FDKのAB2型水素吸蔵合金 合金化のメリットは何か?どのように水素を貯蔵しているのか?

この記事で分かること

  • AB2型合金とは:TiやMn、Niなどを主成分とする高容量の水素吸蔵合金です。従来のAB5型より多くの水素を貯蔵でき、ラーベス相という結晶構造を持ちます
  • 合金化のメリット:単一金属では難しい水素吸蔵・放出条件の最適化、貯蔵量の増加、耐久性の向上、活性化の容易化、コスト低減など、複数の性能をバランス良く実現するために行われます。
  • 水素貯蔵の方法:水素を金属原子間の隙間(格子間)に取り込むことで貯蔵しています。

FDKのAB2型水素吸蔵合金

 FDKは、水素貯蔵タンク用の新材料として、高容量AB2型水素吸蔵合金を新たに開発したと発表しました。

 https://www.fdk.co.jp/whatsnew-j/release20250717-j.html

 この新製品は、粉末状の合金であり、従来のAB5型合金と比較して、重量ベースで約20%の水素貯蔵量を増加させています。今後も水素エネルギーの利用拡大に貢献するため、顧客のニーズに合わせた合金の開発・提供を進めていく方針です。

 前回の記事では、水素の貯蔵法や合金による貯蔵の特徴の解説でしたが、今回はAB2型水素吸蔵合金の詳細な解説となります。

AB2型合金とは何か

 AB2型合金は、水素吸蔵合金の中でも特に高容量化が期待されるグループであり、最近FDKが新製品を発表したことでも注目を集めています。

AB2型合金の基本

  • 組成の形式: AB2型は、A元素とB元素が1:2の比率で結合している合金を指します。
  • 代表的な構成元素: 主にチタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)、マンガン(Mn)、ニッケル(Ni)、クロム(Cr)、バナジウム(V)などの遷移金属元素をベースとしています。
    • Aサイト元素: Ti、Zrなど
    • Bサイト元素: Mn、Ni、Cr、Vなど
  • 結晶構造: AB2型合金の多くは、「ラーベス相」と呼ばれる結晶構造を持ちます。これは六方晶ベースの構造が多く、水素原子が吸蔵されるサイト(場所)を多く提供できる特徴があります。

AB2型合金の主な特徴

  1. 高容量:
    • AB5型合金(例:LaNi5)に比べて、重量あたりの水素吸蔵量が多いのが最大の特徴です。FDKの新製品では、AB5型比で約20%の向上を達成したと発表されています。
    • 体積あたりの水素貯蔵密度も高く、液体水素の約2倍、高圧水素ガスの約7倍という数値も報告されています。これは、水素が固体の金属格子中に取り込まれるためです。
  2. 比較的安価な元素の使用:
    • AB5型が希土類元素(Laなど)を使用するのに対し、AB2型はチタン、マンガン、ニッケルといった比較的安価で一般的な元素をベースにできるため、コスト面での優位性を持つ可能性があります。
  3. 多様な水素吸蔵・放出特性:
    • 合金の組成を調整することで、水素の吸蔵・放出に適した温度や圧力を広範囲に調整できます。これにより、特定の用途(例:低圧での貯蔵、寒冷地での放出など)に合わせたカスタマイズが可能です。

AB2型合金の課題とFDKの取り組み

AB2型合金は高容量という魅力的な特徴を持つ一方で、いくつかの課題も抱えていました。FDKはこれらの課題を克服することで、新製品の実用化を進めています。

  1. 活性化の困難さ:
    • 一般的に、容量の大きいAB2型合金ほど、初めて水素を吸蔵させる際の「活性化」処理が難しくなる傾向があります。活性化とは、合金表面の酸化膜などを除去し、水素を取り込みやすい状態にする初期処理のことです。
    • FDKの解決策: 「使い勝手に配慮した活性化プロセス」を実現したと発表しており、この課題を克服したことが大きな強みとなっています。
  2. 耐久性・寿命:
    • 繰り返し水素を吸蔵・放出する過程で、合金が微粉化したり、性能が劣化したりすることがあります。これは、合金が水素を取り込んだり放出したりする際に、体積が膨張・収縮することによる内部応力などが原因です。
    • FDKは、長年のニッケル水素電池負極材の開発で培ったノウハウ(合金設計、製法、品質管理など)を活かし、耐久性向上にも取り組んでいると考えられます。
  3. 熱管理:
    • 水素の吸蔵時には発熱、放出時には吸熱を伴うため、大量の水素を迅速に吸蔵・放出する場合には、効率的な熱交換が必要となります。特に車載用途などでは、この熱管理が重要な課題となります。

AB2型合金の用途例

  • 燃料電池車(FCV)の水素貯蔵タンク: 特に低圧での安全性が求められる用途での応用が期待されます。
  • 定置型水素貯蔵システム: 家庭用燃料電池や非常用電源など、特定の場所に設置されるシステムでの利用。
  • 水素発電システム: 発電所などで水素を貯蔵し、必要な時に燃料として利用するシステム。
  • ポータブル機器の水素供給源: 小型燃料電池への水素供給など。
  • 水素精製: 合金の特性を利用して、水素から不純物を分離する用途。

 FDKが開発した高容量AB2型水素吸蔵合金は、これらのAB2型合金の特性をさらに引き出し、特に「高容量化」と「使いやすさ(活性化プロセス、安定した圧力)」に焦点を当てることで、水素社会の実現に向けた重要な貢献が期待されています。

AB2型合金は、TiやMn、Niなどを主成分とする高容量の水素吸蔵合金です。従来のAB5型より多くの水素を貯蔵でき、ラーベス相という結晶構造を持ちます。活性化の難しさや耐久性が課題でしたが、FDKはこれらを克服した新製品を開発しています。

AB2型合金はどのように水素を貯蔵しているのか

 AB2型合金は、水素を金属原子間の隙間(格子間)に取り込むことで貯蔵します。

具体的なメカニズムは以下の通りです。

  1. 水素分子の解離と吸着: 水素ガス(H2)がAB2型合金の表面に接触すると、水素分子は合金表面に吸着し、原子状の水素(H)に解離します。
  2. 水素原子の侵入: 解離した水素原子は、合金の結晶格子(特にラーベス相の持つ特徴的な隙間)に侵入します。
  3. 水素化物の形成: 侵入した水素原子は、合金を構成する金属原子と化学的に結合し、金属水素化物を形成します。この際、合金の結晶構造はわずかに膨張します。
  4. 可逆的な反応: この水素化物の形成は可逆的であり、温度や圧力を変化させることで、水素を合金内に吸蔵したり、合金から放出したりすることができます。水素吸蔵時には発熱、放出時には吸熱を伴います。

 このように、AB2型合金は、水素を「固体」として高密度に貯蔵できるため、気体や液体での貯蔵に比べて体積効率に優れています。

なぜ活性化が難しいのか

 水素吸蔵合金、特に高容量を目指すAB2型合金で「活性化が難しい」とされる理由は、主に以下の要因が絡み合っています。

  1. 合金表面の酸化膜:
    • 合金は空気中にさらされると、表面に薄い酸化膜(例:チタンやジルコニウムの酸化物)を形成します。この酸化膜は非常に安定しており、水素分子が合金内部に侵入するのを阻害するバリアとなります。
    • 活性化とは、この不動態化した酸化膜を除去し、水素分子が解離・吸着・侵入できる状態にすることです。
  2. 水素の解離・吸着サイトの不足:
    • 酸化膜がある状態では、水素分子が合金表面に効率よく解離・吸着できるサイト(場所)が不足しています。
    • 活性化処理によって、表面の酸化膜が還元され、水素を解離させる能力のある金属(例:ニッケルや鉄など)が表面に露出することが、スムーズな水素吸蔵に不可欠です。
  3. 結晶構造と水素拡散経路:
    • 合金によっては、結晶構造が水素の侵入や拡散を妨げる場合があります。特に、高容量を目指すAB2型合金では、緻密な結晶構造を持つことがあり、水素が内部に侵入しにくいことがあります。
    • 活性化によって、合金内部に微細な亀裂(水素脆化による)が生じ、水素の拡散経路が形成されることも、活性化プロセスの一部と考えられます。
  4. 高い活性化エネルギー:
    • 水素が合金に吸蔵されるためには、一定の活性化エネルギーを乗り越える必要があります。特に、高性能な合金ほど、この活性化エネルギーが高くなる傾向があるため、初期の水素吸蔵が困難になることがあります。
    • これを克服するために、多くの場合、高温(加熱)や高圧の水素雰囲気といった厳しい条件が必要となります。
  5. 不純物の影響:
    • 合金製造時の不純物や、水素ガス中の微量の不純物(酸素、水分、一酸化炭素など)が合金表面に吸着し、活性化を妨げたり、吸蔵性能を低下させたりすることがあります。

FDKの新製品における「使い勝手に配慮した活性化プロセス」とは、

FDKがこの課題を克服したと発表しているのは、おそらく以下のような技術的進歩があったことを示唆しています。

  • 合金組成の最適化: 酸化膜が形成されにくい、または還元されやすい元素の組み合わせや、表面活性を維持しやすい組成に調整している。
  • 独自の製造プロセス(ストリップキャスティング製法など): 均一な組成や特定の表面構造を持つ合金を製造することで、活性化を容易にしている。
  • 比較的温和な条件での活性化: 高温・高圧といった厳しい条件でなくても、効率的に活性化できるような合金設計やプロセス開発に成功したことを意味する可能性が高いです。

 このように、活性化の難しさは、合金表面の状態、結晶構造、そしてそれを動かすためのエネルギー条件が複雑に絡み合って生じるものです。FDKの技術は、これらの課題に対し、材料開発とプロセス技術の両面からアプローチした成果と言えます。

活性化が難しいのは、合金表面の安定な酸化膜が水素の侵入を阻害するためです。この膜を除去し、水素が結合しやすい状態にするには、多くの場合、高温・高圧などの条件と高い活性化エネルギーが必要となります。

合金化する理由は何か

 単体の金属ではなく「合金化」する理由は、水素吸蔵合金に求められる様々な性能を、単一の金属では実現できないためです。主に以下の目的で合金化が行われます。

  1. 水素吸蔵・放出特性の制御:
    • 最適な平衡圧力と温度の実現: 単体の金属(例:Pd、Mg)でも水素を吸蔵しますが、その圧力や温度条件が実用的でない場合が多いです。合金化することで、水素の吸蔵・放出に最適な温度(例:常温付近)や圧力(例:低圧)に調整できます。
    • 反応速度の向上: 水素の吸蔵・放出反応が遅い金属に、触媒的な作用を持つ別の金属を組み合わせることで、反応速度を実用レベルまで高めます。
  2. 水素吸蔵量の最大化:
    • 異なる元素を組み合わせることで、単体金属では得られない新しい結晶構造(例:AB5型、AB2型のラーベス相など)を作り出すことができます。これらの結晶構造は、水素原子が入り込むための「サイト(隙間)」をより多く、あるいは効率的に提供できるため、水素吸蔵量が増加します。
  3. 耐久性・寿命の向上:
    • 水素の吸蔵・放出に伴う体積変化によって、合金が脆くなったり(水素脆化)、微粉化したりして性能が劣化することがあります。合金化により、これらの劣化を抑制し、繰り返し使用に耐える耐久性を持たせることができます。
    • 不純物に対する耐性を高める効果もあります。
  4. 活性化特性の改善:
    • 水素吸蔵を始めるための初期処理(活性化)を容易にするためにも合金化が有効です。特定の元素を組み合わせることで、合金表面の酸化膜を形成しにくくしたり、還元しやすくしたりして、活性化条件を緩和できます。
  5. コストの低減:
    • 高価な金属(例:Pd)の単体では実用化が困難ですが、安価な金属と組み合わせることで、性能を維持しつつコストを抑えることが可能になります(例:TiFe合金)。

 合金化は単一の金属では得られない「複数の性能のバランス」を実現するために不可欠な技術であり、水素吸蔵合金の開発において最も重要なアプローチの一つです。

合金化は、単一金属では難しい水素吸蔵・放出条件の最適化貯蔵量の増加耐久性の向上活性化の容易化コスト低減など、複数の性能をバランス良く実現するために行われます。

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