この記事で分かること
- 強化を行う理由:半導体の微細化や高性能化、そしてAIや自動運転などデータセンター向け需要の急増が主な理由です。これにより半導体全体の生産量が増え、製造に不可欠な材料の需要も拡大しています。
- ポストCMPクリーナーとは:半導体製造でウェハーを平坦にするCMPの後に使われる特殊な洗浄液です。研磨剤の残りカスや微細なゴミを完全に除去し、その後の工程の品質と信頼性を確保するために不可欠な物質です。
- ポストCMPクリーナーに求められる性能:高い洗浄性とともに、金属配線(特に銅)を腐食させないことが求められます。
富士フイルム、半導体向け材料の開発・生産体制を強化
富士フイルムは、静岡県榛原郡吉田町にある工場で、次世代半導体向け材料の開発・生産体制を強化しています。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCC152HB0V10C25A8000000/
これは、5G/6G通信、AI、自動運転などの技術革新に伴う半導体需要の増加に対応するためです。
どんな製品を製造するのか
富士フイルムの静岡工場では、主に以下の半導体材料を製造しています。
- ポストCMPクリーナー:半導体製造プロセスの基幹材料です。
- 極端紫外線(EUV)向けフォトレジスト:最先端の半導体製造に不可欠な材料で、半導体回路を微細に形成するために使用されます。
- Wave Control Mosaic™:イメージセンサー用のカラーフィルター材料です。
ポストCMPクリーナーとは何か
ポストCMPクリーナーとは、半導体の製造工程で、CMP(化学機械研磨)と呼ばれる工程の後にウェハーを洗浄するための特殊な洗浄液です。
CMP(化学機械研磨)とは?
CMP(Chemical Mechanical Polishing)は、半導体ウェハーの表面を平坦にする技術です。研磨剤(スラリー)とパッドを使って、化学的な作用と機械的な作用を組み合わせることで、ナノメートルレベルの凹凸をなくし、次の工程に進めるために不可欠な表面を作り出します。
ポストCMPクリーナーの役割
CMPの工程後には、研磨剤の砥粒、化学物質の残留物、そして削られたウェハーの微細な破片などがウェハー表面に付着しています。これらの不純物が残ると、その後の工程での回路の形成不良やショートなどの原因となり、半導体の性能や信頼性に悪影響を及ぼします。
ポストCMPクリーナーは、これらの微細な不純物を効率的に除去し、ウェハー表面を完全に清浄な状態に戻す役割を担います。単に汚れを落とすだけでなく、回路を形成する金属配線(特に銅)を腐食させないよう、ウェハー上の他の材料に影響を与えないよう設計されています。
使用される物質
ポストCMPクリーナーには、主に以下の物質が含まれています。
- キレート剤: ウェハー表面に付着した金属不純物を捕捉し、溶け込ませる役割があります。
- 界面活性剤: 粒子の分散を助け、表面から剥がれやすくします。
- 腐食抑制剤: 洗浄中に、ウェハー上の金属配線が化学反応で腐食するのを防ぎます。
- pH調整剤: 洗浄液のpHを適切に保ち、効率的な洗浄と材料へのダメージ防止を両立させます。
これらの成分が、ウェハー上の微細な不純物を安全かつ確実に除去する上で重要な働きをしています。

ポストCMPクリーナーは、半導体製造でウェハーを平坦にするCMP(化学機械研磨)の後に使われる特殊な洗浄液です。研磨剤の残りカスや微細なゴミを完全に除去し、その後の工程の品質と信頼性を確保するために不可欠な物質です。
キレート剤はなぜ金属不純物を補足できるのか
キレート剤が金属不純物を捕捉できるのは、複数の結合部位を持つ構造を持っているためです。この構造により、金属イオンをカニのハサミのようにしっかり挟み込んで安定な錯体(キレート錯体)を形成します。
仕組み
- 複数の配位結合: キレート剤分子は、1つの金属イオンに対して複数の原子(酸素や窒素など)で同時に結合します。
- 環状構造の形成: この多点での結合により、金属イオンを中心とする環状の構造が形成されます。このリング状の構造は非常に安定しており、一度結合すると簡単には離れません。
- 金属イオンの封じ込め: このようにして、キレート剤は金属イオンを「カゴ」の中に閉じ込めるようにして溶液中に溶け込ませた状態(錯体)にすることで、不純物として沈殿したり、ウェハー表面に再付着したりするのを防ぎます。
「キレート」という言葉自体、ギリシャ語で「カニのハサミ(chele)」を意味することからも、その作用がイメージできます。ポストCMPクリーナーでは、この原理を利用して、ウェハー表面に付着した金属不純物を効果的に取り除いています。

キレート剤は、分子内に複数の結合部位を持ち、金属イオンをカニのハサミのようにしっかり挟み込んで捕捉します。これにより、金属イオンが安定した環状の錯体を形成するため、再沈殿することなく効率的に不純物として除去できます。
腐食抑制剤とは何か
腐食抑制剤とは、金属の腐食(サビ)を抑えるために、環境中に少量添加する化学物質のことです。英語では「インヒビター(inhibitor)」とも呼ばれます。
半導体製造の分野、特に前述のポストCMPクリーナーでは、金属配線(銅など)が洗浄液によって腐食するのを防ぐために、この腐食抑制剤が添加されています。
腐食を抑える仕組み
腐食抑制剤は、その種類によって様々な方法で金属を保護します。主な作用メカニズムは以下の通りです。
- 保護膜の形成: 金属表面に吸着し、水分や酸素などの腐食性物質が金属に触れるのを防ぐ、緻密で安定した保護膜を形成します。まるで金属を薄いバリアで覆うようなイメージです。
- 化学反応の抑制: 腐食の原因となる化学反応(酸化・還元反応)そのものを遅らせたり、止めたりします。
- pHの調整: 溶液のpHを調整し、金属が腐食しにくい環境を維持します。
具体的な物質の例
ポストCMPクリーナーに添加される腐食抑制剤として、特にベンゾトリアゾール(BTA)という有機化合物がよく知られています。これは、銅の表面に薄い膜を形成することで、銅の腐食を防ぐ効果があります。
腐食抑制剤は、半導体だけでなく、冷却水やボイラー、自動車のエンジンなど、様々な分野で金属の劣化を防ぐために広く使われています。

腐食抑制剤は、金属のサビを防ぐ化学物質です。金属表面に保護膜を作ったり、腐食の原因となる化学反応を抑えたりすることで、金属材料の劣化を防ぎます。半導体製造の洗浄液にも添加され、回路の金属配線を保護する役割があります。
ベンゾトリアゾールはなぜ銅表面に薄い膜を形成するのか
ベンゾトリアゾール(BTA)は、化学式C6H5N3で表される有機化合物です。ベンゾトリアゾール(BTA)が銅表面に薄い膜を形成するのは、ベンゾトリアゾール分子が銅原子と化学的に結合し、安定したポリマー錯体(Cu-BTA錯体)を形成するためです。この錯体が高分子の膜となって銅表面を覆います。
メカニズム
- 化学吸着: ベンゾトリアゾールは、その分子内の窒素原子の非共有電子対を使い、銅表面の原子と直接結合します。この強い結合は、単なる物理的な付着ではなく「化学吸着」と呼ばれます。
- 錯体形成と重合: 銅表面に吸着したベンゾトリアゾール分子は、複数の銅原子と結びつき、環状の構造(錯体)を形成します。さらに、この錯体が鎖状に多数連なることで、水に溶けにくい高分子の保護膜となります。
- 不活性化: この緻密な膜が、銅表面を外部の腐食性物質(水、酸素、酸など)から遮断し、銅原子がイオン化して溶け出すのを防ぎます。
この仕組みにより、ベンゾトリアゾールはわずかな量でも高い腐食抑制効果を発揮し、半導体製造プロセスにおける銅配線の保護に不可欠な役割を果たしています。

ベンゾトリアゾールは、分子内の窒素原子が銅原子と化学的に結合し、安定したポリマー錯体を形成するからです。この高分子の錯体が、水に溶けにくい薄い膜となって銅表面を覆い、腐食を防ぎます。
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