この記事で分かること
- 造船業の状況:中国・韓国との競争激化でシェアを落としましたが、脱炭素化(ゼロエミ船)への需要増に対応し、再編と技術開発で競争力強化を図っています。
- 投資の内容:主に脱炭素化に対応するゼロエミ船(アンモニア・水素船)の生産設備増強と、国際競争力強化のためのデジタル技術(DX)導入や生産性向上に集中しています。
- ゼロエミッション船に必要な技術:アンモニア・水素等の新燃料を安全・高効率に使うエンジンの燃焼制御技術と、燃料漏洩を防ぐ特殊な貯蔵・供給システムの技術開発です。
日本の造船業界の大規模投資
現在の日本の造船業界は、かつての高いシェアを中国・韓国との競争により落とし、厳しい状況に置かれていますが、近年は環境規制強化による「ゼロエミ化」(脱炭素化)に向けた新造船建造需要の増大が見込まれており、これに対応するための大規模投資の検討が見られます。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA2238N0S5A021C2000000/
日本の造船業界の状況と代表的な企業はどこか
日本の造船業界は、かつて世界トップのシェアを誇っていましたが、現在は中国・韓国が世界の市場シェアの大部分を占めており、日本はこれに続く位置にあります(2022年時点で世界シェアは約17%)。
現状
- 競争環境の激化: 中国・韓国が大規模な設備投資と政府支援を背景に価格競争力を強化した結果、日本は国際競争で厳しい状況にあります。
- 仕事量の確保: 海運市況の好転により、コンテナ船やばら積み船を中心に一定の受注は確保しており、現在、約3.7年分の手持ち工事量を確保している造船所が多いです。
- 環境規制への対応: IMO(国際海事機関)の2050年温室効果ガス(GHG)実質ゼロ目標を受け、ゼロエミッション船などの次世代船の早期開発・普及が喫緊の課題となっています。
- 政府の支援: 経営基盤強化や国際競争力向上に向け、政府支援策(GX経済移行債など)の活用や、「国立造船所」構想を含む大規模投資の検討が進められています。
課題
- コスト上昇: 資機材価格の高止まり、燃料費、人件費の高騰が経営を圧迫しています。
- 人材不足: 国内の人材確保・育成が深刻な課題であり、外国人材対策も含めた体制強化が必要です。
- 生産基盤の整備: 中長期的な新造船需要の増加に備え、DX(デジタルトランスフォーメーション)を活用した生産性向上と、生産基盤の整備が求められています。
代表的な造船関連企業
日本の造船業界は、重工業メーカー系の事業再編と、専業造船所の連携・専門化という二つの流れで構成されています。
重工業メーカー系
- 日本シップヤード株式会社 (Nihon Shipyard Co., Ltd.)
- 今治造船とジャパン マリンユナイテッド(JMU)が共同で設立した合弁会社。設計・営業を担い、国内最大の建造体制を確立し、競争力強化を図っています。
- ジャパン マリンユナイテッド株式会社 (JMU)
- IHIや住友重機械工業などの造船部門が統合して発足した経緯を持ち、主に大型商船や艦船の建造を手がけています。
- 三菱重工業株式会社 (MHI)
- エネルギー、航空・防衛・宇宙など幅広い事業を展開する重工業メーカー。客船、特殊艦艇、特殊機械などの高付加価値分野に強みを持っています。
- 川崎重工業株式会社 (KHI)
- 船舶のほか、航空宇宙、車両、ガスタービンなど幅広い事業を手がける重工業メーカー。LNG(液化天然ガス)運搬船などの建造に実績があります。
専業・中堅造船所系(規模のメリットや専門化に強み)
- 今治造船株式会社
- 国内最大の専業造船所。ばら積み運搬船やコンテナ船など多様な船種を建造し、高い建造量を誇ります。
- 常石造船株式会社
- ばら積み運搬船(バルカー)やタンカーを中心に建造。海外にも拠点を持ち、競争力強化を図っています。
- 大島造船所
- ばら積み運搬船に特化し、高い生産性を実現しています。
- 三井E&Sホールディングス
- かつての三井造船。造船そのものからは撤退(売却)し、現在は船舶用ディーゼルエンジンや港湾クレーンなどの舶用システム事業に経営資源を集中しています。

日本の造船業は、中国・韓国との競争激化でシェアを落としましたが、脱炭素化(ゼロエミ船)への需要増に対応し、再編と技術開発で競争力強化を図っています。代表は今治造船、日本シップヤード(JMU・今治造船の合弁)などです。
どのような投資を行うのか
日本の造船業界の大型投資は、主に国際競争力を回復し、「カーボンニュートラル」という世界的な潮流に対応するための未来志向の分野に集中しています。具体的な投資内容は、大きく以下の3つの柱に分けられます。
1. ゼロエミッション船(次世代船)の供給基盤構築
最も大規模で喫緊の投資です。政府支援も活用し、アンモニアや水素などの新燃料に対応するための設備整備が急務となっています。
- 新燃料対応設備の整備:
- アンモニア/水素燃料タンクの生産設備の増強・新設。新燃料は従来の燃料に比べ取り扱いに特殊な技術や設備が必要です。
- ゼロエミッションエンジンの生産能力増強。(例:アンモニア機関、水素機関)
- これらの舶用機器を船舶に搭載(艤装)するための工場設備や大型クレーンの増強。
- 研究開発(R&D):
- アンモニア燃料タグボートなどの実証船の開発・運航。
- メタンスリップ(燃焼しきれなかったメタンが排出される問題)を削減する触媒やエンジンシステムの開発。
2. 生産性の向上とデジタル化(DX)
コスト競争力の強化と、限られた人材での生産量を最大化するために、デジタル技術への投資が進められています。
- 自動化・省人化技術:
- モバイル溶接ロボットの導入による溶接の高品質化と生産性向上。
- AIを活用した材料ハンドリングの最適化や、生産プロセス全体の効率化。
- スマートシップ技術の開発:
- IoTセンサーとAIを組み合わせた「スマートシップ」や「自動運航船」の開発。運航の最適化や予測メンテナンスを可能にし、船の付加価値を高めます。
- 生産管理や品質検査へのAI活用(例:今治造船の「i-Factory」構想)。
3. 多様な新分野への対応
従来の商船以外の、成長分野に対応するための技術開発や設備投資も行われています。
- 洋上風力発電関連:
- 需要が見込まれる浮体式洋上風力発電設備や、その関連作業船の建造技術・設備の整備。
- 高付加価値船:
- 液化水素運搬船、液化二酸化炭素運搬船など、特殊な輸送ニーズに対応する高度な船舶の建造能力強化。
- 風力利用:
- 風力を使って燃料消費を抑える「ウィンドチャレンジャー」(硬翼帆)などの省エネ技術の開発と量産化。

日本の造船業界の投資は、主に脱炭素化に対応するゼロエミ船(アンモニア・水素船)の生産設備増強と、国際競争力強化のためのデジタル技術(DX)導入や生産性向上に集中しています。
ゼロエミッション船開発で重要となる技術は何か
ゼロエミッション船の開発において、最も重要となる技術は、「次世代燃料に対応したコア技術」と「安全性を確保するシステム技術」の二つです。
特に、主要な次世代燃料であるアンモニアと水素に対応する技術開発が鍵となります。
1. 次世代燃料に対応したコア技術
従来の重油とは物理的・化学的性質が大きく異なる新燃料を、安全かつ高効率で使用するための基盤技術です。
エンジン技術
- 燃焼制御技術: 難燃性のアンモニアを、ディーゼル燃料(パイロット燃料)との混焼において高い混焼率で安定的に燃焼させる技術。
- 水素専焼エンジンの開発と、燃焼しやすい水素を精密に制御する技術。
- 排出ガス処理技術: アンモニア燃焼時に発生する温室効果の高い亜酸化窒素を抑制・処理する技術。
燃料貯蔵・供給システム技術
- 特殊燃料タンク: 液化水素を極低温で貯蔵するための大型で高効率な断熱・防熱システムとタンク技術。
- アンモニアや液化天然ガスなど、それぞれの燃料特性(温度、圧力、毒性)に応じた燃料タンクおよび燃料供給システム
2. 安全性を確保するシステム技術
毒性や可燃性のリスクが高い新燃料を扱う船舶の運航・安全対策は、船級協会や国際的な規制に適合させるために極めて重要です。
- 漏洩対策と換気システム:
- 毒性のあるアンモニアが万が一漏洩した場合に、船員や機器の安全を確保するための高度な検知システム、配管設計、および強制換気システム。
- 防火・防爆対策:
- 高い可燃性を持つ水素の漏洩・爆発リスクを防ぐための、船体設計、機器配置、および緊急遮断装置を含む総合的な安全ガイドラインとシステム。
その他の関連技術
上記のコア技術と並行して、船全体の効率を向上させる技術も重要です。
- DXを活用した運航最適化: AIやIoTセンサーを用いたスマートシップ技術による船の状態監視、燃費効率の最大化。
- 省エネ技術: 風の力を活用する硬翼帆(ウィンドチャレンジャー)などの推進補助装置。

最も重要なのは、アンモニア・水素等の新燃料を安全・高効率に使うエンジンの燃焼制御技術と、燃料漏洩を防ぐ特殊な貯蔵・供給システムの技術開発です。
高い混焼率の達成が難しい理由は何か
高い混焼率(主にアンモニア燃料船で、従来の燃料と混ぜるアンモニアの割合)を達成することが難しい主な理由は、アンモニアの特有の燃焼特性と排出ガスの課題にあります。
これは、アンモニアが従来の重油などと比べて非常に「燃えにくい」性質を持っているためです。
主な技術的課題
1. 難燃性による燃焼の困難さ
アンモニアは水素とは対照的に、着火温度が高い、燃焼速度が遅い、可燃範囲が狭いという性質を持つ「難燃性燃料」です。
- 安定燃焼の維持が難しい: エンジン内で高濃度(高い混焼率)のアンモニアを安定的に燃焼させるためには、より高温・高圧の燃焼環境や、着火を助けるためのパイロット燃料(少量の重油など)を多めに必要とする場合があります。このパイロット燃料を減らし、アンモニアの割合を高めることが技術的な難関です。
- 出力の低下: 燃焼が遅く非効率な場合、エンジンの出力が大幅に低下する課題が生じます。
2. 有害ガスの発生
アンモニアには炭素が含まれていないため、燃焼時に二酸化炭素(は排出しません。しかし、燃料そのものに窒素が含まれているため、燃焼の過程で以下の有害物質が発生するリスクがあります。
- 亜酸化窒素の発生: 混焼率が高まると、一酸化窒素や二酸化窒素だけでなく、二酸化炭素の約300倍の温室効果を持つ亜酸化窒素が発生しやすくなります。この亜酸化窒素排出を抑制・処理する技術も、高い混焼率を達成する上での重要な課題です。
3. アンモニアの毒性
燃焼特性とは別に、アンモニアには強い毒性があるため、高い混焼率での運用においては、燃料系統からの漏洩を絶対に防ぐための、より厳格で複雑な安全システム設計が必要となります。

アンモニアが難燃性のため、エンジンでの安定燃焼が難しく、高い混焼率だと酸化窒素という強力な温室効果ガスが発生しやすくなるためです。

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