この記事で分かること
- 赤外分光分析とは:物質に赤外線を照射し、分子が吸収する特定の振動エネルギーを測定することで、分子の構造や含まれる官能基(原子団)を特定する分析手法です。
- 分析できる分子の例:アルコール(O-H)、アミン(N-H)、ケトンやアルデヒドなどのカルボニル基(C=O)など、有機化合物に含まれる多様な官能基を特定できます。
赤外分光分析
機器分析とは、化学反応を用いる古典的な化学分析に対し、物質が持つ物理的・化学的性質を精密な機器で測定し、その物質の成分や構造を分析する方法の総称です。
高感度で迅速な分析が可能であり、微量な成分や複雑な混合物も精度高く分析できるため、現代の科学技術分野で広く利用されています。
今回は赤外分光分析に関する記事となります。
分光分析とは何か
分光分析は、光と物質の相互作用を測定する手法です。紫外可視分光光度法で濃度、赤外分光法で構造、原子吸光分析法で金属元素の定量、蛍光X線分析法で元素組成、核磁気共鳴分光法で分子構造の解析など、使用する光の種類や原理によって多岐にわたります。
赤外分光分析とは何か
赤外分光分析(せきがいぶんこうぶんせき、Infrared Spectroscopy、IRとも呼ばれます)は、物質の分子構造や特性を知るための化学分析技術の一つです。
原理と仕組み
赤外分光分析は、赤外光と物質の相互作用を利用しています。
- 赤外線の照射:測定したい試料に赤外線を照射します。
- 分子の振動:物質を構成する分子は、常に原子間で振動しています。この振動のエネルギー準位は、赤外光のエネルギー(特定の波長や波数)と一致すると、分子はその赤外光を吸収し、振動が大きくなります。
- この振動には、原子間の距離が伸び縮みする伸縮振動や、原子間の角度が変わる変角振動などがあります。
- スペクトルの取得:吸収されずに透過した光を分光することで、どの波長の赤外光が、どれだけ吸収されたかを示すグラフ(赤外スペクトル)が得られます。
スペクトルから何がわかるか
得られた赤外スペクトルは、物質の「指紋」のようなもので、以下のような情報を与えてくれます。
- 定性分析(分子構造の推定)
- 特定の原子団(官能基、例: -OH(水酸基)、-COOH(カルボキシル基)、C=O(カルボニル基))は、ほぼ一定の波数域(特性吸収帯)で赤外光を吸収します。
- この吸収ピークを解析することで、試料にどのような官能基が存在するか、ひいては化合物の部分的な構造を推定することができます。
- 物質固有のパターンを持つため、未知の物質の同定に非常に有効です。
- 定量分析(濃度の測定)
- 吸収の程度(吸光度)は、試料中のその成分の濃度に比例するため(ランベルト・ベールの法則)、成分の濃度を測定することも可能です。
主な用途
赤外分光分析、特に広く使われているフーリエ変換型赤外分光法(FT-IR)は、多くの分野で活用されています。
- 有機化学・無機化学:化合物の構造解析や同定。
- 品質管理:原材料や製品の品質確認、異物混入の分析(食品や医薬品など)。
- 製薬業界:医薬品の成分分析、濃度測定。
- 材料科学:高分子材料の劣化や組成分析。
- 環境分析:大気汚染物質のモニタリング。
- 法医学:微量な証拠品の分析。
赤外分光分析の基本的な原理について、こちらの動画でさらに詳しく学ぶことができます。

赤外分光分析(IR)は、物質に赤外線を照射し、分子が吸収する特定の振動エネルギーを測定することで、分子の構造や含まれる官能基(原子団)を特定する分析手法です。
分子が常に原子間で振動している理由は何か
分子が常に原子間で振動している主な理由は、熱運動と量子力学的な効果(零点振動)の二つに分けられます。
1. 熱運動による振動(古典的な理由)
分子や固体中の原子は、温度が絶対零度(0 K)でない限り、常に運動エネルギーを持っています。このエネルギーに基づく原子や分子の運動を熱運動と呼びます。
- エネルギーの蓄え: 温度が高いほど、原子の持つ運動エネルギーは大きくなります。
- 結合の性質: 分子内の原子間は、バネのような化学結合で結びついています。この結合は、原子同士を一定の平衡距離に保とうとしますが、熱エネルギーによってその平衡位置から原子が動かされます。
- 結果: 熱エネルギーが加わることで、原子は結合を軸に伸縮したり、結合角が変角したりする周期的な運動、すなわち振動を続けます。温度が高くなるほど、この振動の振幅(揺れの大きさ)も大きくなります。
2. 零点振動(量子力学的な理由)
熱運動による振動は温度が下がるにつれて小さくなりますが、実は絶対零度(0 K)にまで冷やしても、分子の振動は完全に静止することはありません。これが零点振動です。
- 不確定性原理: 量子力学の根幹をなす不確定性原理によれば、粒子の位置と運動量を同時に完全に確定させることはできません。
- ゼロにならない運動量: もし分子内の原子の振動が完全に止まり、原子の位置(結合の長さ)が完全に確定してしまった場合、原子の運動量もゼロで完全に確定することになり、不確定性原理に反してしまいます。
- 結果: したがって、最もエネルギーの低い状態(基底状態)であっても、原子はわずかな零点エネルギーを持ち、常に平衡位置の周りで微細な振動(零点振動)を続けています。
このように、分子内の原子の振動は、温度による熱運動と、量子力学の法則による零点振動によって、常に起こっている現象なのです。

分子は温度に応じた熱運動により常に振動しています。さらに、絶対零度でも量子力学的な不確定性原理により振動が止まらない零点振動を持つためです。
赤外分光分析で分析できる原子団の例は
赤外分光分析(IR)で分析できるのは、主に有機化合物に含まれる官能基(特定の原子の組み合わせ)です。これらの官能基は、それぞれ固有の波数域で赤外光を吸収する「特性吸収帯」を持つため、スペクトルから物質の構造を推定できます。
主要な原子団(官能基)とその特性吸収帯の例
IR分析で特に有用で、明確なピークを示す代表的な原子団(官能基)の例を、その結合の種類と概ねの波数域とともに示します。
| 結合の種類 | 原子団(官能基) | 構造式(例) | 波数域(cm−1) | 特徴 |
| O-H 伸縮 | 水酸基(アルコール) | -OH | 3200-3650 | 非常にブロードで強いピーク。水素結合があると低波数側にシフトし幅広くなる。 |
| N-H 伸縮 | アミノ基(アミン) | -NH2 or -NH | 3300-3500 | アルコールより鋭いピーク。第1級アミン(NH2)は2本、第2級アミン(NH)は1本のピークを示す。 |
| C=O 伸縮 | カルボニル基(ケトン、アルデヒド、エステル、カルボン酸など) | >C=O | 1630-1850 | 非常に強く、鋭いピーク。IRスペクトルで最も識別しやすいピークの一つ。種類によって位置がわずかに異なる。 |
| C≡N 伸縮 | ニトリル基 | C≡N | 2100-2260 | 中程度の強さの鋭いピーク。 |
| C≡C 伸縮 | アルキン | C≡C | 2100-2260 | 弱いピーク。分子が対称だとピークが出ない場合がある。 |
| C=C伸縮 | アルケン | C=C | 1620-1680 | 中程度から弱いピーク。 |
| C-H伸縮 | sp2C-H(アルケン、芳香族) | 3000-3100 | 3000 cm-1より高い位置に出現。 | |
| C-H伸縮 | sp3C-H(アルカン) | 2850-3000 | 3000 cm-1より低い位置に出現。 |
その他の重要な原子団の例
- カルボン酸の O-H:アルコールより非常に幅広く、2500-3300 cm-1付近に現れ、C-Hピークと重なることが多いです。
- エーテル基の C-O\:1000-1300cm-1 付近に強いピークを示します。
- 芳香族化合物(ベンゼン環など):C=C伸縮(1450-1600 cm-1付近)や、指紋領域(900-675 cm-1)のC-H面外変角振動から、置換基のパターンを推定できます。
これらの特性吸収帯を調べることで、未知の有機化合物がどのような構造的特徴を持っているかを迅速に把握することができます。

赤外分光分析では、アルコール(O-H)、アミン(N-H)、ケトンやアルデヒドなどのカルボニル基(C=O)など、有機化合物に含まれる多様な官能基を特定できます。

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