この記事で分かること
- アルカリ水電解システムとは:アルカリ性の電解液を用いて、電気分解によって水から水素と酸素を生成する装置です。技術が成熟しており、比較的低コストで大規模な水素製造に適しています。
- アルカリを使う理由:水にアルカリを加えることで、水の電気伝導性を高め、効率的な電気分解を促します。これにより、水素製造の効率が向上し、装置の腐食も抑制できます。
- なぜ、わずかに不純物が多いのか:アルカリ水電解では、生成ガスが電解液に溶け込み反対側に混入すること、電解液のミストが持ち込まれることで純度がわずかに低下します。
旭化成のアルカリ水電解システム
旭化成は、フィンランドのCentral Finland Mobility Foundationから、1メガワット級のコンテナ型アルカリ水電解システム「Aqualyzer-C3(アクアライザー・シーキューブ)」を受注しました。
https://www.asahi-kasei.com/jp/news/2025/ze250730.html
このプロジェクトは、Central Finland地区内で水素を製造・使用する「地産地消モデル」の構築を目指しており、フィンランド初の商用水素ステーションの開設に合わせて、その隣接地に旭化成のシステムが設置される予定です。
アルカリ水電解システムとは何か
アルカリ水電解システムとは、水(H₂O)を電気の力で水素(H₂)と酸素(O₂)に分解する装置の一種です。特に、電解質として水酸化カリウム(KOH)や水酸化ナトリウム(NaOH)などのアルカリ性溶液を用いることが特徴です。
仕組み
アルカリ水電解システムの主要な構成要素は、電極(陽極と陰極)、電解液(アルカリ溶液)、そしてこれらを隔てる隔膜(セパレーター)です。
- 電解液のイオン化: 電解質(例:水酸化カリウム)が水に溶けると、K⁺とOH⁻(水酸化物イオン)に分離します。
- 電流の供給: 電極間に直流電流を流すと、陽極は正に、陰極は負に帯電します。
- イオンの移動:
- 水酸化物イオン(OH⁻)は、電子を放出するために陽極に引き寄せられます。
- 陰極では、水分子(H₂O)が電子を受け取ります。
- 電極での反応:
- 陽極(アノード):水酸化物イオンが電子を放出し、酸素と水が生成されます。 4OH−→O2+2H2O+4e−
- 陰極(カソード):水分子が電子を受け取り、水素と水酸化物イオンが生成されます。 2H2O+2e−→H2+2OH−
- 全体反応: 結果として、水が分解され、水素と酸素が発生します。2H2O→2H2+O2
隔膜は、生成された水素と酸素が混ざるのを防ぎながら、水酸化物イオンが移動することを可能にします。
メリット
- 技術の成熟度: 長年の産業利用実績があり、技術が成熟しています。大規模な水素製造プラントでも運用されています。
- 比較的低コスト: 初期投資コストが他の水電解技術(例:固体高分子電解質(PEM)水電解)と比較して低い傾向にあります。貴金属触媒の使用量が少ない、あるいは不要であるため、コストを抑えられます。
- 耐久性: 電解液を交換できるため、比較的耐久性が高いとされています。
- 大規模化しやすい: 大規模な水素製造に適しており、ギガワット級のプラントにも対応可能です。
- 安定供給: 連続運転に適しており、安定した水素供給が可能です。
デメリット
- 電解質の腐食性: アルカリ性の電解液は腐食性があるため、装置の材料選定に注意が必要です。
- 応答性の限界: 再生可能エネルギーのような変動の大きい電源に直接連動させる場合、応答速度がPEM水電解に比べて遅いという課題があります。ただし、技術開発により改善されつつあります。
- 水素純度: 製造される水素の純度がPEM電解に比べて若干低い場合があり、より高純度な水素が必要な場合は精製プロセスが必要になります(それでも99.5%程度の高純度が得られます)。
- 隔膜の課題: 以前はアスベスト製の隔膜が使用されていましたが、現在は環境・健康問題から使用が制限されており、代替材料の開発が進められています。
近年、脱炭素社会への移行とグリーン水素への需要の高まりから、再生可能エネルギーと組み合わせたアルカリ水電解システムの重要性が再認識されています。旭化成のように、この技術をさらに進化させ、より効率的で信頼性の高いシステムを開発する動きが活発になっています。

アルカリ水電解システムは、アルカリ性の電解液を用いて、電気分解によって水から水素と酸素を生成する装置です。技術が成熟しており、比較的低コストで大規模な水素製造に適しています。
なぜアルカリを用いるのか
アルカリ水電解システムでアルカリを用いる主な理由は、以下の2点に集約されます。
水の電気分解を効率的に進めるため(イオン伝導率の向上)
- 純粋な水は電気を通しにくい性質があります。これは、水の中に電流を運ぶ自由なイオンがほとんど存在しないためです。アルカリ性物質(水酸化カリウム KOH や水酸化ナトリウム NaOH など)を水に溶かすと、これらの物質が水中で水酸化物イオン(OH⁻)などのイオンに電離します。
- これらのイオンが電解液中を自由に移動することで、電気の流れが非常に良くなり、電気分解が効率的に進行します。特に水酸化カリウムは、カリウムイオンが水溶液中で非常に高いイオン伝導性を持つため、電解液としてよく利用されます。
電極材料の腐食抑制
- 酸性の電解液に比べて、アルカリ性の電解液は電極材料(特に非貴金属の安価な材料)の腐食を比較的抑えることができます。これにより、システムの寿命を延ばし、メンテナンスコストを削減することに貢献します。

アルカリ水電解システムは、水にアルカリを加えることで、水の電気伝導性を高め、効率的な電気分解を促します。これにより、水素製造の効率が向上し、装置の腐食も抑制できます。
なぜ応答速度が遅いのか
アルカリ水電解システムが、固体高分子電解質(PEM)水電解システムなどに比べて応答速度が遅いとされる主な理由は、いくつかの要因が複合的に絡み合っているためです。
- システム全体の熱慣性:アルカリ水電解システムは、電解液の温度を高温(一般的に70~90℃程度)に保つことで効率を高めます。この大量の電解液を加熱・冷却するには時間がかかり、システムの温度が安定するまでに時間がかかるため、急激な電力変動への追従が難しくなります。
- 電極・触媒の安定性:再生可能エネルギーのような変動電源(太陽光発電や風力発電など)は、出力が大きく変動します。この電力の急激な上昇・下降や頻繁な起動・停止は、電極や触媒にストレスを与え、劣化(触媒の剥離や腐食など)を引き起こす可能性があります。特に、通電停止時の「逆電流」は電極腐食や触媒剥離の主要な要因とされており、これを避けるための運転制御が必要となります。
- ガス発生・分離のタイムラグ:電解反応で発生した水素と酸素のガスが電解液中から完全に分離されるまでに、ある程度の時間が必要です。特に大規模なシステムでは、このガス分離プロセスにも時間がかかるため、急な出力変更に対応しにくい側面があります。
- 電解液の循環と管理:アルカリ水電解システムでは、電解液を循環させ、濃度や温度を適切に管理する必要があります。これらのプロセスにも一定の時間を要し、素早い応答の妨げとなることがあります。
現状と今後の展望:
近年、再生可能エネルギーの導入拡大に伴い、アルカリ水電解システムも変動電源への対応力向上が求められています。そのため、以下のような技術開発が進められています。
- 電極・触媒材料の改良: 逆電流耐性の高い電極や触媒材料の開発、触媒層の剥離抑制技術など。
- 運転制御の最適化: 電力変動に対応するための高度な制御システムの開発。
- モジュール化とシステム設計の改善: 小規模モジュールを組み合わせることで、全体としての応答性を高める試みなど。
これらの技術進歩により、アルカリ水電解システムの応答速度は改善されつつあり、変動する再生可能エネルギーとの連携もよりスムーズになってきています。

アルカリ水電解は、電解液の温度維持や大量の電解液・ガスの管理に時間がかかるため、急な電力変動への応答が遅い傾向があります。電極の劣化を防ぐためにも、安定的な運転が求められます。
純度が少し低い理由は何か
アルカリ水電解システムで製造される水素の純度が、固体高分子電解質(PEM)水電解システムと比較してわずかに低いとされる主な理由は、生成される気体の相互溶解と電解液の持ち込みです。
純度が少し低い理由
- 酸素の混入(相互溶解):アルカリ水電解では、陽極で酸素が、陰極で水素が生成されます。しかし、これらのガスが電解液にわずかに溶け込み、隔膜を透過して反対側のガスに混入することがあります。特に酸素は水素に比べて溶解度が高いため、生成された水素ガス中に少量の酸素が混入する可能性が高くなります。
- 電解液の液滴・ミストの持ち込み:電解反応が活発に行われる際、電解液の飛沫(液滴やミスト)が生成されたガス中に混じり、そのまま水素ガスとして回収されることがあります。これにより、電解液成分(水酸化カリウムなど)が不純物として混入します。
混入する主な不純物
アルカリ水電解で製造される水素に混入する可能性のある主な不純物は以下の通りです。
- 酸素(O₂): 最も一般的な不純物で、相互溶解によって混入します。
- 水分(H₂O): 生成された水素ガスは飽和水蒸気を含んでいます。
- 電解液成分(水酸化カリウム KOH や水酸化ナトリウム NaOH): 電解液の液滴やミストとして混入します。
これらの不純物、特に酸素や水分は、水素の利用用途によっては除去が必要となる場合があります。例えば、燃料電池車(FCV)の燃料として使用する場合、極めて高い純度(ISO 14687で定められた99.97%以上)が求められるため、精製装置(PSA: Pressure Swing Adsorption、深冷分離など)を通してこれらの不純物を除去する必要があります。

アルカリ水電解では、生成ガスが電解液に溶け込み反対側に混入すること、電解液のミストが持ち込まれることで純度が低下します。主な不純物は酸素と電解液成分(水酸化カリウムなど)です。
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