住友精密工業の鉛フリー圧電材料 鉛フリー圧電材料とは何か?なぜ鉛が使用されるのか?

この記事で分かること

  • 鉛フリー圧電材料とは:圧電材料は「力を加えると電圧が発生し、電圧をかけると変形する」という性質(圧電効果)を持つ材料です。従来は様々な利点から鉛が使用されてきましたが、その有害性から鉛フリーが求められています。
  • なぜ鉛が使用されるのか:鉛は微かな力でも電気を発生させ、逆に電圧で大きく変形させる高い応答性、高温でも特性を維持できる、材料の配合を変えるだけで、用途に合わせた性能調整が容易などの理由から圧電材料に使用されています。
  • 製造するMEMSデバイス:主に「音・光・振動」を制御するデバイスを製造します。医療用エコー等の超音波センサ(PMUT)、自動運転LiDAR用のMEMSミラー、スマホ用マイクロスピーカー、振動を電気に変える発電素子などが代表例です。

住友精密工業の鉛フリー圧電材料

 住友精密工業は、2025年12月に、住友化学が提供する「KNN(ニオブ酸ナトリウムカリウム)薄膜」を用いたMEMS受託サービスの本格開始を発表しました。

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 これにより、従来の主力だったPZT(チタン酸ジルコン酸鉛)に加え、鉛フリーとなる圧電材料の提供が可能になり、環境規制に対応した次世代デバイスの製造体制が整いました。

鉛フリー圧電材料とは何か

 鉛フリー圧電材料(非鉛圧電材料)とは、その名の通り、人体や環境に有害な「鉛(Pb)」を一切含まない圧電材料のことです。

 圧電材料は「力を加えると電圧が発生し、電圧をかけると変形する」という性質(圧電効果)を持ち、スマホのスピーカー、センサー、インクジェットプリンターのヘッドなど、身の回りのあらゆる電子機器に使われています。


1. なぜ「鉛フリー」が求められるのか?

 現在、世界の圧電材料の主流はPZT(チタン酸ジルコン酸鉛)という材料です。

PZTは非常に優れた性能を持っていますが、重量の約60%が「鉛」でできています。

  • 環境規制(RoHS指令など): 欧州を中心に、電子機器への有害物質(鉛など)の使用を禁じる規制が強まっています。現在は「代替品がない」という理由でPZTの使用は猶予されていますが、将来的な規制強化に備え、代替材料の開発が急務となっています。
  • 生体親和性: 鉛は毒性が強いため、ペースメーカーなどの医療機器や、肌に触れるウェアラブルデバイスに使用する場合、鉛を含まない材料の方が安全性が高く適しています。

2. 代表的な鉛フリー材料の種類

 PZTの代わりとなる材料として、主に以下の3つの系が研究・実用化されています。

材料名略称特徴
ニオブ酸ナトリウムカリウムKNN現在最も注目されている材料。 PZTに近い高い圧電性能を持ち、住友精密が採用したのもこの材料です。
チタン酸バリウムBT最も古くから知られる材料。性能はやや限定的ですが、コンデンサなどで広く使われています。
チタン酸ビスマスナトリウムBNT高温での安定性や、特定の周波数特性に優れています。

3. 鉛フリー材料(KNN)の仕組みとメリット

 鉛フリー材料は、結晶構造(ペロブスカイト構造)の中で、プラスとマイナスの電荷の「ズレ」を利用して電気を発生させます。

主なメリット:

  1. 環境負荷の低減: 廃棄時の鉛流出リスクがなく、RoHS指令などの環境規制を完全にクリアできます。
  2. 寿命の向上: 住友化学のKNN薄膜などの最新技術では、PZTよりも電圧をかけ続けた際の寿命(DCストレス寿命)が長いというデータも出ています。
  3. 新しい用途の拡大: 毒性がないため、バイオMEMS(生体用マイクロマシン)や、食品・飲料向けのセンサーへの応用が期待されています。

4. 課題と現状

 これまでは「PZTに比べて性能(変形する量)が低い」「製造プロセスが難しい」といった課題がありました。しかし、今回の住友精密工業のニュースにあるように、「PZTと同等レベルの性能」を出し、かつ「安定して量産できる体制」が整ってきたことで、いよいよ本格的な普及期に入ろうとしています。

鉛(Pb)を含まない環境配慮型の圧電材料です。有害な鉛を含む現行の主力材料(PZT)の代替として、RoHS指令などの環境規制対応や、医療・生体用デバイスへの応用を目的に、KNN(ニオブ酸ナトリウムカリウム)などの開発が進んでいます。

鉛が使用される理由は何か

 圧電材料に鉛(特にPZT:チタン酸ジルコン酸鉛)が使用される最大の理由は、「圧倒的な性能の高さ」と「使い勝手の良さ」にあります。主に以下の4つの理由から、長年「鉛に代わるものはない」と言われてきました。

1. 非常に高い「圧電性能」

 鉛は結晶構造(ペロブスカイト構造)を柔軟に歪ませる性質を持っています。

  • 変形量: 電圧をかけたときに大きく動く。
  • 発電量: 力を加えたときに大きな電気を発生させる。この効率が他の材料に比べて格段に高いため、小型でもパワフルな部品を作ることができます。

2. 温度変化に強い(高いキュリー温度)

 多くの材料は、熱を加えると圧電性能を失ってしまいます。しかし、鉛を含むPZTは高温(300℃前後など)までその性能を維持できるため、エンジン周りなどの過酷な環境でも安定して動作します。

3. 加工と調整がしやすい

 鉛ベースの材料は、ジルコン(Zr)とチタン(Ti)の比率を少し変えるだけで、用途に合わせて「感度重視」や「パワー重視」といった特性を簡単に作り分けることができます。この汎用性の高さも普及の要因です。

4. コストが安い

 鉛は資源として豊富で安価です。さらに、長年の研究により製造プロセスが確立されているため、高品質なものを安く大量生産できるという経済的なメリットがあります。


 鉛を使うと「小さくて、高性能で、壊れにくく、安い」デバイスが作れるため、環境リスクを承知の上で使われ続けてきました。住友精密が取り組んでいる「鉛フリー」の挑戦は、この「鉛の圧倒的な壁」を最新技術でようやく乗り越えつつある、という非常に画期的な出来事なのです。

鉛は微かな力でも電気を発生させ、逆に電圧で大きく変形させる高い応答性、高温でも特性を維持できる、材料の配合を変えるだけで、用途に合わせた性能調整が容易などの理由から圧電材料に使用されています。

どのようなMEMSデバイスを製造するのか

 住友精密工業のMEMS受託事業(MEMS Infinity)では、鉛フリー材料の「KNN」を活用して、主に「音・光・振動」を制御・検知する次世代デバイスを製造します。

1. 超音波センサ(PMUT)

 医療用エコーや指紋認証、車載センサなどに使われます。

  • 用途: 体内の画像診断、非接触のジェスチャー操作、物体との距離測定。
  • 鉛フリーの利点: 特に医療・ヘルスケア分野では、人体への安全性が高まるため非常に期待されています。

2. 光学デバイス(MEMSミラー)

 レーザー光を反射・スキャンするための小さな鏡です。

  • 用途: 自動運転用LiDAR(光による距離測定)、プロジェクター、AR/VR用のヘッドマウントディスプレイ。
  • 特徴: 高速かつ精密に鏡を動かす「アクチュエータ(駆動部)」にKNNが使われます。

3. 音響デバイス(マイクロスピーカー・マイク)

 スマートフォンやイヤホンに搭載される超小型の音響部品です。

  • 用途: ウェアラブル機器の超小型スピーカー、高性能MEMSマイク。
  • 特徴: 従来の構造よりも薄型化・省電力化が可能になります。

4. 振動発電(エナジーハーベスティング)

 身の回りのわずかな振動を電気に変えるデバイスです。

  • 用途: 電池交換が不要なIoTセンサ、インフラ(橋や道路)のモニタリング用電源。
  • 鉛フリーの利点: 環境中に設置するため、有害物質を含まない材料であることの重要性が高い分野です。

製造のポイント

 住友精密は、これらのデバイスを6インチや8インチのウェハという大きなサイズで効率よく作る技術(受託サービス)を提供しています。

 これまでは「KNNは加工が難しい」とされてきましたが、住友精密の得意とするシリコン深掘りエッチング(DRIE)などの微細加工技術を組み合わせることで、これらの複雑なデバイスの量産が可能になりました。

主に「音・光・振動」を制御するデバイスを製造します。医療用エコー等の超音波センサ(PMUT)、自動運転LiDAR用のMEMSミラー、スマホ用マイクロスピーカー、振動を電気に変える発電素子などが代表例です。

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