この記事で分かること
- 液浸冷却液とは:液浸冷却液は、サーバーなどの電子部品を直接浸して冷却する非導電性の液体です。空冷より冷却効率が高く、省エネ・省スペース化に貢献します。
- 使用される物質と求められる特性:フッ素系不活性液体やシリコンオイルなどが用いられ、電気絶縁性と熱特性、そして化学的な安定性が求められています。
液浸冷却液
生成AIの発展を背景に、データセンターの建設・増設が世界的に加速しており、これに伴い、日本の化学メーカーをはじめとする素材各社が「特需」の波に乗っています。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC06A2A0W5A600C2000000/
データセンターは、大量の情報を処理し、AIの学習や運用を支えるために不可欠なインフラであり、その高性能化・高効率化には、様々な先端素材が欠かせず、データセンターを支えている化学メーカーの技術も必要となっています。
前回の記事では、データセンターに必要な化学メーカーの素材全般に関する記事でしたが、今回はサーバーを直接液体に浸して冷却する液浸冷却液に関する解説となります。
液浸冷却液とは何か?
液浸冷却液(えきしんれいきゃくえき)とは、データセンターや高性能コンピューティング(HPC)環境などで、サーバーなどの電子部品を直接浸して冷却するために使用される非導電性の液体のことです。
近年、データセンターの高密度化やサーバーの高発熱化が進む中で、従来の空冷方式や水冷方式では冷却が追いつかなくなってきています。そこで、より効率的な冷却方法として「液浸冷却」が注目されており、その冷却に用いられるのが液浸冷却液です。
液浸冷却液の仕組みと特徴
液浸冷却は、サーバー全体を絶縁性のある液体に浸し、液体が直接コンポーネントからの熱を吸収することで効率的に冷却します。この液体は、高い熱伝導率と熱容量を持ち、電気を通さない「誘電体液」であることが重要です。
主な冷却方法として、以下の2種類があります。
- 単相式液浸冷却: 冷却液が液体の状態のままで熱を吸収し、外部のチラー(冷却装置)で冷却された後に再び循環する方式です。
- 二相式液浸冷却: 冷却液がサーバーの熱で気化し、蒸気となって上昇。上部の冷却コイルで冷やされて液体に戻り、重力で落下して再びサーバーを冷やす方式です。この方式はより高い冷却効率を持つとされています。
液浸冷却液の種類
液浸冷却液には、様々な種類があります。
- フッ素系不活性液体 (フルオロカーボン類)
- パーフルオロポリエーテル (PFPE): 誘電率が非常に低く、技術的に理想的な冷却剤ですが、地球温暖化係数(GWP値)が高いものが多く、強力な温室効果をもたらす可能性があります。
- ハイドロフルオロエーテル (HFE): 温室効果への影響が比較的小さく、オゾン層に悪影響を与えませんが、誘電率が高いため、電子部品との直接接触で信号伝送に影響を与える可能性があります。
- パーフルオロオレフィン (PFO): 優れた冷却性能、毒性がなく、材料適合性も良好で、ODP(オゾン層破壊係数)およびGWP値が低く環境保護要件を満たします。
- シリコンオイル: 合成油の一種で、良好な導熱性能と化学的安定性を持ちます。
- ミネラルオイル(鉱油): 高い熱容量と導熱性能を持つ鉱油の一種ですが、環境汚染の可能性や異臭の課題があり、近年では代替されつつあります。
液浸冷却液は、基油と添加剤から構成されており、絶縁性、酸化安定性、低温での流動性など、様々な性能が求められます。
液浸冷却のメリットとデメリット
液浸冷却は、次世代の冷却技術として多くのメリットがある一方で、課題も存在します。
メリット:
- 高い冷却効率: 液体は空気よりも熱伝導率が高く、サーバー全体を直接冷却するため、従来の空冷に比べて飛躍的に冷却効率が向上します。これにより、高密度なサーバーや発熱量の大きいGPUなどを効率的に冷却できます。
- 省エネルギー: ファンや空調システムが不要になるため、冷却に必要なエネルギー消費を大幅に抑えることができます。従来の空冷方式と比較して、電力消費量を大幅に削減できるという報告もあります。
- 省スペース化: 冷却装置のサイズが空冷に比べて小さくなるため、データセンター内のスペースを有効活用できます。
- 静音性: 大量のファンを稼働させる必要がないため、冷却時の騒音を大幅に削減できます。
- ハードウェアの長寿命化: 液体による密閉状態は、ホコリの侵入や結露を防ぎ、温度変化による負荷を軽減するため、サーバーの故障リスクを低減し、ハードウェアの寿命を延ばす効果が期待できます。
デメリット:
- 導入コストが高い: 液浸冷却システムは、冷却液自体が高価であることや、専用の装置が必要となるため、初期投資が大きくなる傾向があります。
- 専門的な運用ノウハウが必要: 特に二相式の液浸冷却は、運用に高度な専門知識が求められます。また、サーバーの設置や取り外しにも従来の管理方法とは異なる手間がかかる場合があります。
- 冷却液の供給リスク: 特定の種類の冷却液については、将来的な供給リスクが懸念されることもあります。
これらのメリット・デメリットを考慮し、データセンターの規模や用途に応じて、液浸冷却の導入が検討されています。カーボンニュートラルの実現に向けた取り組みが進む中で、液浸冷却は電力消費の削減に大きく貢献する技術として、ますます注目されています。

液浸冷却液は、サーバーなどの電子部品を直接浸して冷却する非導電性の液体です。空冷より冷却効率が高く、省エネ・省スペース化に貢献します。フッ素系不活性液体やシリコンオイルなどがあり、データセンターの電力消費削減に向けた次世代技術として注目されています。
フッ素系不活性液体が使用される理由は何か
フッ素系不活性液体が液浸冷却液として使用される主な理由は、その優れた電気絶縁性と熱特性、そして化学的な安定性にあります。
具体的には以下の点が挙げられます。
- 優れた電気絶縁性: 電子部品を直接液体に浸すため、液体自体が電気を通さないことが最も重要です。フッ素系不活性液体は非常に高い電気絶縁性を持つため、ショートなどの電気的なトラブルを防ぎ、安全に冷却できます。
- 高い熱伝導性: 熱を効率的に吸収し、外部の冷却システムへ伝える能力が高いことが求められます。フッ素系不活性液体は熱伝導性に優れているため、発生する熱を素早く運び去り、効果的な冷却を実現します。
- 化学的な不活性(安定性): サーバーの金属部品やプラスチック、ゴムなどの素材と反応せず、腐食や変質を起こさないことが不可欠です。フッ素系不活性液体は極めて化学的に安定しており、電子部品の長期的な信頼性を確保します。
- 不燃性・低毒性・無臭: データセンターのような環境で大量に使用されるため、安全性が非常に重要です。フッ素系不活性液体は基本的に不燃性で、実用上無毒、無臭であり、火災リスクや人体への影響を低減します。
- 低粘度・低表面張力: 液体がサーバーの微細な隙間にも浸透しやすく、効率的に熱を吸収するために、粘度が低く、表面張力も低いことが望ましいです。フッ素系不活性液体はこの特性を満たします。
これらの特性により、フッ素系不活性液体は、データセンターや高性能コンピューティングにおける高発熱な電子部品を安全かつ効率的に冷却するための理想的な媒体として選ばれています。
ただし、一部のフッ素系不活性液体には地球温暖化係数(GWP)が高いものがあるため、環境負荷の低い代替品の開発も進められています。

フッ素系不活性液体は、高い電気絶縁性と熱伝導性、化学的安定性を持ち、電子部品を安全かつ効率的に冷却できるため、液浸冷却液として使用されます。不燃性・低毒性・低粘度も特徴です。
なぜ、高い絶縁特性と熱伝導性を持つのか
フッ素系不活性液体が、高い電気絶縁性、熱伝導性、化学的安定性を持つ理由は、その独特な分子構造と、炭素とフッ素の結合の強さに起因します。
- 高い電気絶縁性
- フッ素原子は非常に電気陰性度が高く、炭素原子と結合する際に電子を強く引き寄せ、分子内で電子を安定して保持します。
- これにより、自由電子がほとんど存在せず、外部電場によって電荷が分極しにくいため、電気を通しにくい高い電気抵抗(絶縁性)を示します。
- 高い熱伝導性:
- フッ素系不活性液体は、比較的低粘度で流動性が高いため、効率的に熱を運ぶことができます。
- また、分子間の相互作用が弱いため、熱エネルギーが分子間を比較的スムーズに移動できることも、熱伝導性の高さに寄与しています。
- 直接電子部品に接触し、液体が熱を吸収することで効率的な冷却が可能です。
- 化学的安定性
- 炭素とフッ素(C-F)の結合は、他の元素との結合に比べて非常に結合エネルギーが高く、強固です。
- この強固な結合により、熱や薬品、腐食性の物質に対しても分解・変質しにくく、極めて化学的に安定しています。
- そのため、電子部品の材料を侵食したり、反応したりすることがなく、長期間にわたって安定した性能を維持できます。
これらの特性は、フッ素系不活性液体が、液浸冷却液として電子機器の冷却に最適な材料とされる根拠となっています。

フッ素系不活性液体は、炭素とフッ素の強固な結合により、分子内で電子が安定し、非常に高い電気絶縁性を示します。また、この結合の強さが化学的安定性をもたらし、低粘度と相まって効率的な熱伝導性を発揮します。
フッ素系不活性液体の有力なメーカはどこか
フッ素系不活性液体を液浸冷却液として供給している有力なメーカーとしては、以下の企業が挙げられます。
- 3M(スリーエム)
- 「フロリナート™ (Fluorinert™)」シリーズは、フッ素系不活性液体の代名詞とも言える製品で、古くから電子機器の冷却や試験などに広く使用されています。パーフルオロカーボン(PFC)構造を持つ製品が主流です。
- ただし、一部の製品は地球温暖化係数(GWP)が高いという課題があり、環境規制に対応するため、生産停止や代替品の開発が進められているものもあります。
- Solvay(ソルベイ)
- 「ガルデン® (Galden®)」は、ソルベイが製造するフッ素系不活性液体の総称です。パーフルオロポリエーテル(PFPE)構造を持ち、使用可能温度範囲が広いのが特徴です。液浸冷却用途でも積極的に採用されています。
- Juhua(巨化)
- 中国のJuhuaは、フッ素系不活性液体の主要メーカーの一つとして、特にアジア市場で存在感を示しています。
- ダイキン工業(Daikin Chemical)
- 日本のダイキン工業も「DAISAVE™」シリーズなど、低GWPのフッ素系液体を開発しており、液浸冷却液としての利用を推進しています。特に環境負荷低減に配慮した製品に注力しています。
これらの企業が、フッ素系不活性液体市場において大きなシェアを占めており、特に3MとSolvayが長年の実績と幅広い製品ラインナップで知られています。近年では、地球温暖化係数(GWP)が低い環境対応型の製品への需要が高まっており、各社がその開発・供給に力を入れています。
コメント