この記事で分かること
- EUの自動車産業の状況:ヨーロッパの自動車産業は、EV市場の伸び悩み、中国メーカーとの価格競争激化に直面しています。
- 支援の内容:EV需要喚起、合成燃料車容認を含む2035年規制の柔軟な見直し、戦略技術への投資支援、貿易防衛措置などが含まれる見込みです。
- 脱炭素の見直しが求められている理由:EV需要の伸び悩み、高い車両コスト、充電インフラの整備遅れから生じる経済的・雇用への懸念、およびe-Fuel技術による内燃機関の存続の可能性を考慮するためです。
EUの自動車産業支援策
欧州連合(EU)の欧州委員会は12月16日に自動車産業の支援策を発表する可能性があります。特に中国との貿易摩擦や、中国の産業における過剰生産能力の増大による競争力低下やEV需要の低迷などから脱炭素化目標の見直しやサプライチェーンの強化などが予想されています。
https://jp.reuters.com/markets/commodities/E5PMGZL7SBJ2XDCNWUWZPZNKPQ-2025-12-03/
この支援策は、「脱炭素化」「競争力」「経済安全保障」という3つの相反する目標のバランスを取ることを目指しています。
支援の内容は何か
12月16日に発表が予定されているEUの自動車産業支援策について、現時点(発表前)で報じられている主な支援の内容(施策の方向性)は、大きく分けて以下の3つの柱に基づくと予想されています。
これは、競争力の強化と、厳しい脱炭素目標(2035年ICE車販売禁止)とのバランスを取るための戦略です。
1. 競争力とサプライチェーンの強化
中国の過剰生産能力や、EV部品(バッテリー、半導体など)の供給における外部依存度が高いことへの対策が中心です。
- 貿易防衛と公正な競争環境の確保:
- 中国などからの輸入に対する効果的な措置(例:不公正な補助金調査に基づく追加関税の検討)。
- EU域内での生産基準や環境基準に適合しない製品に対する規制の強化。
- バリューチェーンのレジリエンス(強靱性)向上:
- 重要原材料(CRM)のEU域内供給、リサイクル、調達の多様化を支援。
- バッテリーや半導体など、戦略的な重要部品の域内生産を支援する投資促進策。
2. イノベーションとデジタル化への投資
将来のモビリティを形作る技術への投資と、規制環境の整備を進めます。
- 技術開発支援:
- 自動運転、コネクテッドカーなどのソフトウェア定義型車両(SDV)への移行を支援する研究開発(R&D)資金の投入。
- バッテリー技術のさらなる革新を促すインセンティブ。
- 規制の簡素化・適応:
- 新しいモビリティ技術(例:AIを活用した自動運転)が迅速に展開できるよう、規制や承認プロセスを合理化。
3. 規制目標の「柔軟化」と需要喚起
特に業界と一部加盟国から強く要求されている、EV移行の現実的なペースと需要の問題に対応します。
- 2035年目標の「実用主義的な」見直し:
- 合成燃料(e-fuel)を使用した内燃機関車の、2035年以降の販売を可能にするための具体的な道筋の明確化。
- 一部の専門家は、プラグインハイブリッド車(PHEV)に対する規制上の柔軟性も検討される可能性があると指摘しています。
- EV需要の刺激策:
- フリート(社用車)の脱炭素化を加速させるための政策措置(EUの新車登録台数の多くを占める社用車市場に焦点を当てる)。
- 消費者向けの社会的なリース制度や税制優遇措置など、EV購入へのインセンティブを強化。
注目点
このパッケージで最も注目されているのは、2035年のICE車販売禁止目標を「緩和」する内容がどれだけ具体的に盛り込まれるか、という点です。合成燃料車やPHEVの扱いは、今後のEU自動車産業の方向性を左右する大きなポイントになります。

EU自動車産業支援策は、EV需要喚起、合成燃料車容認を含む2035年規制の柔軟な見直し、戦略技術への投資支援、貿易防衛措置などが含まれる見込みです。
ヨーロッパの自動車業の状況は
ヨーロッパの自動車産業は現在、「内憂外患」とも言える歴史的な転換点に直面しており、複数の複合的な課題に対応を迫られています。
1. EVシフトの「踊り場」と競争激化
欧州は中国に次ぐ世界第2位の電気自動車(EV)市場ですが、近年、EV販売の伸びに鈍化の傾向が見られ、「踊り場」を迎えています。
- 需要の減速: 一時的なEV補助金の縮小や廃止、高い車両価格、充電インフラの整備遅れ(特に地域格差)などが原因で、消費者のEV購入意欲が停滞しています。
- 中国メーカーの台頭:
- 中国メーカーは低価格帯のEVを武器に欧州市場で急速にシェアを拡大しており、欧州メーカーの価格競争力と収益性を圧迫しています。
- 2023年時点のデータでは、欧州の純バッテリー車(BEV)販売台数に占める中国製のシェアは大幅に増加しています。
- メーカーの戦略転換: EVへの全面移行を掲げていた主要メーカーも、市場の現実を踏まえ、ハイブリッド車(HEV)やプラグインハイブリッド車(PHEV)の開発にも再びリソースを振り分けるなど、戦略のマルチパスウェイ化を進めています。
2. 生産台数の低迷と競争力の低下
EU域内の自動車生産台数は、2017年をピークに減少傾向にあり、新型コロナウイルス危機以前の水準に回復していません。
- 生産拠点の調整: 収益環境の厳しさから、生産調整や工場の閉鎖・削減を検討する企業が増加しており、特にドイツやイタリアなどの伝統的な自動車生産国で雇用への影響が懸念されています。
- サプライチェーンの課題: 半導体不足などのサプライチェーン問題は継続しており、生産の不安定要因となっています。
3. 厳しい規制と政策的な不確実性
EUが掲げる野心的な脱炭素目標と、その達成に向けた規制が、自動車産業に大きな投資負担と不確実性をもたらしています。
- 2035年ICE車販売禁止: 2035年以降の内燃機関車(ICE)販売を実質禁止とする規制目標(CO2排出量100%削減)は、業界に構造転換を迫っています。
- 規制の「揺らぎ」: 経済的な懸念や業界からの要求を受け、EU委員会は合成燃料(e-fuel)を搭載したICE車を容認する可能性など、規制目標に柔軟性を持たせる動きも見せており、政策の行方に注目が集まっています。
EUの対応策
こうした危機的状況に対し、EUは自動車産業の競争力維持と公正な競争環境の確保に向けて動き出しています。
- 貿易防衛措置: 中国製EVに対する反補助金調査を実施し、不公正な補助金が確認された場合は追加関税を課すなど、市場保護のための措置を講じています。
- 産業支援: 域内でのバッテリー生産支援や、技術開発への投資など、競争力強化に向けたアクションプランを進めています。(これには、先日発表された自動車産業支援策の内容も含まれます。)
ヨーロッパの自動車産業は、「EV化への投資」と「中国とのコスト競争」、そして「雇用維持」という3つのジレンマを同時に解決するという極めて難しい課題に直面しています。

ヨーロッパの自動車産業は、EV市場の伸び悩み、中国メーカーとの価格競争激化に直面しています。
脱炭素化目標の見直しを行う理由は
脱炭素化目標の見直し・柔軟性が求められる主な理由は、EUが設定した野心的な目標(特に2035年からの内燃機関車販売禁止)が、現実の経済的・技術的な課題と衝突し始めたためです。
この動きの背景にある具体的な理由は以下の通りです。
1. EV市場の需要伸び悩みと経済的懸念
- 高いコストと購入障壁: 電気自動車(EV)は依然として従来のガソリン車・ディーゼル車に比べて価格が高く、多くの消費者にとって手の届きにくい状態にあります。政府による補助金が削減または終了された結果、需要の伸びが鈍化しています。
- 雇用と競争力の懸念: 自動車産業はヨーロッパの経済と雇用にとって極めて重要です。性急なEVシフトは、既存のエンジン関連サプライチェーンで働く人々の大量失業につながる懸念があります。また、EVの生産コストや技術で先行する中国メーカーとの競争激化に、欧州メーカーが十分に対応できていない現状があります。
2. 充電インフラの整備遅れ
- インフラの地域格差: 欧州全域で、特に地方や充電設備への投資が進んでいない国において、EVの普及に必要な充電ステーションの数が不足しています。インフラが不十分では、消費者はEVへの乗り換えを躊躇せざるを得ません。
- 電力網の負荷: 全ての自動車がEVに置き換わるには、既存の電力網の大規模なアップグレードが必要であり、その実現性とコストに疑問が呈されています。
3. 技術的な多様性の確保(e-Fuelの可能性)
- 合成燃料(e-Fuel)の技術進展: 環境中から回収したCO2と再生可能エネルギー由来の水素を用いて製造されるe-Fuelは、既存のエンジン車でもカーボンニュートラルを実現できる可能性を秘めています。
- 内燃機関の存続: ドイツなど一部の国は、e-Fuelを使用することを条件に、2035年以降も内燃機関車の販売を容認するよう強く求めています。これは、内燃機関のサプライチェーンと技術を維持し、技術的な選択肢を広げることを目的としています。
EUが目標の柔軟化を検討しているのは、単に目標を諦めるためではなく、経済的な安定、雇用維持、消費者への負担軽減、そして技術的な多様性の確保という現実的な課題に対応しつつ、より持続可能で現実的なペースで脱炭素化を進めるためです。

脱炭素化目標の見直し・柔軟性は、EV需要の伸び悩み、高い車両コスト、充電インフラの整備遅れから生じる経済的・雇用への懸念、およびe-Fuel技術による内燃機関の存続の可能性を考慮するためです。

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