産総研による生態系モニタリング技術の実装 生態系モニタリング技術とは何か?

この記事で分かること

  • 生態系モニタリング技術とは:特定の生態系の生物多様性や環境の状態や、その変化を継続的かつ定期的に把握・記録するための技術です。
  • 環境DNA解析技術とは:環境サンプルから生物のDNAを抽出し、そこに生息する多様な生物種を効率的に検出する技術のことです。従来の目視や捕獲調査では困難だった、広範囲かつ網羅的な生物多様性評価が可能になります。
  • リモートセンシング技術の活用:センサーなどを用いて、対象物に直接触れることなく、遠隔からその特性や状態を計測・監視する技術を生態系モニタリングに応用するものです。

産総研による生態系モニタリング技術の実装

 産業技術総合研究所(産総研)は、2025年4月に「実装研究センター」を新設し、社会課題の解決に向けた技術の社会実装を加速する取り組みを開始しました。

 https://www.aist.go.jp/aist_j/news/au20250401_2.html

 産総研の第6期中長期目標では、「エネルギー・環境・資源制約への対応」「人口減少・高齢化社会への対応」「レジリエントな社会の実現」の3つの社会課題の解決が掲げられています。

 これらの課題に取り組むため、7つの実装研究センターが設立され、所内の研究成果を結集し、産総研の総合力を最大限に生かした研究開発を推進していくとしています。

 今回は7つの実装研究の一つである「ネイチャーポジティブ技術」の生態系モニタリング技術ついての解説となります。

生態系モニタリング技術とは何か

 生態系モニタリング技術とは、ある特定の生態系(森林、河川、海洋、農地など)において、生物多様性や環境の状態、そしてそれらの変化を継続的かつ定期的に把握・記録するための技術の総称です。

目的

  • 生態系の現状把握: 現在、その生態系にどのような生物が、どれくらいの数生息しているのか、また、どのような環境因子(水質、土壌、気温など)が影響しているのかを把握します。
  • 変化の検出と傾向分析: 時間とともに生態系がどのように変化しているのか(例:特定の種の減少、外来種の侵入、環境汚染の進行、気候変動の影響など)を捉え、その傾向を分析します。
  • 環境政策や保全活動の効果検証: 環境保護区の設置、汚染対策、生態系再生事業などの効果が、実際に生態系にどのような影響を与えているのかを評価します。
  • リスクの早期発見: 生態系に深刻な影響を与える可能性のある変化を早期に察知し、対策を講じるための情報を提供します。

主な手法

  1. 直接観察・調査:
    • 目視調査: 専門家が直接現地に出向き、動植物の種類、個体数、生息状況などを観察・記録します。
    • 捕獲調査: 罠や網などを用いて生物を捕獲し、種の同定、個体数、健康状態などを調査します。
    • 定点調査: 同じ場所で定期的に調査を行うことで、長期的な変化を追跡します。
  2. サンプリング・分析:
    • 水質・土壌分析: 水や土壌のサンプルを採取し、pH、溶存酸素、栄養塩、重金属、農薬などの化学的・物理的特性を分析します。
    • 環境DNA(eDNA)解析: 水や土壌、空気中にわずかに存在する生物由来のDNAを採取・分析することで、そこに生息する生物種を特定します。生物を直接捕獲することなく、多様な生物の生息状況を効率的に把握できる画期的な技術として注目されています。
    • 花粉分析、プランクトン分析など: 微生物や微細な生物遺骸を分析し、過去の植生や環境変化を推定します。
  3. リモートセンシング(遠隔探査):
    • 衛星画像解析: 衛星から撮影された画像データを用いて、森林被覆の変化、湿地の広がり、水温、植生の活性度などを広範囲かつ定期的にモニタリングします。
    • 航空機・ドローンによる撮影: 高解像度の画像や動画を撮影し、特定の地域の詳細な生態系を評価します。LiDAR(ライダー)などを用いて、森林の構造を立体的に把握することも可能です。
    • 地上設置型センサー: 温度、湿度、CO2濃度、土壌水分量などを継続的に測定するセンサーを設置し、リアルタイムでデータを収集します。
  4. 音響モニタリング:
    • 自動録音装置: 野生動物の鳴き声や昆虫の音、水流の音などを継続的に録音し、AIなどを活用して種の識別や活動状況を推定します。特に、夜行性の生物や目視が難しい生物のモニタリングに有効です。
  5. 地理情報システム(GIS)の活用:
    • 上記で収集された様々なデータをGIS上に統合し、視覚的に表現したり、空間的な分析を行ったりすることで、生態系の構造や機能、変化のパターンをより深く理解します。

生態系モニタリング技術とは、ある特定の生態系の生物多様性や環境の状態や、その変化を継続的かつ定期的に把握・記録するための技術です。

産総研ではどのような取り組みがあるのか

 産総研では、以下のような多岐にわたる生態系モニタリング技術の研究開発と社会実装に取り組んでいます。

  • 環境DNA解析技術の高度化と普及
  • リモートセンシング技術の活用
  • 海洋生態系モニタリング技術
  • 複合的なアプローチとデータ統合

環境DNA解析技術とは何か

 「環境DNA解析技術の高度化と普及」とは、単に環境DNAを使って生物を検出するだけでなく、以下のように、その技術をより高性能にし、さらに幅広い分野で利用されるようにするための取り組み全体を指します。

検出精度の向上と対象種の拡大
  • 高感度化: 微量なDNAでも検出できるように、分析技術の感度を高めています。これにより、個体数が少ない希少種や、検出が難しい生物種も捉えやすくなります。
  • 網羅性の向上: 特定の生物種に限定せず、水や土壌中の様々な生物のDNAを一度に解析できる「メタゲノム解析」のような手法を高度化し、その場に生息する多様な生物相(バイオーム)全体を把握できるようにしています。
  • DNAデータベースの充実: 環境DNA解析で得られたDNA配列を正確に生物種に紐づけるためには、リファレンスとなるDNA配列のデータベースが不可欠です。産総研では、このデータベースの拡充に力を入れており、特に微生物など、まだデータが不足している分野の充実を図っています。
  • 偽陽性・偽陰性対策: 環境DNA解析では、コンタミネーション(試料汚染)による誤検出(偽陽性)や、実際には生息しているのに検出されない(偽陰性)といった課題があります。これらの問題を最小限に抑えるための前処理や分析手法、データ解析手法の改良を進めています。
定量性の向上
  • 環境DNAの量から、その生物の生息量(バイオマス)や個体数を推定する技術の精度を高めています。これにより、「そこにいる・いない」だけでなく、「どれくらいいるか」を定量的に評価できるようになり、より詳細な生態系評価や変化の把握が可能になります。
解析の迅速化・簡便化
  • 現場でのDNA抽出や前処理を簡便に行えるシステムの開発を進めています。これにより、専門的な設備がない場所でもサンプル採取から前処理までを効率的に行い、その後の解析プロセスを迅速化することを目指しています。深海生物多様性調査における簡易前処理システム開発もその一例です。

産総研は、検出精度の向上や対象種の拡大、定量性の向上、解析の迅速、簡便化を目指しています。

これらを通じて、環境DNA解析技術を生物多様性評価の「最先端かつ強力な手法」として確立し、ネイチャーポジティブ社会の実現に不可欠な基盤技術として広く活用されることを目指しています。

リモートセンシング技術とは何か

 リモートセンシング技術の活用とは、人工衛星、航空機、ドローン、あるいは地上に設置されたセンサーなどを用いて、対象物に直接触れることなく、遠隔からその特性や状態を計測・監視する技術を生態系モニタリングに応用することです。

 この技術の大きな特徴は、広範囲をカバーできること継続的にデータを取得できること、そして人が立ち入れない場所や危険な場所でも情報を得られることです。

 生態系モニタリングにおけるリモートセンシング技術の具体的な活用例は以下の通りです。

1. 植生・森林のモニタリング

  • 森林被覆の変化の把握: 衛星画像から森林の面積や分布を広範囲に、定期的に把握できます。これにより、森林伐採、森林火災、病虫害などによる森林減少・劣化の状況や、植林による回復状況をモニタリングできます。
  • 植生の健全性評価: 植生が吸収する光の波長特性(植生指数など)を分析することで、植物の生育状況、健康状態、ストレスの度合いなどを推定できます。これにより、干ばつや病害による植生への影響を早期に検知できます。
  • 森林構造の把握: LiDAR(ライダー)と呼ばれるレーザー光を用いたリモートセンシング技術では、森林の樹高、林冠の構造、バイオマス量などを三次元的に詳細に把握できます。これは、炭素蓄積量の推定や、多様な生物の生息環境評価に役立ちます。
  • 植物季節(フェノロジー)のモニタリング: 植物の芽吹き、開花、紅葉などの季節変化を捉えることで、気候変動が植生に与える影響を評価できます。

2. 水環境のモニタリング

  • 水質汚染の検知: 湖沼や沿岸域の水の濁り、富栄養化(アオコなど)、油膜などを衛星画像や航空写真から検出できます。特定の波長の光の反射・吸収特性を分析することで、クロロフィル濃度などの水質指標を推定することもあります。
  • 湿地や水域面積の変化: 河川や湖沼の面積変化、湿地の減少などをモニタリングし、水資源の変化や生態系への影響を評価します。
  • 水温のモニタリング: 海洋や湖沼の表面水温を広範囲に継続的に測定し、気候変動による水温上昇が海洋生物や淡水生物に与える影響を評価します。

3. 生物多様性のモニタリング(間接的)

  • 生息地の評価: 動物の生息に適した土地の被覆や植生のタイプ、水域の分布などをリモートセンシングデータからマッピングし、生息地の質の変化を評価します。
  • 渡り鳥の経路分析: 渡り鳥が利用する湿地や中継地点の環境変化を広域的にモニタリングすることで、彼らの移動パターンへの影響を評価できます。
  • 海洋プランクトンの分布と動態予測: 衛星データから海洋の色(海色)を分析し、光合成色素(クロロフィル)の分布を推定することで、植物プランクトンの動態を把握します。最近ではAIを活用して、より多様なプランクトン群集タイプを予測するモデルも開発されています。

4. 災害と生態系への影響評価

  • 森林火災後の植生回復: 火災で焼けた地域の植生回復状況を継続的にモニタリングし、生態系が元の状態に戻るまでのプロセスを追跡します。
  • 洪水・土砂災害後の地形・植生変化: 災害が地形や植生に与える影響を把握し、生態系回復のための対策立案に役立てます。

産総研における取り組みのポイント

産総研では、これらの一般的な活用に加え、以下のような特徴的な取り組みを進めています。

  • 多様なプラットフォームの利用: 衛星だけでなく、ドローンや地上設置型センサー、さらには水中ロボットなど、様々なプラットフォームからデータを取得し、多角的な情報を得ています。
  • 高精度な地上観測との連携: 衛星データの校正・検証のために、実際に地上でセンサーを設置し、正確なデータを取得しています。これにより、衛星データの精度を高め、より信頼性の高い分析を可能にしています。
  • AI・機械学習との融合: 膨大なリモートセンシングデータを効率的に解析し、特定のパターンや変化を自動で検出するために、AIや機械学習の技術を積極的に導入しています(例:深海におけるAIを用いた生物・海洋ごみ検出)。
  • 自然資本データベースへの統合: 取得したリモートセンシングデータを、産総研が構築する自然資本データベースに統合し、他の情報と組み合わせてより高度な分析や評価に活用しています。

リモートセンシング技術の活用とは、センサーなどを用いて、対象物に直接触れることなく、遠隔からその特性や状態を計測・監視する技術を生態系モニタリングに応用するものです。広範囲をカバーできること継続的にデータを取得できることツールとして、実装が目指されています。

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