この本や記事で分かること
・イリオモテオリド-1aとは何か:渦鞭毛藻から発見された天然化合物。がん細胞の増殖を抑制する効果を持つことが確認されている
・イリオモテオリド-1aはなぜ抗がんが作用あるのか:がん細胞の増殖抑制に関連する可能性がありますが、まだ研究段階です。
・生物が持つ化合物が医薬品となった他の例はあるのか:ペニシリンなど多くの抗生物質や抗がん剤、免疫抑制剤などが、微生物や植物、動物などの生物が生み出す化合物から発見されています。
イリオモテオリド-1aの解析と合成
中央大学と高知大学の共同研究グループは、沖縄県西表島の浅い海に生息する渦鞭毛藻(うずべんもうそう)から発見された天然化合物「イリオモテオリド-1a」の分子構造を決定し、その化学合成に成功したことがニュースになっています。
「イリオモテオリド-1a」は、がん細胞の増殖を抑制する効果を持つことが確認されており、新しい抗がん剤としての開発が期待されています。
イリオモテオリド-1aは、複雑な立体構造を持つため、従来の化学合成技術では合成が困難でしたが、NMR構造解析、計算化学、合成化学を組み合わせた統合的なアプローチにより、イリオモテオリド-1aの全立体構造を解明し、合成に成功しています。
イリオモテオリド-1aはなぜ抗がん作用を持つのか
イリオモテオリド-1aが抗がん作用を持つメカニズムについては、まだ完全には解明されていません。しかし、現在までの研究から、以下の点が示唆されています。
イリオモテオリド-1aが抗がん作用を持つメカニズムについては、まだ完全には解明されていません。しかし、現在までの研究から、以下の点が示唆されています。
- がん細胞の増殖抑制:
- イリオモテオリド-1aは、がん細胞の増殖を阻害する効果があることが確認されています。これは、がん細胞の細胞分裂を抑制する、またはがん細胞の生存に必要な特定のタンパク質の働きを阻害するなどのメカニズムが考えられます。
- 今回決定した立体構造を元に市販原料より合成したイリオモテオリド-1aは、培養ヒトがん細胞に対してナノモル濃度で増殖を阻害することも確認されました。
- チューブリンへの作用:
- 研究成果報告書によると、イリオモテオリド-1aについて殺細胞活性の発現機構の解析を行い、チューブリン分子へ作用することがわかったと記されています。
- チューブリンは、細胞分裂に重要な役割を果たすタンパク質であり、チューブリンの働きを阻害することで、がん細胞の増殖を抑制できる可能性があります。

イリオモテオリド-1aは、複雑な分子構造を持つため、その作用メカニズムの解明にはさらなる研究が必要ですが、新しい抗がん剤開発への可能性を秘めた物質として注目されています。
渦鞭毛藻はどのような動物か
渦鞭毛藻(うずべんもうそう)は、以下のような特徴を持っている海洋や淡水に広く生息する単細胞の微生物です。
主な特徴
- 単細胞生物:
- 非常に小さな単細胞生物であり、顕微鏡でしか見ることができません。
- 鞭毛を持つ:
- 2本の鞭毛を持ち、これを使って水中を活発に動き回ります。この鞭毛の動きが、渦を巻くように見えることから「渦鞭毛藻」という名前が付けられました。
- 多様な生態:
- 光合成を行うもの、他の生物を捕食するもの、他の生物に寄生するものなど、多様な生態を持っています。
- 発光するものもいる:
- 夜間に発光する種類もおり、夜光虫として知られています。
- 赤潮の原因となることも:
- 特定の種類の渦鞭毛藻が大量に増殖すると、赤潮と呼ばれる現象を引き起こすことがあります。赤潮は、魚介類の大量死などの被害をもたらすことがあります。
- 多様な生息域:
- 海水、淡水、汽水域に広く分布しており、浮遊性、付着性、寄生性のものなど様々な生活様式をとります。
生態系における役割
- 渦鞭毛藻は、海洋生態系において重要な役割を果たしています。光合成を行う種類は、植物プランクトンとして、海の一次生産者となっています。
今回の研究で抗がん作用があるとされた「イリオモテオリド-1a」は、この渦鞭毛藻の一種から発見されました。

渦鞭毛藻は海洋や淡水に広く生息する単細胞の微生物です。
なぜ、渦鞭毛藻が渦鞭毛藻を作り出しているのか
渦鞭毛藻がなぜイリオモテオリド-1aのような化合物を持っているのか、その理由は完全に解明されていませんが、以下のような可能性があります。
1. 生存戦略としての役割
- 防御機構:
- 渦鞭毛藻は、他の微生物や捕食者からの攻撃を受ける可能性があります。イリオモテオリド-1aのような化合物は、これらの攻撃から身を守るための化学的な防御機構として機能している可能性があります。
- 抗がん作用があるということは、他の生物に対して細胞毒性を持つ可能性があることを示唆しており、それが防御に役立っていると考えられます。
- 競争戦略:
- 海洋環境では、光や栄養素を巡って他の微生物との競争が激しいです。イリオモテオリド-1aは、他の微生物の増殖を抑制することで、自身の生存領域を確保するための競争戦略として機能している可能性があります。
2. 生理活性物質としての役割
- 細胞機能の調節:
- 渦鞭毛藻自身の細胞機能を調節するために、イリオモテオリド-1aが重要な役割を果たしている可能性があります。
- 例えば、細胞分裂の制御や、環境ストレスへの応答などに関与していることが考えられます。
3. 進化的な偶然
進化の過程で、偶然にイリオモテオリド-1aのような化合物が生成されるようになり、それが生存に有利に働いた結果、現在まで受け継がれてきた可能性があります。
二次代謝産物:
イリオモテオリド-1aは、渦鞭毛藻の二次代謝産物であると考えられます。二次代謝産物は、生物が生きていく上で必須ではないものの、生存に有利な働きを持つことがあります。

渦鞭毛藻がイリオモテオリド-1aのような化合物を持つ理由は完全に解明されていませんが、防御希望や細胞機能の調節に利用している可能性などが考えられます。
生物が生み出す物質が医薬品になった例にはどんなものがあるのか
生物が生み出した化合物が医薬品になった例は数多く存在します。近年では、海洋生物や深海微生物など、未知の生物資源からの医薬品開発も進められています。
1. ペニシリン
- 由来: アオカビ
- 効果: 細菌感染症の治療
- 概要:
- アレクサンダー・フレミングによって発見された、世界初の抗生物質です。
- 第二次世界大戦中に大量生産され、多くの命を救いました。
- 初期のペニシリンはアオカビから抽出されていましたが、現在では半合成ペニシリンと呼ばれる、基本構造を天然由来としつつ、化学的に修飾を加えたものが主流です。これにより、抗菌スペクトルの拡大や、耐性菌への有効性が向上しています。
2. エリスロマイシン
- 由来: 放線菌
- 効果: 細菌感染症の治療
- 概要:
- ペニシリンにアレルギーを持つ患者さんのための代替薬として開発されました。
- 呼吸器感染症や皮膚感染症などに効果があります。
- 放線菌から発見されましたが、化学修飾により、より安定性や吸収性の高い誘導体が開発されています。
3. エバーメクチン
- 由来: 放線菌
- 効果: 寄生虫感染症の治療
- 概要:
- 大村智博士によって発見され、オンコセルカ症やリンパ系フィラリア症などの治療に貢献しました。
- ノーベル生理学・医学賞を受賞した業績としても知られています。
4. タキソール
- 由来: イチイの木の樹皮
- 効果: がん治療
- 概要:
- 卵巣がんや乳がん、肺がんなどの治療に用いられます。
- がん細胞の増殖を抑制する効果があります。
- タキソールは天然のイチイの木から抽出される量が非常に少なく、全合成や半合成による製造方法が開発されています。これにより、安定的な供給が可能になりました。
5. アスピリン
- 由来: ヤナギの木の樹皮
- 効果: 解熱、鎮痛、抗炎症
- 概要:
- 古くから民間薬として利用されていましたが、化学的に合成され、医薬品として広く使われるようになりました。

多くの抗生物質や抗がん剤、免疫抑制剤などが、微生物や植物、動物などの生物が生み出す化合物から発見されています。天然由来の化合物をそのまま使用するだけでなく、化学合成技術を用いて、より安全で効果の高い医薬品の開発も進んでいます。
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