三菱ケミカルの高性能炭素繊維の生産能力を増強 三菱ケミカルの高性能炭素繊維の特徴は何か?増強する理由は?

この記事で分かること

  • 高性能炭素繊維とは:アクリル繊維を焼成して作られる、鉄より軽く、鉄よりはるかに強い高強度・高弾性の繊維です。航空機や自動車の軽量化、スポーツ用品など、高い信頼性が求められる分野で使用されます。
  • 三菱ケミカルの高性能炭素繊維の特徴:PAN系(高強度)とピッチ系(超高弾性率)の両方を製造し、幅広い特性に対応できるのが最大の特長です。
  • 増産の理由:航空機産業の回復や、EV(電気自動車)・水素タンクなどの次世代モビリティ分野で、軽量化・高性能化のための高性能炭素繊維の需要が急拡大しているためです。

三菱ケミカルの高性能炭素繊維の生産能力を増強

 三菱ケミカル株式会社は、日本米国の既存設備を有効活用し、高性能炭素繊維の生産能力を増強することを決定しました。

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC156WI0V11C25A2000000/

 優れた強度弾性率を兼ね備えた高性能炭素繊維は製品の軽量化高性能化のニーズから需要が着実に拡大していくとみられています。

高性能炭素繊維とは何か

 高性能炭素繊維(Carbon Fiber, CF)は、ポリアクリロニトリル(PAN)繊維ピッチといった有機繊維を原料とし、高温で焼成することで炭素以外の成分を取り除き、炭素を90%以上残した非常に細い繊維です。その太さは5〜10マイクロメートル(髪の毛の約1/10)と極細です。

 通常、この炭素繊維をエポキシ樹脂などのプラスチック(樹脂)で固めて一体化した複合材料の形で使用されます。これが炭素繊維強化プラスチック(CFRP:Carbon Fiber Reinforced Plastic)です。

特徴

 炭素繊維の最大の特徴は、以下の3点に集約されます。

特徴詳細比較対象との差(例)
軽量比重が小さく(約1.4~1.7)、非常に軽い。鉄の約1/4、アルミニウムの約2/3
高強度引っ張る力に対して極めて強い。機械構造用鋼(S45C)の2〜5倍以上の強度
高弾性率(高剛性)変形しにくく、たわみにくい。鉄の約7倍の変形しにくさ

 これらの他に、以下のような優れた特性を兼ね備えています。

  • 耐腐食性・耐薬品性: 錆びず、薬品に強い。
  • 耐疲労性: 繰り返し力を加えても劣化しにくい。
  • 熱的安定性: 熱膨張率が低く、高温下でも寸法が安定している。
  • 導電性: 電気を通す性質がある(金属ほどではないが)。

主な用途

 「軽くて、強くて、腐食しない」という特性から、高性能化や軽量化が求められる最先端の分野で幅広く活用されています。

  • 航空・宇宙分野:
    • 航空機(ボーイング787など):主翼、尾翼、胴体構造の主要材料(機体構造重量の約50%を占める場合もある)
    • 人工衛星、ロケット:軽量化と寸法安定性が求められる部分
  • 自動車・モビリティ分野:
    • レーシングカー、ハイパーカー:ボディ骨格、外板パネル
    • 電気自動車(EV):軽量化による電費向上、バッテリーケース、プロペラシャフト
  • スポーツ・レジャー分野:
    • 釣竿、ゴルフシャフト、テニスラケット、自転車フレーム:軽量化と反発力、振動減衰性の向上
  • 産業・その他分野:
    • 風力発電ブレード:大型化と軽量化の両立
    • 土木・建築:コンクリートの補強材
    • 医療機器:X線透過性を活かした医療用天板など

 特に近年では、EV化の進展や、風力発電の大型化に伴い、軽量化と高強度を両立できる高性能炭素繊維の需要がさらに高まっています。

高性能炭素繊維(Carbon Fiber)とは、アクリル繊維を焼成して作られる、鉄より軽く、鉄よりはるかに強い高強度・高弾性の繊維です。航空機や自動車の軽量化、スポーツ用品など、高い信頼性が求められる分野で使用されます。

三菱ケミカルグループの炭素繊維の特徴は何か

 三菱ケミカルグループ(MCGグループ)の炭素繊維事業は、その多様な原料と製品のラインナップ、そして川上から川下まで一貫したサプライチェーンに大きな特徴があります。

1. PAN系とピッチ系、両方の炭素繊維を製造

 一般的なメーカーがPAN系(ポリアクリロニトリル)に特化しているのに対し、MCGグループは2種類の原料系を持っています。

  • PAN系炭素繊維:
    • 特徴: 高強度の発現性に優れ、取り扱い性も良好です。
    • 用途: 航空宇宙、自動車、スポーツ・レジャー用品など幅広い分野で利用されます。
  • ピッチ系炭素繊維 (ダイヤリード®):
    • 特徴: 特に高弾性率(高剛性)の発現性に優れています。
    • 用途: 高い剛性が求められる産業用ロールや、高い熱伝導性が要求される用途など。

 この2系統の炭素繊維を使い分けることで、顧客の要求に応じた最適な強度・剛性バランスの製品を提供できます。

2. 原料から加工品まで自社で製造(垂直統合)

  • 川上から川下まで: PAN系炭素繊維の原料であるアクリロニトリルや、ピッチ系炭素繊維の原料である石炭ピッチといった素原料から、炭素繊維トウ(長繊維)、プリプレグ(中間材料)、さらにゴルフシャフトロールなどの最終的な成型品(CFRP)に至るまでのサプライチェーンをグローバルに自社で保有しています。
  • メリット: この垂直統合(Vertical Integration)により、品質管理やコスト競争力を高め、顧客のニーズに合わせた柔軟なソリューション提供が可能になっています。

3. 豊富な中間材料と先進的な成形加工技術

 炭素繊維と樹脂を組み合わせた中間材料成型加工技術の開発に注力しており、次世代モビリティへの対応を進めています。

  • 多様な中間材料:
    • プリプレグ: 炭素繊維に熱硬化性樹脂(エポキシなど)を含浸させたシート状の中間材料。速硬化性、耐熱性、高靭性などの特徴を持つものがあります。
    • FMC™(CF-SMC): 短くカットした炭素繊維を樹脂に練り込んだシート状の材料で、複雑な形状の部品の量産成形に適しています。
  • 独自の成形技術:
    • PCM(プリプレグコンプレッションモールディング)工法FCM(フォージドモールディングコンパウンド)工法といった独自技術を開発し、自動車部品などの量産性・高性能化に貢献しています。
  • サステナビリティへの対応:
    • 植物由来の樹脂を用いた炭素繊維プリプレグ「BiOpreg#400シリーズ」を開発するなど、環境負荷低減にも積極的に取り組んでいます。

 三菱ケミカルグループは、素材の製造技術だけでなく、複合材料の設計・シミュレーション技術や、総合化学メーカーとしての幅広い樹脂・化学分析技術を組み合わせることで、顧客に最適なソリューションを提供できることが最大の強みと言えます。

三菱ケミカルグループの炭素繊維は、PAN系(高強度)とピッチ系(超高弾性率)の両方を製造し、幅広い特性に対応できるのが最大の特長です。原料から最終成形品まで一貫したサプライチェーンを持ち、複雑形状の量産を可能にするFMCなどの独自技術も強みです。

一般的なメーカーがPAN系に特化するのはなぜか

 PAN系炭素繊維が市場の約95%を占め、多くのメーカーが特化しているのは、その特性バランス汎用性、そして製造の経済性に優れているためです。

  • 「軽く、強い」という汎用性の高さ:
    • PAN系は、炭素繊維の最大の特長である「高強度」「高弾性率」をバランス良く発現させるのに最も適しています。
    • 航空機、自動車、スポーツ用品など、現在の主要なCFRP(炭素繊維強化プラスチック)市場のほとんどで求められる、強度と軽量化の要件を満たしています。
  • 確立された技術とサプライチェーン:
    • PAN系は炭素繊維の工業化の初期から研究・開発が進み、製造技術が確立されており、原料(アクリロニトリル)のサプライチェーンも安定しています。
    • この安定性とスケールメリットにより、量産性コスト競争力がピッチ系よりも高い傾向にあります。
  • 市場規模の大きさ:
    • 巨大な市場である航空宇宙分野や、近年成長著しい自動車分野での採用がPAN系に集中しているため、多くのメーカーが市場規模の大きいPAN系に経営資源を集中させるのが合理的です。

三菱ケミカルグループ(MCG)がピッチ系を扱う理由

 MCGグループは、PAN系に加え、ピッチ系炭素繊維(製品名:ダイアリード®)も製造しており、この二刀流体制が大きな強みとなっています。

  • 超高弾性率(高剛性)の追求と差別化:
    • ピッチ系炭素繊維は、PAN系では達成が難しい極めて高い弾性率(高剛性)を容易に実現できます。
    • 「たわみにくさ」が求められる産業用ロール、人工衛星の構造材、精密機械部品など、ニッチですが高付加価値な市場で、他の材料の追随を許さない性能を発揮します。
  • 独自の機能性(熱伝導性、低熱膨張性):
    • ピッチ系は、高い熱伝導率ゼロ熱膨張といった特異な物理的特性を持っています。
    • 放熱部材や、宇宙空間のように極端な温度変化にさらされる環境で寸法安定性が求められる用途で唯一無二の材料となります。
  • 総合化学メーカーとしての背景:
    • MCGグループは、もともと石炭化学の分野で培ってきた石炭ピッチの精製・加工技術という、ピッチ系炭素繊維の原料を製造する独自の技術的バックグラウンドを持っていました。
    • この技術を活かし、他社にはない高付加価値製品を持つことで、顧客のあらゆるニーズに対応できるソリューションプロバイダーとしての地位を確立しています。

まとめ

項目PAN系炭素繊維ピッチ系炭素繊維(MCG)
主な特長高強度と高弾性率のバランス超高弾性率(高剛性)、高熱伝導性
主な用途航空機、自動車、スポーツ用品など汎用構造材産業用ロール、人工衛星、放熱材など特殊機能材
メーカーの動向市場のメインストリーム。量産性とコストを追求。ニッチだが高付加価値。MCGの独自技術による差別化。

 一般的なメーカーは大きな市場と汎用性に優れたPAN系に特化し、MCGは独自の技術と特殊な機能を持つピッチ系を加えることで、製品ポートフォリオを広げ、市場の多様なニーズに応える戦略をとっていると言えます。

PAN系は、炭素繊維の核心的価値である高強度と高弾性率をバランス良く両立できます。製造技術が確立され、量産性・コスト競争力に優れるため、巨大な航空宇宙や自動車など主要市場のニーズを満たしやすいからです。

増産する理由は何か

 三菱ケミカルグループが日米で高性能炭素繊維の生産能力を増強する主な理由は、特定の分野における高性能炭素繊維の需要が世界的に急拡大しているためです。最も大きな理由は、以下の分野における「軽量化」と「高性能化」へのニーズの高まりです。

1. 航空宇宙分野の回復と成長

  • 民間航空機の回復: COVID-19の影響で落ち込んでいた民間航空機の製造が回復傾向にあり、特にボーイング787などに代表される炭素繊維を多用した新型機の生産再開・増加が見込まれています。
  • 次世代モビリティ: eVTOL(電動垂直離着陸機)、ドローン宇宙開発(ロケット・人工衛星)など、高い強度と極限の軽量化が不可欠な分野での需要が拡大しています。

2. 高級・高性能車と電動車(EV)分野での採用拡大

  • ハイパーカー/レーシングカー: 厳格な軽量化と高剛性が求められる分野で、高性能な炭素繊維が構造材として使用されています。
  • 電気自動車(EV): EVはバッテリーを搭載するため車重が増加しがちです。そのため、車体や構造部品に炭素繊維を積極的に採用し、軽量化を図ることで電費(航続距離)の向上を目指す動きが加速しています。
  • 水素貯蔵タンク: 燃料電池車(FCV)や水素インフラ向けの高圧水素貯蔵タンク(圧力容器)にも、その強度から炭素繊維が不可欠であり、この分野での需要も大きく伸びています。

3. スポーツ・レジャー分野の堅調な需要

  • ゴルフシャフト、テニスラケット、釣り竿、自転車フレームなど、高性能化と軽量化が求められるスポーツ用品分野での需要も、アウトドアブームなどにより引き続き堅調です。

4. 決定的な差別化と高付加価値化への集中

 三菱ケミカルグループは、特に「優れた強度と弾性率を兼ね備えた、厳しい品質基準を満たす高性能炭素繊維」に特化して増強を行います。

 これは、新興国メーカーなども生産能力を増やしている汎用品との差別化を図り、高い品質と信頼性を要求される分野(航空宇宙、ハイパーカーなど)での市場シェアを確固たるものにする狙いがあります。

これらの需要拡大に対応するため、現行の生産能力の約2倍に増強し、グローバル市場での競争優位性を高めることが、今回の投資の最大の目的です。

航空機産業の回復や、EV(電気自動車)・水素タンクなどの次世代モビリティ分野で、軽量化・高性能化のための高性能炭素繊維の需要が急拡大しているためです。高付加価値市場での競争優位確立を目指します。

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