この記事で分かること
- ハドロン衝突型加速器とは:CERNが運用する世界最大の粒子加速器です。地下27kmの環状トンネル内で陽子を光速近くまで加速・衝突させ、宇宙の始まりや素粒子の謎を解明する研究を行っています。ヒッグス粒子発見などで有名です。
- どうやって鉛が金になるのか:鉛は金より陽子を3つ多く持ち、粒子加速器で超高速にすると、その重い原子核の電荷が強力な電磁場を発生させます。この電磁場で陽子を3つ弾き飛ばすことで、鉛を金に核変換できるのです。
大型ハドロン衝突型加速器による鉛の金への変換
欧州原子核研究機構(CERN)の大型ハドロン衝突型加速器(LHC)を用いたALICE実験において、鉛原子核を金原子核に変換する「核変換」が観測されました。
https://www.jiji.com/jc/article?k=2025061700941&g=soc
ただし、「金が大量に生産され、その価値が下がる」といった類の「錬金術」とは異なります。
現在の技術では、莫大なエネルギーとコストが必要であり、得られる金の量も極めて微量であるため、経済的な実用化は現実的ではありませんが、原子核物理学の理論検証や加速器技術の発展、そして核廃棄物の処理や医療用放射性同位体の生成など、他の応用分野への貢献に期待が寄せられています。
大型ハドロン衝突型加速器とは何か
大型ハドロン衝突型加速器(LHC:Large Hadron Collider)は、スイスとフランスの国境に位置する欧州原子核研究機構(CERN)が所有・運用する、世界最大の粒子加速器です。
仕組みと特徴
LHCは、地下約100メートルに建設された、全長約27kmの巨大な環状トンネルの中に設置されています。このトンネルの中には、1,000個以上の超伝導磁石が並べられており、これらが粒子ビームの軌道を曲げ、加速させる役割を担っています。
- 粒子の生成: 水素ガスから電子を分離し、陽子を取り出します。
- 前段での加速: 取り出された陽子は、LHCに注入される前に、いくつかの前段加速器で徐々にエネルギーを上げていきます。
- LHCでの加速: LHC本体に注入された陽子ビームは、超伝導加速空洞によって光速の99.999999%という驚異的な速度まで加速されます。この際、超伝導磁石によって、ビームが円形の軌道を保つように制御されます。
- 衝突: 加速された陽子ビームは、互いに逆方向に周回し、トンネル内の4ヶ所にある実験施設で正面衝突させられます。この衝突によって、宇宙のビッグバン直後のような極めて高いエネルギー状態が再現され、大量の新しい粒子が生成されます。
- 検出と解析: 衝突地点には、巨大な検出器(ATLAS、CMS、ALICE、LHCbなど)が設置されており、生成された粒子の種類、エネルギー、飛跡などを詳細に測定・記録します。これらのデータは、世界中の研究者によって解析され、素粒子の性質や宇宙の成り立ちに関する知見を得るために利用されます。
目的
LHCの主な目的は、宇宙の根源的な謎を解明することです。具体的には、以下のような研究が行われています。
- ヒッグス粒子の探索と性質の解明: 物質に質量を与えると考えられている「ヒッグス粒子」の存在を実験的に確認し、その詳細な性質を調べることは、素粒子物理学の「標準模型」を完成させる上で非常に重要でした。LHCは2012年にヒッグス粒子の発見に成功し、この分野に大きな貢献をしました。
- 暗黒物質(ダークマター)の探索: 宇宙の約27%を占めるとされる「暗黒物質」は、その正体が未だに解明されていません。LHCでの高エネルギー衝突によって、暗黒物質を構成する可能性のある未知の粒子が生成されることを期待して探索が行われています。
- 素粒子の新たな相互作用や超対称性粒子の探索: 標準模型では説明できない現象や、より根源的な物理法則(超対称性理論など)を検証するために、未知の素粒子や新たな相互作用の兆候を探しています。
- クォーク・グルーオン・プラズマの研究: 陽子や中性子を構成するクォークとグルーオンが、極めて高温・高密度の状態でどのような振る舞いをするかを研究することで、宇宙の初期の状態を再現し、強い相互作用の性質を深く理解することを目指しています(ALICE実験など)。
- 物質と反物質の非対称性の研究: 宇宙に物質が多く、反物質がほとんど存在しない理由(CP対称性の破れ)を解明するため、B粒子などの特定の素粒子の崩壊過程を詳細に調べています(LHCb実験など)。
LHCは、これらの研究を通じて、宇宙の始まりや進化、そして物質の究極の姿について、人類の理解を深めるための最前線の研究施設となっています。

大型ハドロン衝突型加速器(LHC)は、CERNが運用する世界最大の粒子加速器です。地下27kmの環状トンネル内で陽子を光速近くまで加速・衝突させ、宇宙の始まりや素粒子の謎を解明する研究を行っています。ヒッグス粒子発見などで有名です。
なぜ、粒子加速器で鉛を金にできるのか
粒子加速器で鉛を金に変換する「現代の錬金術」は、原子の種類を決定する陽子の数を変化させることで実現します。
原子核に含まれる陽子の数(原子番号)が、その原子がどの元素であるかを決めます。
- 鉛 (Pb) の原子核には82個の陽子が含まれています。
- 金 (Au) の原子核には79個の陽子が含まれています。
つまり、鉛の原子核から陽子を3個取り除くことができれば、金に変換できることになります。
粒子加速器での「錬金術」の仕組み
CERNの大型ハドロン衝突型加速器(LHC)で行われた実験(特にALICE実験)では、この核変換が以下のような方法で観測されました。
- 超高速の鉛イオンビーム: LHCでは、鉛の原子を電子を剥がしてイオン化し、ほぼ光速(光速の99.999999%)まで加速します。
- ニアミス衝突: 加速された鉛イオンビーム同士を、直接衝突させるのではなく、ごくわずかにすれ違うように近接させます(ニアミス衝突)。
- 強力な電磁場の発生: このニアミス衝突の際に、鉛原子核の周りに極めて強力な電磁場が発生します。この電磁場は、高エネルギーの光子(ガンマ線)が原子核に照射されるような効果を持ちます。
- 電磁解離(陽子の放出): 発生した電磁場が鉛の原子核に作用し、原子核を不安定にさせます。その結果、原子核が陽子や中性子を放出する「電磁解離」という現象が起こります。
- 金への変換: 鉛原子核からちょうど3個の陽子が弾き飛ばされると、残った原子核は陽子数79個となり、金に変換されるのです。
この方法は、原子核そのものを物理的に「変形」させることで、元素の種類を変えるという、まさに現代の「錬金術」と言えるでしょう。ただし、生成される金の量は極めて微量であり、コストも莫大なため、経済的な実用化には至っていません。

鉛は金より陽子を3つ多く持ち、粒子加速器で超高速にすると、その重い原子核の電荷が強力な電磁場を発生させます。この電磁場で陽子を3つ弾き飛ばすことで、鉛を金に核変換できるのです。
なぜ、ニアミスすると強い電磁場が発生するのか
粒子加速器内で鉛イオンがニアミス衝突する際に極めて強い電磁場が発生する現象は、主に特殊相対性理論の重要な効果であるローレンツ収縮によって説明されます。
通常の電磁場
まず、静止している電荷は周囲に電場を発生させます。また、電荷が移動すると(電流が流れると)、周囲に磁場を発生させます。これらが電磁場の基本的な性質です。
ローレンツ収縮と電磁場の「変形」
鉛イオンがLHC内でほぼ光速にまで加速されると、以下のような特殊相対性理論の効果が現れます。
- ローレンツ収縮: 高速で運動する物体は、その運動方向に沿って長さが縮むように観測されます。これを「ローレンツ収縮」と呼びます。鉛イオンも光速に近づくと、その運動方向(ビームの進行方向)に極端に潰れたような形に見えるようになります。
- 電磁場の「変形」: 静止している電荷が作る電場は、電荷を中心とした球対称の形をしています。しかし、この電荷が高速で運動すると、その電場と磁場はもはや独立したものではなく、互いに影響し合って「変形」します。
- 具体的には、運動方向に対して垂直な方向の電場が劇的に強められます。逆に、運動方向の電場は弱められます。
- 同時に、運動によって発生する磁場も非常に強力になります。
ニアミス衝突における強力な電磁場
このローレンツ収縮によって「潰れた」鉛イオン同士がニアミス(ごく近い距離を通過)すると、以下のようなことが起きます。
- 鉛イオンが高速で通過する際、それぞれの鉛イオンが持つ電荷によって、相手の鉛イオンに対して極めて強く、かつ一時的な電場と磁場(すなわち電磁場)が作用します。
- 特に、ローレンツ収縮によって電場が横方向に集中しているため、互いのイオン核がニアミスする瞬間に、まるで高エネルギーの光子(ガンマ線)が原子核に叩きつけられるような、非常に強い電磁パルスが生成されます。
この「光子のようなもの」が原子核に作用することで、原子核内の陽子や中性子が不安定になり、最終的に陽子が弾き飛ばされる「電磁解離」という現象が引き起こされ、鉛が金へと核変換されるのです。

超高速で運動する鉛イオンは、特殊相対性理論のローレンツ収縮により、電場が運動と垂直な方向に極度に圧縮されます。このため、イオンがニアミスすると、互いの原子核に極めて強力な電磁場が集中して作用するからです。
なぜ、鉛が選ばれるのか
鉛が粒子加速器を用いた金生成の実験で選ばれる主な理由は、以下の2点に集約されます。
1. 金との陽子数の近さ
最も重要な理由は、鉛(Pb)の原子核が陽子を82個持つのに対し、金(Au)の原子核は陽子を79個持っているという点です。つまり、鉛からわずか3個の陽子を取り除くことができれば、金に核変換できることになります。
この「3個」という少ない陽子の差は、他の元素に比べて核変換を実現する上でのハードルを低くします。陽子の数が大きく異なる元素間での核変換は、より多くの陽子を加えたり、取り除いたりする必要があるため、より多くのエネルギーや複雑なプロセスを要します。
2. 重い原子核であることによる強い電磁場
鉛は非常に重い原子核を持つ元素です。原子核が持つ陽子の数が多いほど、その原子核の持つ電荷は大きくなります。
粒子加速器で鉛イオンを光速近くまで加速し、ニアミスさせる際、この重い原子核の持つ大きな電荷と、特殊相対性理論によるローレンツ収縮が相まって、非常に強力な電磁場が発生します。この強力な電磁場が、原子核から陽子を弾き飛ばす「電磁解離」という現象を効率的に引き起こすために重要です。

金と陽子の数が近い、強い電磁場を発生させることのできる思い原子核を持つなどの理由で鉛が選ばれています。
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