この記事で分かること
- 溶融塩蓄熱とは:余剰電力で塩を500°C以上の高温に溶かして熱として蓄え、必要な時にその熱で蒸気を発生させてタービンを回し発電する技術です。安価な材料で劣化が少なく、数日間の大容量貯蔵が可能なため長周期蓄電として注目されています。
- なぜ塩が使用されるのか:高温でも蒸発せず液体で安定し、大量の熱を長時間保持できるからです。肥料原料等の安価な素材で資源も豊富。化学反応を伴わないため30年以上の長寿命を誇り、既存の火力発電設備のタービンを再利用できる利点もあります。
溶融塩蓄熱
数日間(数十時間〜数百時間)にわたるエネルギー貯蔵を可能にする「長周期蓄電池(LDES)」の分野において、中国が圧倒的なリードを築いています。
https://newsdig.tbs.co.jp/articles/withbloomberg/2510503?display=1
中国は世界の蓄電池生産の80%以上、系統用(電力網用)蓄電池では約90%のシェアを握っており、リチウムイオン電池のみならず、次世代技術の社会実装でも他国を圧倒しています。
前回は圧縮空気蓄電に関する記事でしたが、今回は溶融塩蓄熱とは何かに関する記事を書きました。
溶融塩蓄熱とは何か
溶融塩蓄熱(Molten Salt Thermal Energy Storage)とは、文字通り「塩(えん)」を高温で溶かして熱としてエネルギーを蓄える技術です。太陽光や風力などの再生可能エネルギーで発生した余剰電力を熱に変え、巨大な断熱タンクの中で液体状の塩に蓄熱します。
1. 仕組みとプロセス
基本的には以下の3ステップで動作します。
- 蓄熱: 再エネの余剰電力を使ってヒーターを動かし、固体の塩を500〜600℃以上の高温に加熱して液体(溶融状態)にします。
- 保存: 液体になった塩を巨大な魔法瓶のような断熱タンクに貯蔵します。熱損失が極めて少なく、数日間から1週間程度、エネルギーを保持できます。
- 放電(発電): 電力が必要な時に、高温の塩を熱交換器に通して水を沸騰させ、高温・高圧の蒸気を作ります。この蒸気でタービンを回して発電します。
2. なぜ今、注目されているのか
リチウムイオン電池は数時間の蓄電には向いていますが、数日分の電力を貯めるにはコストが高すぎます。一方、溶融塩蓄熱は以下のメリットがあります。
- 低コスト: 硝酸ナトリウムや硝酸カリウムなどの一般的な塩を使用するため、材料費が非常に安価です。
- 長寿命: 化学反応を伴わない物理的な熱の移動であるため、充放電を繰り返しても劣化がほとんどなく、30年以上の運用が可能です。
- 大規模化が容易: タンクを大きくするだけで蓄電容量を増やせるため、ギガワット時(GWh)クラスの長周期蓄電に適しています。
3. 今後の展望と課題
もともとは太陽光を集熱して発電する「太陽熱発電(CSP)」で夜間発電を行うために使われてきましたが、現在は既存の火力発電所の設備(タービンや発電機)を再利用し、ボイラーだけを溶融塩タンクに置き換える「カーノー電池」としての活用が世界中で進んでいます。
課題は、熱から電気に戻す際の変換効率(往復効率)が40〜60%程度と、電池に比べて低い点です。
しかし、余剰電力を捨てる(出力制御する)くらいなら、安価な塩に貯めておく方が経済的であるという判断から、中国や欧米を中心に導入が加速しています。

余剰電力で塩を高温に溶かして熱を蓄え、必要な時に蒸気でタービンを回して発電する技術です。安価な材料で劣化が少なく、数日間のエネルギー貯蔵が可能。再エネの変動を抑える長周期蓄電として期待されています。
なぜ塩(えん)が選ばれるのか
数ある物質の中で、なぜ「塩(えん)」が長周期蓄電池の蓄熱媒体として選ばれるのか。それには、物理的な特性、経済性、そして安全性の3つのバランスが極めて優れているからです。
ここで言う「塩」は食卓塩(塩化ナトリウム)だけでなく、主に硝酸ナトリウムや硝酸カリウムの混合物が使われます。
1. 広い温度範囲で「液体」を維持できる
エネルギーを効率よく貯めるには、物質を高い温度にする必要があります。
- 液体の安定性: 塩は500°C〜600°Cという高温でも蒸発せず、液体の状態を安定して保てます。水のように100°Cで沸騰してガスにならないため、高圧容器に入れずとも大量の熱を保持できます。
- 比熱の高さ: 液体状の塩は熱を蓄える能力(比熱)が高く、コンパクトなタンクで膨大なエネルギーを貯蔵可能です。
2. 圧倒的な低コストと寿命
他の蓄電技術と比較して、材料費が劇的に安いのが最大の特徴です。
- 資源の豊富さ: 硝酸塩などは肥料の原料としても使われる一般的な物質であり、リチウムやコバルトのような希少金属(レアメタル)を必要としません。
- 劣化しない: 化学反応で充放電するリチウムイオン電池は、使うたびに内部が劣化します。しかし、塩は単に「熱くなる」「冷める」を繰り返すだけなので、30年以上経過しても性質が変わりません。
3. 既存の発電インフラとの相性
溶融塩蓄熱の出口は「蒸気」です。
- 火力発電の再利用: 既存の火力発電所にある蒸気タービンや発電機をそのまま使えます。石炭を燃やすボイラーの代わりに「熱い塩のタンク」を設置するだけで、カーボンニュートラルな発電所に改造できる(カーノー電池化)という大きな利点があります。
4. 課題:固まると厄介
唯一の大きな弱点は、温度が下がるとカチカチに固まってしまう(凝固)**ことです。
- 塩の種類によりますが、140〜220℃を下回ると固着し、配管を詰まらせてしまいます。そのため、システムを常に一定以上の温度に保つ「凍結防止」の運用ノウハウが必要となります。

高温でも蒸発せず液体で安定し、大量の熱を長時間保持できるからです。肥料原料などの安価な素材で劣化もほぼなく、既存の火力発電設備のタービンを再利用できるため、大規模・長期間の蓄電に極めて適しています。
どれくらいの規模で実用化されているのか
2026年3月現在、溶融塩蓄熱は「太陽熱発電(CSP)の標準装備」から、以下のように、単体での「巨大蓄電池(カーノー電池)」へと進化し、ギガワット時(GWh)級の規模で実用化が進んでいます。
中国:青海省の超大型タワー式太陽熱発電
- 規模: 350MW(単体で世界最大級)。
- 蓄熱能力: 14時間分。
- 状況: 2025年10月に着工し、2027年の稼働を目指しています。年間約9.6億kWhのクリーン電力を供給予定です。
中国:世界最大の圧縮空気蓄電(CAES)との融合
- 規模: 600MW / 2.4GWh。
- 場所: 江蘇省(2026年3月に完全稼働)。
- 技術: 圧縮空気の熱を管理するために**「溶融塩蓄熱」**を組み合わせています。これにより、燃料を燃やさずに効率71%という世界最高水準を達成しました。
米国:次世代原子力「Natrium」プロジェクト
- 規模: 345MW(発電出力)。
- 状況: ビル・ゲイツ氏率いるテラパワー社がワイオミング州で2026年3月に建設許可を取得。
- 特徴: ナトリウム冷却高速炉に溶融塩蓄熱システムを直結。原発の一定出力を塩に貯め、電力需要のピーク時に一気に放電(最大500MWまで増幅)する画期的な仕組みです。
導入規模
| 項目 | 2026年現在の状況 |
| 市場規模 | 世界の溶融塩蓄熱市場は約50億ドル(約7,500億円)規模。 |
| 主要地域 | 欧州(シェア4割)が先行していましたが、現在は中国(年率20%超の成長)が猛追・逆転しつつあります。 |
| 持続時間 | 多くの商用施設で8〜15時間の連続放電が可能。これはリチウムイオン電池の約4倍の長さです。 |

中国では1GW級の太陽光・熱ハイブリッド施設や、2.4GWhの圧縮空気蓄電と組み合わせた大規模施設が稼働・着工しています。米国でもビル・ゲイツ氏の次世代原発プロジェクトに採用されるなど、GW級の導入が本格化しています。

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