この記事で分かること
- 炭素繊維とは:アクリル繊維などを高温で炭化処理し、炭素原子を主成分(90%以上)とした繊維です。「鉄の約1/4の軽さ」で、「鉄の約10倍の強度」を持つのが最大の特徴です。
- 利益減少の理由:炭素繊維事業の風力発電翼市場の調整による需要低迷や、原燃料・物流費の高騰で利益を圧迫され、東レ全体の営業利益が減少する一因となりました。
- 今後の展望:現状の不調は一時的で、成長が確実視されています。航空機需要の本格回復に加え、脱炭素化の流れで風力発電ブレードや水素タンクなど、環境関連の新規用途が拡大し、収益の柱として成長する見通しです。
東レの営業利益減少
東レが2025年4〜9月期に発表した連結決算で、営業利益が前年同期比33.5%減になったと発表しています。
https://www.nikkei.com/article/DGXZRST0500998T11C25A1000000/
これは、同社の強みである炭素繊維業の一時的な不調にあるとみられています。
炭素繊維とは何か
炭素繊維(Carbon Fiber、カーボンファイバー)とは、アクリル繊維やピッチなどの有機繊維を高温で炭化処理して作られる、炭素原子を主成分(質量比90%以上)とする繊維です。その直径は、髪の毛の10分の1ほどの非常に細い糸で構成されています。
業界では「夢の素材」とも呼ばれ、そのまま単体で使われることは少なく、多くはプラスチックや樹脂と組み合わせて炭素繊維強化プラスチック(CFRP: Carbon Fiber Reinforced Plastics)として利用されます。
炭素繊維の主な特徴
炭素繊維の最大の特長は、「軽くて、強く、腐食しない」ことです。
| 特徴 | 詳細 | 鉄との比較(例) |
| 軽さ | 比重が小さい(低密度)。アルミ合金よりも軽く、鉄の約1/4の重さです。 | 比重は約1/4 |
| 強さ | 高強度(引っ張り強度が強い)。非常に強固な炭素原子の結合を持ちます。 | 比強度は約10倍 |
| 硬さ | 高弾性率(変形しにくい)。 | 比弾性率は約7倍 |
| 耐腐食性 | 炭素を主成分とするため錆びず、耐薬品性にも優れます。 | |
| その他 | 電気伝導性(電気を通しやすい)、耐熱性、X線透過性が高いなどの特性も併せ持ちます。 |
主な用途
これらの優れた特性を活かし、炭素繊維は幅広い分野で使用されています。
- 航空・宇宙分野:航空機の機体(主翼、胴体)や人工衛星、ロケットの部材など、軽量化と高強度が必要な部分。
- 産業分野:風力発電用のブレード(羽)、自動車・鉄道の車体や部品、産業用ロボットアーム、土木建築の補強材など。
- スポーツ・レジャー分野:ゴルフシャフト、釣り竿、テニスラケット、自転車のフレームなど、軽さと強度・剛性が求められる製品。
炭素繊維は、単体ではなく、樹脂と組み合わされた複合材料(CFRP)として、様々な製品の軽量化や高性能化に貢献しています。

炭素繊維(カーボンファイバー)とは、アクリル繊維などを高温で炭化処理し、炭素原子を主成分(90%以上)とした繊維です。「鉄の約1/4の軽さ」で、「鉄の約10倍の強度」を持つのが最大の特徴で、高い弾性率と耐腐食性も兼ね備えます。
東レの炭素繊維にはどのようなものがあるか
東レの炭素繊維は、主に「トレカ®(TORAYCA®)」という製品名で知られています。
この製品は、PAN(ポリアクリロニトリル)を原料とする高性能炭素繊維で、世界最大のシェアを誇り、以下のような幅広い分野で活用されています。
主な製品と用途
| 製品カテゴリ | 特徴と用途 |
| 炭素繊維(糸状) | 高性能グレード(T800S、T1100G、T1200など)から低価格ラージトウ繊維(ZOLTEK™)まで多様な製品を展開。主に次の材料の基材となります。 |
| プリプレグ | 炭素繊維に樹脂(エポキシなど)を含浸させたシート状の中間材料。航空機、自動車、スポーツ用品など、CFRP(炭素繊維強化プラスチック)の成形に使用されます。 |
| 航空宇宙分野 | ボーイング787型機の機体構造など、高い強度と軽量化が求められる航空機や人工衛星の主要部材。 |
| 産業・エネルギー分野 | 風力発電ブレード、天然ガス・水素ガス用圧力容器(タンク)、自動車部品、土木建築のコンクリート補強材など、軽量化と高剛性が求められる構造材。 |
| スポーツ・レジャー分野 | ゴルフシャフト、釣り竿、テニスラケット、自転車フレームなど。 |
東レは、特に世界最高強度を更新する「トレカ®T1200」など、高性能・高品質な炭素繊維を提供することで、これらの分野の発展に大きく貢献しています。

東レの炭素繊維は「トレカ®」というブランドで、世界トップシェアを誇ります。
主に航空機(ボーイング787など)や風力発電ブレード、自動車、スポーツ用品などのCFRP(炭素繊維強化プラスチック)の基材として使われ、世界の産業に貢献しています。
なぜ強度が強いのか
炭素繊維が非常に強い理由は、その結晶構造と炭素原子の強固な結合にあります。
強さの理由:黒鉛結晶構造と配向性
炭素繊維の主成分である炭素原子は、高温での炭化処理を経て、黒鉛(グラファイト)に近い微細な結晶構造を形成します。
- 強固な六角網平面構造:
- 炭素原子は、正六角形が並んだ網の目状の平面(グラファイトシート)を形成し、この平面内では非常に強い共有結合(sp2結合)で結びついています。この共有結合の強度が、引っ張る力に対する高い強度(引張強度)の源となっています。
- これは、世界一硬い物質であるダイヤモンドも炭素原子の結合でできていることからも分かるように、炭素原子の結合自体が極めて強靭であるためです。
- 繊維軸方向への高い配向:
- 製造工程において、高温処理と延伸(引き伸ばし)を行うことで、この強固な黒鉛結晶の網平面が、繊維の長さ方向(軸方向)に沿って規則正しく並びます(配向)。
- この「強い結合の方向」が繊維全体で揃うことで、繊維の長さ方向に対して非常に高い強度と弾性率が発現します。
まとめ
炭素繊維は、「強靭な炭素原子の結合」と、その結合を「繊維軸方向に規則正しく揃える構造(配向性)」の組み合わせによって、鉄の約10倍という非常に高い強度を実現しています。
ただし、この強度は主に繊維の長さ方向に発揮されるため、側面から圧縮される力など、方向によっては金属ほど強くないという特性もあります。

炭素繊維の強度は、炭素原子が形成する強固な「六角網平面構造」(グラファイトシート)にあります。この強靭な平面が、製造工程で繊維の長さ方向に規則正しく高い配向性を持って並ぶため、軸方向に対して鉄の約10倍という極めて高い引張強度が発現します。
営業利益と炭素繊維事業との関連はどうか
東レの営業利益の減少に、炭素繊維事業(「トレカ®」を擁する炭素繊維複合材料セグメント)が大きく影響した主な要因は、以下の3点です。
1. 主力用途市場の需要の落ち込み(市場調整)
- 風力発電翼市場の調整:
- 炭素繊維は、大型化が進む風力発電ブレードの主要材料であり、東レの重要な収益源です。しかし、一部の主要市場(特に中国など)で需要が一時的に調整局面に入ったため、出荷量が減少し、利益を押し下げました。
- 電子部品向け需要の低迷:
- 電子部品向け炭素繊維(MLCC剥離シートなど)も、世界的な電子デバイス市場の在庫調整や景気減速の影響を受け、需要が低迷しました。
2. コストの高騰と採算の悪化
- 原燃料価格と物流費の高騰:
- 炭素繊維の製造は、アクリル繊維を高温で焼き上げるエネルギー集約型のプロセスです。そのため、世界的な原油価格や天然ガス価格の高騰、さらに物流費の上昇が、製造コストを大幅に押し上げました。
- このコスト増を販売価格に十分に転嫁できなかったことが、営業利益の悪化に直結しました。
3. 新規設備投資に伴う負担
- 固定費の先行発生:
- 東レは、今後の需要拡大(特に航空機や自動車、水素分野)を見据えて、積極的な設備投資を進めています。
- これらの新規設備が本格稼働して収益に貢献する前に、減価償却費や維持管理費などの固定費が先行して発生したことも、短期的な利益を圧迫する要因となりました。
炭素繊維事業は、市場の短期的な調整による「販売減」と、コスト高による「採算の悪化」、さらに将来に向けた投資の先行負担という複数の要因が重なり、東レの営業利益全体の減少に大きく影響しました。
一方で、航空機用途は回復基調にあり、将来の成長市場(水素、EV)の準備は進んでいるため、長期的な見通しは明るいとされています。

炭素繊維事業は、主に風力発電翼市場の調整による需要低迷や、原燃料・物流費の高騰で利益を圧迫され、東レ全体の営業利益が減少する一因となりました。しかし東レの炭素繊維事業は、短期的な不調はあるものの、長期的には成長が確実とされています。

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