本の概要
ゲノム編集はその簡便性、正確性から研究だけなく、産業界、医療での応用も期待されていますが、遺伝子組み換え技術との違いや安全性が正確に一般への理解が進んでいません。
クリスパーキャス9と呼べる遺伝子編技術は、その正確性、使用の簡便さ、適用生物の広さなどからこれまでの遺伝子編集技術以上の力を持ち応用が期待されています。
特に医療での応用が大きく期待されていますが、エンハンスメントとの境界線の曖昧さ、オフターゲット効果による予期せぬ変異の導入が次世代以降にも受け継がれるなどの理由から、受精卵の改変は避けるべきと国際的な取り組みがされています。
様々な技術の発展や倫理的な問題が解決された場合でも、まずは、ヒト受精卵に対するゲノム編集は代替の存在しない治療に限定し、利用すべきであると考えられます。
この本がおすすめの人
・ゲノム編集とはなにか知りたい人
・ゲノム編集の現状を知りたい人
・なんとなく、ゲノム編集を怖いと思っている人
ゲノムによる最新情報について書かれた「ゲノムの子」の要約はこちら。
ゲノム編集とはなにか
生物の持つ遺伝情報であるゲノムを正確に書き換える技術です。正確性が従来の遺伝子技術と比較し、大きく向上しています。
生物と遺伝の仕組みのどのようなものか
DNAにはA,T、G、Cの4つの塩基があり、AはTとGはCと結合することで二本鎖となった構造をしています。
DNAの遺伝情報は主にタンパク質を作るために使われています。3つの塩基が1つの暗号となり、アミノ酸の情報になります。アミノ酸は20種類ありアミノ酸が連なることで様々なタンパク質を合成することができます。
タンパク質は体内で非常に多くの働きをしているため、遺伝子の働きは生命の基本現象を理解し、病気の発症や薬の開発、農水畜産物の品種改良にもつながる重要な技術です。
また、非遺伝子部分もタンパク質合成に重要な役割を果たし、生物の多様性に重要であることがわかってきています。
DNAの鎖は様々な要因で切断されるため、切断された部分をつなぎ合わせる仕組みを持っており、修正過程で元の結合とは違う部分で結合され変化することがあります。
DNAは常に安定しているわけではなく、まれに突然変異で一部の塩基が変化することがあります。その変化が生殖細胞で起きると次世代にその変化が伝わっていきます。
DNAの持つ4つの塩基の組み合わせが作成されるアミノ酸を決め、アミノ酸が連なることでタンパク質となります。
タンパク質は体内で非常に多くのはたらきをしており、生命に欠かすことができません。
DNAは常に安定しているわけではなく、突然変異で変化します。変化が生殖細胞で起こることでがその変異が次世代に伝わっていきます。
ゲノム編集以前の遺伝子改変はどのように行われていたのか
自然に発生する突然変異を利用した品種改良は非常に時間がかかる方法であったため、人為的に突然変異を起こす方法は以前から検討されてきました。
放射線で切断頻度を増加させ突然変異の確率を増やす、化学物質で塩基を変化させ遺伝子発現を変化させるなどの方法が行われていました。
挿入したDNA配列を両側につけたDNAを細胞内に導入することで、目標とするDNAと入れ替える遺伝子ターゲッティング技術は人為的な突然変異と比較して高い精度で、遺伝子の改変が可能となりましたが、適用可能な生物が少ないなどの欠点がありました。
放射線による突然変異の増加、遺伝子ターゲット技術などが利用されてきましたが、精度、適用可能範囲の狭さなどの欠点がありました。
ゲノム編集とはなにか
制限酵素と呼ばれる酵素が標的の塩基配列を選んで切断することが知られてました。制限酵素を利用し、切断と遺伝子の修復機能を利用し、DNAの改変を行う技術がゲノム編集となります。
多くの制限酵素は認識部分と切断部分が融合しているため、単離することができなませんでした。
しかし、FokⅠは認識部分と切断部分を分離することのできる制限酵素で、これによって、認識部分をオーダーメイドすれば標的配列を自由に選ぶことが可能となりました。
ゲノム編集では特定の箇所にのみの配列変異を可能にしたため、自然突然変異と同じレベルの変異が可能になりました。また、これまで不可能だった2つ以上の遺伝子改変も可能となりました。
亜鉛を含むジンクフィンガー(ZFN)、TALENなどが初期の制限酵素によるゲノム編集として利用されていました。ZFN、TALENではタンパク質を配列認識に用いていましたが、クリスパーキャス9は配列認識を行うRNAとDNA切断酵素から構成されています。
標的の塩基配列を制限酵素で切断し、遺伝子の修復作用を利用して改変を行う技術がゲノム編集となります。
クリスパーキャス9はなにがすごいのか
タンパク質に比べRNAは作成することが簡単なため、多様な認識部分を簡単に作ることができます。
DNAの遺伝子部分だけでなく、調節領域などの非遺伝子部分の変異が容易になるため、調節領域の働きを調べることにも利用されます。
生物の多様性は調節領域の変化に起因すると考えられており、生物の進化の仕組みを調べることも可能になります。
対象生物の幅が広くこれまでのゲノム編集技術では難しかった生物のゲノム編集も可能になる。
作成可能なRNAを使用している簡便性と対象生物の幅が広いこと汎用性が、クリスパーキャス9大きな特徴となります。
クリスパーはどんな利用が期待されているのか
ゲノム編集は遺伝子の任意の場所で切断を行い、遺伝子の修復機構を利用し改変を行うものです。遺伝子を切断し、変異を導入することでタンパク質の機能を喪失させる遺伝子ノックアウト、切断した箇所に本来存在しない塩基配列を挿入する遺伝子ノックインの二つが可能になります。
遺伝子の機能を明らかにしたり、品種改良への応用など可能性は無限大です。
・有用な物質を作り出す微生物
微生物に遺伝子編集を行うことで、バイオ燃料を効率的に作り出すように改良するもの。
・品種改良
産量の増加、耐病性を持つ遺伝子を植物に導入し、品種改良を行います。従来よりも正確に早く改良が可能となります。養殖魚や家畜の肉量増加や神経質で養殖しにくいマグロの性格に影響を与える遺伝子を改変することで養殖しやすくなる、牛の角を消失させるなどの試みがあります。
・食物アレルギーの軽減
卵などではゲノム編集によってアレルゲンタンパク質を作る遺伝子の働きをノックアウトし、アレルゲンタンパク質の量を少なくした品種の開発も行われています。
・スギ花粉のないスギ
花粉を作る遺伝子をノックアウトし、花粉を作らないスギも検討されています。他のアレルギーの原因となる植物への応用も検討されている。
精度の高い遺伝子編集によって遺伝子の機能を停止したり、別の遺伝子を挿入することが可能になります。
その応用範囲は遺伝子の働きを明らかにすることから品種改良まで無限といわれています。
医療分野での応用はどのようなものがあるのか
遺伝子に入った変異が次世代へ引き継がれ、起こる疾患は遺伝性疾患とよばれ、ゲノム編集による原因究明と治療が検討されています。
ゲノム編集では多数の変異を同時に起こすことができるため、様々な疾患に対応することができます。
iPS細胞へゲノム編集を行い、変異を起こしたものと起こさなかった細胞を比較することで、変異を起こした箇所が細胞への分化に重要であることがわかります。
遺伝子疾患の治療では、ゲノム編集ツールを直接体内に注入する生体内ゲノム編集治療と細胞を体外へ採取し、ゲノム編集してから体内戻す生体外ゲノム編集治療の二つがあります。
生体内は予期せぬ変異が起こる可能性がある、導入効率が高くないなどの欠点があります。生体外はこれらの弱点は改善しているが、患者ごとに細胞を作る必要があるため、多額の費用が必要となります。
医療分野では、遺伝性疾患の原因究明、治療が検討されています。
ゲノム編集とどのように向き合うべきか
標的となる配列と類似した配列がある場合に想定とは違う場所で遺伝子切断が起こることがあります。そのため、できる限り類似配列のない箇所を切断する必要があります。
遺伝子切断ではなく、塩基を別の塩基に変化する技術ではオフターゲットを防ぐことができます。
エピゲノムの編集によって遺伝子の発現をコントロールする手法は切断を伴わないため、オフターゲットを防ぐことが可能です。
ヒト受精卵を利用した編集は安全性の問題とエンハンスメント(増強)を伴うデザイナーベイビーの作成に関わる倫理的な問題から現時点では行うべきでないと国際的にも考えられています。
様々な技術の発展や倫理的な問題が解決された場合でも、リスクとベネフィットを天秤にかけ代替の存在しない治療に限定し、ヒト受精卵に対するゲノム編集は利用すべきです。
受精卵への編集は安全性とエンハンスメントとの境界の曖昧さから現時点では行うべきではないと考えられています。
一方で、将来的にはリスクとベネフィットを天秤にかけ、替えの利かない治療法であれば、受精卵へのゲノム編集の利用も進められるべきです。
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