東レの新研究拠点マテリアルイノベーションセンター

この記事で分かること

マテリアルイノベーションセンターの研究内容

「グリーンとナノの融合」をテーマに、環境配慮型のGX素材や、空飛ぶクルマ等の次世代モビリティ用樹脂、JAXAと連携した宇宙空間での3Dプリント技術、AIを駆使した超高速素材開発などを行います。

バイオ原料に力を入れる理由

独自の膜技術で非可食植物から低コスト・省エネで精製できる強みがあり、石油由来と同じ高品質な素材を提供できるため。世界的な環境規制強化を商機に変え、企業の脱炭素需要を捉える戦略的な狙いがあります。

東レの技術で消費エネルギーを減らせる理由

熱で水分を蒸発させる従来法と違い、目詰まりしない高性能な分離膜に物理的な圧力をかけて水分を搾り出すため。水を沸騰させる膨大な熱エネルギーが不要となり、製造時の消費電力を大幅に削減できます。

東レの新研究拠点マテリアルイノベーションセンター

 東レは6月29日、名古屋事業場(名古屋市港区)に新たな研究拠点「マテリアルイノベーションセンター(MIC)」を開設し、開所式を執り行いました。

 MICでは、10〜20年後の社会課題解決を見据え、主にグリーントランスフォーメーション(GX)、次世代モビリティ、宇宙領域への挑戦という3つの領域にリソースを投入します。

 日本のものづくりの中心地である名古屋に、こうしたオープンな研究開発拠点が誕生したことで、今後のサプライチェーンを揺り動かすような革新素材の誕生が期待されています。

どんな研究を行うのか

 名古屋のマテリアルイノベーションセンター(MIC)で行われる研究は、一言でいうと「グリーン(環境)とナノ(超微細技術)の融合」が大きなテーマです。

 単に新しいプラスチックを作るだけでなく、素材のミクロな設計から、それをどう循環(リサイクル)させるか、さらには「宇宙空間でどう使うか」といった未来の製造プロセスまで、かなり踏み込んだ研究が行われます。具体的には、以下の4つの領域が研究の柱となっています。

1. 宇宙空間での「オンデマンドものづくり」

 今、最もニュースなどで注目されているのが宇宙領域の開拓です。

  • 宇宙仕様のタフな素材: 強い放射線や紫外線、激しい温度変化に耐えられる特殊な高機能素材を研究しています。
  • 3Dプリントでの補修パーツ製造: JAXA(宇宙航空研究開発機構)に採択された技術をベースに、宇宙ステーション内で必要な補修部品をその場で3Dプリンターを使って作るための設備や技術の開発を進めています。これまでは地上からロケットで運ぶしかなく、重さやサイズの制約が大きかった問題を解決する狙いです。

2. GX(グリーントランスフォーメーション)素材とプロセス設計

 地球温暖化ガス(GHG)を減らすための「グリーンテクノロジー」の研究です。

  • バイオ原料&リサイクル: 石油に頼らない植物由来のポリマー(プラスチック)の開発や、使い終わった素材を効率よく高品質にリサイクルする技術を追求します。
  • 環境負荷の低い「作り方」: 素材そのものだけでなく、製造プロセスの段階から環境負荷を低減させるための、化学工学的なアプローチを研究します。

3. 次世代モビリティ(空飛ぶクルマ、ドローンなど)への応用

 自動車の電動化(EV)や、新しい時代の乗り物に対応する素材開発です。

  • 超軽量・高強度の複合材料: 東レの得意分野である炭素繊維と樹脂を組み合わせた「炭素繊維複合材料(CFRP)」をさらに進化させます。
  • 多様な次世代モビリティへの対応: EVの軽量化だけでなく、UAM(空飛ぶクルマ)やドローン、自動運転車に求められる、軽くて電波を通しやすい素材、熱を効率よく逃がす樹脂などを開発します。敷地内にある「環境・モビリティ開発センター(EMC)」などと連携して、実機に近い形での評価・デジタル提案まで一気通貫で行います。

4. AIとデジタルを駆使した「超高速な素材開発」

 MICには、素材の研究者だけでなく、DX(デジタルトランスフォーメーション)の人材も集結しています。

  • マテリアルズ・インフォマティクス(MI): AIや計算化学を使って、何万通りもある分子の組み合わせから「狙い通りの特性を持つ素材」をコンピューター上でシミュレーションします。これまでの職人技的な試行錯誤に頼る開発から脱却し、開発期間を大幅に短縮する手法を高度化させています。

 これまでは「炭素繊維チーム」「樹脂チーム」のように専門ごとに分かれがちだった約140名の研究員が、壁のないワンフロア(フリーアドレス制)に集まっています。

 例えば、「宇宙の3Dプリントに、自動車の軽量化技術を応用してみよう」といった、分野をまたいだアイデアの化学反応が日々期待されている場所です。

同拠点では「グリーンとナノの融合」をテーマに、環境配慮型のGX素材や、空飛ぶクルマ等の次世代モビリティ用樹脂、JAXAと連携した宇宙空間での3Dプリント技術、AIを駆使した超高速素材開発などを行います。

バイオ原料に力を入れる理由は何か

 東レがバイオ(植物由来)原料に注力する背景には、単なる環境への配慮にとどまらない、独自の技術的強み市場の構造変化をとらえた戦略的な理由があります。

1. 独自の「膜技術」でコストとエネルギーを圧倒的に抑えられる

 東レが持つ世界トップクラスの水処理分離膜技術が、バイオ素材の製造において強力な武器になっています。

  • 50%以上の省エネ精製: 植物(サトウキビの搾りかすやキャッサバの残渣など)から化学品の原料となる糖を抽出・濃縮する際、従来の熱で蒸発させる方法に比べ、東レの膜技術を使うと消費エネルギーを半分以下に抑えられます。
  • 非可食へのこだわり: トウモロコシなどの食料と競合しない「非可食バイオマス(農業残渣)」を効率よく高付加価値化できるため、安定かつ安価に原料を確保できる独自の強みを持っています。

2. 劇的なGHG(温室効果ガス)の削減効果

 植物は成長過程でCO2を吸収するため、ライフサイクル全体での炭素排出量を大幅に削減できます。さらに、特定の素材ではプロセスレベルで劇的な効果があります。

  • N2O(一酸化二窒素)の排除: 自動車やエアバッグ等に使われるナイロン66の原料(アジピン酸)を100%バイオ化する技術を開発。従来の石油由来プロセスで発生していた、CO2の約300倍の温室効果を持つN2Oを完全にゼロにできます。

3. 「石油由来と全く同じ物性」という市場優位性(ドロップイン)

 東レの開発するバイオポリエステルやバイオナイロンは、石油由来の従来品と分子構造や物理的特性が完全に同一です。

  • 顧客の設備投資が不要: 自動車メーカーやアパレルブランド(ホンダやユニクロなど)は、既存の製造ラインや成形金型を何一つ変えることなく、原料を東レのバイオ素材に置き換える(ドロップインする)だけで、製品の脱炭素化を達成できます。

4. グローバルな規制強化を「ビジネスチャンス」に変えるため

 欧州をはじめ世界中でプラスチック規制や、製品の製造から廃棄までを通じた環境負荷(LCA)の評価が厳格化しています。

  • 先手を打ってバイオプラスチックのサプライチェーン(出光興産や海外大手化学企業との連携、国際認証の取得など)を構築することで、環境対応に迫られるグローバル企業の需要を捉え、環境価値をそのまま「経済価値(新たな利益の柱)」に変える狙いがあります。

 「自社の得意な膜技術を活かすことで、食料を奪わず、石油由来と全く同じ高品質なグリーン素材をどこよりも低エネルギーで作って覇権を握れるから」というのが、東レがバイオ原料に賭ける最大の理由です。

独自の膜技術で非可食植物から低コスト・省エネで精製できる強みがあり、石油由来と同じ高品質な素材を提供できるため。世界的な環境規制強化を商機に変え、企業の脱炭素需要を捉える戦略的な狙いがあります。

水処理分離膜技術とは何か、なぜ東レの技術で、消費エネルギーを減らせるのか

 水処理分離膜技術とは、目に見えないほど微細な穴が開いた「膜」をフィルターとして使い、水の中から特定の物質(不純物、イオン、微生物、化学物質など)だけをきれいにろ過・分離する技術です。

 穴の大きさによっていくつかの種類に分かれますが、最も目が細かいのが「逆浸透(RO:Reverse Osmosis)膜」です。

 これは水分子は通しますが、水に溶けている塩分(ナトリウムイオンなど)すら通さないため、海水を淡水化する際などに広く使われています。

なぜエネルギーを劇的に減らせるのか?

 従来の化学プロセスで、植物の搾り汁から余分な水分を飛ばして「糖」を濃縮する場合、溶液をグラグラと沸騰させて水分を蒸発させる「蒸発濃縮」が一般的でした。

 しかし、水は「蒸発する(液体から気体へ相変化する)」ために膨大な熱エネルギー(蒸発潜熱)を必要とします。

 一方、東レの分離膜技術は、溶液にポンプで物理的な圧力(圧搾)をかけるだけで、水分子だけを膜の外に押し出します。

項目従来の蒸発濃縮東レの分離膜濃縮
原理熱を加えて水分を沸騰・蒸発させる圧力をかけて膜で水分だけを搾り出す
必要なエネルギー膨大な熱エネルギー(燃料・電気)ポンプを動かす電気エネルギーのみ
エネルギー削減率基準(100%)50%〜70%以上削減
対象への影響熱で成分が劣化・変質するリスクあり常温で処理できるため品質が安定

なぜ「東レの技術」で可能なのか?

「膜で水分を搾り出す」という原理自体はシンプルですが、いざ産業用(バイオ原料の製造など)に使うとなると、技術的に非常に高いハードルがあります。

 東レがこの分野で世界をリードしているのには、高分子化学(ポリマー)をベースにした以下の強みがあるからです。

① ナノレベルの「穴の大きさ」を均一に制御できる

 バイオ原料を作る際、水分子(直径約0.3ナノメートル)は通しつつ、ターゲットとなる糖(直径約1ナノメートル前後)は1粒残らずブロックしなければなりません。

 東レは、独自の合成技術によって「水は超ハイスピードで通るが、糖は絶対に漏らさない」という、極限まで均一で精密なナノサイズの穴を持つ膜を作ることに成功しています。

② 膜が「目詰まり(ファウリング)」しない

 植物の搾り汁には、アミノ酸やタンパク質、ポリフェノールなど、膜の表面にペタペタと貼り付きやすい不純物が大量に含まれています。普通の膜を使うと、すぐに目詰まりして水が通らなくなってしまいます。

 東レは、不純物が付着しにくい特殊な化学処理(親水性コーティングなど)を膜の表面に施す技術を持っており、長期間にわたって高いろ過性能を維持できます。

③ 圧倒的な耐久性

 高い圧力をかけ続けても、膜が破れたり変形したりしない強靭な多層構造を構築しています。これにより、工場の製造ラインを止めることなく、安定して大量のバイオ原料を濃縮し続けることができます。

 水を「沸騰させて飛ばす」のではなく、「高精度な膜でギュッと搾り出す」手法へと転換し、それを独自の材料技術で「目詰まりせず、超高速で、長持ちする」レベルにまで磨き上げているため、東レの技術は圧倒的な省エネを実現できるのです。

微細な膜で物質を分離する技術。東レは熱で水分を蒸発させる従来法と違い、目詰まりしない高性能膜に圧力をかけて水分を搾り出すため、沸騰に必要な熱エネルギーが不要となり消費電力を大幅に削減できます。

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