この記事で分かること
1. なぜ繊維にだけ貼り付くのか
フィルム表面の微細な突起が、繊維の複雑な隙間に入り込んで絡み合う「物理的なひっかかり(アンカー効果)」を利用しています。平滑な面には突起が刺さらず、接触面積も極めて小さいため、ベタつかずに繊維にのみ固定されます。
2. どのように突起を作るのか
東レのナノ積層技術や精密成形技術を用いています。溶融した樹脂を、超精密な加工を施した金型ロールに押し当てることで、ナノからマイクロ単位の微細な突起構造をフィルム表面に連続して転写・成形しています。
3. どんな樹脂を使うのか
主にポリオレフィン系樹脂が使われます。ベースとなる強固な樹脂に、弾性を持つ成分を分子レベルで混ぜ合わせるポリマーアロイ技術により、繊維に食い込む「柔軟な突起」と、ベタつきのない「硬い表面」を両立しています。
東レの繊維にのみ強力に接着するフィルム技術
東レは、繊維にのみ強力に接着し、プラスチックや金属などの平滑面には貼り付かない特殊なフィルム技術の開発に成功しています。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC221KU0S6A420C2000000/
従来の粘着剤(シールなど)は、相手が繊維であれプラスチックであれ、押し付ければどこにでも貼り付く性質を持っています。しかし、東レの新しいフィルムは「繊維の隙間(凹凸)」を物理的に利用し、繊維の複雑な構造にのみ絡みつくように接着することが可能です。
なぜ繊維だけに張り付くのか
東レが開発したこの技術は、従来の「化学的なベタつき(粘着剤)」ではなく、「物理的なひっかかり」を高度に制御することで実現しています。
なぜプラスチックには付かず、繊維にだけ付くのかは主に以下の3つのポイントに集約されます。
1. 「ヤモリの足」に似た微細構造(ナノ・マイクロ構造)
このフィルムの表面には、肉眼では見えないほど小さな微細な突起が無数に並んでいます。
- 繊維の場合: 糸と糸の間に複雑な隙間があります。フィルムを押し付けると、この微細な突起が繊維の隙間に入り込み、複雑に絡み合います。これにより、面ファスナー(マジックテープ)を極限まで細かくしたような「投錨(アンカー)効果」が生まれ、強力に固定されます。
- 平滑面(プラスチック等)の場合: 隙間がないため、突起が入り込む場所がありません。点と点で接するだけなので、滑ってしまい貼り付きません。
2. 樹脂の硬さと弾性のコントロール
従来の粘着剤は「半液体」のようなドロドロした状態ですが、このフィルムは「硬めのゴム」のような特性を持っています。
- 吸着しない: 表面がベタベタしていないため、平らな面に置いても分子レベルで密着(分子間力による吸着)することがありません。
- 復元力: 繊維から剥がすときは、突起が変形してスッと抜けるため、服に粘着剤が残る「糊残り」が発生しません。
3. 接触面積の圧倒的な差
接着力は「どれだけ密着しているか(有効接触面積)」で決まります。
| 相手の素材 | 接触の状態 | 結果 |
| 繊維(布) | 突起が奥まで入り込み、広い面積で接触する | 強く貼り付く |
| 平滑面(金属・プラ) | 突起の先端が触れるだけで、面積が極めて小さい | 貼り付かない |
「布のデコボコを鍵穴、フィルムの突起を鍵」にしている技術です。
平らなプラスチックには「鍵穴」がないため、鍵(フィルム)は刺さることも引っかかることもできず、結果として「貼り付かない」という不思議な現象が起こります。
これにより、カイロ同士を重ねても「鍵と鍵」がぶつかるだけなので、剥離紙なしで運用できるというわけです。

フィルム表面の微細な突起が、繊維の複雑な隙間に入り込んで絡み合う「物理的なひっかかり(アンカー効果)」を利用しています。平滑な面には突起が刺さらず接着面積も小さいため、ベタつかず繊維にのみ貼り付きます。
どのように突起を作るのか
東レが得意とするナノ積層技術や精密成形技術を応用しています。主に以下の2つのアプローチで、目に見えないほど細かな突起を形成しています。
1. フィルムの多層構造制御(ナノ積層)
フィルムを製造する段階で、性質の異なる複数の樹脂を数ナノメートル単位で幾層にも積み重ねます。
この際、表面層の樹脂の収縮率や材料特性を精密にコントロールすることで、冷却・固化する過程で表面に特定のパターンや微細な凹凸を自己組織的に浮かび上がらせます。
2. 金型転写(エンボス加工)
超精密に切削加工されたロール状の金型を用い、溶けた状態の樹脂フィルムに突起の形状を直接押し付けます。
- マイクロメートル単位: 繊維の隙間に合わせた最適な高さと密度の突起を形成します。
- 高速・大量生産: カイロのような消耗品に対応するため、連続したシート状で高速に製造できるこの手法が重要となります。
3. 材料の使い分け
突起そのものを作るだけでなく、その「硬さ」も重要です。柔らかすぎると繊維に負けて潰れてしまい、硬すぎると繊維を傷めます。
東レは、ベースとなるフィルムの強度を保ちつつ、表面の突起部分だけを適切な弾性を持つ素材に設計する「ポリマー設計技術」を組み合わせて、この絶妙な引っかかりを実現しています。

東レが得意とするナノ積層技術や精密成形技術を用いています。溶融した樹脂フィルムを、超精密に加工された金型ロールに押し当てることで、ナノからマイクロ単位の微細な突起構造を表面に連続して転写・形成します。
どんな樹脂を使うのか
この技術には、東レが得意とする「ポリマーアロイ(複数の樹脂の複合)」や「ポリオレフィン系樹脂」が主に使われていると考えられます。単一の素材ではなく、以下の役割を持つ成分を高度に組み合わせています。
- 基材部分(コシを作る): フィルムとしての強度を保つため、ポリエチレン(PE)やポリプロピレン(PP)などの汎用的な樹脂がベースとなります。
- 突起部分(柔軟性と弾性): 繊維の奥まで入り込み、かつ折れずに復元する必要があるため、エラストマー(弾性体)に近い性質を持つ特殊なポリオレフィン樹脂などが選定されます。
- 表面制御(非粘着性): 粘着剤(糊)のようなベタつきを抑えるため、常温では固体として振る舞い、かつ繊維との摩擦や引っかかりを最大化する独自のポリマー設計がなされています。

主にポリオレフィン系樹脂などが使われます。ベースとなる強固な樹脂に、弾性を持つ成分を分子レベルで組み合わせるポリマーアロイ技術により、繊維に食い込む「柔軟な突起」と、ベタつかない「硬い表面」を両立しています。
メリットと応用例は何か
東レの「繊維にのみ貼り付くフィルム」がもたらすメリットと、今後の広範な応用例には以下のようなものがあります。
1. 主なメリット
この技術は、従来の「粘着剤+剥離紙」という構造を根本から変えるため、環境・経済・利便性の3方向で大きな利点があります。
- 圧倒的なゴミの削減(環境)使い捨てカイロの剥離紙は、使用後すぐに捨てられる「無駄」の象徴でした。このフィルムを採用すれば剥離紙自体が不要になり、プラスチックや紙の廃棄量を大幅に削減できます。
- 利便性の向上(ユーザー体験)寒い屋外や手袋をした状態でも、袋から出してすぐに貼れるようになります。剥がした後のゴミをポケットにしまったり、風で飛ばされたりする煩わしさが解消されます。
- 製品の薄型化と物流効率(経済)剥離紙の厚みがなくなることで、製品1個あたりの厚みが数ミリ単位で薄くなります。これにより、同じ箱により多くの製品を詰められるようになり、輸送効率が向上して物流コストやCO2排出の抑制につながります。
- 糊残りの解消化学的な粘着剤を使用しないため、剥がした後に服の繊維が傷んだり、ベタベタした糊が残ったりする心配がほとんどありません。
2. 応用例と広がり
「繊維にだけ付く」という特性は、カイロ以外にも多くの分野で破壊的なイノベーションを起こす可能性があります。
パーソナルケア・衛生用品
- 生理用品・軽失禁パッド: 下着に固定するための剥離紙が不要になります。トイレでの動作がスムーズになり、ゴミも減らせます。
- おむつ: 止めテープの部分に応用することで、赤ちゃんの肌には付かず、おむつの繊維にだけしっかり留まる設計が可能になります。
スポーツ・アパレル
- ゼッケン・背番号: マラソン大会などで、服にピンを刺すことなく直接貼り付け、使用後は跡を残さず剥がせるようになります。
- ウェアラブルデバイスの固定: 心拍計などのセンサーをスポーツウェアの内側に一時的に固定する用途が期待されます。
医療・介護
- 包帯・サポーターの仮止め: 皮膚には貼り付かず、包帯同士や衣類にだけ固定できるため、肌が弱い方でも安心して使用できます。
- リハビリ用パッチ: 衣服の上から装着するタイプの器具やパッチの固定。
産業・物流
- 繊維製品の梱包・仮止め: 衣類を畳んで固定する際のテープとして。剥離紙が出ないため、工場や倉庫内での作業効率が飛躍的に高まります。

剥離紙が不要になることで、ゴミ削減や物流効率化、利便性向上を実現。糊残りもないというメリットを活かし、カイロ、生理用品、おむつといった衛生用品から、スポーツ用のゼッケン固定、医療用包帯の仮止め、産業用テープまで、繊維に関わる広範な分野での活用が期待されています。

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