ジスプロシウムとは何か?どのような用途があるのか?高温でも磁力を保てる理由は? 

この記事で分かること

ジスプロシウムとは:レアアースのひとつであり、高温でも強い磁力を持つ、中性子の吸収性が高い、光エネルギーの貯蔵などの特徴をもっています。

用途:ネオジム磁石、夜光塗料、インクジェットプリンターのノズルなどに利用されています。

高温でも磁力を保てる理由:ジスプロシウムの添加によって、ネオジム磁石の磁区の安定性を高め、高温における磁化の乱れや反転を抑制することで、高温でも磁力を保つことができるようにする役割を果たします。

レアアースの価格高騰

 2025年5月現在、レアアース(希土類元素)の価格が急騰し、一部の元素では3倍以上に達しています。

 https://finance.yahoo.co.jp/news/detail/9d4e470de0c14dbbb85fb74805ffde56824602dd

 この背景には、中国による輸出規制の強化があり、特に電気自動車(EV)や風力発電、軍事用途に不可欠な元素であるジスプロシウムやテルビウムの供給が逼迫しています。

 レアアースのひとつである、ジスプロシウムはEVモーターの永久磁石に不可欠であり、テスラなどの自動車メーカーは在庫が5月末までしか持たないと懸念しています。

 今回は、ジスプロシウムについての解説となります。

 ジプロシウム(Dysprosium、元素記号Dy)は、原子番号66の希土類元素です。銀白色の金属で、比較的柔らかく、常温で徐々に酸化する性質を持ちます。

主な特徴

  • 高い磁気特性: 特に高温でも強い磁力を保つ能力があり、ネオジム磁石の性能向上に不可欠です。
  • 中性子吸収能: 熱中性子をよく吸収するため、原子炉の制御棒にも利用されます。
  • 光エネルギー貯蔵: 光エネルギーを蓄えて発光する性質があり、夜光塗料(ルミノーバ)などに利用されています。
  • 合金の特性向上: 他の金属と合金にすることで、強度や耐熱性などを向上させることができます。

主な用途

  • ネオジム磁石: 電気自動車、風力タービン、ハードディスクドライブなどの高性能磁石に添加され、耐熱性を向上させます。
  • 夜光塗料: 非常口のサインなど、暗闇で光る必要があるものに使われています。
  • インクジェットプリンター: テルビウム、鉄との合金が、磁力で瞬時に変形する性質を利用してインクのノズルに使われています。
  • 原子炉の制御棒: 中性子吸収能力を利用して、核反応の速度を制御します。
  • その他: 医療機器、メタルハライドランプ、レーザー材料などにも利用されています。

その他

  • 名前の由来は、発見が困難であったことから、ギリシャ語の「dysprositos(近づき難い)」にちなんでいます。
  • 主な産出国は中国であり、供給の不安定さや環境への影響が課題となっています。

ジスプロシウムはレアアースのひとつであり、高温でも強い磁力を持つ、中性子の吸収性が高い、光エネルギーの貯蔵などの特徴から様々な用途で利用されています。

ネオジム磁石での役割は何か

 ネオジム磁石にジスプロシウムが利用される主な理由は、ネオジム磁石の耐熱性を向上させるためです。

 ネオジム磁石は非常に強力な磁力を持つ反面、高温になると磁力が低下しやすいという弱点があります。

 特に、電気自動車のモーターや風力発電機のジェネレーターなど、高温環境で使用される場合には、磁力の低下が性能に大きな影響を与えます。

 そこで、ネオジム磁石に少量のジスプロシウムを添加することで、保磁力(一度磁化された磁石が外部の磁場によって磁力を失いにくくなる性質)を高めることができます。

 これにより、高温環境下でも磁力の低下を抑え、ネオジム磁石の性能を維持することが可能になります。

 ただし、ジスプロシウムは希少な元素であり、高価であるため、使用量の削減やジスプロシウムフリーのネオジム磁石の開発も進められています。

ジスプロシウムはネオジム磁石の「高温に弱い」という弱点を補い、より幅広い環境で使用できるようにするために重要な役割を果たしています。

なぜ、耐熱性が向上するのか

 ネオジム磁石が熱で磁力が低下する理由と、ジスプロシウムによって高温でも磁力を保てる理由は以下の通りです。

ネオジム磁石が熱で磁力が低下する理由

 ネオジム磁石の磁力は、内部の微小な磁石の領域(磁区)が同じ方向を向いて整列することで生じます。

  • 原子の熱運動の活発化: 温度が上昇すると、磁石を構成する原子の熱運動が激しくなります。この振動により、整然と並んでいた磁区の向きが乱れ始めます。
  • 磁区のずれ: 熱エネルギーによって原子の磁気モーメント(小さな磁石としての性質)の向きがランダムになり、磁区の整列が崩れるため、磁石全体の磁力が弱まります。
  • キュリー温度: ある特定の温度(キュリー温度)を超えると、磁区の整列が完全に失われ、ネオジム磁石は永久磁石としての性質を失います。ネオジム磁石のキュリー温度は約320℃と比較的低いため、高温環境下では磁力低下が顕著になります。
  • 保磁力の低下: 高温になると、外部の磁場によって磁区の向きが変わりやすくなります。つまり、磁石を減磁させるのに必要な磁場の強さ(保磁力)が低下します。

ジスプロシウムによって高温でも磁力を保てる理由

 ジスプロシウムをネオジム磁石に添加することで、主に保磁力を向上させる効果が得られます。

  • 磁区の安定化: ジスプロシウム原子は、ネオジムや鉄原子とは異なる磁気的な性質を持っています。ネオジム磁石の結晶構造において、ジスプロシウム原子が特定の場所に置換されることで、磁区の境界を強化し、動きにくくする効果があります。
  • 磁化反転の抑制: 高温になると磁化の向きが反転しやすくなりますが、ジスプロシウムはこのような磁化反転をより高いエネルギーが必要にするため、高温下でも磁力の低下を防ぎます。
  • キュリー温度の向上: 一般的に、ジスプロシウムの添加はネオジム磁石全体のキュリー温度をわずかに上昇させる傾向があります。これにより、より高い温度まで磁石の性質を維持できます。

ジスプロシウムはネオジム磁石の磁区の安定性を高め、高温における磁化の乱れや反転を抑制することで、高温でも磁力を保つことができるようにする役割を果たします。

夜光塗料で利用できる理由は何か

 夜光塗料にジスプロシウムが利用できる主な理由は、光エネルギーを効率的に吸収し、比較的長い時間、特定の波長の光を放出する(蛍光・燐光)特性を持つためです。

 夜光塗料には、光を吸収してエネルギーを蓄え、徐々にそのエネルギーを光として放出する物質(蛍光体・燐光体)が使われています。ジスプロシウムは、この蛍光体や燐光体の発光効率を高めたり、残光時間(光を照射した後、光が消えるまでの時間)を長くしたりする役割を果たします。

具体的なメカニズム

  • エネルギー準位の調整: 蛍光体や燐光体の原子は、特定のエネルギー準位を持っています。光を吸収すると、電子がより高いエネルギー準位に遷移し、その後、元の低いエネルギー準位に戻る際に光を放出します。ジスプロシウムを添加することで、このエネルギー準位が調整され、より効率的に可視光の波長の光を放出できるようになります。
  • 発光中心としての役割: ジスプロシウムイオン自体が発光中心となる場合もあります。吸収したエネルギーを受け取り、特定の波長の光を放出します。
  • 残光時間の延長: 燐光の場合、電子が高いエネルギー準位から直接低いエネルギー準位に戻るのではなく、中間の準位に一時的にトラップされます。このトラップされた電子が徐々に低いエネルギー準位に戻ることで、比較的長い時間光を放ちます。ジスプロシウムは、このトラップの深さや放出の速度を調整し、残光時間を長くする効果があります。

 現在、主流の高性能な夜光塗料(ルミノーバなど)では、希土類元素であるユーロピウムやストロンチウムアルミネートなどが主に使用されており、ジスプロシウムは発光特性を微調整するための添加剤として用いられることが多いです。

ジスプロシウムは、発光効率の向上、発光色の調整、残光時間の延長を可能にするため、夜光塗料に利用されています。

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