とする半導体製造装置です。微細化とコストのバランスに優れ、AI用メモリーやパワー半導体などの量産工程を支える「現代の主力機」として重宝されています。
- 先端技術でない分野で刷新が必要な理由:チップのすべての層が最先端の細さではないため、3D積層技術でもKrFのような露光装置は不可欠です。百層以上の層を積み重ねるような場合、最先端のEUVは特に微細な一部の層にのみ使い、他の層はやや安価なKrFという「使い分け」でコストを抑えています。
- KrF露光装置のシェア:KrF露光装置の市場は、オランダのASMLと日本のキヤノンが2強として分け合っています。台数ベースでは、ASMLが約7割、キヤノンが約3割弱を占める年が多いですが、出荷額や年度によってはキヤノンがシェア5割に迫ることもあります。14年ぶりの新モデル投入は、この「主力機」市場での覇権をASMLから奪還する狙いがあります。
キャノンのKrF露光装置の刷新
キヤノンは12月5日、KrF半導体露光装置(スキャナー)の新製品「FPA-6300ES6a Grade10」を発売しました。KrF露光装置としての基幹モデルの刷新は約14年ぶりとなります。

14年ぶりの刷新は、同社が「枯れた技術」とされる分野においても、AI需要を背景とした再投資と性能向上の余地が大きいと判断したことを示しています。
KrF露光装置とは何か
KrF露光装置とは、半導体の製造工程において、シリコンウエハー上に微細な回路パターンを焼き付ける装置の一種です。
名前にある「KrF」は、光源として使用されるKrF(フッ化クリプトン)エキシマレーザーを指しています。
1. 露光装置の中での位置づけ
露光装置は、使用する光の波長が短いほど、より細かい回路を描くことができます。KrFは「深紫外線(DUV)」と呼ばれる光を使い、現在主流の装置の中では「ミドルレンジ(中核モデル)」としての役割を担っています。
| 光源の種類 | 波長 | 主な特徴・用途 |
| i線 (紫外線) | 365nm | 比較的太い回路用。アナログ半導体やパワー半導体など。 |
| KrF (深紫外線) | 248nm | 今回の主役。メモリーやロジック半導体の多くの工程で使用。 |
| ArF (深紫外線) | 193nm | 先端半導体用。液浸技術と組み合わせてさらに微細化が可能。 |
| EUV (極端紫外線) | 13.5nm | 最先端(5nmプロセスなど)の超微細回路用。非常に高価。 |
2. なぜ今「KrF」が注目されているのか?
通常、ハイテクの世界では「より新しい、より微細なもの(EUVなど)」が注目されます。しかし、KrF装置が14年ぶりに刷新されたのには、現代ならではの理由があります。
- 「枯れた技術」の安定感:KrFは1990年代後半から普及した技術であり、製造コストが安く、歩留まり(良品率)が非常に安定しています。
- AI・データセンター需要の爆発:最先端のAIチップも、すべての層をEUVなどの超高性能マシンで描くわけではありません。土台となる部分や周辺の回路には、コストパフォーマンスに優れたKrF装置が大量に使われます。
- 3D積層技術:最近のメモリー(NANDやHBM)は、上に高く積み上げる構造になっています。この「積み上げ」の工程では、KrFのような扱いやすい装置で何層も重ねていく必要があるため、「最先端ではないが、大量に必要」という需要が生まれています。
KrF露光装置は「現代の半導体量産を支える、最もバランスの取れた主力マシン」です。
キヤノンが14年ぶりにこの装置を刷新したことは、最先端の「細さ」を競うだけでなく、AI時代の爆発的な需要に応えるための「生産スピード(3割向上)」を重視した、極めて実利的な戦略といえます。

KrF露光装置とは、波長248nmのフッ化クリプトンレーザーを光源とする半導体製造装置です。微細化とコストのバランスに優れ、AI用メモリーやパワー半導体などの量産工程を支える「現代の主力機」として重宝されています。
新モデルの特徴は何か
キヤノンのKrF露光装置の新モデル(および最新の「Grade10」オプション適用機)の主な特徴は、「圧倒的なスピードと精密さの両立」です。
1. 業界最高水準の処理能力(スループット)
- 毎時300枚の高速処理: 搬送システムや露光プロセスの高速化により、1時間あたり300枚(300mmウエハー)の処理が可能です。
- 生産性3割向上: 従来機(オプションなし)と比較して約30%スピードアップしており、大量生産が求められる現在の半導体不足や需要増に対応しています。
2. AIを活用した最新の制御技術
- ニューラルネットワークの導入: キヤノンの露光装置として初めて、ニューラルネットワーク(AIの一種)を用いたステージ制御システムを採用しました。
- 振動の抑制: ステージを高速で動かすとどうしても振動が発生しますが、AIがその振動を予測・軽減することで、スピードを上げても精度を落とさない仕組みになっています。
3. 極めて高い「重ね合わせ精度」
- 4ナノメートル以下の精度: 複数の回路パターンを重ねて焼き付ける際のズレを4nm(1ミリの25万分の1)以下に抑えています。
- 積層構造への対応: 最近のメモリー(3D NANDやHBMなど)は回路を何層も積み上げるため、この「ズレの少なさ」が歩留まり(良品率)に直結します。

新モデルの特徴は、搬送系の刷新とAI(ニューラルネットワーク)による制御で、処理能力を従来比約3割向上させた点です。業界最高水準の毎時300枚の高速処理と、4nm以下の高い重ね合わせ精度を両立しています。
3D積層技術でも微細でない露光機が必要なのか
3D積層技術(3D NANDやHBMなど)においても、EUVのような超微細な露光装置「だけ」では製品は作れません。
むしろ、積層数が進むほどKrFのような「枯れた」技術の重要性が増しています。その理由は主に3つあります。
1. すべての層が「最先端の細さ」ではない
半導体チップは何十層、何百層もの回路が重なってできていますが、そのすべてに極限の微細化(EUV)が必要なわけではありません。
- 重要な配線層: EUV(13.5nm)で極細に描く。
- それ以外の層: KrF(248nm)やArF(193nm)で描く。このように使い分けるのが一般的です。3D NAND(メモリー)の場合、データを保存するセルを上に100層、200層と積み上げますが、この「積み上げ部分」にはKrFが主力として使われます。
2. コストの最適化(ハイブリッド戦略)
EUV装置は1台数百億円と非常に高価ですが、KrF装置はその数分の一のコストで運用できます。
- EUV: 必要な場所だけに絞って使う。
- KrF: 大量にある「それほど細くない層」を高速・安価にさばく。この使い分けによって、チップ全体の製造コストを抑えています。
3. 厚い膜を通す「透過力」
3D構造を作る際、深い穴を開けたり厚い材料(レジスト)を塗ったりすることがあります。
- EUV: 非常に繊細な光で、物質に吸収されやすいため、厚い層の加工には向きません。
- KrF: 光のエネルギーが安定しており、厚塗りされた膜の奥まで光を届かせやすいため、3D構造の形成に適しています。
3D積層では、何百層も重ねるため、上下の層が少しでもズレると回路が繋がりません。そのため、KrF装置には「細く描く能力」よりも、今回のキヤノンの刷新ポイントである「高速で、かつ正確に位置を合わせる能力(重ね合わせ精度)」が強く求められています。

チップのすべての層が最先端の細さではないため、3D積層技術でもKrFのような露光装置は不可欠です。3D NANDのように何百層も重ねる構造では、データ保存用のセル部分などはKrFで安価・高速に焼き付け、最先端のEUVは特に微細な一部の層にのみ使うという「使い分け」でコストを抑えています。
KrF露光機のシェアは
KrF露光装置の市場は、現在オランダのASMLと日本のキヤノンの2社でほぼ独占(約95%以上のシェア)している状態です。
キヤノンは特にこの分野に強く、長年ASMLと激しいトップ争いを繰り広げています。
1. KrF露光装置の主要シェア(台数ベース)
最新の市場データ(2023〜2024年)によると、出荷台数ベースのシェアはおおよそ以下の通りです。
- ASML: 約70%〜75%
- キヤノン: 約25%〜30%
- ニコン: 数%程度
数年前まではキヤノンがシェア5割を超えトップに立つ年もありましたが、現在はASMLが最大シェアを保持しています。しかし、キヤノンは今回の新モデル投入により、「生産性3割向上」を武器にASMLからのシェア奪還を狙っています。
2. なぜキヤノンはKrFに強いのか?
露光装置全体(EUVなどを含む金額ベース)ではASMLが圧倒的王者ですが、KrFやi線といった「成熟・汎用プロセス」に限定すると、キヤノンの存在感は非常に大きくなります。
- 集中戦略: キヤノンは最先端のArF液浸やEUVの開発競争からは距離を置き、需要が安定しているKrFやi線、そして次世代のナノインプリントにリソースを集中させています。
- 高い信頼性と低コスト: 長年改良を重ねてきたキヤノンの装置は、工場での稼働安定性が高く、コストパフォーマンスを重視するメモリーメーカーなどから厚い信頼を得ています。
KrF市場は「効率と信頼性のASML」対「実利とスピードのキヤノン」という構図です。
キヤノンが14年ぶりに基幹モデルを刷新した背景には、AI半導体や3D積層メモリーの増産で、この「シェア3割弱」の領域に巨大な商機が再来しているという確信があると言えます。

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