村田製作所の銀の水平リサイクル EMI対策製品とは何か?銀が利用される理由は?どうやってリサイクルを実現したのか?

この記事で分かること

EMI対策製品とは:電磁妨害・電磁ノイズから電子機器を守るための製品全般を指し、あらゆる機器に利用されています。

銀が利用される理由:銀は優れた導電性と電磁波シールド性から、EMI対策製品に利用されています。

リサイクルの実現法:技術的な難しさやコストという課題から、銀の水平リサイクルは行われてきませんでした。村田製作所は高度な分離・精製技術を確立し、水平リサイクルを可能にしています

村田製作所の銀の水平リサイクル

 村田製作所が、EMI(電磁ノイズ)対策製品の製造過程で発生する銀の廃材について、水平リサイクルシステムを構築したと発表しました。

 https://corporate.murata.com/ja-jp/newsroom/news/company/csrtopic/2025/0604

 これは電子部品業界では初の試みとのことです。

EMI対策製品とは何か

 EMI対策製品とは、「Electro Magnetic Interference(電磁妨害・電磁ノイズ)」から電子機器を守るための製品全般を指します。

 現代社会では、スマートフォン、パソコン、家電製品、自動車、医療機器など、あらゆる電子機器が使用されています。

 これらの機器は、動作中に微弱な電磁波(電磁ノイズ)を発生させることがあります。この電磁ノイズが他の機器に悪影響を与えたり、機器自身の誤作動を引き起こしたりする現象を「電磁妨害(EMI)」と呼びます。

 EMI対策製品は、この不要な電磁ノイズの発生を抑制したり、外部からのノイズの影響を軽減したりするために使われます。

EMI対策の主な考え方と製品の種類

EMI対策は大きく分けて2つの側面があります。

  1. エミッション対策(ノイズ発生源対策): 機器自身から発生するノイズが外部に漏れるのを防ぐ対策です。
  2. イミュニティ対策(ノイズ耐性対策): 外部から入ってくるノイズによって機器が誤作動を起こすのを防ぐ対策です。

 これらの対策のために、様々な種類のEMI対策製品が開発・利用されています。主なものとしては以下のようなものが挙げられます。

  • EMI除去フィルタ(EMIフィルタ)
    • チップフェライトビーズ: 特定の周波数帯のノイズを吸収し、熱に変換することで除去します。
    • LCローパスフィルタ: インダクタ(L)とコンデンサ(C)を組み合わせ、高周波ノイズを低減します。
    • コモンモードチョークコイル: ケーブルなどを通じて流れるコモンモードノイズ(同相ノイズ)を除去します。
    • 三端子コンデンサ: 高周波特性に優れ、ノイズ除去に効果的です。
  • シールド材
    • 導電性ガスケット、導電性シート、金属箔テープ: 機器の筐体やケーブルを覆い、電磁波の侵入や漏洩を防ぎます。
    • 電磁波吸収体: 電磁波を吸収して熱に変換することで、ノイズを抑制します。
  • TVSダイオード(ESD保護デバイス): 静電気放電(ESD)などによる突発的な高電圧から回路を保護します。

 村田製作所は、これらのEMI対策製品、特にEMI除去フィルタの分野で世界的に高いシェアを持つメーカーとして知られています。今回の銀の水平リサイクルは、そのようなEMI対策製品の製造過程で発生する銀の廃材を対象としたものです。

EMI対策製品とは、電磁妨害・電磁ノイズから電子機器を守るための製品全般を指し、あらゆる機器に利用されています。

EMI対策製品で銀がなぜ使われるのか

 EMI対策製品において、銀は主にその優れた導電性電磁波シールド効果を活かして重要な役割を担っています。

  1. 導電性塗料(導電性ペイント):
    • プラスチックなどの非導電性の筐体の内側に銀を含んだ塗料を塗布することで、導電性の層を形成し、電磁波を反射・吸収してノイズの侵入や漏洩を防ぎます。
    • 銀は他の金属(銅、ニッケル、カーボンなど)と比較して非常に高い導電性を持つため、薄膜でも高いシールド効果が得られるというメリットがあります。
    • スマートフォンやタブレット、医療機器、自動車部品などの樹脂製筐体の電磁波シールドによく用いられます。
  2. 電磁波シールド材・ガスケット:
    • 銀をメッキしたり、銀繊維を用いたメッシュ状の素材や、銀粒子を練り込んだ導電性エラストマー(ゴム)などがシールド材として使用されます。
    • 機器の合わせ目や開口部からのノイズ漏洩を防ぐためのガスケットや、ケーブルのシールド、あるいは電磁波防護服の素材など、様々な形で利用されます。
    • 銀の導電性によって、電磁波を効果的に反射・吸収することができます。
  3. 電子部品の内部電極や配線:
    • 特に、チップフェライトビーズのような積層型のEMI除去フィルタでは、内部の電極材料として銀が使用されることがあります。
    • これは、銀の導電性の高さに加え、特定のフェライト材料が比較的低温で焼結される必要があり、その際に銀が溶けにくいという特性が利用されるためです。
    • 高周波特性に優れたコンデンサやインダクタなどの電子部品の内部電極にも、その高い導電性から銀が採用されることがあります。

なぜ銀が選ばれるのか?

  • 高い導電性: 銀は地球上で最も電気をよく通す金属です。この高い導電性により、電磁波を効率よく反射させ、ノイズを抑制することができます。
  • 薄膜での効果: 少量でも高い導電性が得られるため、薄く塗布したり、細い繊維にしたりしても十分なシールド効果を発揮できます。これにより、製品の小型化や軽量化に貢献します。
  • 加工性: 比較的展延性に優れており、様々な形状に加工しやすいという側面もあります。

 このように、銀はEMI対策製品において、その優れた導電性を生かして、電子機器の安定稼働と安全性を確保するための重要な役割を担っているのです。

銀は優れた導電性と電磁波シールド性から、EMI対策製品に利用されています。

なぜ電磁波シールド性を持つのか

 銀が電磁波シールド性を持つのは、主にその優れた導電性に起因します。

 電磁波シールドの基本的な原理は、電磁波が導電性材料に当たった際に、その導電性によって電磁波のエネルギーを反射したり、一部を吸収して熱に変換したりすることです。

具体的には、以下のメカニズムで電磁波を遮蔽します。

1. 反射損失(Reflection Loss)

これが電磁波シールドの主要なメカニズムです。

  • 自由電子の働き: 銀のような金属には、電流を自由に移動できる自由電子が大量に存在します。
  • 電磁波との相互作用: 電磁波が金属に到達すると、その電場が自由電子を揺り動かします。これにより、金属表面に誘導電流(渦電流)が発生します。
  • 電磁波の打ち消し: この誘導電流自身も電磁波を発生させますが、その電磁波は入射してきた電磁波とは逆の位相を持つため、互いに打ち消し合い、結果として入射電磁波の大部分を反射します。

銀は全金属の中で最も電気伝導率が高いため、この反射損失の能力が非常に優れています。


2. 吸収損失(Absorption Loss)

反射しきれなかった電磁波の一部は、シールド材の内部に侵入します。

  • ジュール熱への変換: 侵入した電磁波は、シールド材の内部で自由電子と相互作用し、そのエネルギーが熱(ジュール熱)として消費されます。
  • 材料の厚さ: この吸収損失はシールド材の厚さに比例します。材料が厚いほど、吸収されるエネルギーも大きくなります。

銀は非常に高い導電性を持つため、電磁波が内部に侵入しにくく、主に反射によってシールド効果を発揮します。しかし、微量ながらも吸収による減衰も発生します。


3. 多重反射損失(Multiple Reflection Loss)

シールド材が薄い場合や、複数の層で構成されている場合に発生します。

  • シールド材の内部に入り込んだ電磁波が、材料の表面と裏面の間で何度も反射を繰り返し、その度に反射損失と吸収損失が発生することで、全体のシールド効果が高まります。

なぜ銀が特に優れているのか?

  • 最高の電気伝導率: 前述の通り、銀は全ての金属の中で最も高い電気伝導率を誇ります。これにより、非常に効率的に自由電子を動かし、電磁波を強力に反射することができます。
  • 高い電磁波シールド効果: その結果、薄い層でも高いシールド効果(dB値)を発揮することが可能です。
  • 加工性: 展延性にも優れているため、薄い膜や微細な粒子に加工しやすく、様々な製品形態(導電性塗料、導電性繊維、電子部品の電極など)に適用しやすいという利点もあります。

これらの特性から、銀は高性能なEMI対策製品において、非常に効果的な電磁波シールド材料として重宝されています。

電磁波シールドは、その導電性によって電磁波のエネルギーを反射したり、一部を吸収して熱に変換したりすることで、電磁波をシールドします。銀は高い導電性をもつため、電磁波シールド性の高い素材となっています。

これまで、銀の水平リサイクルが行われなかった理由は

 村田製作所が電子部品業界で初めて銀の水平リサイクルシステムを構築したというのは、いくつかの理由が考えられます。

1. 技術的な難しさ(特に「水平」リサイクル)

  • 極めて微量の含有: 電子部品に使われる銀は、製品全体の重量からすると非常に少量であることが多いです。例えば、EMI対策製品の塗料や電極として使われる場合、薄い層や微細なパターンとして存在します。この微量な銀を、他の素材(セラミックス、樹脂、金属など)から効率的かつ高純度で分離・回収する技術が非常に困難です。
  • 素材の複合化: 電子部品は様々な素材が積層・複合化されて作られています。銀単体で存在するわけではないため、他の素材との分離が難しくなります。
  • 高純度リサイクルの要求: 「水平リサイクル」とは、使用済みの材料を、品質を劣化させることなく同じ用途の材料として再利用することを指します。銀は電子部品において高い導電性や信頼性が求められるため、リサイクルされた銀も新材と同等の高純度が要求されます。不純物が少しでも混入すると、性能に影響が出る可能性があります。これを達成する技術的なハードルが高いです。
  • 回収プロセス: 廃材の形態(液体、粉末、固形物など)に応じて、適切な回収・精製プロセスを開発する必要があります。製造工程で発生する廃材は、製品の形状や状態によって多種多様であり、それぞれに対応した回収システムを構築するのは容易ではありません。

2. 経済的な課題

  • コストと効率のバランス: 回収・精製には当然コストがかかります。銀の価格は高いものの、微量な廃材から高純度の銀を回収するプロセスは、経済的に見合うだけの効率性を確保するのが難しい場合があります。回収・分離・精製のための設備投資や運用コストが高く、リサイクル銀の価格が新材の価格を上回ってしまうと事業として成り立ちません。
  • 回収量の確保: 安定したリサイクルを行うためには、一定量の廃材を継続的に確保する必要があります。製造工程で発生する廃材は、生産量や製造プロセスによって変動するため、安定的な供給源を確保することも課題となります。

3. サプライチェーンとの連携

  • 水平リサイクルを実現するには、廃材を排出する側(村田製作所)だけでなく、それを回収・精製する協力会社との密接な連携が不可欠です。適切な技術を持つ協力会社を探し、品質基準や供給体制を構築するまでに時間がかかります。

4. 過去の取り組みとの比較

  • これまでも、電子部品に含まれる銀などの貴金属は、スクラップとして回収され、汎用的な精錬業者によって「カスケードリサイクル(ダウングレードリサイクル)」されることはありました。これは、回収した銀を別の用途(例えば、装飾品や銀塩写真など、電子部品ほど高純度を必要としない用途)に利用したり、他の金属と一緒に回収して混ぜてしまったりするリサイクル方法です。
  • しかし、今回の村田製作所の発表は「水平リサイクル」、つまり「同じ用途」に「品質を劣化させずに」再利用するという点で画期的です。これは、上記の技術的・経済的課題を克服したことを意味します。

 村田製作所は、長年培ってきた材料技術や生産技術のノウハウを活かし、今回の銀の水平リサイクルシステムを構築したと考えられます。 

 枯渇資源への意識の高まりや、企業活動におけるサステナビリティへの貢献が強く求められる現代において、このような画期的な取り組みは、業界全体のロールモデルとなるでしょう。

リサイクルの難しさやコストという課題から特に銀の水平リサイクルは行われてきませんでした。村田製作所は高度な分離・精製技術を確立し、水平リサイクルを可能にしています。

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