この本や記事で分かること
・なぜ、菌類の遺伝子解析がニュースとなるのか:菌類の作用、特に窒素代謝に対する遺伝子の調整が可能になれば、温暖化対策としも有用となる可能性があるため
・菌類はなぜ、一酸化二窒素を放出するのか:硝酸や亜硝酸の還元、窒素化合物の分解によって
菌類の遺伝子解析
NTTと明治大学の共同研究チームによって、菌類の生命活動に関わる重要な遺伝子を特定したことがニュースになっています。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOSG0325W0T00C25A2000000/
菌類のストレスへの適応や代謝に関わる遺伝子など、生存に大きく影響する遺伝子を複数特定し、窒素を含む物質の代謝に関わる遺伝子もあることが分かっています。
今後も、研究が進み、菌類の作用、特に窒素代謝に対する遺伝子の調整が可能になれば、温暖化対策としも有用となる可能性があります。
なぜ、菌類の窒素代謝と温暖化に関連があるのか
菌類の生命活動時に放出する一酸化二窒素(N₂O)は強力な温室効果ガスで、地球温暖化を引き起こす主な要因の一つです。
- 温室効果:N₂Oは赤外線を吸収し、大気中で熱を閉じ込めることで温暖化を促進します。その温室効果は二酸化炭素(CO₂)の約300倍とされています。
- 寿命が長い:N₂Oは大気中で約100年以上持続し、長期間にわたって影響を及ぼします。
- オゾン層破壊:成層圏に達するとオゾンを分解し、紫外線の遮断能力を低下させます。
主な発生源は農業(肥料)、工業プロセス、微生物活動などです。

菌類の放出する一酸化二窒素(N₂O)は強力な温室効果ガスで、地球温暖化を引き起こす主な要因の一つになっています。
菌類はどのように一酸化二窒素を放出するのか
菌類が一酸化二窒素(N₂O)を放出するメカニズムは、主に以下のプロセスによります。
- 脱窒(Denitrification)
一部の菌類は、硝酸(NO₃⁻)や亜硝酸(NO₂⁻)をN₂Oに還元する能力を持ちます。これは主に低酸素環境で起こり、細菌と同様に菌類も関与しています。 - 窒素固定と代謝過程
一部の菌類は有機窒素化合物の分解過程でN₂Oを副産物として放出する可能性があります。 - 共生菌の影響
土壌や植物と共生する菌類が、環境条件によってN₂O放出を促進することもあります。
この過程による一酸化二窒素の放出が地球温暖化に影響を与えるため、研究が進められています。特に窒素が過剰に存在すると、一酸化二窒素を放出しやすくなってしまいます。

菌類は硝酸や亜硝酸の還元、窒素化合物の分解などによって一酸化二窒素を放出します。
土の中にいる菌類にはどんなものがいるのか
土壌には多様な菌類が生息しており、以下のような主要なグループがあり、それぞれ様々な機能をもっています。
・担子菌類(Basidiomycota)
腐生菌や菌根菌として重要で、キノコ類(シイタケ、ベニタケなど)も含まれます。
木質の分解:リグニンやセルロースなどの難分解性有機物を分解し、栄養を土壌に戻す(例:シロアリタケ、ナラタケ)。
菌根形成:樹木と共生し、植物の水分・養分吸収を助ける(例:ベニタケ属、イグチ属)。
窒素・炭素循環:有機物の分解を通じて、土壌の窒素や炭素の循環を促進する。
・子嚢菌類(Ascomycota)
カビや酵母の仲間が多く、トリュフやアオカビも属する。
落ち葉や動植物の遺骸を分解し、土壌の養分を再生。酵母(パンや酒の発酵)、アオカビ(抗生物質の産生)などが含まれる。
・接合菌類(Zygomycota)
有機物を分解するカビの仲間で、クモノスカビなどが含まれる。
有機物を素早く分解し、土壌の栄養供給を促進。クモノスカビなどが食品腐敗の原因にもなる。
・接合菌根菌(Glomeromycota)
植物と共生し、リンの吸収を助ける菌根菌。
植物の根と共生し、リンや水分の吸収を助ける。多くの陸上植物と共生し、生態系の安定に貢献。

土壌には多様な菌類が生息しており、それぞれが様々な機能をもっています。
菌類が肥料から何を作り出しているのか
菌類は有機肥料を分解し、以下のような物質を作り出します。
- 無機養分:窒素(NH₄⁺、NO₃⁻)、リン酸(PO₄³⁻)、カリウム(K⁺)など、植物が吸収しやすい形に変換。
- 腐植(フミン酸、フルボ酸):土壌の団粒構造を改善し、水分保持力を向上。
- 有機酸:クエン酸やシュウ酸などを生成し、ミネラルの溶解を助ける。
- 抗生物質・ホルモン:植物の成長を促進し、病害を抑制する物質を生産。
これにより、土壌の肥沃度が向上し、作物の生育が促進されますが、過剰な肥料は環境汚染や温暖化の要因となります。

肥料から無機養分、腐食、有機酸などを作り出すことで、土壌の肥沃度が増し、植物の成長を促すことができます。
研究は今後どのように進むと予想されるのか
今回の研究は大腸菌を用いた研究となっており、土の中の菌類と大腸菌の遺伝子には以下のような違いがあります。
1:ゲノムサイズ
- 大腸菌:約4~5百万塩基対(Mb)、約4,000遺伝子
- 菌類:数十Mb~数百Mb、遺伝子数も数千~数万
2:遺伝子構造
- 菌類はイントロンを持ち、スプライシングを行うが、大腸菌にはない。*1
- 菌類は細胞核やミトコンドリアを持ち、遺伝子の制御が複雑。
3:共通遺伝子
代謝や基本的な生存機能に関わる遺伝子は一部共通。しかし、全体の遺伝子の相同性は低く、系統的にも大きく異なる。
*1:イントロンは遺伝子の中でタンパク質をコードしない部分で、エクソンと呼ばれるタンパク質をコードする部分に挟まれています。スプライシングは、RNA前駆体(pre-mRNA)からイントロンを取り除き、エクソンを繋げる過程です。この過程により、成熟したmRNAが作られ、タンパク質合成が行われます。スプライシングは主に真核生物で見られ、遺伝子の多様性や調整に関与します。
多くの違いもみられるため、今後は実際の菌類での研究が必要になると考えられます。

大腸菌と土の中の菌類の遺伝子の違いによる影響を確認することが今後の研究で必要となると思われます。
大腸菌が研究機関で多く利用されるのは何故なのか
大腸菌(Escherichia coli)は研究機関で多く利用される理由は以下の通りです:
- 成長が早い:培養が容易で、短期間で大量に増殖する。
- 遺伝子操作が簡単:遺伝子導入やクローニングが容易。
- 安全性:病原性が低い株(例:K-12)が多く使われる。
- 遺伝的な理解:基本的な生物学的プロセスが理解されている。

大腸菌は研究での有用さから分子生物学や遺伝学研究において重要なモデル生物となっています。
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