この記事で分かること
- ニコチン依存症仕組みは:ニコチンが脳の受容体に結合し、快感物質ドパミンを強制放出させることで「吸う=快感」と脳が学習します。繰り返すと脳の構造が変化して依存が生じ、ニコチンが切れると強い不快感(離脱症状)に襲われる仕組みです。
- なぜ遺伝子変異で喫煙量が減少するのか:この遺伝子は、脳内のニコチン受容体の一部を作る設計図です。変異によりこのパーツが機能しなくなると、ニコチンを取り込んでもドパミン(快感)が出にくくなります。 脳が報酬を感じにくいため、自然と喫煙本数が抑えられる仕組みです。
喫煙量を減らす遺伝子変異
米国のリジェネロン・ジェネティックス・センターなどの研究チームは、「CHRNB3」という遺伝子に特定の変異を持つ人は、喫煙量が有意に少ないことを突き止めました。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOSG199RA0Z10C26A2000000/
これまでの研究では、主に「依存を強める(たくさん吸ってしまう)」遺伝子が注目されてきました。しかし、今回の発見は「この遺伝子の働きを抑えれば、自然と吸う本数が減るのではないか」という逆転の発想を可能にします。
ニコチン依存の仕組みはどのようなものか
ニコチン依存症の仕組みは、「脳の報酬系が、ニコチンによってハイジャックされてしまった状態」です。
単なる「根性が足りない」という精神論ではなく、脳内の神経伝達物質と受容体が物理的に作り替えられてしまう「脳の病気」と言えます。
1. 脳内での「偽の快感」の発生
タバコを吸うと、ニコチンは肺から血液に入り、わずか数秒で脳に到達します。
- 受容体への結合: 脳には「ニコチン受容体(主に α4β2 ニコチン性アセチルコリン受容体)」という鍵穴のようなものがあります。
- ドパミンの放出: ニコチンがこの鍵穴に差し込まれると、脳の報酬系と呼ばれる部位からドパミンが大量に放出されます。
- 快感の学習: ドパミンは「気持ちいい」「またやりたい」と感じさせる物質です。脳は「タバコを吸う=快感」という回路を強力に学習してしまいます。
2. 「耐性」と「受容体の増加」
毎日吸い続けると、脳はニコチンがある状態に慣れてしまいます(耐性)。
- 受容体の数が増える: 脳はニコチンによる過剰な刺激に対抗しようとして、ニコチン受容体の数を増やします。
- 感度が鈍る: 受容体が増えると、少量のニコチンでは満足できなくなり、より多くのニコチンを求めるようになります。
3. 「離脱症状(禁断症状)」のループ
ここが一番の苦しみです。体内のニコチンが切れると、以下のようなサイクルに陥ります。
| 状態 | 脳内の動き | 症状 |
| 喫煙中 | ニコチンがドパミンを強制的に出させる | 落ち着く、集中できる(気がする) |
| 禁煙数時間 | ニコチンが抜け、ドパミンが激減する | イライラ、不安、集中力低下 |
| 渇望 | 増えすぎた受容体がニコチンを強く要求する | 「吸いたい!」という猛烈な欲求 |
4. 心理的依存と物理的依存
ニコチン依存には、脳の物理的な変化だけでなく、行動のクセも関わっています。
- 身体的依存: 脳内の受容体レベルでの変化(ニコチンが切れると震える、イライラするなど)。
- 心理的依存: 「食後には吸う」「コーヒーを飲んだら吸う」といった、特定の状況と喫煙がセットで記憶されている状態。
ニコチン依存症を治すのが難しいのは、脳がニコチンなしではドパミンを適切に出せない構造に変わってしまっているためです。

ニコチンが脳の受容体に結合し、快感物質ドパミンを強制放出させることで「吸う=快感」と脳が学習します。繰り返すと脳の構造が変化して依存が生じ、ニコチンが切れると強い不快感(離脱症状)に襲われる仕組みです。
なぜCHRNB3が喫煙を抑えるのか
研究チームの分析によると、CHRNB3遺伝子が喫煙を抑える理由は、この遺伝子が作る「ニコチン受容体」の特定のパーツ(サブユニット)が機能しなくなるからです。
1. 「鍵穴」が壊れて反応しなくなる
脳内にはニコチンを受け取る「受容体(鍵穴)」がありますが、これは複数のパーツが組み合わさってできています。CHRNB3はそのパーツの一つを作る設計図です。
- 通常の場合: 全てのパーツが揃っており、ニコチンが結合するとドパミンが放出され「快感」を感じます。
- 変異がある場合: CHRNB3というパーツがうまく機能しない(または欠損する)ため、受容体全体の働きが弱まります。
2. 「吸っても美味しくない」状態を作る
この遺伝子変異を持つ人の脳では、ニコチンが入ってきても受容体が敏感に反応しません。
- 快感が得にくい: タバコを吸ってもドパミンがあまり出ないため、脳が「もっと吸いたい」という強い報酬を感じにくくなります。
- 依存の入り口で止まる: 喫煙による「ごほうび」が少ないため、結果として1日に吸う本数が自然と少なくなります。
3. 天然の「禁煙薬」のような役割
この変異を2つ持っている人(天然の欠損状態)は、喫煙量が約78%も少ないことがわかっています。これは、生まれつき脳内に「ニコチンの刺激をブロックする仕組み」を持っているようなものです。
CHRNB3が機能しないことで、ニコチンに対する脳の反応が鈍くなり、「依存を維持するためのブースター」が作動しなくなることが、喫煙量を抑える直接的な理由です。
この「反応を鈍くさせる」という仕組みを人工的に薬で再現できれば、画期的な禁煙治療薬になると期待されています。

この遺伝子は、脳内のニコチン受容体の一部を作る設計図です。変異によりこのパーツが機能しなくなると、ニコチンを取り込んでもドパミン(快感)が出にくくなります。 脳が報酬を感じにくいため、自然と喫煙本数が抑えられる仕組みです。
CHRNBを機能させなくすることはできるのか
技術的には可能ですが、現在はまだ研究・開発の段階にあります。この遺伝子(CHRNB3)が作る受容体のパーツを狙い撃ちにして機能を抑えるには、主に2つのアプローチが考えられています。
1. 創薬によるアプローチ(現実的)
遺伝子そのものを書き換えるのではなく、遺伝子が作り出した「受容体(タンパク質)」にフタをして働かなくする薬の開発です。
- アンタゴニスト(遮断薬): ニコチンが結合する前にその場所をブロックし、ドパミンを出させないようにする化合物です。
- 今回の発見の意義: CHRNB3という特定のターゲットが明確になったことで、製薬会社は「このパーツだけに結合する物質」を効率よく探せるようになりました。
2. 遺伝子治療によるアプローチ(未来的)
最新の遺伝子編集技術(CRISPR-Cas9など)を使えば、理論上はCHRNB3遺伝子を直接ノックアウト(破壊)して機能させなくすることは可能です。
- 課題: 依存症治療のために健康な人の遺伝子を書き換えるのは、倫理的・安全性のハードルが非常に高いのが現状です。
3. すでに似た仕組みの薬はあるのか
現在、禁煙外来で使われるバレニクリン(商品名:チャンピックス)は、別の受容体(α4β2)に「弱く」結合することで、ニコチンの刺激を遮断しつつ、わずかにドパミンを出して離脱症状を和らげる仕組みです。
今回の発見(CHRNB3)は、これよりもさらに強力に、かつピンポイントに喫煙量を減らすターゲットとして期待されています。
CHRNB3は脳の報酬系だけでなく、他の神経系にも関わっている可能性があります。そのため、「完全に機能させなくした場合に、やる気が出なくなるなどの副作用が出ないか」を慎重に検証する必要もあります。
この「副作用」と「効果」のバランスをどう取るかが、今後の開発の鍵になると予想されています。

理論上、創薬や遺伝子編集技術で機能を抑えることは可能です。この遺伝子が作る受容体のパーツを薬でピンポイントに遮断(ブロック)できれば、ニコチンによる快感を消失させ、自然に喫煙量を減らす画期的な治療薬になると期待されています。

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