この記事で分かること
- 原子吸光分析とは:試料を原子化し、基底状態の原子が特定の波長の光を吸収する度合いを測定して、試料中の元素の濃度を定量する分析法です。高感度で多くの元素分析に用いられます。
- 分析、算出の方法:原子化された試料に、目的元素特有の波長の光を照射します。原子が光を吸収することで強度が減少した透過光を測定し、吸光度を算出、これを濃度に換算します。
原子吸光分析
機器分析とは、化学反応を用いる古典的な化学分析に対し、物質が持つ物理的・化学的性質を精密な機器で測定し、その物質の成分や構造を分析する方法の総称です。
高感度で迅速な分析が可能であり、微量な成分や複雑な混合物も精度高く分析できるため、現代の科学技術分野で広く利用されています。
今回は分光分析の一種である原子吸光分析に関する記事となります。
分光分析とは何か
分光分析は、光と物質の相互作用を測定する手法です。紫外可視分光光度法で濃度、赤外分光法で構造、原子吸光分析法で金属元素の定量、蛍光X線分析法で元素組成、核磁気共鳴分光法で分子構造の解析など、使用する光の種類や原理によって多岐にわたります。
原子吸光分析とは何か
原子吸光分析(Atomic Absorption Spectrometry: AAS)は、試料中の特定の元素の定量分析を行う化学分析技術の一つです。
原理
原子吸光分析の基本的な原理は以下の通りです。
- 原子化:測定したい元素を含む試料を、加熱などによって原子蒸気化(原子化)します。これにより、元素は基本的に基底状態の原子として存在します。
- 光の吸収:原子化された試料に、測定したい元素に特有の波長の光(光源にはホロカソードランプなどが用いられます)を透過させます。
- 吸光度の測定:基底状態の原子がその特定の波長の光を吸収し、励起状態に遷移します。この時の光の吸収(吸光度)を測定します。
- 濃度算出:吸光度は試料中の元素濃度に比例するため、あらかじめ作成した検量線を用いて元素の濃度を算出します。
特徴
- 高選択性:原子が固有の波長を吸収するため、他元素の吸収波長と重なる可能性が低く、高い選択性があります。
- 高感度:特に特定の元素に対して高感度な分析が可能です。
- 多元素同時測定の難しさ:原則として、目的とする元素ごとに専用の光源(ランプ)が必要なため、一度に多元素を同時に測定することはできません(ICP発光分光分析法との違い)。
- 公定法への採用:環境分析(水質調査、排水試験など)をはじめ、多くの分野の公定分析法として広く採用されています。
原子化方法の例
分析目的や元素に応じて、いくつかの原子化方法が使い分けられます。
- フレーム原子吸光法:試料溶液をフレーム(炎)中に噴霧して原子化します。比較的低温で原子化しやすい元素(Na、Kなど)の測定に適しています。
- 黒鉛炉加熱原子吸光法(GF-AAS):少量の試料溶液を黒鉛炉に注入し、電気加熱で高温にして原子化します。超微量分析に適しており、高感度です。
- 水素化物発生原子吸光法(HG-AAS):As(ヒ素)、Se(セレン)などの水素化物を生成する元素に対して、揮発性の水素化物にしてから加熱石英セルで原子化します。マトリックス(共存物質)の影響を受けにくく、高感度です。
- 加熱気化原子吸光法(Hg/水銀):水銀(Hg)を高感度で測定するために、気化させた水銀を一度金アマルガムとして捕捉・濃縮した後、再加熱して原子化します。

原子吸光分析(AAS)は、試料を原子化し、基底状態の原子が特定の波長の光を吸収する度合いを測定して、試料中の元素の濃度を定量する分析法です。高感度で多くの元素分析に用いられます。
元素の結合状態などに関係なく測定できるのか
原子吸光分析(AAS)は、原則として元素の結合状態(化学形態)に関係なく、試料中の全元素量を測定する分析手法です。
1. 測定が結合状態に依存しない理由
原子吸光分析の最も重要なステップは、測定対象の元素を原子蒸気化(原子化)することです。
- 原子化(Atomization):試料をフレーム(炎)中や黒鉛炉内で高温に加熱することで、元の化合物(分子やイオンなど)は熱分解され、基底状態の遊離原子(結合していない単独の原子)になります。
- 吸光の対象:この遊離原子だけが、その元素に固有の特定の波長の光を吸収します。
したがって、測定される吸光度は、試料が元々どのような化合物(塩化物、硫酸塩、有機金属など)であったかではなく、最終的に原子蒸気となった、その元素の原子の総数に依存します。
2. ただし「干渉」として影響を受ける場合がある
基本的に結合状態は問わないものの、原子化の過程で、元の化学形態の違いが測定結果に間接的な影響を与えることがあります。これは化学干渉と呼ばれます。
- 難解離性化合物の形成:元の試料中に存在する他の成分(マトリックス)や、目的元素の結合状態によっては、原子化装置の温度では分解しにくい難解離性化合物(例えば、リン酸塩存在下でのカルシウムの測定で生じる難解離性のリン酸カルシウムなど)を生成することがあります。
- この場合、目的元素の一部が原子になれず、吸光度が実際よりも低く測定されてしまうことがあります。
このような干渉を防ぐために、緩衝剤(マトリックス修飾剤)の添加や、より高温で原子化できる装置(黒鉛炉)の使用などの対策が行われます。
3. 化学形態分析(スペシエーション)との違い
AASは全量分析(Total Analysis)が基本ですが、化学形態分析(スペシエーション)という、特定の元素が「どのような結合状態にあるか」を分離して測定する分析も存在します。
例:ヒ素(As)について、毒性の高い無機ヒ素と、比較的毒性の低い有機ヒ素を分離してそれぞれを測定する場合などです。
このスペシエーションを行う場合、AAS単独ではなく、通常はクロマトグラフィー(HPLCなど)で結合状態ごとに分離した後、それぞれの成分を検出器(AASなど)に導入して測定します。
原子吸光分析は、元素が原子になった状態でのみ吸光度を測定するため、元の結合状態(化学形態)を気にする必要はありません。

原子吸光分析(AAS)は、試料を高温で原子化して遊離原子にしてから測定するため、元素が元の試料でどのような結合状態(化学形態)にあったかに関係なく、全元素量を測定できます。
ホロカソードランプとは何か
ホロカソードランプ(Hollow Cathode Lamp: HCL)は、主に原子吸光分析(AAS)装置で使用される特殊な光源ランプです。
原子吸光分析の鍵となる、測定したい元素特有の鋭い輝線スペクトルを安定して発光させる役割を果たします。
構造と原理
ホロカソードランプは以下の要素で構成されています。
- ガラス管:窓のついたガラス管内に封入されています。
- 不活性ガス:ごく低圧のネオン(Ne)やアルゴン(Ar)などの希ガスが封入されています。
- 陰極(カソード):中空(ホロー)の筒状をしており、内壁には分析したい金属元素、またはそれを含む合金が使用されています。
- 陽極(アノード):陰極に対向配置された環状の電極です。
発光のメカニズム
電極間に電圧をかけると、以下のプロセスで目的元素の固有スペクトルが発光します。
- グロー放電:ガラス管内の不活性ガス中で放電が起こり、希ガスがイオン化します(例: Ne →Ne+)。
- スパッタリング:生成された希ガスイオン(Ne+など)が、マイナスに帯電した陰極内壁に衝突します。これにより、陰極を構成する目的の金属原子が叩き出されて(スパッタリング)遊離します。
- 励起と発光:遊離した金属原子は、さらに放電中のエネルギーを受け取って励起状態になります。この励起された金属原子が基底状態に戻る際に、その元素に固有の輝線スペクトル(光)を放出します。
特徴と用途
- 単元素用光源:基本的に陰極の材料によって発光する光の波長が決まるため、1本のランプは1種類の元素(または数種類の複合元素)の測定専用となります。
- 鋭い輝線スペクトル:発光線は原子の吸収線幅よりも非常に狭い幅を持っているため、試料中の原子が吸収する光だけを非常に効率よく提供でき、高い選択性と感度を実現します。
- 用途:原子吸光分析装置(AAS)の光源として必須です。
ホロカソードランプは、原子吸光分析において、測定対象の元素だけが吸い取れる光を提供する、重要な役割を果たしています。

ホロカソードランプ(HCL)は、原子吸光分析(AAS)の光源です。内部の陰極(カソード)に分析したい元素を使い、放電によりその元素特有の鋭い輝線スペクトルを発生させます。この光を試料に当てて吸光度を測定します。
吸光度はどのように測定されるのか
原子吸光分析(AAS)における吸光度の測定は、試料を通過する光の強度の変化を捉えることで行われます。
吸光度測定
吸光度(A)は、原子化された試料を通過する前の光の強さ(入射光強度, I0)と、試料を通過した後の光の強さ(透過光強度, I)の比率から計算されます。
ステップ 1: 基準光強度の測定 (I0)
まず、目的元素を含まない溶媒のみ(ブランク)を原子化部に導入して測定します。
- このとき検出器に到達する光の強度が、試料原子による吸収がゼロの場合の基準強度(I0)となります。
- 装置の表示をこの時点でゼロ(吸光度A=0)に合わせます。
ステップ 2: 試料透過光強度の測定 (I)
次に、測定したい元素を含む試料溶液を原子化部に導入します。
- 原子化された基底状態の原子が、光源から照射された特定の波長の光を吸収します。
- その結果、原子化部を通過して検出器に到達する光の強さ(I)は、I0よりも減少します。
ステップ 3: 吸光度の算出
減少した光の強度を元に、吸光度(A)はLambert-Beerの法則に基づいて算出されます。
A = Log10(I0/I)
ここで、
- A:吸光度(単位なし)
- I0:基準光強度(ブランクを通過した光の強度)
- I:試料を通過した光強度
測定された吸光度(Aは、試料中の元素の濃度に比例するため、あらかじめ作成した検量線と比較することで、最終的な元素濃度が求められます。
- 濃度が高い → 吸収する原子が多い→ Iが小さい→I0/Iが大きい → A(吸光度)が大きい
- 濃度が低い →吸収する原子が少ない → Iが大きい → I0/Iが小さい → A(吸光度)が小さい

AASでは、原子化された試料に、目的元素特有の波長の光を照射します。原子が光を吸収することで強度が減少した透過光を測定し、吸光度を算出、これを濃度に換算します。

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