この記事で分かること
- 供給不足と価格高騰の理由:供給不足と価格高騰の主な理由は、AIデータセンターの急激な拡大による高性能メモリー(HBM)の爆発的な需要です。HBMは製造が難しく、生産リソースがHBMへ集中することで、一般向けメモリーの生産量が減り、価格が連鎖的に上昇しています。
- 今後の見通し:AI需要拡大に加え、HBMの製造・パッケージング技術のボトルネック解消に時間がかかるため、供給不足は短期での解消は難しく、続く見通しです。
- 新興企業の売り上げ増加の可能性:3社による寡占状態となっているHBMチップ製造で売上急増は困難です。しかし、HBMの積層・検査に必要な高精度な製造装置や特殊な素材、またはエッジAI向けカスタムメモリーなど、ニッチな周辺ソリューション分野で成長の可能性があります。
AI需要増加によるメモリーの供給不足と価格高騰
AI(人工知能)の需要が急増していることに伴い、メモリーの供給不足と価格高騰が深刻な懸念となっています。特に、AIデータセンターの急激な拡大がこの状況を牽引しています。
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2025-11-27/T6CQHHKJH6V500
この状況は長期的には技術革新を促進し、より高効率なコンピューティング環境の構築につながる可能性も指摘されていますが、短期的には一般企業におけるIT投資計画の見直しや消費者向け製品の価格上昇にも波及する懸念があります。
AIがメモリーを多く使用する理由は何か
AIがメモリーを大量に使用する主な理由は、大規模なAIモデルの動作に必要なパラメータ(重み)の保存と、処理を高速に行うためのデータの保持にあります。メモリーは、CPUやGPUにとっての「作業机」の役割を果たします。
特に、生成AIや大規模言語モデル(LLM)の爆発的な普及により、メモリーへの要求はかつてないほど高まっています。
AI処理とメモリーの役割
AIにおけるメモリー(主にDRAM、特にHBM)は、主に以下の2つのフェーズで決定的な役割を果たします。
1. トレーニング(学習)フェーズ
モデルの学習時が最もメモリーを必要とする場面です。
- モデルのパラメータ(重み)の保持:
- 大規模言語モデル(LLM)は数十億から数兆個のパラメータ(重み)を持っています。これらのパラメータは学習中に継続的に読み書きされ、モデルの「知識」そのものを構成するため、高速なアクセスが可能なメモリー(DRAM)上に保持する必要があります。モデルが巨大になるほど、必要なメモリー容量は増大します。
- 中間データとバッチサイズの保持:
- 学習プロセスでは、入力データ(バッチ)だけでなく、計算の途中で生成される勾配や活性値などの中間データも一時的にメモリーに保存されます。トレーニング効率を上げるために、一度に処理するデータ量(バッチサイズ)を大きく設定しますが、これもメモリー消費を増やします。
2. 推論(実行)フェーズ
学習済みのモデルを使って質問に答えたり、画像を生成したりする実行時も、大量のメモリーが必要です。
- モデル全体の読み込み:
- 推論を実行するには、学習済みのモデルの全パラメータをメモリーに読み込む必要があります。このモデルのサイズ(数十GBから数百GBになることもあります)が、そのまま最低限必要なメモリー容量となります。
- 推論の高速化(レイテンシの短縮):
- ユーザーに素早く応答するためには、推論を非常に速い速度で実行する必要があります。計算処理を行うGPUが、メモリーから大量のデータを高帯域幅かつ低遅延で受け取れることが不可欠です。
HBM(高帯域メモリー)が不可欠な理由
AIチップ(GPUやAIアクセラレータ)にHBM(High Bandwidth Memory:広帯域メモリー)が不可欠なのは、従来の汎用DRAMでは、GPUの計算速度にデータ転送速度が追いつかず、性能がボトルネックになってしまうからです。
| 特徴 | 従来のDRAM(GDDR/DDR) | HBM (High Bandwidth Memory) |
| 構造 | 平面に配置 | チップを垂直に多層積層し、GPUのすぐ隣に配置 |
| 帯域幅 | 比較的狭い | 圧倒的に広い帯域幅(高速なデータ転送)を実現 |
| 目的 | 汎用的なデータ処理 | AI/HPCなどの超高速・大容量処理 |
HBMは、AIチップが膨大なパラメータとデータを瞬時にアクセスし、効率的に処理するために設計された、まさにAI時代の「高性能な作業机」です。

AIがメモリーを多く使うのは、巨大なモデルの全パラメータ(重み)を保持するためです。特に大規模言語モデル(LLM)は、数十億~数兆のパラメータを持ち、推論や学習の高速処理のために、これらを高速なメモリー(DRAM/HBM)上に展開する必要があるからです。
AI向けメモリー半導体の有力メーカーはどこか
AI向けメモリー半導体の市場は、特に高性能なHBM (High Bandwidth Memory:広帯域メモリー)を巡って、主に以下の3社による寡占状態にあります。
AI向けメモリーの主要プレイヤー(HBMメーカー)
AIチップ(NVIDIA GPUなど)に不可欠なHBMの製造で世界シェアを分け合っているのは、全てDRAM市場のトップ企業です。
| 順位 (HBMシェア) | メーカー名 | 国・地域 | 特徴と市場実績 |
| 1位 | SKハイニックス (SK Hynix) | 韓国 | HBM市場のリーディングカンパニーで、高いシェアを誇る。 特に、最新世代のHBM3やHBM3Eにおいて、NVIDIAなど主要なAIチップメーカーとの強固なパートナーシップと高い技術力を確立している。世界で初めてHBM3の量産に成功。 |
| 2位 | サムスン電子 (Samsung Electronics) | 韓国 | 世界最大のメモリーメーカー。 HBM市場でもSKハイニックスに続くポジションであり、大規模な生産能力とDRAMの製造ノウハウを武器に市場を追撃。積極的に次世代HBM技術の開発・量産を進めている。 |
| 3位 | マイクロン・テクノロジー (Micron Technology) | アメリカ | 米国唯一のDRAMメーカー。 HBM市場では一時期出遅れたが、最新のHBM3Eの量産に成功し、NVIDIAの次世代GPUへの搭載が認証されるなど、巻き返しを図っている。 |
日本企業の貢献(製造装置・素材)
メモリー半導体チップそのものの製造では上記3社が圧倒的なシェアを持ちますが、そのHBMを製造するための技術や装置において、日本企業は極めて重要な役割を果たしています。
- 半導体製造装置メーカー:
- 東京エレクトロン (TEL):前工程の成膜・エッチング装置などで貢献。
- ディスコ (DISCO):HBMチップの積層に必要な薄化・切断・研削装置(TSV技術関連)で世界的な強みを持つ。
- アドバンテスト (Advantest):完成したHBMチップの性能や品質を検査するメモリーテスター(検査装置)で世界トップクラスのシェアを誇る。

AI向けメモリー(HBM)の有力メーカーは、SKハイニックス、サムスン電子(いずれも韓国)、マイクロン(米国)の3社による寡占状態です。特にSKハイニックスが市場をリードしています。
今後の見通しはどうか、供給不足は続くのか
AI需要の急増に伴うメモリー供給不足は、短期間では解消されず、今後も続くという見通しが有力です。特に高性能メモリーについては、供給不足と価格高騰の圧力が継続すると予測されています。
今後の見通しと供給不足の期間
多くの市場調査機関や投資銀行の分析は、AIによるメモリー市場の構造的な変化が、供給不足を長期化させると指摘しています。
1. 2026年にかけて需給逼迫が続く
- 高性能メモリー(HBM): AIチップに不可欠なHBMは、2026年にかけても需要が供給能力を大きく上回り、需給逼迫が続くと見られています。NVIDIAの次世代GPUの出荷増加などにより、HBMの需要予測はさらに上方修正されています。
- 従来型メモリー(DRAM/NAND): シティグループなどの予測では、メモリーサプライヤーがHBMへの投資を優先するため、2026年にはDRAMとNANDフラッシュメモリーの両方が供給不足に陥り、価格に強い上昇圧力がかかると予想されています。
2. 2027年以降も続く可能性
一部の予測では、大規模言語モデル(LLM)の学習・推論に必要なDRAMの需要がさらに拡大し、2027年から2028年にかけても世界的なDRAM不足が深刻化する可能性が示唆されています。
供給不足が長期化する背景
供給不足が短期で解消しない主な理由は、メモリー市場がAIによる構造的変革期にあるためです。
- HBM生産の技術的制約: HBMの製造は、チップの垂直積層や高性能パッケージング(CoWoSなど)が必要で、技術的な難易度が極めて高いです。短期間でこれらの後工程の生産能力を大幅に増やすことが難しく、これがボトルネックになっています。
- AI需要の拡大: AIの利用は、トレーニング(学習)から推論、そしてスマートフォンやPCなどのエッジAIデバイスへと広がり続けています。これにより、高性能HBMだけでなく、汎用DRAMやNANDフラッシュメモリーの需要も継続的に増加します。
- 投資の優先順位: メモリーメーカーは、収益性の高いHBMへの投資を最優先しており、従来型メモリーの生産能力増強への資源投入が遅れがちになる傾向があります。
AIブームが牽引するメモリー市場は、少なくとも今後数年間は供給不足と価格高騰という厳しい状況が続くと見られています。

供給不足は短期での解消は難しく、続く見通しです。AI需要拡大に加え、HBMの製造・パッケージング技術のボトルネック解消に時間がかかるため、特に高性能メモリーは2026年頃まで需給逼迫が続く可能性が高いです。
新興企業の売り上げ増加の可能性はあるか
AI向けメモリー半導体の分野(特にHBM)は、現在、SKハイニックス、サムスン、マイクロンという既存の大手3社による寡占市場であり、新興企業がチップ製造そのもので急速に売上を伸ばす可能性は極めて低いと見られています。
しかし、新興企業が売上を伸ばす機会は、以下の分野で存在します。
AIメモリー市場の巨大な成長トレンドに乗るため、新興企業は「チップ製造」ではなく、「ニッチな技術」や「周辺ソリューション」で大きな売上を上げる可能性があります。
1. HBM製造・検査向け装置・素材分野(日本企業が優位)
HBMはDRAMチップを垂直に積み重ねる高度な技術(TSV: Through-Silicon Viaなど)に依存しており、この分野の新興企業や中小企業にはチャンスがあります。
- パッケージング・接合技術: HBMの生産能力のボトルネックとなっている、チップの薄化、切断、積層、検査に必要な高精度な製造装置や特殊な材料(例:コンプレッション成型方式の素材)を供給する企業。
- 検査・測定ソリューション: 高速化・複雑化するHBMの品質と性能を保証するための、テスター(検査装置)や測定機器を提供する企業。
2. 特定用途のAIメモリーソリューション(ニッチ市場)
- エッジAI向け: データセンター向けではない、小型・低消費電力のエッジAIデバイス(自動運転車、ロボットなど)に特化したカスタムメモリーや、既存メモリーよりも高速な次世代メモリー技術(例:MRAM、ReRAM)を開発するスタートアップ。
- 計算の効率化技術: メモリーの物理的な容量を増やすのではなく、AIの計算効率を劇的に上げるインメモリ・コンピューティングなど、既存のメモリー構造に依存しない新しい技術を提供する企業。
参入障壁の高さ
AI向けメモリー、特にHBM市場は、巨額の設備投資、数十年にわたる製造ノウハウ、そして大手AIチップメーカー(NVIDIAなど)との強固な信頼関係と認証が必要なため、新興企業がこのコア市場で直接的に売上を急増させることは極めて困難です。
新興企業や中小企業が直接的なAIメモリーチップ製造で成功する可能性は低いものの、日本の製造装置や素材メーカーのように、技術的なボトルネックを解消する「ニッチなソリューション」を提供することで、AIブームの恩恵を受けて売上を大きく伸ばす可能性は十分にあります。

新興企業がHBMチップ製造で売上急増は困難です。しかし、HBMの積層・検査に必要な高精度な製造装置や特殊な素材、またはエッジAI向けカスタムメモリーなど、ニッチな周辺ソリューション分野で成長の可能性があります。

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