この記事で分かること
- 固体NMRとは:試料を溶かさず固体のまま測定する手法です。磁場に対しマジック角(54.7°)で高速回転させるMAS技術を用いて、シャープな信号を得ます。
- なぜマジック角で高速回転させるのか:固体では分子の向きが固定され、磁場との角度 θに依存して信号が重なりボヤけます。この広がりを決める数式 3cos2θ- 1 が 0 になるマジック角で高速回転させ、全分子の向きを「平均化」して鋭い信号を得るためです。
- 固体NMRの応用例:溶媒に溶けない高分子樹脂、電池の電極、触媒、セラミックスなどの材料解析に必須です。また、医学分野では骨や細胞膜タンパク質、薬学では薬の結晶状態を壊さずに調べる手法として広く活用されています。
固体NMR
機器分析とは、化学反応を用いる古典的な化学分析に対し、物質が持つ物理的・化学的性質を精密な機器で測定し、その物質の成分や構造を分析する方法の総称です。
高感度で迅速な分析が可能であり、微量な成分や複雑な混合物も精度高く分析できるため、現代の科学技術分野で広く利用されています。
今回は固体NMRに関する記事となります。
固体NMRとは何か
固体NMRとは、試料を溶媒に溶かさず、粉末や結晶、フィルムなどの固体の状態でそのまま測定する手法です。
溶液測定では分子が自由に動き回るため平均化されていた情報(原子同士の距離や向きなど)が、固体ではそのまま残ります。
これがメリットである反面、信号が重なり合ってボヤけてしまう(ブロード化)という課題もあります。
1. 溶液NMRとの最大の違い:マジック角回転(MAS)
固体では信号が重なりやすいため、マジック角回転(MAS: Magic Angle Spinning)という特殊な技術を使います。
- 仕組み: 試料管を磁場に対して 54.7°(マジック角) 傾け、毎秒数千〜数万回転という超高速で回転させます。
- 効果: これにより、固体特有の信号の広がりが打ち消され、溶液測定に近いシャープなピークを得ることができます。
2. 固体NMRでわかること
溶液にできない物質の構造解析に威力を発揮します。
- 不溶性材料の解析: プラスチック(ポリマー)、セラミックス、電池材料、触媒など。
- 結晶構造: 分子が固体中でどのように並んでいるか、結晶多形(同じ成分で形が違うもの)の判別。
- 生体試料: 溶けない膜タンパク質やアミロイド線維などの構造。

固体NMRは、試料を溶かさず固体のまま測定する手法です。磁場に対しマジック角(54.7°)で高速回転させるMAS技術を用いて、シャープな信号を得ます。不溶性の樹脂やセラミックスの構造解析に不可欠です。
なぜ信号が重なり合ってしまうのか
溶液NMRでは分子が激しく動き回ることで「平均化」されていた情報が、固体では向きや配置が固定されているため、そのまま信号として現れてしまうからです。
1. 化学シフトの異方性(CSA)
分子が磁場に対してどの向きを向いているかによって、共鳴周波数が微妙に異なります。溶液では回転運動により平均値が1本の鋭い線になりますが、固体(粉末)ではあらゆる向きの分子の信号が重なり合うため、山のように幅広くなってしまいます。
2. 双極子相互作用(Dipolar Interaction)
隣り合う原子核の磁石としての性質が直接干渉し合う現象です。溶液では分子運動で打ち消されますが、固体ではこの干渉が非常に強く、信号を大きくボヤけさせる原因となります。

固体では分子が動けず、磁場に対する向き(配向)による周波数のズレや、隣り合う原子核同士の磁気的な干渉が平均化されずに全て重なってしまうためです。これを防ぐために「マジック角回転」で擬似的に分子を動かします。
なぜ54.7°なのか
マジック角が 54.7°である理由は、固体NMRで信号をボヤけさせる原因(相互作用)の数式に (3cos2θ- 1) という項が含まれているからです。この項が 0 になれば、信号の広がりを消失させることができます。
数学的な根拠
原子核同士の相互作用(双極子相互作用など)の強さは、磁場方向との角度 θを用いて以下の関数に比例します。
P2(cosθ)=1/2×(3cos2θ- 1)
この値をゼロにする条件を計算すると:θ=54.7°となります。
なぜ回転させるのか
固体試料中の分子はあらゆる方向を向いているため、そのままでは θ がバラバラで信号が重なります。しかし、試料全体をマジック角で高速回転させると、すべての分子の「平均的な向き」がこの角度に固定された状態になり、数式上の広がりがキャンセルされます。

固体NMRの信号を広げる原因は (3cos2θ- 1) という数式に従います。この値がちょうど 0 になる角度が 54.7° であり、この角度で高速回転させることで、溶液のようにシャープな信号を得ることが可能になります。
固体NMRのはどのような用途があるのか
固体NMRは、溶液NMRでは測定が困難な「溶けないもの」や「形が決まっているもの」の構造を解析するのに不可欠です。
1. 高分子材料(プラスチック・ゴム)
溶媒に溶けにくい樹脂や、製品化された状態のプラスチックの特性を調べます。
- 結晶性と非晶性: プラスチックの中の「規則正しく並んだ部分」と「バラバラな部分」の比率を分析し、強度や耐熱性を評価します。
- 分子運動性: ゴムの弾性や、ポリマーの劣化具合を分子レベルの動きから探ります。
2. 無機材料・電池・触媒
金属酸化物やガラス、電池の電極材料など、もともと液体にならない物質の解析です。
- リチウムイオン電池: 充放電中にリチウムイオン(7Li)が電極のどこに配置されるか、劣化でどう変化するかを直接観察します。
- 触媒: ゼオライトなどの細孔(小さな穴)の中で、分子がどのように反応しているかを特定します。
3. 生体試料(膜タンパク質・アミロイド)
水に溶かすと本来の形を失ってしまう生体組織の解析に威力を発揮します。
- 膜タンパク質: 細胞膜に埋まっていて溶け出さないタンパク質の立体構造決定。
- アミロイド線維: アルツハイマー病などの原因とされる、不溶性のタンパク質凝集体の構造解析。
4. 医薬品(結晶多形)
同じ成分でも「結晶の重なり方」が違うと、薬の溶けやすさや効果が変わります。
- 結晶多形の判別: 粉末状態のまま、どの結晶構造(アモルファスか結晶かなど)が含まれているかを瞬時に見分けます。

固体NMRは、溶媒に溶けない高分子樹脂、電池の電極、触媒、セラミックスなどの材料解析に必須です。また、医学分野では骨や細胞膜タンパク質、薬学では薬の結晶状態を壊さずに調べる手法として広く活用されています。

コメント