この記事で分かること
- 台湾製と比較しどれくらいコストが増加するのか:TSMCのアリゾナ工場で製造される半導体のコストは台湾で製造されるものと比較して5%~20%高くなるとみられています。
- コスト増の理由:、高い人件費、インフラ整備費、そして台湾と比べてまだ未発達なサプライチェーンによる輸送コストが主な原因で、半導体製造コストが上昇します。
- コスト増は問題視されるのか:米国における半導体製造全体に共通する課題とはされているものの、AMDとしては、地政学的リスクの分散、サプライチェーンの強靭化、そして米国内の主要顧客への近接性といったメリットと考えていると思われます。
TSMCのアリゾナ工場で製造される半導体のコスト
AMDのリサ・スーCEOは、TSMCのアリゾナ工場で製造される半導体のコストが、台湾で製造されるものと比較して5%~20%高くなることを発表しました。
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2025-07-24/SZVL3TGPFHOQ00。
このコスト増は、主に米国での製造環境や輸送費用に起因するとされています。しかし、AMDはこの追加費用をサプライチェーンの多様化への戦略的投資と捉えており、パンデミック時に経験した混乱の影響を軽減することを目指しています。
なぜ、コストが高くなるのか
AMDのリサ・スーCEOが発表した、TSMCのアリゾナ工場で製造される半導体のコストが台湾製を5%~20%上回るという見込みには、以下のようないくつかの複合的な要因が考えられます。
人件費の高さ
- 米国は台湾と比較して、平均的な賃金が大幅に高いです。特に、半導体製造のような高度なスキルを要する職種では、その差が顕著になります。
- 熟練した技術者の確保も課題となっており、台湾からの技術者派遣や現地での人材育成には、追加のコストが発生します。
インフラおよび建設コスト
- 新しい工場を建設するための費用は、米国の方が高くなる傾向があります。土地の取得費、建設資材費、そして建設に携わる労働者の賃金などが影響します。
- 工場を稼働させるための電力や水のインフラ整備にも多額の投資が必要となる場合があります。
サプライチェーンの違いと輸送コスト
- 半導体製造には、多数の素材、部品、製造装置が必要です。台湾では、長年にわたって半導体産業のエコシステムが構築されており、サプライヤーが工場に近い場所に集積しています。
- 一方、米国では、これらのサプライヤーがまだ十分に集積しておらず、海外からの調達に頼る部分が大きいため、輸送コストやリードタイムが増加する可能性があります。関税の影響も考慮されることがあります。
新規立ち上げに伴う非効率性
- 新しい工場をゼロから立ち上げる際には、生産ラインの調整、品質管理の確立、従業員のトレーニングなど、多くの初期投資と時間が必要です。この立ち上げ期間中には、生産効率が低く、歩留まりも安定しないため、一時的にコストが高くなることがあります。TSMCアリゾナ工場も、当初の生産開始予定が2024年末から2025年にずれ込んだのは、熟練技術者不足が理由とされており、このような初期の課題がコストに影響します。
規制環境とコンプライアンス
- 米国の環境規制や労働法規は、台湾と比較して厳格である場合があります。これらの規制を遵守するための追加的な費用や手続きが発生することが考えられます。
ただし、米国政府は半導体製造を国内に誘致するため、「CHIPS法」に基づき多額の補助金を提供しています。TSMCもこの補助金の対象となっており、一部のコストを相殺することが期待されます。しかし、補助金があったとしても、上記の要因により完全に台湾と同じコストレベルで製造することは難しいと見られています。
AMDがこのコスト増を受け入れるのは、地政学的リスクの分散、サプライチェーンの強靭化、そして米国内の主要顧客への近接性といった、コスト以外の戦略的なメリットを重視しているためと考えられます。

米国のアリゾナ工場では、高い人件費、インフラ整備費、そして台湾と比べてまだ未発達なサプライチェーンによる輸送コストが主な原因で、半導体製造コストが上昇します。新規工場立ち上げに伴う初期の非効率性も影響しています。
TSMCがアメリカへ投資を行う理由は
TSMCが米国(アリゾナ州)へ巨額の投資を行い、工場を建設する理由は、複数の戦略的な要因が絡み合っています。主な理由は以下の通りです。
地政学的リスクの分散(台湾有事のリスク対策)
- 世界の最先端半導体の多くが台湾に集中している現状は、台湾有事(中国による台湾侵攻などの危機)が発生した場合、世界の半導体供給網に壊滅的な影響を与えるリスクをはらんでいます。
- TSMCは、このリスクを分散し、供給の安定性を確保するために、台湾以外の地域での生産拠点を構築しています。米国工場はその重要な拠点の一つです。
米国の強力な要請と補助金(CHIPS法)
- 米国は、半導体が国家安全保障と経済成長に不可欠であるとの認識から、国内での半導体生産能力の強化を強く推進しています。
- そのために「CHIPS法」という法律を制定し、米国国内に半導体工場を建設する企業に対して巨額の補助金や税制優遇措置を提供しています。TSMCはこの補助金を活用することで、高コストな米国での製造を可能にしています。
主要顧客への対応と関係強化
- Apple、NVIDIA、AMDなど、TSMCの大口顧客の多くは米国企業です。これらの企業は、サプライチェーンの安定性やセキュリティの観点から、米国国内での半導体製造を求めています。
- TSMCが米国で生産することで、顧客との連携を強化し、より迅速な対応や技術的な共同開発が可能になります。
関税回避の可能性
- 米国では、将来的に国外で生産された半導体に対して高い関税が課される可能性も指摘されています。米国で生産することで、このような関税リスクを回避できる可能性があります。
技術的独立性と研究開発体制の強化
- 米国には優れた人材や研究機関が多数存在します。米国に研究開発センターを設立することで、最先端技術の開発を加速し、台湾と相互補完的な研究開発体制を構築する狙いもあります。
これらの理由から、TSMCはコスト増という課題を認識しつつも、戦略的なメリットを重視して米国への投資を決断しました。これは単なる経済的判断だけでなく、世界の半導体サプライチェーンの安定化と、TSMCの長期的な競争力強化を目指す複合的な戦略の一環と言えます。

TSMCの米国投資は、台湾有事リスク分散、米国のCHIPS法による補助金活用、主要米国顧客の要請対応、サプライチェーン強化、そして関税回避などの戦略的理由によるものです。
他の半導体メーカーのアメリカ工場でも同じ傾向なのか
TSMCだけでなく、他の半導体メーカーが米国に工場を建設・運営する場合でも、同様に製造コストが台湾や韓国などのアジアの主要生産拠点よりも高くなる傾向があります。主な理由は、TSMCの場合と同様に以下が挙げられます。
- 高い人件費: 米国は、半導体製造に必要な高度なスキルを持つ技術者や労働者の賃金が、アジア諸国と比較して高額です。
- インフラ整備・建設コスト: 工場の建設費用、電力や水の供給インフラの整備コストなども、アジアに比べて高くなる傾向があります。
- サプライチェーンの未成熟: アジア、特に台湾や韓国には、半導体製造に必要な素材、部品、装置のサプライヤーが集中しており、効率的なサプライチェーンが構築されています。米国ではまだそのエコシステムが完全に整っていないため、物流コストや調達のリードタイムが増加する可能性があります。
- 規制・環境基準: 米国の環境規制や労働安全衛生基準は厳格であり、これらを遵守するための追加費用が発生することがあります。
インテルやサムスンといった他の大手半導体メーカーも、この高コストの問題に直面しています。
- インテル: 長年米国に製造拠点を持つインテルも、アジアでの製造コストの低さから、海外での生産委託を検討した時期もありました。しかし、地政学的リスクや国内生産の重要性から、再び米国での生産能力強化に注力しています。インテル自身も、米国での生産を拡大する際にコストが課題となることを認識しています。
- サムスン: テキサス州に大規模な半導体工場を持つサムスンも、米国での事業運営において、コスト面での課題に直面していると報じられています。
ただし、TSMCと同様に、米国政府からの手厚い補助金(CHIPS法など)が、これらのコスト増の一部を相殺する役割を果たしています。それでもなお、補助金なしではアジアと同等の競争力を持つことは難しいのが現状です。
したがって、AMDがTSMCのアリゾナ工場におけるコスト増について言及したことは、米国における半導体製造全体に共通する課題を浮き彫りにしていると言えるでしょう。

インテルやサムスンなど他の半導体メーカーの米国工場でも、人件費、建設・インフラコスト、サプライチェーンの未発達、規制などにより、アジアと比較して製造コストが高くなる同様の傾向が見られます。
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