この記事で分かること
- ブラックマスとは:リチウムイオン電池のリサイクル工程で生成される、貴重な金属を多く含む微細な黒い粉体で、再び新しい電池の材料となる貴重な資源となります。
- ブラックマスから金属を取り出す方法:、鉱石やリサイクル原料から目的の金属を溶かし出し、不純物を取り除いて回収する湿式精錬と、高温で鉱石やリサイクル原料を加熱し、溶かしたり化学反応させたりして金属を抽出・精製する乾式精錬があります。
BASFのブラックマス工場の商業運転開始
BASFは、ドイツのシュヴァルツハイデにあるリチウムイオン電池リサイクル用の「ブラックマス工場」の商業運転を開始したことを発表しています。
https://emb-media.com/autoedge/2025/06/05/179095/
この施設は、年間最大15,000トンの使用済みリチウムイオン電池と生産廃棄物を処理する能力を持ち、これは電気自動車約40,000台分の電池に相当します。これにより、欧州で最大級の商業ブラックマス工場の一つとなります。
ブラックマスとは何か
「ブラックマス(Black Mass)」とは、リチウムイオン電池のリサイクル工程で生成される、貴重な金属を多く含む微細な黒い粉体のことです。
使用済みのリチウムイオン電池を、安全に放電処理した後、機械的に破砕・粉砕し、その後、金属片やプラスチックなどを物理的に分離することで得られます。ブラックマスには、主にリチウムイオン電池の正極材や負極材に含まれる以下の貴重な金属が含まれています。
- リチウム (Li)
- コバルト (Co)
- ニッケル (Ni)
- マンガン (Mn)
- アルミニウム (Al)
- 鉄 (Fe)
- 炭素(負極材由来)
これらの金属は、新しいリチウムイオン電池の材料(正極材など)として再利用されるため、ブラックマスは電池リサイクルのバリューチェーンにおいて非常に重要な中間原料となります。
ブラックマスからこれらの金属を回収する方法としては、主に「湿式製錬」と「乾式製錬」がありますが、近年ではエネルギー効率や回収率、環境負荷の観点から湿式製錬が主流になりつつあります。湿式製錬では、酸などを用いてブラックマスを溶解し、化学的に個々の金属を分離・回収します。
つまり、ブラックマスは、使用済みリチウムイオン電池から、再び新しい電池の材料となる貴重な資源を効率的に回収するための「宝の山」とも言える中間生成物なのです。

ブラックマスは、リチウムイオン電池のリサイクル工程で生成される、貴重な金属を多く含む微細な黒い粉体で、再び新しい電池の材料となる貴重な資源となります。
湿式製錬とは何か
「湿式製錬(Hydrometallurgy)」とは、水溶液(酸、アルカリ、溶媒など)を用いて、鉱石やリサイクル原料から目的の金属を抽出・分離・回収する製錬技術の一種です。
湿式製錬の基本的なプロセス
一般的に、湿式製錬は以下の3つの主要な工程から構成されます。
- 浸出(Leaching):
- 鉱石やブラックマスなどの原料を、酸性またはアルカリ性の水溶液(浸出液)と接触させ、目的の金属成分をイオンとして溶液中に溶かし出します。
- 例えば、リチウムイオン電池のブラックマスからは、硫酸などを用いてリチウム、ニッケル、コバルト、マンガンなどを溶かし出すことが多いです。
- 浄液(Purification):
- 浸出液には目的の金属以外にも様々な不純物が含まれているため、これらを除去し、目的の金属の濃度を高める工程です。
- 具体的には、沈殿、溶媒抽出(有機溶媒を用いて特定の金属イオンを選択的に分離)、イオン交換などの手法が用いられます。
- 金属採取(Metal Recovery):
- 浄液された溶液から、高純度の目的金属やその化合物(酸化物、塩など)を回収する工程です。
- 電解採取(電気分解によって金属を析出させる)、結晶化(溶液を濃縮して金属塩を結晶として得る)、沈殿分離(特定の化合物を形成させて沈殿させる)などの方法があります。
リチウムイオン電池リサイクルにおける湿式製錬
リチウムイオン電池のリサイクルにおいては、特に湿式製錬の技術開発と導入が進んでいます。その理由は以下の通りです。
- 高純度での回収: 湿式製錬は、ニッケル、コバルト、マンガン、リチウムといった個々の金属を、それぞれ高い純度で分離・回収するのに適しています。これにより、回収された金属は、新しい電池の正極材などの高品質な原料として再利用しやすくなります。
- エネルギー効率: 乾式製錬が高温を必要とするのに対し、湿式製錬は比較的低い温度で反応が進むため、エネルギー消費量を抑えることができます。
- 多種多様な金属の回収: リチウムイオン電池には様々な金属が含まれており、湿式製錬はこれらの多様な金属を効率的に回収するのに適しています。
- 設備コストの低さ: 一般的に、乾式製錬設備に比べて湿式製錬設備の方が初期投資を抑えられる傾向があります。
湿式製錬の課題
一方で、湿式製錬には以下のような課題もあります。
- 大量の水と薬品の使用: 水溶液を用いるため、大量の水を使用し、また酸やアルカリなどの化学薬品も消費します。このため、廃水処理が重要になります。
- 複雑なプロセス: 多段階の化学反応や分離操作が必要となるため、プロセスが複雑になり、高度な制御技術が求められます。
- 前処理の重要性: ブラックマスの品質や不純物の種類によって、浸出条件や浄液方法を調整する必要があり、前処理(放電、破砕、選別など)が非常に重要になります。
これらの課題に対し、より環境負荷の低い薬剤の使用、プロセスの効率化、廃水処理技術の向上などが研究・開発されています。

湿式製錬は、水溶液(酸やアルカリなど)を使って、鉱石やリサイクル原料から目的の金属を溶かし出し、不純物を取り除いて回収する技術です。リチウムイオン電池のリサイクルでは、高温を使わないためエネルギー効率が良く、高純度のリチウムや他の金属を回収するのに適しています。
乾式精錬とは何か
乾式製錬(Pyrometallurgy)とは、鉱石や金属スクラップなどを高温で加熱し、化学反応や物理的性質(融点や比重)の違いを利用して、目的の金属を抽出・分離・精製する製錬方法の総称です。水溶液を用いる湿式製錬の対義語にあたります。
乾式製錬の基本的な原理
乾式製錬では、主に以下の原理が利用されます。
- 溶融製錬(Smelting):
- 鉱石やスクラップを高温の炉で溶かし、比重の異なる液相(溶融金属とスラグ)に分離します。
- 例えば、鉄鉱石とコークス(炭素)を加熱すると、コークスが還元剤として働き、鉄鉱石中の酸化鉄から酸素を奪い、粗鉄(銑鉄)が得られます。不純物はスラグとして分離されます
- 焙焼(Roasting):
- 鉱石を空気中で加熱し、化学組成を変化させます。例えば、硫化鉱を焙焼すると、硫黄が二酸化硫黄ガスとして除去され、金属酸化物となります。これは次の溶融製錬の前処理として行われることが多いです。
- 還元(Reduction):
- 金属酸化物から酸素を除去し、単体の金属を得るプロセスです。炭素(コークス)や一酸化炭素が還元剤としてよく用いられます。
- 揮発製錬(Volatilization)/蒸留(Distillation):
- 目的の金属や不純物の沸点の違いを利用し、揮発させて分離・回収します。亜鉛や水銀の製錬に用いられます。
- 溶融塩電解(Molten Salt Electrolysis):
- 金属塩を高温で溶融させ、電気分解によって金属を析出させます。単体のリチウムやアルミニウムの製造に用いられます。
- 精製(Refining):
- 粗金属からさらに不純物を取り除き、純度を高めるプロセスです。真空蒸留や特定の添加剤を加えて不純物を除去する方法などがあります。
乾式製錬のメリット
- 大規模処理が可能: 一度に大量の原料を処理できるため、生産効率が高いです。
- 汎用性が高い: 多くの種類の金属に適用できます。特に鉄、銅、鉛、ニッケルなどのベースメタルの製錬で広く利用されています。
- 高い回収率: 対象となる金属の回収率が高い場合があります。
乾式製錬のデメリット
- 大量のエネルギー消費: 高温を維持するために大量の熱エネルギー(燃料や電力)が必要となり、エネルギー消費量が非常に大きいです。
- 環境負荷: 硫黄酸化物(SOx)、窒素酸化物(NOx)、粉塵、温室効果ガス(二酸化炭素)などの有害ガスや廃棄物が発生しやすく、環境への影響が大きい場合があります。高度な排ガス処理設備が必要です。
- リチウムの回収効率: リチウムイオン電池のリサイクルにおいては、リチウムは高温で揮発しやすい性質があるため、乾式製錬ではリチウムの回収が困難であるか、回収率が低い傾向にあります。主にコバルトやニッケルなどの有価金属の回収に重点が置かれます。
- 不純物除去の難易度: 高純度な金属を得るためには、繰り返し精製を行う必要がある場合があり、プロセスが複雑になることがあります。
乾式製錬は、特に鉄鋼業や非鉄金属製錬の基幹技術として、長年にわたり重要な役割を担ってきました。しかし、環境意識の高まりや、リチウムイオン電池のように多様な金属を含む複合材料のリサイクル需要が増える中で、湿式製錬やその組み合わせ技術との連携が重要視されています。

乾式製錬は、高温で鉱石やリサイクル原料を加熱し、溶かしたり化学反応させたりして金属を抽出・精製する方法です。鉄や銅の製造に広く使われますが、リチウム回収には不向きで、エネルギー消費量や環境負荷が大きい傾向があります。
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