この記事で分かること
1. Sanctuary AIはどんなロボット企業か
独自のAI「Carbon」を搭載した、汎用人型ロボット開発のトップランナーです。歩行よりも「手の器用さ」に特化しており、油圧駆動による人間並みに精巧な「5本指ハンド」の制御技術に最大の強みがあります。)
2. 油圧のほうが力加減が正確な理由は何か
油はほぼ縮まないため、力がロスなくダイレクトに伝わります。また、モーター駆動のような歯車の摩擦や隙間(ガタ)がないため、物体から受ける微細な反発力を正確に感知し、滑らかな力加減を制御できるからです。
3. 日本ゼオンが投資するのはなぜか
ロボット市場の将来性を狙うためです。ゼオンの強みである高機能ゴム(エラストマー)技術を活かし、人型ロボットの精密な手に不可欠な「強靭で柔軟な人工皮膚」を共同開発し、将来の量産需要を先取りする狙いがあります。
日本ゼオン、Sanctuary AIへの投資発表
日本ゼオンが子会社のZeon Ventures(CVC:コーポレートベンチャーキャピタル)を通じて、カナダの高度ロボティクス企業Sanctuary AI(サンクチュアリAI)への投資と技術交流の開始を発表しました。
Sanctuary AIは、カナダを拠点とする世界屈指の高度ロボティクス企業です。今回の投資は日本ゼオンが持つ高機能材料の技術を、ロボティクスという次世代の巨大市場へ適合させるための「生きた実験場(フィードバックループ)」を得ることが最大の目的です。
どんなロボット企業なのか
Sanctuary AIは、「人間の代わりにどんな仕事もこなせる汎用人型ロボット(ヒューマノイド)」の開発に特化した、世界トップクラスのスタートアップ企業です。
テスラ(Optimus)やフィギュアAI(Figure)といった名だたる巨頭がひしめく人型ロボット業界の中で、トップ集団の一角を占めています。彼らの最大の特徴と強みは、以下の3点に集約されます。
1. 人間の「手の器用さ」の再現に執念を燃やすハードウェア
多くのロボット企業が「歩行技術」や「脚」に注力する中、Sanctuary AIは「手(マニピュレーション)」の進化に凄まじいリソースを割いています。
同社の最新ロボット「Phoenix(フェニックス)」(上の画像)は、人間の手に近いサイズと可動域を持つ5本指を備えています。
- 独自の油圧(ハイドロリック)駆動: モーター駆動ではなく油圧をメインに採用することで、正確な力加減(フィードバック)を可能にしています。これにより、卵を割らずに掴む、製品を優しく箱に詰める、といった「人間にとっては簡単だがロボットには超難関」な作業をクリアしています。
- 基本スペック: 身長約170cm、体重約73kg。時速約5kmで移動し、約25kgの荷物を運ぶことができます。
2. 脳の役割を果たすAI制御システム「Carbon(カーボン)」
彼らは自社を「ハードウェア企業ではなく、AI(脳)の企業」と定義しています。その中核が「Carbon」と呼ばれる独自のAIプラットフォームです。
Carbonは、大規模言語モデル(LLM)やマルチモーダルAIをロボティクスに応用したシステムです。
- 言葉を理解して動く: 人間が「あの棚の青いボトルを取って、箱に入れて」と自然な言語で指示すると、AIがそれを解釈してロボットの各関節へ具体的な動きの命令に変換します。
- 見て、触って、学ぶ: カメラからの視覚情報と、手のセンサーからの触覚情報をリアルタイムに統合し、初めて触る物でも適切な強さで扱えます。
3. 「遠隔操作」からデータを集めて自律化するアプローチ
彼らのユニークなビジネス戦略が、「テレオペレーション(遠隔操作)」によるデータの即時収集と現場実装です。
最初から完璧なAI自律行動を目指すのではなく、まずは人間がVRゴーグルと特殊なグローブを着用して、ロボットをアバターのように遠隔操作して働かせます。
この遠隔操作を通じて、「人間がどう判断し、どう手を動かしたか」の超高品質なデータが Carbon AI に蓄積されます。
これを学習させることで、徐々にロボットが「自分で考えて動く割合(自律性)」を高めていく仕組みを構築しています。すでにカナダの大手小売チェーン(Canadian Tireなど)の実際の店舗や倉庫に導入され、商品の棚出し、袋詰め、ラベル貼りといった100種類以上のタスクを実証実験で成功させています。
つまり彼らは、「世界最先端のロボットの肉体(ハードウェア)はあるが、もっと進化させるための次世代材料を渇望している」状態です。ここにゼオンの高機能材料がカチッとはまるため、非常に強力なパートナーシップとして注目されているわけです。
Sanctuary AIのロボットは「油圧駆動の精密な手」や「全身の柔軟な制御」を行うため、機体を軽くする素材、強い圧力に耐えるシール材料(エラストマー)、素早く反応するセンサー材料が常に不足しています。

Sanctuary AIは、人間の代わりに多様な仕事をこなす「汎用人型ロボット」開発のトップランナーです。独自のAI「Carbon」を搭載し、油圧駆動による人間並みに精巧で器用な「5本指の手」の動きに最大の強みを持っています。
どのくらい細かい作業ができるのか
Sanctuary AIのロボット「Phoenix(フェニックス)」は、現在の人型ロボット業界の中でもトップクラスに細かく、かつ人間らしい作業ができます。
彼らは「歩くこと」よりも「手の器用さ(微細マニピュレーション)」に技術を特化させており、人間の手先の感覚に限りなく近い作業が可能です。具体的には、以下のようなレベルの作業をクリアしています。
1. 指先の驚異的なセンサー精度
人間の指先は非常に敏感ですが、Phoenixの指先には高精度な新型触覚センサー(超小型気圧計の配列)が組み込まれています。
- わずか 5mN(ミリニュートン)の力を検知: これは人間が指先で感じる限界(約3mN)に肉薄する感度です。
- 力加減のコントロール: 卵や薄いプラスチックコップを潰さずに優しく掴む、ペラペラの紙のラベルを破らずにつまんで剥がす、といった極めて繊細な力加減が可能です。
2. 実際に実証されている「細かい作業」の例
すでに実際の小売店舗や物流倉庫、製造現場のテストで110種類以上のタスクを成功させています。
- 袋詰め・パッキング: 折りたたまれたビニール袋を指先で開き、中に商品を傷つけずに詰める。
- ラベル・タグ貼り: 衣服の小さなタグをピンポイントで掴んで値札シールを貼る。
- 工具・部品の扱い: 小さなネジやボルトを仕分ける、工具を正しく握ってネジを締めるといったアセンブリ(組み立て)作業。
- インハンド・マニピュレーション: 掴んだ物体を、手から落とさずに指先だけで「くるくる 回して向きを変える」という、ロボットにとって最高難度の指先制御。
3. 目を瞑っても作業できる「ブラインドピッキング」
2025〜2026年にかけての大きな進化として、「手探り(触覚のみ)での作業」が可能になりました。
従来のロボットはカメラ(視覚)に頼り切っていたため、影になって見えない場所や、箱の奥深くにある物は掴めませんでした。
しかしPhoenixは、カメラの視界が遮られても「指先の触覚」だけで、物の形や硬さ、滑り具合(摩擦)をリアルタイムに察知し、手探りで小さな部品を正しくつまみ出す(ブラインドピッキング)ことができます。
こ れほど繊細な指先の動きを、何万回・何百万回と繰り返すには、指の表面の「人工皮膚」にあたる柔軟なエラストマーや、屈曲しても断線しない微細なセンサー配線材料が不可欠です。ゼオンの技術は、この「人間の手を超えるレベルの器用さ」をさらに安定させるために投入されます。

触覚センサーを備えた5本指で、わずか5mNの微細な力を検知。卵を潰さずに掴む力加減や、薄いビニール袋を開ける、破らずにラベルを剥がす、手探りで小さなネジを仕分けるといった人間並みに繊細な作業が可能です。
油圧のほうが力加減が正確な理由は何か
ロボットを動かす際、電気(モーター)よりも油圧のほうが力加減を正確にコントロールできる理由は、主に「物質としての性質(非圧縮性)」と「構造のシンプルさ」にあります。
1. 油は「縮まない」から、力がダイレクトに伝わる
最大の理由は、油(液体)が「いくら押しても体積がほとんど縮まない(非圧縮性)」という性質を持っている点です。
- 空気やバネの場合: ギュッと押すと縮んでしまうため、力が逃げてしまい、相手に伝わる力がブレます。
- 油圧の場合: パイプの片側を「1」押せば、もう片側からも寸分の狂いもなく「1」の力が瞬時に出力されます。この「遊びがない」性質により、1mN(ミリニュートン)単位の極めて微細な圧力のコントロールが、時間差なく正確に行えます。
2. 「モーター+ギヤ」のような摩擦やガタ(バックラッシ)がない
電気モーターで大きな力を出したり、繊細な動きをさせたりするには、回転数を落とすための「ギヤ(歯車)」を何重にも組み合わせる必要があります。
- モーターの弱点: 歯車同士が噛み合うときには、どうしても目に見えない「隙間(バックラッシ)」や「摩擦」が生じます。これが原因で、ロボットが物を掴む瞬間に「カクッ」と余計な力が加わってしまい、生卵を割ってしまうようなミスが起こりやすくなります。
- 油圧の利点: 油の圧力を直接シリンダーに送り込んで伸縮させるため、ギヤが不要です。摩擦によるノイズがなく、ヌルヌルと滑らかに動かせるため、対象物に触れた瞬間の力加減を完璧にコントロールできます。
3. 外から加わった力を「そのまま検知」できる(バックドライバビリティ)
油圧システムは、ロボットが「力を出す」だけでなく、相手から「押し返される力」を感知する能力(バックドライバビリティ)が非常に高いです。
ロボットの指先が物に触れると、その反発力で油圧パイプ内の油の圧力が変化します。この「油の圧力変化」をセンサーで感知するだけで、ロボットは自分が今どれくらいの強さで物に触れているかをリアルタイムに把握できます。
モーター+ギヤの構造だと、ギヤの摩擦が邪魔をして「外から押し返されている微妙な力」をモーター側で感知するのが難しくなります。
モーターが「カチカチとしたデジタルな回転」を歯車で無理やり制御するのに対し、油圧は「縮まない水柱」を注射器で押し出すような仕組みです。そのため、触れた瞬間の柔らかい力加減や、壊れやすい物を扱うときの微調整が圧倒的に得意になります。

油はほとんど縮まない(非圧縮性)ため、加えた力が逃げずにダイレクトに伝わります。さらにモーター駆動のような歯車の摩擦や隙間(ガタ)がないため、繊細な反発力を正確に感知し、滑らかな力加減が可能です。
日本ゼオンが投資するのはなぜか
日本ゼオンの狙いは、一言で言えば「次世代ヒューマノイドに必要な高機能ゴム(エラストマー)の需要を独占し、将来の成長市場を押さえるため」です。
1. ロボットハンド向け「超タフな人工皮膚・部材」の共同開発
Sanctuary AIの強みである「人間並みに器用な5本指ハンド」を工場や倉庫で24時間ガシガシ動かすには、触覚レベルの繊細さと、産業用途に耐える圧倒的な耐久性(タフさ)を両立する新材料が絶対に必要になります。
ゼオンが世界トップクラスの技術を持つ「エラストマー(高機能なゴム・樹脂材料)」を応用し、ロボットの関節や指先に最適なタフで柔軟な部材を一緒に開発するのが一番の目的です。
2. 次世代ロボット市場での「新素材需要」の先取り
人型ロボットが将来、世界中で何百万台と量産される時代を見据え、ゼオンは今のうちからトップ集団(Sanctuary AI)の機体に自社の素材を深く組み込もうとしています。これにより、ロボティクスという巨大な新市場での素材シェアを先行して獲得する狙いがあります。
3. 中期経営計画「STAGE30」の達成
ゼオンは、2028年度までに「モビリティ」「医療・ライフサイエンス」「情報通信」「GX(グリーン・トランスフォーメーション)」の成長4分野の売上比率を48%まで引き上げる計画を掲げています。
今回の投資はこの成長戦略の一環であり、ロボティクス技術を通じてこれらの分野(特にモビリティや産業自動化)での事業ポートフォリオを強化する強力な布石となります。

次世代ロボット市場の主導権を握るためです。世界トップのゴム・樹脂技術(エラストマー)を活かし、人型ロボットの精密な手に不可欠な「強靭で柔軟な人工皮膚」などの新素材を共同開発し、将来の量産需要を先取りする狙いがあります。

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