この記事で分かること
- ナノテラスとは:仙台市に設置された次世代放射光施設です。太陽光の10億倍明るいX線を使い、物質をナノレベル(原子や分子)で観察できる「巨大な顕微鏡」です。
- 応用例:、エネルギー・材料、バイオ、食品など多岐にわたります。高性能な電池や触媒の開発、ゴムなどの新素材の機能向上、新薬の創出や食品の品質解析など、原子・分子レベルの解析でイノベーションを加速します。
- 中小企業で利用が進まない理由:主に高度な専門知識と高額な費用、専門人材の不足が壁となっているからです。ナノテラスを自社の課題にどう活用するかという知見やノウハウも不足しています。
ナノテラスの中小企業への浸透進まず
ナノテラスは、物質のナノレベル(10億分の1メートル)の構造や機能を調べるための強力なX線(放射光)を発生させる施設で、東北大学青葉山新キャンパス内に建設されました。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCC3042H0Q5A930C2000000/
研究開発を加速し、産業界、特に地元企業への活用を通じて地域経済の活性化を目指していますが、その目標達成に向けていくつかの課題があります。
ナノテラスとは何か
ナノテラス(NanoTerasu)は、宮城県仙台市の東北大学青葉山新キャンパス内に整備された、次世代の大型放射光施設です。
一言でいうと、「ナノの世界を照らす巨大な顕微鏡」のような最先端の研究設備です。
ナノテラスの概要と特徴
1. 正式名称
- 3GeV高輝度放射光施設(スリー・ジーイーヴイ・こうきど・ほうしゃこうしせつ)
2. 目的
- 物質のナノレベル(10億分の1メートル)の構造や機能を詳細に解析し、基礎研究の強化と産業への応用(イノベーション創出)を加速すること。
- 特に、エネルギー、材料、デバイス、バイオ、食品など、幅広い分野での新技術や新材料の開発に貢献することが期待されています。
3. 施設の機能(巨大な顕微鏡)
- 電子を光速近くまで加速し、磁石で曲げることによって発生する「放射光」を利用します。
- この放射光は、太陽光の10億倍以上ともいわれる非常に明るいX線(軟X線)で、今まで光が弱くて見えなかった物質の内部構造や、化学反応が起きる瞬間の変化を、ナノレベルで鮮明に可視化することができます。
- 特にナノテラスは、物質の性質や機能に深く関わる「軟X線領域」において、世界最高レベルの輝度を持つことが大きな強みです。
4. 所在地・運用開始
- 所在地: 宮城県仙台市青葉区(東北大学青葉山新キャンパス内)
- 運用開始: 2024年4月1日から本格的な運用が始まりました。
5. 産業利用への期待
ナノテラスは、特定の大学や研究機関だけでなく、民間企業(特に中小企業)でも利用しやすい仕組み(例:コアリション・コンセプト)を設けており、東北地方を中心とした地域産業の活性化の起爆剤となることが期待されています。
【名前の由来】
「ナノテラス」という愛称は、施設の特徴(ナノの世界を照らす)と、日本神話の「天照大御神(アマテラスオオミカミ)」のように、世界の学術や産業に豊かな実りをもたらしてほしいという願いが込められています。

ナノテラス(NanoTerasu)は、仙台市に設置された次世代放射光施設です。太陽光の10億倍明るいX線を使い、物質をナノレベル(原子や分子)で観察できる「巨大な顕微鏡」で、新素材開発など、幅広い分野でのイノベーション創出を目指しています。
なぜナノレベルの観察が可能なのか
ナノテラスでナノレベル(原子や分子)の観察が可能なのは、主に以下の2つの物理的な原理が組み合わされているためです。
1. 「波長の短さ」が限界を決める
物を観察する際、見たい対象のサイズよりも、使用する光の波長が短い必要があります。ナノレベルの微細な構造(1ナノメートル = $10-9メートル)を見るには、非常に短い波長の光が必要です。
- 光の種類: ナノテラスが生成する放射光は、可視光線よりもはるかに波長の短いX線(特に軟X線)です。
- 短波長の優位性: この短い波長のX線を使うことで、原子や分子といったナノスケールの微細な構造に光が干渉し、その構造を詳細に捉えることができます。従来の光学顕微鏡では、可視光の波長(数百ナノメートル)が限界となり、原子レベルを見ることはできません。
2. 「輝度の高さ」が鮮明さを実現する
ナノレベルの非常に小さな物質や、反応の一瞬の変化を捉えるには、非常に明るい光が必要です。
- 圧倒的な明るさ: ナノテラスの放射光は、太陽光の10億倍以上もの高輝度を持っています。
- メリット:
- 鮮明な画像(高空間分解能): 小さな試料や微小な領域にも大量のX線を短時間で集中して照射できるため、光の粒子の相互作用を多く引き起こし、非常に鮮明で高解像度のナノ画像を撮影できます。
- 瞬間の観察(高時間分解能): 化学反応や物質の変化といった超高速で起こる現象も、明るい光で一瞬を捉えることができるため、機能が発現するメカニズムをリアルタイムで追跡できます。
特にナノテラスは、物質の機能に直結する電子の状態を解析しやすい軟X線において、世界最高レベルの輝度を誇る次世代型施設であることが、ナノレベルの観察・解析能力を飛躍的に高めています。

ナノテラスは、光速近くまで加速した電子から発生する波長の短いX線(放射光)を使います。この太陽光の10億倍以上の高輝度なX線により、原子・分子レベルの微細構造や、瞬間の化学変化を鮮明に捉えられます。
電子顕微鏡との違いは何か
ナノテラス(放射光施設)と電子顕微鏡(SEMやTEM)の最も重要な違いは、観察に使う「光」(プローブ)の種類と、それによって「何が見えるか」という点です。ナノテラスは物質の「機能」を、電子顕微鏡は物質の「形」を主に捉えます。
ナノテラス vs. 電子顕微鏡:比較
項目 | ナノテラス(放射光施設) | 電子顕微鏡(SEM・TEMなど) |
プローブ(調べる光) | X線(放射光) | 電子線 |
得られる情報 | 物質の機能、化学結合、電子の状態、元素の種類。物質内部や厚みのある試料の非破壊分析も得意。 | 表面の立体的な形(SEM)や、原子配列(TEM)。微細構造の形態観察が得意。 |
観察可能な環境 | 真空以外(ガス中、液体中、高温高圧など)の自然な状態 | ほとんどが高真空(電子線が散乱するため) |
強み(ナノテラス特有) | 機能発現のメカニズム解明、リアルタイムの化学反応追跡。 | 極めて高い空間分解能(原子一つ一つ)での形態観察。 |
1. 根本的な違い:プローブの種類
- ナノテラス: X線を使います。X線は物質を透過する性質があるため、物質の内部や、原子・分子の化学結合の状態を調べることができます。特にナノテラスは、軟X線を使うことで、機能に直結する電子の状態を非常に高感度で捉えられます。
- 電子顕微鏡: 電子線を使います。電子線はX線よりも波長が短く、物質表面や薄い試料で強く相互作用するため、物質の形態(形)や原子配列を高倍率で見ることに優れています。
2. 相補的な関係
両者は競合するのではなく、お互いの弱点を補う相補的な関係にあります。
- 電子顕微鏡で物質の形(構造)をナノレベルで確認する。
- ナノテラスで、その物質がなぜその機能を発揮するのか(化学結合や電子状態)という原因をナノレベルで究明する。
この2つを組み合わせることで、新材料開発や生命科学における課題解決を飛躍的に加速させることができます。

電子顕微鏡は電子線で試料の表面形態を観察しますが、ナノテラスは高輝度X線で物質内部の化学結合や機能を原子レベルで解析します。それぞれ得られる情報が根本的に異なります。
どのような応用が考えられるのか
ナノテラスの最大の強みである「高輝度・軟X線によるナノレベルの機能可視化」は、基礎科学から先端産業まで、幅広い分野でのイノベーションにつながると期待されています。
特に、物質の機能に直結する電子の状態や化学反応の瞬間を捉えられるため、従来の技術では難しかった課題の解決に役立ちます。
1. エネルギー・環境分野
- 次世代電池・燃料電池: 電池の充放電時に電極材料や触媒の内部で、イオンや電子がどのように移動し、化学状態が変化しているかをリアルタイムで観察。これにより、高容量化、長寿命化、高効率化に貢献します。
- 触媒開発: 排ガス浄化や化学工業で使われる触媒が、反応中にどのように機能しているか(例:活性点の構造変化)をその場(オペランド)で解析し、より高効率な触媒を開発します。
- カーボンニュートラル技術:
の分離・回収材料や、新しい太陽電池材料(ペロブスカイトなど)のナノ構造を解析し、性能向上を図ります。
2. 材料・デバイス分野
- 半導体・電子デバイス: 半導体やメモリデバイスの微細な配線構造、界面、および材料内部の電子状態を評価し、低消費電力化や高性能化に貢献します。
- 高分子・ゴム材料: エコタイヤや免震ゴムなどに使われる高分子材料やフィラー(補強材)が、負荷や劣化の過程でナノレベルでどのように変化するかを観察し、耐久性や機能性を向上させます。
- 次世代磁石: 電気自動車などに使われる高性能磁石の内部で、N極とS極を分ける磁区構造を詳細に可視化し、より強力で省エネな磁石の開発を進めます。
3. バイオ・ヘルスケア分野
- 創薬・新薬開発: ウイルスやタンパク質の立体構造を詳細に解析し、病気のメカニズム解明や、それらを標的とする新しい医薬品の設計に役立てます。
- 生体材料: 人工関節や人工血管などの生体適合性材料と、体内の細胞や分子がどのように相互作用するかを解析し、より安全で高性能な材料の開発を促進します。
4. 食品・農業分野
- 食品の品質向上: パンや麺類、米などのデンプンのナノ構造を非破壊で解析し、「おいしさ」や「食感」のメカニズムを科学的に解明。食品の品質管理や新製品開発に利用します。
- 農産物の研究: 農作物の細胞壁の構造や、病害抵抗性に関わる組織をナノレベルで調べ、品種改良や栽培技術の最適化に役立てます。

ナノテラスの応用は、エネルギー・材料、バイオ、食品など多岐にわたります。高性能な電池や触媒の開発、ゴムなどの新素材の機能向上、新薬の創出や食品の品質解析など、原子・分子レベルの解析でイノベーションを加速します。
なぜ中小企業に浸透しないのか
ナノテラスが中小企業に浸透しにくい主な理由は、利用にかかる高いハードルと中小企業側のリソース不足にあります。ナノテラスのような最先端の研究施設は、中小企業の日常的な業務や経営体制に合致しにくい性質を持っているためです。
中小企業への浸透を妨げる主な要因
1. 専門知識と人材の不足
- 高度な専門性: 放射光を使った実験や、得られたデータの高度な解析には、物理学、化学、材料科学などの専門知識を持つ研究者が必要です。多くの中小企業には、こうした専門人材を自社で抱える余裕がありません。
- 「何ができるか」の理解不足: 自社の製品や課題に対してナノテラスの技術を具体的にどう活用できるかという応用イメージを持つことが難しい企業が多いです。
2. コストと時間のリスク
- 利用コスト: 施設の利用料や、実験の準備、滞在費、分析を外部に依頼する費用など、トータルコストが中小企業にとって大きな財政的負担となります。
- 投資対効果の不確実性: 研究開発は成果が出るまでに時間がかかる上、必ずしも成功するとは限りません。体力のない中小企業にとって、不確実な先端技術への投資は決断が困難です。
3. 利用プロセスの複雑さと地理的な課題
- 利用手続き: 施設の予約、実験計画の策定、安全管理の規定など、手続きが複雑で、慣れない企業にとっては大きな障壁となります。
- 地理的制約: 施設は仙台(東北大学)にあり、遠方の企業にとっては実験のために研究者を派遣する手間や費用がかかるため、利用頻度が限られます。
対策
こうした課題に対し、ナノテラス側や支援機関は、地域企業向けの利用枠、公設試験研究機関(公設試)を通じた橋渡し支援、専門家によるコンサルティング(コアリション・コンセプトなど)を提供することで、利用のハードルを下げる取り組みを進めています。

中小企業に浸透しないのは、主に高度な専門知識と高額な費用、専門人材の不足が壁となっているからです。ナノテラスを自社の課題にどう活用するかという知見やノウハウも不足しています。
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