この記事で分かること
- 輸出増加の背景:中国製品への高関税で、米国企業が代替調達先を求め、台湾が浮上しました。特に、半導体の戦略的重要性が高まる中、米国の需要増と台湾の技術力が結びつき、輸出拡大を後押ししています。
- アメリカへの投資の例:TSMCや台湾グローバルウェーハズ、フォックスコンなどが投資を行っています。
台湾のアメリカへの輸出増加
近年、米中貿易摩擦の影響もあり、台湾の輸出先が変化しています。特に、2018年以降、米国への輸出が全体の輸出に占める割合が増加しており、2023年には17.6%と、2018年比で5.8ポイント上昇しました。
一方、中国本土と香港への輸出は依然として最大の割合を占めていますが、その依存度を減らしつつあると見られます。
これは、米中貿易戦争において、米国が中国からの輸入に高関税を課した結果、台湾からの米国向け輸出が増加する「貿易転換効果」が発生したためと考えられます。
アメリカへの輸出増加の背景は何か
台湾からアメリカへの輸出が増加している背景には、主に以下の要因が複雑に絡み合っています。
1. 米中貿易摩擦とサプライチェーンの再編(デリスキング)
- 貿易転換効果: トランプ政権が中国製品に対して高関税を課したことで、米国企業は中国からの調達を減らし、代替調達先を求めるようになりました。その結果、台湾が半導体や電子部品などの主要な供給国として浮上し、米国向け輸出が増加しました。これは、中国で生産されていた製品の一部が、台湾を経由して米国に輸出されるようになった「貿易転換効果」とも呼ばれます。
- サプライチェーンの分散・強靭化: 米中間の地政学的な緊張やCOVID-19パンデミックによる供給網の混乱を経験し、米国企業は中国への過度な依存を避け、サプライチェーンを分散・強靭化する動きを加速させています。この「デリスキング(リスク低減)」の動きの中で、台湾は信頼できるパートナーとして重要性が増しています。
2. 半導体産業の戦略的重要性
- 世界的な半導体需要: デジタル化の進展、AI、5G、データセンターなどの需要拡大に伴い、世界的に半導体の需要が高まっています。台湾は世界最大の半導体受託生産企業であるTSMCを擁し、世界の半導体サプライチェーンにおいて極めて重要な位置を占めています。
- 米国の半導体戦略: 米国は、半導体の国内生産能力を強化し、サプライチェーンの安定化を図るための「CHIPS法」などを制定しています。その中で、台湾の半導体技術と生産能力は不可欠と認識されており、米国は台湾との半導体分野での連携を強化しています。結果として、台湾からの半導体関連製品の米国向け輸出が増加しています。
3. 地政学的な要因と米台関係の強化
- 民主主義のパートナーシップ: 米国は、台湾を民主主義のパートナーとして重視し、経済的・戦略的な連携を強化する姿勢を明確にしています。これは、中国の軍事的圧力が高まる中で、台湾の安全保障を支援し、インド太平洋地域の安定を図るという米国の戦略とも一致しています。
- 貿易・経済対話の枠組み: 米国と台湾は、「米台21世紀貿易イニシアチブ」のような新たな貿易・経済対話の枠組みを立ち上げ、貿易障壁の削減や投資環境の改善などを通じて、経済関係を一層深化させています。これにより、台湾企業が米国市場へ参入しやすくなっています。
4. 台湾企業の対米投資
- 台湾企業の米国進出: 米国市場への輸出増加だけでなく、一部の台湾企業(特に半導体関連企業)は、米国の政策や顧客の要請に応える形で、米国への直接投資を行い、現地生産拠点を設立する動きも見られます。これにより、台湾から米国への部品や半製品の輸出が誘発される場合もあります。
これらの要因が複合的に作用し、台湾の輸出がアメリカへとシフトする傾向が強まっています。特に、米中間の戦略的競争が激化する中で、台湾の半導体産業が米国にとって不可欠な存在となっていることが、この動きを加速させる大きな背景となっています。

台湾から米国への輸出増加は米中貿易摩擦によるサプライチェーン再編(デリスキング)が主因です。中国製品への高関税で、米国企業が代替調達先を求め、台湾が浮上。特に、半導体の戦略的重要性が高まる中、米国の需要増と台湾の技術力が結びつき、輸出拡大を後押ししています。
脱中国の動きは進んでいるのか
「脱中国」の動きは、単なる「中国からの撤退」ではなく、より広範な「中国依存度低減」や「サプライチェーンの多様化・強靭化(デリスキング)」として、着実に進んでいます。
その背景には、米中間の地政学的な緊張、中国国内のビジネス環境の変化、そしてパンデミックによるサプライチェーン寸断の教訓など、様々な要因があります。
1. サプライチェーンの再編・多様化(デリスキング)
- 生産拠点の移転: 多くのグローバル企業が、中国以外の国、特に東南アジア(ベトナム、インドなど)へ生産拠点を移転する動きを加速させています。
- 事例: 任天堂の「ニンテンドースイッチ」の一部生産がベトナムへ、アシックスの生産拠点がベトナムへ、アップルのワイヤレスイヤホン「AirPods」の生産がベトナムへ、などが挙げられます。
- 中国企業も海外へ: 欧米向け輸出製品の生産拠点として、中国企業自身も東南アジアに工場を建設する動きが見られます(例:太陽光パネル大手の隆基緑能科技のマレーシア工場)。これは、関税回避や現地生産の要請に応えるものです。
- 調達先の多重化: 特定の国や地域に依存せず、複数の調達先を確保する「調達先の多重化」が進んでいます。これにより、予期せぬリスクが発生した場合でも、供給が途絶える事態を避ける狙いがあります。
- 国内回帰(オンショアリング)と友好国との連携(フレンドショアリング): 自国や友好国での生産・調達を強化する動きも進んでいます。特に米国は「CHIPSおよび科学法」などで半導体製造の国内誘致を進め、友好国との経済的つながりを強化する「フレンドショアリング」戦略を推進しています。
2. 対中投資の減少
- 日本企業の動き: 日本から中国への直接投資は、2021年をピークに減少傾向にあります。中国でのビジネス環境悪化や地政学リスクの高まりを受け、中国ビジネスを回避したり、縮小・撤退させる動きが広がっています。
- 外資系企業全体の傾向: 日本企業だけでなく、欧米など多くの外資系企業も、事業のグローバル再編の一環として、中国からの撤退や投資縮小を進めています。
3. 各国政府の政策的支援
- 経済安全保障政策: 米国や欧州連合(EU)は、経済安全保障の観点から、サプライチェーンの強靭化や特定国への依存度低減を目的とした政策を導入しています。
- EUの戦略: 重要原材料の調達先の多様化、域内でのリサイクル推進、ネットゼロ産業(太陽光・風力発電、バッテリーなど)の域内生産能力強化などが挙げられます。
- 補助金制度: サプライチェーンの再編や国内生産を支援するため、各国政府が補助金制度を設けています。
4. 企業のリスク認識の高まり
- 「チャイナリスク」の顕在化: 中国の政治・経済の不確実性、法規制の変動(例:反スパイ法など)、知的財産権保護の不十分さ、撤退の困難さ、そして米中関係の緊張による地政学リスクなどが「チャイナリスク」として認識され、企業は中国事業戦略を見直す必要に迫られています。
- 事業継続計画(BCP)の観点: パンデミックでのサプライチェーン寸断を経験し、BCPの観点からも、中国一極集中のリスクが再認識されています。
課題と今後の見通し
「脱中国」の動きは緩やかに進んでいるものの、一部の産業(特に自動車産業のドイツなど)では、中国市場の大きさや既存のサプライチェーン構造から、完全な「脱却」は容易ではありません。また、グリーン技術の実現に必要な重要鉱物など、依然として中国への依存が高い分野も存在します。
しかし、地政学リスクの高まりや各国政府の経済安全保障重視の姿勢が続く限り、企業によるサプライチェーンの多様化と中国依存度低減の動きは、今後も継続・加速していくと考えられます。

台湾の米国への輸出増加は、米中貿易摩擦でサプライチェーンが再編され、企業が中国依存を減らす「デリスキング」を進めた結果です。特に半導体の戦略的重要性が高まり、米国の需要と台湾の技術力が結びつき、輸出拡大を加速させています。
台湾のアメリカへの投資の例は?
台湾のアメリカへの投資は、特に半導体産業を中心として活発に進んでいます。これは、アメリカ政府の国内製造業強化政策「CHIPS法」による補助金や、サプライチェーンの強靭化(デリスキング)を目指す動きが背景にあります。
TSMC(台湾積体電路製造)のアリゾナ工場
- 投資額と規模: TSMCは、アメリカのアリゾナ州フェニックスに大規模な半導体製造工場を建設しており、その投資額は合計1,650億ドルにも上ると発表されています。これは、一企業による単一の海外直接投資としては、米国史上最大規模の投資とされています。
- 技術と生産: 複数の工場を建設し、最先端のチップ(2ナノメートルや1.6ナノメートルプロセスなど)の生産を目指しています。AI用チップの製造も含まれる可能性があります。
- 政府の支援: 米国政府はTSMCに対して、CHIPS法に基づき、最大で66億ドルの補助金を供与すると発表しています。
その他の台湾企業による投資
TSMC以外にも、半導体関連企業や電子機器受託製造(EMS)企業が米国への投資を発表しています。
- 台湾グローバルウェーハズ: 半導体ウエハーメーカーのグローバルウェーハズは、米テキサス州シャーマンに300ミリシリコンウエハー工場を建設する計画を発表しています。
- ウィストロン(緯創資通): 大手EMS企業であるウィストロンは、米国への約12億ドルの投資計画を承認しました。
- クアンタ(広達電脳): 約3,500万ドルを投じてカリフォルニア州の工場設備を増強すると発表しました。
- コンパル(仁宝電脳工業): 米国子会社を通じてインディアナ州の工場に1,000万ドルを増資しています。
- ペガトロン(和碩聯合科技): カリフォルニア州に新たなオフィスを開設しました。
フォックスコン(鴻海精密工業)のウィスコンシン工場
- 初期の計画: フォックスコンはかつて、ウィスコンシン州に大規模な液晶ディスプレイ(LCD)工場を建設する計画を発表し、当時のトランプ大統領からも大きな期待が寄せられていました。
- 計画の変更と現状: しかし、その後計画は何度も変更され、当初のLCD工場建設は実現しませんでした。現在は、データサーバーの組み立て施設として活用される方針に転換しています。一部の敷地は、Microsoftがデータセンターを建設するために利用する計画もあります。
これらの投資は、アメリカの国内製造業強化とサプライチェーンの多様化戦略、そして米中間の地政学的な緊張の高まりが複合的に作用した結果と言えます。特に、半導体という戦略的に重要な分野において、台湾の技術力とアメリカの需要が強く結びついています。

アメリカの国内製造業強化とサプライチェーンの多様化戦略、そして米中間の地政学的な緊張の高まりが複合的に作用し、TSMCなどの企業がアメリカに投資をおこなっています。
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