この記事で分かること
1. 昇降圧電源リファレンス基板とは
入力電圧の上下に関わらず一定電圧を出力する回路において、半導体メーカーが効率やノイズ対策を極限まで最適化し、顧客である機器開発メーカーに提供する「検証済みの設計見本(お手本)基板」のことです。
2. どのように昇降圧するのか
コイルへの充電と放電を繰り返す高速制御が基本です。4つのスイッチを自動制御し、入力電圧が目標より高い時は「降圧」、低い時は「昇圧」、同等の時は双方を連動させることで、常に一定の電圧を維持します。
3. なぜ超小型化出来たのか
極小IC(WLCSP)の採用、機能内蔵による部品数の削減(計5点)、高周波制御による周辺部品(コイル等)の小型化、そしてこれらを隙間なく最短配線で敷き詰めるロームの高密度基板設計技術によるものです。
ロームの超小型昇降圧電源リファレンス基板
2026年6月23日、ローム(ROHM)はスマートリングやスマートウォッチなどの超小型ウェアラブル・IoT機器向けに、実装面積を極限まで削減した昇降圧電源リファレンス基板「BD83070GWL-EVK-002」を発表しました。
エッジAI端末やスマートセンサーの普及に伴い、「いかに限られたバッテリースペースで長時間駆動させるか」という省電力・小型化競争が激化する中、非常に実用性の高いソリューションとして注目されています。
昇降圧電源リファレンス基板とは何か
「昇降圧電源リファレンス基板」とは、半導体メーカーが顧客(機器開発メーカー)に対して、「自社の電源ICを使って、最も効率が良くノイズの少ない理想的な電源回路を組むための『動くお手本(設計見本)』として提供する評価用基板」のことです。
1. 「昇降圧(Buck-Boost)」とは(動作方式の役割)
電源回路には、入力された電圧を「下げる(降圧)」ものと「上げる(昇圧)」ものがありますが、昇降圧は、入力電圧がターゲットとなる出力電圧より「高くても低くても」、常に一定の電圧を安定して出力できる方式です。
- なぜ必要なのか?:例えば、リチウムイオンバッテリーは満充電時に約4.2Vですが、使い続けると約2.5Vまで電圧が低下します。このバッテリーを使って、常に「3.3V」で動くICに電力を供給したい場合、初期は「4.2V → 3.3V(降圧)」、バッテリー終期は「2.5V → 3.3V(昇圧)」をシームレスに行う必要があります。
- メリット: バッテリーのエネルギーを文字通り「絞り出す」まで使い切ることができるため、スマートリングなどの超小型・長寿命デバイスには必須の技術です。
2. 「リファレンス基板(Reference Board)」とは(提供形態の役割)
半導体メーカー(ロームやTIなど)が電源ICを販売する際、IC単体だけを渡されても、周辺にどんなコンデンサやコイル(インダクタ)をどう配置すればいいか、顧客側はすぐには分かりません。
そこで、「この通りに作れば、カタログスペック通りの最高の性能が出ます」という回路図、部品表(BOM)、そして実際に部品をハンダ付けした物理的な基板をセットにしたものが「リファレンス基板(またはリファレンスデザイン)」です。
電源設計において「お手本」が重要な理由
高周波でスイッチング(ON/OFF)を行うDCDCコンバータの設計は、非常に繊細です。
- 部品同士の距離が1mmズレるだけで、基板の配線がアンテナになってノイズ(EMI)を撒き散らす。
- 寄生インダクタンス(意図しない抵抗やコイル成分)によって、電力変換効率が大幅に悪化する。
- 異常発熱や、最悪の場合はICが破損する。
リファレンス基板は、半導体メーカーの凄腕電源エンジニアが、これらノイズや熱の対策をすべてクリアした「最適化済みのレイアウト」そのものです。
開発者がリファレンス基板を使うメリット
機器開発メーカー(セットメーカー)のエンジニアは、この基板を導入することで以下のような恩恵を受けます。
- 開発期間(Time-to-Market)の圧倒的な短縮ゼロから試作基板を作ってノイズ対策に何週間も悩む必要がなく、メーカーが公開しているCADデータをそのまま自社の製品基板に流用(コピー&ペースト)できます。
- 即座に性能評価が可能測定器にリファレンス基板を繋ぐだけで、「本当に97%の効率が出るか」「待機電流はどれくらいか」を実測して確認できます。
- 部品選定の最適化「このICの性能を引き出すには、〇〇社製のこの型番のコイルを使うべし」という推奨部品リストが最初から揃っているため、部品選定の迷いがなくなります。
「スマートリングなどの極小デバイスを作りたいメーカーに向けて、『この通りにレイアウトすれば、わずか12.87mm²のスペースで、バッテリーを極限まで長持ちさせる昇降圧電源が確実に作れますよ』という、検証済みの設計図面付き実物サンプル」を提示した、ということになります。

昇降圧電源リファレンス基板とは、入力電圧の上下に関わらず一定電圧を出力する電源回路において、半導体メーカーが効率やノイズ対策を最適化して顧客に提供する「設計見本(お手本)基板」のことです。
どのように昇降圧するのか
昇降圧電源(主にロームの製品などにも採用されている「4スイッチHブリッジ方式」)が電圧を上げ下げする仕組みは、「コイル(インダクタ)に電気を『溜めて(ON)』『吐き出す(OFF)』という超高速なスイッチング制御」です。
回路の基本コンポーネントである「スイッチ(MOSFET)」「コイル」「コンデンサ」の連携によって、以下のメカニズムで動作しています。
1. 根底にある基本原理(エネルギーの蓄積と放出)
すべてのDC-DCコンバータは、コイルの「電流の変化を拒み、流し続けようとする性質(自己誘導作用)」を利用しています。
- 【ステップ1:蓄積(ON)】スイッチを閉じてコイルに電圧をかけると、コイルに電流が流れ、内部に磁気エネルギーが溜まります。
- 【ステップ2:放出(OFF)】スイッチを急に開いて回路を遮断すると、コイルは「電流を流し続けよう」として、自ら高い電圧(逆起電力)を発生させ、出力側のコンデンサと負荷へエネルギーを吐き出します。
このONとOFFの時間比率(デューティ比)を1秒間に数十万〜数百万回(MHzオーダー)の超高速で変化させることで、出力電圧を一定に制御します。
2. 「状況に応じた3つのモード」の切り替え
ロームの「BD83070GWL」のような最新の昇降圧ICは、入力電圧(バッテリー残量)と設定したい出力電圧を常に比較し、4つのスイッチ(入力側に2つ、出力側に2つ)を自動で動かしてモードを切り替えています。
① 降圧モード(入力電圧 > 出力電圧のとき)
バッテリーが満充電のときなど、電圧を下げるモードです。
- 出力側のスイッチを「出力へ直通」の状態に固定します。
- 入力側のスイッチだけを高速でON/OFF(PWM制御)し、必要な分だけエネルギーを小出しにして電圧を下げます。
② 昇圧モード(入力電圧 < 出力電圧のとき)
バッテリーが消耗してきて、電圧を上げるモードです。
- 入力側のスイッチを「入力から直通」の状態に固定します。
- 出力側のスイッチを高速でON/OFFし、コイルのGND(地面)へのショートと開放を繰り返すことで、コイルに強い逆起電力を発生させて電圧を跳ね上げます。
③ 昇降圧モード(入力電圧 ≒ 出力電圧のとき)
入力と出力の差がほとんどない、最も制御が難しい領域です。
- 4つのスイッチすべてを連動させて動かします。
- 降圧動作と昇圧動作を1周期のなかでスムーズに組み合わせることで、電圧のバタつき(ノイズや変動)を抑えながら、滑らかに一定電圧を維持します。
技術的なポイント
この「降圧・昇圧・昇降圧」の境界線をまたぐ際、従来のICでは電力効率が落ちたり、出力電圧が不安定(リップルノイズの発生)になったりする課題がありました。
今回のロームの基板に載っているIC(BD83070GWL)は、このモード移行時の制御(独自のHブリッジ制御アルゴリズム)を極めて高精度に行うことで、境界領域でも90%以上の高い変換効率と低ノイズを維持できる点が技術的な強みとなっています。

コイルに電気を「溜めて吐き出す」高速なスイッチング制御が基本です。4つのスイッチを自動で切り替え、入力電圧が目標より高い時は降圧、低い時は昇圧、同等の時は双方を連動させ、常に一定電圧を維持します。
なぜ超小型化出来たのか
ロームがリファレンス基板「BD83070GWL-EVK-002」において、12.87mm²(3.3mm × 3.9mm)という超小型化を達成できた理由は、単に「ICが小さいから」だけではありません。ICのパッケージ構造、周辺部品の削減、動作周波数、そして基板アートワーク技術の4つが極限まで噛み合った結果です。
1. IC自体が米粒以下の極小サイズ(WLCSPの採用)
中核となる電源IC「BD83070GWL」は、1.20mm × 1.60mm(厚さわずか0.57mm)という、極小パッケージを採用しています。
これはシリコンウエハから切り出したチップにそのまま端子を形成する「WLCSP(Wafer Level Chip Scale Package)」と呼ばれる技術によるもので、従来のプラスチックモールド(樹脂パッケージ)のような無駄な余白面積やリードピンの出っ張りが一切ありません。
2. 周辺部品を「わずか5点」に絞り込む内蔵技術
一般的な電源ICは、狙った出力電圧(3.3Vなど)を作るために、外付けの「電圧設定用抵抗」が複数必要になります。
しかし、このICは出力電圧の設定回路を内部に統合しています(VSEL端子のHIGH/LOWで2.5V/3.3Vを切り替えるプリセット方式)。
さらに位相補償回路なども内蔵化することで、必要な外付け部品を「コイル1個、コンデンサ3個」の計4点にまで削減。IC本体と合わせてわずか5点で回路が完結します。
3. スイッチングの「高周波化(1.5MHz)」による部品の小型化
このICは、1秒間に150万回(1.5MHz)という超高速でスイッチング(ON/OFF)を行います。
電気を溜めて吐き出す回数がそれだけ多いため、1回あたりに蓄えるエネルギー量が少なくて済み、結果として物理的なサイズが非常に小さいコイルやコンデンサを選択できるようになります。これにより、周辺部品そのものの専有面積を劇的に減らしました。
4. 最小化を追求したロームの基板設計(アートワーク)
いくら部品が小さくても、それらを繋ぐ基板上の配線(パターン)に無駄があれば面積は広がってしまいます。
ロームは4層基板を採用し、表面だけでなく基板の内部(内層)や裏面へのビア(通り道)を効果的に配置。ノイズの干渉や電力ロスを防ぐ「最短配線」を維持しながら、5つの部品をパズルのように極限まで高密度に敷き詰めるレイアウトを完成させました。
「極小IC」×「部品を極限まで減らす回路内蔵技術」×「小さな部品で済む高周波制御」の3つを、ロームが持つ「高度な基板レイアウト技術」を一つに落とし込んだからこそ、このサイズが実現しました。

米粒以下の極小IC(WLCSP)の採用、回路内蔵化による構成部品の5点への削減、1.5MHzの高周波制御による周辺部品(コイル等)の小型化、そしてこれらを隙間なく敷き詰める高密度基板設計技術により実現しました。

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