中国商務省の日本製ジクロロシランへの反ダンピング調査 ジクロロシランの用途は何か?なぜ反ダンピング調査を行うのか?

この記事で分かること

  • ジクロロシランの用途:CVD(化学気相成長)装置でシリコンウェハ上に高品質な薄膜を形成するために使用されます。主にシリコン単結晶を重ねるエピタキシャル成長や、絶縁用の窒化膜形成に不可欠な主原料ガスです。
  • ジクロロシランの日本企業のシェア:世界市場において約70〜80%という極めて高いシェアを握っています。信越化学工業や住友精化、日本酸素HDなどが主要プレーヤーであり、特に最先端半導体の製造に不可欠な「99.999%(5N)以上」の超高純度品においては、日本企業が市場をほぼ独占している状態です。
  • 反ダンピング調査を行う理由:名目上は「日本産が不当に安く(31%下落)、中国国内産業に損害を与えた」という経済的理由です。しかし実態は、台湾情勢を巡る高市政権の姿勢への対抗措置とみられています。

中国商務省の日本製ジクロロシランへの反ダンピング調査

 中国商務省は、2026年1月7日、日本から輸入される半導体製造用のガス「ジクロロシラン」に対して、反ダンピング(不当廉売)調査を開始したと発表しました。

 https://www.bloomberg.com/jp/news/articles/2026-01-07/T8HG5EKK3NYE00

 この措置は、最近の日本政府(高市早苗政権)の動向や台湾情勢を巡る対立を背景とした、中国による対日経済圧力の一環とみられています。

ジクロロシランは半導体製造でどのように使用されるのか

 ジクロロシラン(DCS: Dichlorosilane、化学式:SiH2Cl2)は、半導体チップの製造工程において「材料の素」となる非常に重要な特殊ガスです。

 主にCVD(化学気相成長)という、ガスの化学反応を利用してシリコンウェハの上に薄い膜を積み上げる工程で使用されます。具体的には以下の3つの役割が中心です。


1. エピタキシャル成長(シリコン単結晶の形成)

シリコンウェハの上に、さらに結晶構造の整った高品質なシリコン層を重ねる工程です。

  • 仕組み: 高温の炉内にジクロロシランを流すと、熱分解によってシリコン($Si$)が分離し、ウェハの上に規則正しく積み上がります。
  • 利点: 従来のシランガス(SiH4)よりも低温で反応が進み、かつ成長速度が速いため、生産効率と品質の両立に優れています。

2. 窒化膜(Si₃N₄)の形成

 半導体素子の絶縁膜や保護膜として使われる「窒化ケイ素(シリコンナイトライド)」を作るために使用されます。

  • 仕組み: ジクロロシランとアンモニア($NH_3$)を反応させます。
  • 化学反応式: $$3SiH_2Cl_2 + 4NH_3 \rightarrow Si_3N_4 + 6HCl + 6H_2$$
  • 用途: チップ内の配線同士がショートしないように分ける「絶縁」や、製造中の不純物混入を防ぐ「バリア」の役割を果たします。

3. 先端プロセス(28nm以下)での主流化

 近年の微細化された半導体(スマートフォンやAI用チップなど)では、材料に求められる純度や均一性が極めて厳しくなっています。

  • 主流化の理由: 28nm(ナノメートル)以下の高度な製造プロセスにおいて、ジクロロシランは従来の材料よりも「均一で高品質な膜」が作れるため、不可欠な主流材料となっています。

なぜ今回の「調査」が問題なのか

 半導体製造は非常に繊細なバランスで成り立っており、「特定のメーカーの特定の純度のガス」に合わせて装置が調整されています。

 もし中国が日本製のジクロロシランに高い関税をかけたり、輸入を制限したりすれば、中国国内の半導体工場は材料の切り替えを迫られます。しかし、材料を変えると歩留まり(良品率)が低下するリスクがあるため、中国側にとっても「諸刃の剣」となる可能性があります。

ジクロロシランは、CVD(化学気相成長)装置でシリコンウェハ上に高品質な薄膜を形成するために使用されます。主にシリコン単結晶を重ねるエピタキシャル成長や、絶縁用の窒化膜形成に不可欠な主原料ガスです。

シランガスよりも低温で反応が進み、かつ成長速度が速い理由は

 ジクロロシラン(DCS)がシランガス(SiH4)よりも優れた性能を持つ理由は、主に「化学的な不安定さ(反応性の高さ)」「副生成物の影響」にあります。

1. 反応が低温で進む理由(低いエネルギー障壁)

 ジクロロシランは、分子内に塩素(Cl)を含んでいることが鍵となります。

  • 結合の弱さ: シランガス(Si-H結合のみ)に比べ、ジクロロシランはシリコンと塩素が結合しています。この化学構造は熱的に不安定で分解しやすく、より低い温度でシリコン原子を放出してウェハ上に堆積させることができます。
  • 分解経路の違い: ジクロロシランは熱分解すると、反応性の極めて高い中間体(SiCl2など)を生成します。これがシランガスの中間体よりも低温で効率よくウェハ表面と反応するため、プロセス温度を下げることが可能です。

2. 成長速度が速い理由(表面反応の効率)

 成長速度の違いは、ウェハ表面で起こる「水素の脱離」が関係しています。

  • 「空き地」の確保: シリコンがウェハに張り付くためには、表面を覆っている水素原子がどいて「空きサイト」を作る必要があります。
  • 脱離の促進: ジクロロシランの場合、分解時に生成される塩素が表面の水素を奪い、塩化水素(HCl)としてガス状になって飛び去る反応を助けます。これにより、次のシリコン原子が座るための「空き地」が次々と作られるため、シランガスよりも速いスピードで膜が成長します。

比較まとめ

特徴シランガス (SiH4​)ジクロロシラン (SiH2​Cl2​)
主な反応温度約 1000℃ 約 $600 ~900℃
成長速度標準的速い(水素脱離が促進されるため)
膜の品質普通極めて高い(微細加工に適す)

 このように「低い温度で、素早く、高品質な膜が作れる」という特性が、熱に弱い微細な回路を作る現代の最先端半導体(28nmプロセス以降など)において、ジクロロシランが標準材料として選ばれている最大の理由です。

ジクロロシランは、分子内の塩素が熱分解を促進し、シランガスより低い温度で反応します。また、塩素が表面の水素を塩化水素として除去し、シリコンが堆積する「空き」を素早く作るため、成長速度も向上します。

ジクロロシランの日本企業のシェアは

 ジクロロシラン(DCS)の世界市場において、日本企業は極めて高い競争力を持ち、世界シェアの約80%以上を占めていると言われています。主要な日本メーカーとその特徴は以下の通りです。

主要な日本メーカー

  • 信越化学工業: 世界最大手のシリコンウェハメーカーでもあり、原料となるジクロロシランでも世界トップクラスのシェアを誇ります。
  • 三井化学: 高純度なガスの製造技術に強みがあり、国内外の半導体メーカーに広く供給しています。
  • 昭和電工(現:レゾナック): エッチングガスや成膜ガスなど、半導体用特殊ガスのラインナップが豊富で、DCSでも有力なサプライヤーです。
  • 関東電化工業: 特殊ガスの精製技術が高く、高純度ジクロロシランの供給で重要な役割を担っています。

日本企業の強み

  1. 超高純度精製技術: 先端半導体の製造には「99.999%(5N)以上」といった極限の純度が求められますが、日本企業はこの不純物を取り除く精製技術で他国の追随を許していません。
  2. ウェハとの一貫生産: 信越化学のように、原料ガスから基板(ウェハ)までを一貫して手がけることで、品質の安定性と次世代プロセスの共同開発において優位に立っています。
  3. 供給の信頼性: 半導体ラインを止めないための安定した供給体制や、特殊ガスの輸送に関するノウハウ(専用容器や物流網)が確立されています。

 日本のジクロロシランは「代えがきかない」材料であるため、中国による反ダンピング調査は、日本のメーカーだけでなく、それを使用する中国国内の半導体産業にとっても大きな影響を及ぼす可能性があります。

日本企業は、世界市場において約70〜80%という極めて高いシェアを握っています。信越化学工業や住友精化、日本酸素HDなどが主要プレーヤーであり、特に最先端半導体の製造に不可欠な「99.999%(5N)以上」の超高純度品においては、日本企業が市場をほぼ独占している状態です。

反ダンピング調査した理由は何か

 中国が日本産のジクロロシランに対して反ダンピング調査を開始した理由は、大きく分けて「経済的な名目」「政治的な意図」の2点があります。

1. 経済的な名目(中国商務省の主張)

 中国の国内企業(唐山三友電子材料など)からの申請に基づき、以下の損害があったと主張しています。

  • 輸入量の増加と価格の下落: 2022年から2024年にかけて、日本からの輸入量が大幅に増えた一方で、価格が累計で31%も下落した。
  • 国内産業への打撃: 日本産の「不当に安い」販売により、中国国内のジクロロシランメーカーが利益減少などの損害を被った。

2. 政治的な意図(対日圧力)

 多くの専門家やメディアは、今回の調査を高市政権への「経済的報復」とみています。

  • 台湾情勢への関与への反発: 高市首相が「台湾有事は日本の存立危機事態に該当し得る」と言及したことに対し、中国側が強く反発しています。
  • 連続的な対日制裁: 調査開始の前日(1月6日)には、軍事転用可能な「軍民両用品」の日本向け輸出禁止を発表しており、今回の調査は日本を狙い撃ちした第2弾の制裁という側面が強いです。

名目上は「日本産が不当に安く(31%下落)、中国国内産業に損害を与えた」という経済的理由です。しかし実態は、台湾情勢を巡る高市政権の姿勢への対抗措置であり、輸出規制と並ぶ日本への経済圧力の一環とみられます。

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