この記事で分かること
1. なぜEUVでのASMLのシェアが高いのか
米国の国策プロジェクトに唯一の海外企業として参入し、基礎技術を独占したことが転機です。主要顧客からの直接出資で巨額の開発費を分散し、ツァイス等の世界最高峰の部品網を囲い込むことで100%のシェアを築きました。
2. ニコンはどう対抗するのか
EUVでの正面衝突を避け、内製化によるコスト優位性を活かした「ArF液浸の低価格攻勢」をかけます。さらに、生成AI向けHBM4などで需要が急増する「後工程(パッケージング)装置」に注力し新市場を狙います。
3. ArF液浸装置に競合はいないのか
製造できるのはASMLとニコンの2社のみで、シェア9割超のASMLが唯一の競合です。工場に深く根付く「ASML標準」の牙城を崩すため、ニコンはASML機との互換性を高めて挑みます。キヤノンは開発から撤退済です。
ニコンのASMLへの対抗策
日本経済新聞が報じたニコンの大村泰弘社長へのインタビューで、半導体露光装置市場で圧倒的なシェア(約8割)を握るオランダのASMLに対し、ニコンが明確な対抗軸を打ち出したことで、市場でも大きな話題となっています。
最先端のEUV(極端端外線)露光装置市場はASMLの独占状態にあり、装置の価格は1台あたり数百億円から、次世代のHigh-NA EUVでは500億円以上に高騰しています。
これに対しニコンは、自社が強みを持つArF液浸露光装置や、それ以下の世代(i線・KrF)の領域、あるいは生成AI向けなどで需要が急増しているアドバンスドパッケージング(後工程)市場をターゲットに据えているとみられます。
なぜASMLのシェアが高いのか
オランダのASMLが半導体露光装置市場で圧倒的なシェア(露光装置全体で約8割、最先端のEUV領域では100%)を誇り、事実上の「一強」となった理由は、単なる技術力だけでなく、歴史的な戦略の選択、アメリカの国策、そして独自のサプライチェーン構築が奇跡的に噛み合った結果です。
1. 米国の国策プロジェクト「EUV LLC」への唯一の海外参入
これがASMLの運命を分けた最大のターニングポイントです。
1990年代後半、次世代の露光技術であるEUV(極端紫外線)の基礎研究を進めるため、米国のエネルギー省(DOE)やインテル、AMDなどが主導して「EUV LLC」という国家級のコンソーシアムが結成されました。
- 日米半導体摩擦の影響: 当時、露光装置の覇者だったのは日本のニコンと佳能(キヤノン)でした。米国政府は「安全保障上の理由」から、最先端技術が日本企業に独占されるのを警戒し、ニコンとキヤノンのコンソーシアムへの参加を拒絶しました。
- 漁夫の利を得たASML: 米国市場でまだシェアの低かったオランダのASMLは、「技術を米国籍の拠点で開発・生産する」などの厳しい条件を飲むことで、例外的に参加を認められました。これにより、ASMLは米国が莫大な国家予算と時間をかけて培ったEUVの基礎研究成果を独占的に引き継ぐ権利を得たのです。
2. 台積電(TSMC)との「液浸(イマージョン)露光」での大逆転
EUVの実用化には長い時間がかかったため、2000年代前半にはその手前の世代の技術(ArFレーザー)をいかに延命するかが焦点となりました。
- ニコンの選択(F2レーザー): ニコンは順当な進化系として「F2レーザー(波長157nm)」の開発に巨額の投資を行っていました。
- ASMLとTSMCの選択(液浸技術): 当時TSMCのエンジニアだった林本堅(バーン・リン)氏が、レンズとウエハの間に「水」を挟むことで光の屈折率を変え、実質的な波長を134nmまで縮める「ArF液浸露光」を提唱しました。ニコンがこれをリスクが高いと見送る中、後発だったASMLはいち早くTSMCの提案に賭け、共同開発に乗り出しました。
この液浸露光が大成功を収め、ASMLは一気にニコンから市場シェアを奪い取り、世界最先端のファウンドリであるTSMCとの強固な信頼関係を築くことに成功しました。
3. 「顧客共同投資プログラム」による開発リスクの分散
EUV露光装置の開発には、数千億円以上の天文学的な研究開発費が必要であり、一企業の財務力では到底耐えられないリスクでした。そこでASMLは2012年、極めて大胆な財務戦略を打ち出します。
- ライバルを自社の株主に: ASMLは、自社の主要顧客であるインテル、TSMC、サムスン電子の3社に対し、ASMLの株式(計23%)を買い取らせると同時に、EUV開発資金を直接出資させる「顧客共同投資プログラム」を実施しました。
- 退路を断たれた半導体マクロ: これにより、顧客でありながら「ASMLのEUVを成功させなければ自社の投資も無駄になる」という運命共同体が完成しました。ニコンやキヤノンが自前主義で開発費の重圧に苦しむ中、ASMLは世界トップの半導体メーカーの資金とロードマップを完全にロックインして開発を突き進めることができたのです。
4. 模倣不可能な「オープン・イノベーション型」サプライチェーン
ASMLの装置は「人類史上最も精密な機械」と言われますが、実はその構成部品の約8割は外部から調達しています。ASMLの本質は、世界最高峰の技術を持つサプライヤーをオーケストラのように指揮する「システムインテグレーター」としての能力にあります。
- 唯一無二の独占パートナー:
- カール・ツァイス(ドイツ): EUVの超巨大で極めて平滑なミラー(鏡)を作れる世界で唯一の光学メーカー。ASMLはツァイスの半導体部門に24.5%出資し、完全に囲い込んでいます。
- サイマー(米国): EUVの光源(錫の微滴に高出力レーザーを照射してプラズマを発生させる技術)を持つ企業。ASMLは2013年に同社を完全買収しました。
他のメーカーが今からEUVを作ろうとしても、ツァイスのレンズやサイマーの光源を調達することができないため、物理的にASMLと同じ装置を作ることは不可能な構造になっています。
構造の違い
| 項目 | ASMLの戦略 | 従来の日本メーカー(ニコン等) |
| 開発スタイル | 欧米の国家プロジェクト連携、オープン・イノベーション | 垂直統合、自前主義の傾向が強かった |
| 資金調達 | 顧客(TSMC、インテル等)からの直接出資・巻き込み | 自社の利益および銀行融資中心 |
| サプライチェーン | 世界最高峰のニッチトップ(ツァイス等)を独占・囲い込み | 国内および自社グループ内での内製化 |
このように、「競合を排除する政治的枠組み(米国の後押し)」「顧客との利益共同体化」「他社が買えない部品網の独占」という、技術を超えた強固なビジネスモデル(モート=堀)を築き上げたことこそが、ASMLの一強シェアを支える真の理由です。

ASMLは、米国の国策PJ参画によるEUV技術の独占、TSMCと挑んだ「液浸露光」での大逆転、主要顧客(インテル等)からの直接出資によるリスク分散、そして独占部品網の囲い込みにより、牙城を築きました。
ニコンはどう対抗するのか
ニコンは、ASMLが100%のシェアを握る「EUV(極端紫外線)露光装置」の領域で正面衝突することはしません。開発費が巨額になりすぎ、投資回収の目処が立たないためです。
代わりにニコンは、戦場を「ASMLの手が届きにくい領域」や「これから急成長する新市場」にずらす戦略(非対称戦)で対抗します。具体的なアプローチは以下の3手です。
1. 垂直統合を活かした「ArF液浸・成熟ノード」での価格破壊
ASMLの装置は高性能ですが、多くの部品を外部に依存しているためコスト削減に限界があります。一方のニコンは、光学レンズなどのコア部品を自社で内製できる強みを持っています。
- コストリーダーシップ:現在も世界の半導体製造のボリュームゾーンである「ArF液浸露光」やそれ以前の世代(i線、KrF)において、「性能はASMLと同等、価格は圧倒的に安い」という選択肢を提示します。回路の微細化よりも投資対効果(ROI)を重視するファウンドリにとって、この低価格戦略は強力な選択肢になります。
2. 生成AIで爆発する「アドバンスドパッケージング(後工程)」の奪取
現在の半導体進化の主戦場は、回路を細くする(前工程)だけでなく、複数のチップを縦・横に精密につなぎ合わせる「パッケージング(後工程)」へとシフトしています。
- ニコンの光学技術が活きる理由:生成AIに不可欠なHBM4(高帯域幅メモリー)やチップレット、光電融合(CPO)といった次世代パッケージングでは、EUVほどの極限の細さは求められない一方、「大きな基板を、歪みなく一気に露光する技術」が必要です。ニコンはカメラや液晶・有機ELパネル用装置で培った超大型・高精密レンズの技術を応用し、この新市場でASMLの一歩先を行く戦略をとっています。
3. 「脱インテル」による全方位外交と成熟市場への深耕
これまでのインテル一本足打法を改め、需要があるあらゆるプレイヤーにアプローチします。
- ターゲットの多角化:TSMCやサムスン電子への食い込みはもちろん、日本のラピダス(Rapidus)、さらには電気自動車(EV)向けパワー半導体やIoTチップの生産で設備投資が旺盛な中国などの「成熟ノード市場」へ営業を強化します。最先端ではないものの、確実に利益を出せる市場へリソースを配分します。
戦略の本質:スペック競争から「実利」へのシフト
ニコンの対抗策の本質は、「世界最高スペックの機械を作るメーカー」から、「半導体メーカーの製造コストを最も下げられる実利的なパートナー」への脱皮です。EUVという頂上決戦はASMLに譲りつつ、その周辺に広がる巨大なボリュームゾーンと新市場を総取りするリアリズムを選択しています。
新社長のもとで始まったこのコスト攻勢や後工程シフトですが、同じ日本勢のキヤノンも「ナノインプリント」という別のアプローチで低コスト市場を狙っています。

ニコンはEUVでの正面衝突を避け、内製化の強みを活かした「ArF液浸等の低価格攻勢」と、生成AI向けHBM4などで需要が急増する「後工程(パッケージング)装置」に注力し、実利と新市場を狙う戦略で対抗します。
ArF液浸装置に競合はいるのか
ArF液浸露光装置の市場における最大の競合(にして絶対的王者)は、やはりASMLです。
ArF液浸装置を作れるメーカーは世界でASMLとニコンの2社しかありません。キヤノンはこの世代の市場には参入しておらず、事実上の一騎打ち(デュオポリー)の状態ですが、そのシェア構造は極端です。
1. 2社独占だが、シェアは「ASMLが9割超」の現状
ArF液浸装置の市場シェアは、ASMLが約90〜95%を握り、ニコンは数%〜1割未満にとどまっています。ニコンが「価格勝負」を挑むと言っているのは、この圧倒的な差をひっくり返し、シェアを奪還するためです。
なぜここまで差がついたのか?
かつて2000年代半ばに液浸技術が登場した当初は、ニコンとASMLの技術力は互角でした。しかし、以下の理由でASMLが市場を文字通り「総なめ」にしました。
- 「ASML標準」の確立: ASMLはTSMCやサムスン、インテルといった巨大ファウンドリと密に連携し、彼らの生産ライン(プラットフォーム)に完全に溶け込みました。半導体工場は一度導入したメーカーの装置(ソフトや操作性)を使い続ける傾向(ロックイン効果)が強いため、ニコンはリプレイス(置き換え)が極めて難しい状態に追い込まれました。
- 圧倒的なスループット(処理速度): ASMLの装置は、ウエハを載せるステージの移動速度や、エラーで止まらない稼働率(スループット)においてニコンを上回り、「高くても生産効率が良いからASMLを買う」という流れが定着してしまいました。
2. もう一人の日本勢「キヤノン」は競合にならないのか?
日本のキヤノンも露光装置の大手ですが、ArF液浸の領域では競合になりません。キヤノンはArF液浸の開発レースから過去に撤退しており、独自の戦略をとっています。
- キヤノンの戦略(ナノインプリント): キヤノンは光で回路を焼き付けるのではなく、ハンコのように型をウエハに押し付ける「ナノインプリント(NIL)」という全く別の技術で最先端・レガシー領域を狙っています。
- キヤノンの主戦場: 既存の光露光装置としては、i線やKrFといった、ArFよりもさらに前の世代(パワー半導体や車載向けなど)の成熟ドメインで高いシェアを持っています。
したがって、「ArF液浸装置」という製品カテゴリにおいて、ニコンの目の前に立ちはだかるのはASMLただ一社です。
ArF液浸装置にASML以外の競合はいません。だからこそニコンは、独占王者であるASMLの仕様にあえて自社製品をインテグレート(互換)させ、内製化による「低価格」を最大の武器にして、ASMLが握る9割のシェアから数〜数十%を削り取ろうという戦いを挑んでいます。

製造できるのはASMLとニコンの2社のみです。シェア9割超の絶対王者ASMLが唯一無二の競合であり、工場に深く根付く「ASML標準」の牙城を崩せるかが焦点です。キヤノンは液浸から撤退し別技術へ移行しています。

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