この記事で分かること
- MITの世界を変える10大技術の基準:「最新のテクノロジー」を並べるのではなく、「今、まさに実用化の閾値(しきいち)を超えようとしているもの」や「長期的に社会のあり方を根底から覆すもの」が選ばれる傾向があります。
- 世界モデルとは:AIの頭の中に構築された「現実世界のシミュレーター」です。人間のように物理法則や因果関係を理解し、行動前に「次はこうなる」と未来を予測・試行錯誤することで、効率的な学習を可能にします。
- 落選した理由:世界モデルを「来年の刺激的な新フロンティア」と認めつつも、定義が曖昧な点や、社会を劇的に変えるほどの実績がまだ不足していることからの時期早々と判断しています。
MITの世界を変える10大技術から落選した技術
MITテクノロジーレビューによる「世界を変える10大技術(10 Breakthrough Technologies)」の2026年版は、例年のスケジュール通りであれば2026年1月初旬から中旬にかけて正式に発表される予定です。
現在は正式発表の直前(2025年12月末時点)であり、編集部からは最終選考で惜しくも漏れた「候補」の一部が先行して公開されています。
https://www.technologyreview.jp/s/373639/4-technologies-that-didnt-make-our-2026-breakthroughs-list/
あえて落選した技術を公表するのは、「今は未完成だが将来性は極めて高い」と世に知らしめるためであり、10大技術の権威性を保ちつつ、次世代の重要トレンドを先取りして紹介し、読者の関心や議論を喚起する狙いがあります。
MITの世界を変える10大技術とは何か
MITが選定する「世界を変える10大技術(10 Breakthrough Technologies)」とは、MITテクノロジーレビュー(MITのメディア部門)が2001年から毎年発表している、人類の課題を解決し、経済や生活を劇的に変える可能性のある10の技術リストのことです。
単に「最新のテクノロジー」を並べるのではなく、「今、まさに実用化の閾値(しきいち)を超えようとしているもの」や「長期的に社会のあり方を根底から覆すもの」が選ばれるのが特徴です。
1. 選定の基準
このリストに選ばれる技術には、共通して以下の要素が含まれています。
- 実用性: 単なる空想や基礎研究段階ではなく、すでにプロトタイプが存在したり、数年以内に広く普及し始めたりする段階にあること。
- 社会的インパクト: 気候変動、医療、食糧問題、コンピューティングなど、世界規模の大きな課題を解決するポテンシャルがあること。
- タイミング: 「なぜ今なのか」という必然性があること。
2. 近年の主なキーワード
近年の選定内容を見ると、技術トレンドの変遷がよくわかります。
- AI(人工知能): 生成AI、小規模言語モデル、AIエージェントなど。
- バイオ・医療: ゲノム編集(CRISPR)、持続性HIV予防薬、減量薬(GLP-1受容体作動薬)など。
- エネルギー・環境: グリーンスチール(脱炭素鉄鋼)、ヒートポンプ、超効率太陽電池など。
- ロボティクス: 高速学習ロボット、ロボタクシーなど。
3. なぜこのリストが重要視されるのか?
世界中の投資家、研究者、政策立案者がこのリストに注目するのは、以下の理由によります。
- 「未来の羅針盤」: MITという世界最高峰の理工系大学の視点で、誇大広告(ハイプ)を排し、本当に価値のある技術を厳選しているため。
- 分野横断的: ITだけでなく、材料工学、生物学、天文学など幅広い分野を網羅しており、技術の融合によるイノベーションを予測しやすい。
- 実績: 過去には「ビットコイン」や「メッセンジャーRNAワクチン(mRNA)」なども、世の中で一般的になる前にこのリストで紹介されていました。
2025年版の10大技術(抜粋)
直近のリストでは、以下のような技術が選ばれています。
- 生成AI検索: 従来の検索エンジンからAI対話型への移行。
- 小規模言語モデル: スマホ等で動く軽量AI。
- ロボタクシー: 都市部での完全自動運転の普及。
- グリーンスチール: 水素を用いた二酸化炭素を出さない製鉄。
- ヴェラ・C・ルービン天文台: 宇宙の謎を解明する次世代望遠鏡。

MITテクノロジーレビューが2001年から毎年発表している、「今、実用化の閾値を超え、人類の課題解決や経済に多大な影響を与える10の技術」のリストです。AIから医療、気候変動まで、未来を形作る羅針盤として世界的に注目されます。
2026年版の動向と「選考漏れ」した注目技術
正式な10大技術の発表に先立ち、MITテクノロジーレビューは選考過程で最終リストから漏れた4つの技術を公開しました。
これらは「10大技術」には入りませんでしたが、2026年に大きな注目を集める分野であることは間違いありません。
2026年版「10大技術」選考漏れの4つ
- 男性用避妊薬 精子産生を抑えるジェルや、一時的に精子をブロックする器具などが開発中。非常に期待されていますが、臨床試験を通過して普及するまでにまだ数年かかるため落選しました。
- 世界モデル 動画や空間データで3D仮想世界を生成するAI。定義がまだ曖昧であり、画期的技術(ブレークスルー)と呼ぶには時期尚早と判断されました。
- 人間であることの証明 (Proof of Personhood) AIによるなりすましを防ぐため、オンライン上で「本物の人間」であることを検証する技術。必要性は全員が認めましたが、標準となる手法がまだ確立されていないため見送られました。
- 世界最高齢の赤ちゃん 30年以上凍結保存されていた胚から赤ちゃんが誕生したニュース。驚くべき成果ですが、純粋な「技術的改善」よりも「社会的受容(胚養子縁組の広がり)」による側面が強いため落選となりました。
世界モデルとは何か
「世界モデル(World Models)」とは、「AIの頭の中に構築された、現実世界を模したシミュレーター」ことです。
人間が「もしこう動いたら、次はこうなるだろう」と頭の中で予測するように、AIにも同様の「想像力」を持たせる技術として注目されています。
1. 世界モデルの定義と役割
従来のAIは、与えられたデータに対して直接的に答えを出すものが主流でした。これに対し世界モデルを持つAIは、現実世界で行動を起こす前に、自分の頭の中にある「仮想の砂場(シミュレーター)」で、「自分の行動の結果、世界がどう変化するか」をシミュレーションします [01:10]。
2. 世界モデルを構成する3つの要素
世界モデルは主に以下の3つのパーツが連携して機能します 。
- ビジョン(目): 現実世界の情報を取り込み、重要なポイントだけを抽出・圧縮します(VAEなどの技術を使用)
- メモリー(水晶玉): 過去のデータに基づき、「次はこうなる」という未来を予測します(RNNなどの時系列処理が得意な技術を使用)。
- コントローラー(パイロット): 予測された未来を見て、最も適切な行動を決定します 。
3. AIにおける重要性
なぜ世界モデルが重要視されているのか、主な理由は以下の通りです。
- 効率的な学習: 現実世界で何度も失敗を繰り返すのではなく、仮想空間で高速に試行錯誤できるため、学習効率が飛躍的に向上します 。
- 「常識」の獲得: 例えば「洞窟の天井はいきなり崩れない」といった、物理法則や常識的な判断(フレーム問題の解決)に繋がると期待されています 。
- 汎用人工知能(AGI)への道: 人間の脳も一種の「予測マシン」であるという説があり、世界モデルはAIをより人間に近い知能へと進化させる鍵と見なされています。
4. 課題とリスク
非常に強力な技術ですが、課題も存在します。
- 長期予測の難しさ: わずかな予測誤差が積み重なり、遠い未来の予測ほど現実とかけ離れてしまうことがあります。
- ブラックボックス化: AIの内部モデルで何が起きているのか、人間には理解しにくいという問題があります。
この技術は、今後のロボット工学や自動運転、さらにはAIの「意識」に関する議論においても中心的な役割を果たすと考えられています。

世界モデルとは、AIの頭の中に構築された「現実世界のシミュレーター」です。人間のように物理法則や因果関係を理解し、行動前に「次はこうなる」と未来を予測・試行錯誤することで、効率的な学習を可能にします。
なぜ落選したのか
MITテクノロジーレビューの編集部が、世界モデルを2026年版の「最終リスト」から外した主な理由は、「実用化のタイミング」と「精度の未熟さ」にあると考えられます。
具体的には、以下の3点が指摘されています。
- 長期予測の限界: 現在の世界モデルは数秒先の予測には優れていますが、時間が経つにつれて誤差が蓄積し、シミュレーションが崩壊(「幻覚」のような状態)してしまう課題が解決できていないためです。
- 計算コストの膨大さ: 物理法則を完璧に模倣する世界モデルを構築・運用するには、現在の最先端AIを上回る莫大な計算リソースが必要であり、一般普及にはまだ距離があります。
- 「2026年」という枠組み: 10大技術は「まさに今、社会を変え始めているもの」を選びます。世界モデルは**「2026年よりもさらに数年先」**に真のブレイクスルーが来ると判断され、今回は「期待の候補」に留まりました。
いわば、「技術としてのポテンシャルは最大級だが、2026年中に社会のスタンダードになるにはまだ早い」という、期待を込めた見送りと評価できます。

MITテクノロジーレビューの編集部は、世界モデルを「来年の刺激的な新フロンティア」と認めつつも、「画期的技術(Breakthrough)と見なすには時期尚早」と判断しました。定義が曖昧な点や、社会を劇的に変えるほどの実績がまだ不足していることが理由です。
長期予測を改善する見込みはあるのか
長期予測の精度を改善する見込みは、非常に高いと言えます。現在は「数秒から数分」が限界ですが、これを「数時間から数日」へと延ばすためのブレイクスルーが複数のアプローチで進んでいます。
1. 「JEPA(Joint-Embedding Predictive Architecture)」の採用
Meta社のヤン・ルカン氏が提唱するアーキテクチャです。従来のAIが「画素の細部」まで再現しようとして自滅するのに対し、JEPAは「重要な概念(抽象的な意味)」だけを予測します。
- 効果: 枝葉のノイズを無視することで、長期的な一貫性を保ちやすくなります。
- 進捗: すでに動画の文脈理解で高い成果を上げており、2026年以降の主流になると目されています。
2. 「拡散モデル(Diffusion Models)」との統合
動画生成AI(Soraなど)で使われる拡散技術を、世界モデルの「未来予測」に組み込む研究が進んでいます。
- 効果: 予測がぼやけたり崩壊したりするのを防ぎ、高精細なシミュレーションを長時間維持できるようになります。
- 進捗: 一部のインタラクティブな世界モデル(PANなど)では、数分間にわたる相互作用でも視覚的な一貫性を保てるようになっています。
3. 階層的な予測構造
「一歩先の動き」を予測するモデルの上に、「数分後のゴール」を計画するモデルを重ねる階層化が進んでいます。
- 効果: 人間が「目的地へのルート」を考えながら「足元の段差」を避けるように、マクロとミクロの視点を使い分けることで長期予測の狂いを抑えます。
研究レベルでは、2026年から2027年にかけて「分単位から時間単位」の安定したシミュレーションが可能になると予測されています。

長期予測の改善は、2026年から2027年にかけて大きな進展が見込まれています。
現在は数秒先の予測が限界ですが、これを「分・時間単位」に延ばすため、重要な意味」だけを抽象化して予測することや短期予測とを別々の層で処理する2つの強力な方法が検討されています。

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