二酸化炭素からのギ酸の高効率電解生成 なぜギ酸を合成するのか?どのように合成するのか?

この記事で分かること

  • なぜギ酸を合成するのか:ギ酸にする最大の理由は、「貯蔵と輸送の効率」にあります。気体の水素と異なり、常温で液体のギ酸は既存のガソリン用タンクやローリーで安全かつ安価に運べます。また、農薬や工業原料として即座に売却できるため、収益化しやすい点も大きなメリットです。
  • ギ酸の合成方法:水と二酸化炭素 を使い、電気や光のエネルギーを加えて化学反応させます。これまでは効率の低さが課題でしたが、ダイヤモンド電極を利用した電解精製技術によって、効率が改善されています。
  • なぜダイヤモンド電極が高効率なのか:水が分解されにくい性質(広い電位窓)を持ち、エネルギーを水素発生に浪費せずCO2還元へ集中できることが主な要因です。また、反応物が表面に固着せず劣化も極めて少ないため、高効率を維持したまま長時間の連続稼働が可能です。

二酸化炭素からのギ酸の高効率電解生成

 慶應義塾大学の研究チームが進めている、二酸化炭素(CO₂)からギ酸を高効率に電解生成する技術が、2026年度(2025年末発表)の「GTIE GAPファンド(エントリーコース)」に採択されたことが報道されています。

 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOSG240Z60U5A221C2000000/

 このプロジェクトは、基礎研究から、「事業化(スタートアップ設立)」を見据えた実践フェーズに突入したことを意味しており、非常に注目されています。

どのように二酸化炭素からギ酸を合成するのか

 二酸化炭素(CO2)から「ギ酸(HCOOH)」を合成する技術は、究極のカーボンリサイクル技術の一つとして注目されています。

 「地球温暖化の原因である CO2を、有用な資源に変えてしまおう」という取り組みです。


1. 合成の仕組み(人工光合成・電解還元) 

 最も有力な手法は、水(H2O)と CO2 を使い、電気や光のエネルギーを加えて化学反応させる方法です。

 慶應義塾大学のプロジェクトでも採用されている「電解還元法」のプロセスは以下の通りです:

  1. 原料: 工場などから回収した CO2 と水(H2O)を用意。
  2. 電気分解: 特殊な電極(ダイヤモンド電極など)に電圧をかける。
  3. 反応: CO2 に電子(e)と水素イオン(H+)が結合し、ギ酸が生成される。

2. なぜ「ギ酸」を作るのか

 CO2から作れる物質は他にもありますが、ギ酸には圧倒的な優位性があります。

  • 液体であること(運搬・貯蔵が楽):水素(ガス)は保管に高圧タンクが必要ですが、ギ酸は常温で液体です。既存のドラム缶やタンクローリーで安全に運べます。
  • 「水素の運び屋(キャリア)」になる:ギ酸は、必要な時に触媒を使って分解すれば、再び「水素」と「CO2」に戻せます。つまり、「液体版の水素」として燃料電池車などに活用可能です。
  • 産業用途が広い:そのままの状態でも、家畜の飼料添加剤、皮なめし、繊維の染色、融雪剤など、幅広い工業用途があります。

3. 技術的な課題とブレイクスルー

 これまでは「効率」が大きな壁でした。

  • 従来の課題: 反応に大量の電気が必要で、しかもギ酸以外の不純物(水素ガスなど)が混じってしまう。
  • 慶大の革新: 先述の「ダイヤモンド電極」を使うことで、ほぼ 100% の純度で、かつ長時間安定してギ酸だけを取り出すことに成功しました。

 これまでは「捨てるしかなかった CO2」を、ダイヤモンドの力を使って「価値のある液体燃料」に作り変える技術と言えます。

二酸化炭素を電気分解などの化学反応によって、有用な資源である「ギ酸」に変換する技術です。二酸化炭素を削減しつつ、常温で液体として貯蔵・搬送ができる次世代燃料や化学原料を生み出す、カーボンリサイクルの切り札として期待されています。

なぜ電解還元法の効率が悪いのか

 電解還元法の効率が悪い(=実用化が難しかった)理由は、主に「副反応」と「電極の弱さ」という2つの問題に集約されます。

1. 水そのものが邪魔をする(水素発生の競合)

 CO2を還元しようと電圧をかけると、水溶液中では水(H2O)が電気分解されて水素ガスが発生してしまいます。

  • 本来はCO2に電気を使いたいのに、エネルギーの多くが「水素作り」に盗まれてしまうため、ギ酸を作る効率(電流効率)が下がります。

2. 電極のエネルギーロス(過電圧)

 反応を無理やり進めるために、理論上の計算よりもはるかに高い電圧をかける必要があります。

  • この余分なエネルギーを「過電圧」と呼び、これが熱として逃げてしまうため、全体的なエネルギー効率が悪くなります。

3. 電極の寿命と「劣化」

 従来の金属電極(スズや鉛など)は、反応中に表面がボロボロになったり、不純物が付着してすぐに性能が落ちてしまいます。

  • 「触媒毒」:反応中に生成された中間物質が電極にくっついて、反応を止めてしまう現象。

水溶液中で電気を流すとCO2の還元よりも水の電気分解(水素発生)が優先され、エネルギーが浪費されることや電極の劣化や不純物の付着により反応が妨げられる点から効率に難がありました。

ダイヤモンド電極はなぜ効率が良いのか

 ダイヤモンド電極(ホウ素ドープダイヤモンド電極:BDD)が、従来の金属電極に比べて圧倒的に効率が良い理由は、主に以下の3点に集約されます。

1. 「水」を分解しにくい(広い電位窓)

 電解還元の最大の敵は、水が電気分解されて「水素」が発生してしまうことです。

 ダイヤモンド電極は、水が分解され始める電圧の範囲(電位窓)が非常に広いため、エネルギーが水素発生に逃げるのを防ぎ、CO2の還元だけに電気を集中させることができます。これにより、ギ酸への変換効率(電流効率)が90%以上という極めて高い数値を叩き出せます。

2. 生成物が電極に「くっつかない」

 金属電極の場合、反応中にできた物質が電極の表面にこびりつき(吸着)、反応を邪魔する「触媒毒」となります。

 ダイヤモンド電極の表面は化学的に非常に安定しており、反応中間体が強く吸着しないため、常にクリーンな状態で効率よく反応を継続できます。

3. 圧倒的な物理的・化学的強度

 ダイヤモンドは地球上で最も硬い物質の一つであり、腐食にも極めて強いです。

  • 長寿命: 他の電極がボロボロになる過酷な環境でも、1,000時間以上の連続運転が可能です。
  • 低コスト化: 頻繁なメンテナンスや交換が不要になるため、トータルでの運用効率(経済性)が飛躍的に向上します。

水が分解されにくい性質(広い電位窓)を持ち、エネルギーを水素発生に浪費せずCO2還元へ集中できることが主な要因です。また、反応物が表面に固着せず劣化も極めて少ないため、高効率を維持したまま長時間の連続稼働が可能です。

なぜホウ素をドーピングするのか

 本来、ダイヤモンドは電気をまったく通さない「絶縁体」ですが、そこにホウ素(ボロン)を極少量混ぜることで、電気を通す「導電性」を持たせるためです。

理由は主に以下の3点です。

  • 半導体化: ダイヤモンドの結晶構造の中にホウ素が組み込まれると、電気が流れる通り道ができ、電極として機能するようになります。
  • 「電位窓」の維持: ホウ素を加えてもダイヤモンド本来の「水に反応しにくい(水素を出しにくい)」という性質が失われません。
  • 化学的安定性: ホウ素を混ぜることで、非常に過酷な電気分解の条件下でも壊れない、極めて頑丈な電極になります。

本来絶縁体であるダイヤモンドに、電気を通す性質(導電性)を持たせるためです。ホウ素を加えることで、ダイヤモンド特有の「水に反応しにくい」という長所を維持したまま、強力で効率的な電極として機能させることが可能になります。

GTIE GAPファンドとは何か

 GTIE GAPファンドは、首都圏の大学や研究機関が連携して、大学発の優れた技術をビジネス(スタートアップ)へと繋げるための支援プログラムです。

 名称の「GTIE(ジータイ)」は Greater Tokyo Innovation Ecosystem の略で、東京大学、早稲田大学、東京科学大学(旧 東工大・医科歯科大)を主幹とした、首都圏80以上の機関が参加する巨大なプラットフォームを指します。このファンドには、起業のフェーズに合わせた複数のコースがあります。

主な支援コース

  • エントリーコース(今回採択されたもの)
    • 起業の「検討段階」が対象。
    • ビジネス化の検証や、市場調査、特許戦略の構築などの初期費用を支援します。
  • エクスプロールコース
    • 本格的な「起業直前」が対象。
    • VC(ベンチャーキャピタル)が投資判断できるレベルまで、試作開発やデータ取りを行うための多額の資金が提供されます。
  • 海外市場開拓実践コース
    • グローバル市場への展開を目指すスタートアップ創出を支援します。

ファンドの最大の特徴

 単にお金を出すだけでなく、「伴走支援」がセットになっているのが強みです。

  • プロのメンター: 経営の専門家や投資家によるアドバイス。
  • チーム形成: 技術者(研究者)に欠けている「経営者候補」とのマッチング。
  • 大手企業との連携: 開発した技術を買ってくれる、あるいは共同開発する企業との仲介。

 慶應大の栄長教授のチームも、このエントリーコースを通じて「ダイヤモンド電極によるCO₂資源化」のビジネスモデルを磨き、2028年の起業を目指しています。

東京圏の大学連合(GTIE)が運営する、大学発技術の事業化支援金です。研究成果を「投資可能なビジネス」に育てるため、試作や市場調査の費用を支援し、専門家が起業まで伴走する「死の谷」克服プログラムです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました