この記事で分かること
- 培養魚とは:生きた魚から細胞を採取し、人工的に培養して作られる魚肉です。天然資源の枯渇や環境負荷への懸念から開発が進み、持続可能な食料供給源として期待されています。
- 必要な理由:水産資源の需要増と乱獲によって、水産資源の枯渇が深刻化する中で、持続可能なタンパク源の確保のため、培養魚が必要になっています。
マルハニチロの培養魚開発
マルハニチロは、持続可能な水産資源の確保と高まる魚介類需要への対応のため、培養魚肉の開発に積極的に取り組んでいます。
https://www.nikkan.co.jp/articles/view/00751711
培養魚とは何か
「培養魚」とは、生きた魚から採取した細胞を、人工的に培養することで作られる魚肉のことを指します。従来の漁業や養殖とは異なり、水槽や工場内で魚体を育てることなく、直接「魚肉」を生産する技術です。
どのようにして作られるのか?
基本的な製造プロセスは以下の通りです。
- 細胞の採取: まず、生きた魚から少量(通常は筋肉の細胞)を採取します。この細胞は、魚に危害を加えない方法で採取されます。
- 培養: 採取した細胞を、栄養豊富な培養液に浸し、温度やpHなどの条件を適切に管理された環境下で培養します。細胞はこの培養液の中で増殖し、筋肉の組織を形成していきます。
- 成形: 増殖した細胞は、用途に応じてすり身状にしたり、3Dプリンターなどの技術を使って切り身のような形状に成形されたりします。
なぜ開発が進められているのか?
培養魚の開発が進められる背景には、主に以下のような理由があります。
- 水産資源の枯渇と需要の増加: 世界的な人口増加や気候変動、乱獲などにより、天然の水産資源は減少し続けています。一方で、魚介類の消費需要は高まっており、持続可能なタンパク源の確保が喫緊の課題となっています。
- 環境負荷の軽減: 従来の漁業や養殖に比べて、二酸化炭素排出量の削減、水質汚染の抑制、抗生物質の使用量削減など、環境への負荷を軽減できる可能性があります。
- 食の安全性の向上: 養殖魚にみられる寄生虫や水銀などの汚染物質のリスクを低減できる可能性があります。また、病気の発生を抑え、安定した品質の魚肉を供給できると期待されています。
- 新たな価値の創造: 骨がない、特定の部位だけを生産できる、栄養価をコントロールできるなど、従来の魚肉にはない特性を持たせることができます。将来的には、より美味しく、より健康的な魚肉の提供も期待されます。
培養肉との違い
培養肉も培養魚も、動物の細胞を培養して食品を生産する点では共通しています。しかし、対象となる動物が異なります。
- 培養肉: 牛、豚、鶏などの陸上動物の細胞を培養して作られる肉。
- 培養魚(培養シーフード): 魚類、甲殻類、貝類などの水生生物の細胞を培養して作られる食品。
課題
実用化に向けては、以下のような課題が挙げられます。
- コスト: 大量生産するための技術や、培養液のコストが高く、一般の消費者が手に取りやすい価格で提供できるかが大きな課題です。
- 安全性と規制: 新しい食品であるため、長期的な安全性や、各国・地域での法的な規制の整備が必要です。
- 味と食感の再現: 天然の魚肉と同じような味や食感を再現することが、消費者に受け入れられる上で重要となります。
- 倫理観: 動物由来の細胞を使用するため、ヴィーガン(完全菜食主義者)の概念との兼ね合いや、細胞採取に関する倫理的な議論もあります。
これらの課題を克服し、持続可能な食料供給の一助となるべく、世界中で研究開発が進められています。

培養魚は、生きた魚から細胞を採取し、人工的に培養して作られる魚肉です。天然資源の枯渇や環境負荷への懸念から開発が進み、持続可能な食料供給源として期待されています。
水産資源の枯渇はどのような状況か
水産資源の枯渇と需要増加は、世界的な食料安全保障と環境問題における最も深刻な課題の一つです。
水産資源の枯渇の現状と原因
国連食糧農業機関(FAO)の報告によると、生物学的に持続可能なレベルで漁獲されている世界の水産資源の割合は年々減少しています。
1974年には約90%が適正レベルで利用されていましたが、2019年には約65%まで下がっており、過剰に漁獲されている資源の割合は10%から35%へと増加しています。
主な原因は以下の通りです。
- 乱獲(過剰漁業):
- 需要増加に対応するため、漁獲能力が向上し、資源の再生能力を超えて魚が獲られすぎている状況です。
- 特に、地中海や黒海、東南太平洋、南西大西洋などでは、乱獲されている資源の割合が非常に高くなっています。
- 違法・無報告・無規制(IUU)漁業も深刻な問題で、世界の漁獲量の13〜31%を占めると推計されています。
- 気候変動・海洋環境の変化:
- 地球温暖化による海水温の上昇や海洋酸性化は、魚の生息域や産卵場所の変化、餌となるプランクトンの減少などを引き起こし、魚種や漁獲量に大きな影響を与えています。
- 親潮の弱化によるサンマの回遊経路の変化や、水温の変化によるスルメイカの産卵場への影響などが報告されています。
- 海洋汚染:
- プラスチックごみによる海洋汚染は、魚が誤飲・誤食することで生態系に悪影響を及ぼし、水産資源の減少につながっています。
- また、産業排水や生活排水による水質悪化も、魚の生息環境を脅かしています。
- 混獲:
- 漁業の際に、目的の魚種以外の生物(海鳥、ウミガメ、イルカ、クジラなど)を誤って捕獲してしまう問題です。混獲された生物の多くは捨てられ、生態系に大きな打撃を与えています。世界の漁獲量の最大40%が混獲によるものと推計される場合もあります。
- 漁場の環境悪化:
- 埋め立てや開発などによる沿岸域の破壊は、魚の産卵場所や稚魚の育成場所を奪い、資源の減少を招きます。
水産物需要の増加の現状と背景
世界の水産物の総生産量(漁業と養殖業の合計)は増加を続けており、2022年には2億2,322万トンに達しました。特に養殖業の生産量は急激に伸びており、漁船漁業の生産量が横ばい傾向にある中で、世界の水産物供給を支える重要な役割を担っています。
水産物需要増加の背景には以下の要因があります。
- 世界的な人口増加:
- 世界の人口は増加の一途を辿っており、それに伴い食料全体の需要が高まっています。特にタンパク源としての水産物の需要は旺盛です。
- 新興国の経済発展と食習慣の変化:
- 中国やインドネシアなど、経済発展が著しい新興国では、所得向上に伴い食生活が多様化し、魚介類の消費量が増加しています。中国では過去半世紀で一人当たりの魚介類消費量が約9倍にもなっています。
- 健康志向の高まり:
- 欧米諸国を中心に、肉に比べてヘルシーなイメージのある魚介類への関心が高まっています。魚油に含まれるDHAやEPAなどの健康効果も注目されています。
日本の状況
日本は世界有数の水産物消費国ですが、近年の状況は世界とは異なる動きを見せています。
- 漁獲量の減少: 日本の漁業生産量は1980年代をピークに減少し続けており、統計が残る1950年以降で初めてトップ10から陥落する事態も発生しています。漁場環境の悪化や乱獲に加え、排他的経済水域の設定による海外漁場からの撤退、漁業者の高齢化や後継者不足なども減少要因となっています。
- 一人当たり消費量の減少: 世界的に水産物消費量が増加している一方で、日本の一人当たりの食用魚介類消費量は、ピーク時の約半分にまで減少しており、肉類の消費量を下回る状況が続いています。調理の手間や価格の高騰などが背景にあると考えられます。
- 「買い負け」のリスク: 世界的な需要の高まりと価格上昇により、日本が水産物を輸入しようとしても、他国に「買い負ける」事例が増えており、安定的な供給が難しくなるリスクが高まっています。
対策と今後の方向性
水産資源の枯渇と需要増加という二律背反の課題を解決するためには、以下のような取り組みが不可欠です。
- 持続可能な漁業の推進: 漁獲可能量(TAC)制度の適切な運用や拡大、混獲防止技術の開発、IUU漁業の撲滅などが求められます。
- 養殖業の発展: 環境に配慮した持続可能な養殖技術の開発・普及が重要です。養殖生産量の増加は、天然資源への圧力を軽減する上で不可欠です。
- 水産資源管理の強化: 科学的データに基づいた資源評価と、それに基づく適切な管理体制の構築が必要です。
- 新たなタンパク源の開発: 培養魚肉や代替シーフードなど、伝統的な漁業・養殖に依存しない新たな供給源の開発も、中長期的な解決策として期待されています。
- 消費者の意識変革: 持続可能性に配慮した水産物を選び、食品ロスを減らすなど、消費者の行動変容も重要です。
これらの取り組みを総合的に進めることで、将来にわたって水産資源が持続的に利用され、安定的に供給される社会を目指す必要があります。

世界の水産資源は需要増と乱獲、気候変動で3割以上が過剰漁獲状態です。特に日本では漁獲量がピーク時の7割減と深刻化し、買い負けも発生。一方で養殖業が漁獲量を上回り、供給源として重要性を増しています。持続可能な管理と新たなタンパク源開発が急務です。
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