この記事で分かること
- 顧客が少ない理由:2nmプロセスの需要がAI・HPCなど最先端用途に限定され、国内に大口顧客が少ないためです。また、TSMCなどの既存大手に比べ実績・信頼性、コスト競争力が十分でないという理由もあります。
- 現状の顧客:日本企業ではNTTグループが出資・連携しており、IOWN構想などでの活用が期待されますが、現時点で公表された大口の製造受託顧客は限られています。
- 先端ロジック半導体に特化する理由:経済安全保障上の危機回避と、競争激しいレガシー分野を避け、日本の強みを活かしつつ最先端技術を早期に獲得し、国際サプライチェーンで優位性を築くためです。
ラピダスの顧客確保の苦戦
ラピダスが2ナノメートル(nm)世代の次世代半導体の量産化を目指し、第2工場(通称「ラピダス・アイ」)の建設にも着手している一方で、顧客の確保が大きな課題として指摘されている、という報道されています。
日本の半導体産業復活の「切り札」とされるラピダスの、技術開発後の「事業化」フェーズにおける最大の難題を浮き彫りにしています。
第2工場の特徴と建設の目的は何か
ラピダスの第2工場は、最先端半導体の本格的な量産を目的とした中核拠点となる計画です。
第2工場(通称「ラピダス・アイ」または IIM-2)は、第1工場と連携し、2020年代後半の日本の半導体供給体制を担うために不可欠な施設です。
1. 建設の最大の目的:量産体制の確立
- 本格量産: 第1工場(IIM-1)が研究開発や試作(パイロットライン)の役割を担うのに対し、第2工場(IIM-2)は、ラピダスが掲げる2nm以下の最先端ロジック半導体の本格的な量産を担うことが最大の目的です。
- 量産開始目標: 報道では、IIM-1が2027年頃の量産開始を目指すのに対し、IIM-2は2030年度の量産開始を目標としているとされています。
2. 目指す半導体のレベル
- 先端ロジック: ターゲットとするのは、2ナノメートル(nm)以下のプロセスルールを持つ最先端のロジック半導体です。これは、AI、高性能コンピューティング(HPC)といった、最も処理能力が求められる分野での利用が想定されています。
3. 国家的な意義(経済安全保障)
- 国内生産: 現在、高性能な先端半導体は、その大半(約92%)が台湾などで生産されており、海外からの供給が途絶えるリスクが指摘されています。ラピダスは、半導体の国内生産を実現し、日本の経済安全保障上の重要なカードとなることを目指しています。
4. 建設地と拡張性
- 建設地: 北海道千歳市の千歳美々ワールド内に、第1工場に隣接して建設が進められています。
- 拡張性: 小池社長は、当初の2棟(IIM-1、IIM-2)に加え、将来的にさらに2棟程度を増設する可能性にも言及しており、長期的な拡張性が考慮された立地選定となっています。

ラピダス第2工場(IIM-2)の目的は、第1工場での開発を経て、2ナノメートル(nm)以下の最先端半導体の本格的な量産体制を確立することです。これは日本の経済安全保障と半導体供給安定化に不可欠な拠点となります。
顧客が少ない理由は何か
ラピダスが顧客確保に苦戦している主な理由は、以下の3点に集約されます。
1. 最先端プロセス(2nm)の需要が限定的
- 用途が狭い: ラピダスが目指す2nm(ナノメートル)世代のロジック半導体は、現時点ではAI、HPC(高性能コンピューティング)など、ごく一部の最先端用途でしか必要とされていません。
- 国内需要の少なさ: その限られた需要を持つ大手ファブレス企業(半導体の設計のみを行い、製造は外部委託する企業)の多くが海外(米国など)に集中しており、国内には2nmチップを必要とする大口顧客が少ない状況です。
2. 既存の大手ファウンドリとの競争
- 実績と信頼性の欠如: 半導体の製造受託(ファウンドリ)では、TSMC(台湾)やサムスン(韓国)といった先行企業が既に巨大な生産能力と長年の実績、顧客との強い信頼関係を持っています。
- 技術力以外の要素: 顧客(特に大手IT企業)が製造委託先を選ぶ際には、技術力だけでなく、安定供給の実績、歩留まりの高さ、そして価格競争力が非常に重要になります。設立間もないラピダスは、この実績と信頼性をこれから構築する必要があります。
3. 巨額の製造コストと価格競争力
- 初期投資の大きさ: 最先端プロセスの工場立ち上げには、兆円単位の巨額の初期投資が必要です。そのコストを回収し、既存大手と競合できる価格設定にするのが難しい側面があります。
- 「技術力だけでは売れない」: 報道でも指摘されている通り、高度な技術があっても、市場の価格と需給に合わせた戦略の未熟さが、顧客獲得の課題の一因とされています。
現在、ラピダスはセカンドベンダー(代替供給者)としての地政学的な需要や、高い信頼性を求める特定の顧客ニーズを掘り起こす戦略に注力していると見られています。

2nmプロセスの需要がAI・HPCなど最先端用途に限定され、国内に大口顧客が少ないためです。また、TSMCなどの既存大手に比べ実績・信頼性、コスト競争力をこれから築く必要があります。
日本企業の顧客はいるのか
ラピダスの現在の顧客獲得状況については、報道されている情報が限られています。
日本企業との関係
- ラピダスは、トヨタ自動車、NTT、ソニーグループ、デンソー、NEC、ソフトバンク、キオクシア、三菱UFJ銀行の国内大手8社が出資して設立されており、これらの企業とは強い繋がりと協力関係があります。
- 特にNTTグループは、ラピダスが目指す最先端の半導体製造技術を、NTTが進めるIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想における光電融合デバイスなどに活用する可能性が高く、主要な国内パートナーとして期待されています。実際に、NTTの社長がラピダスへの追加出資に前向きな姿勢を示すなど、連携を深めています。
海外企業の先行
- 公式に公表された初の顧客は、カナダのAIチップ企業であるテンストレント(Tenstorrentです(2024年2月発表)。
- この発表は、国費を投じているにもかかわらず最初の顧客が日本企業ではない、という点で注目されましたが、最先端AIチップ市場の主要プレイヤーが海外にいるという現実を反映しています。
現在の課題として指摘されているのは、国内の大口需要家(テンストレントのようなAIチップの開発元や、大規模なデータセンターを持つITジャイアント)がまだ十分に見えていない点です。

日本企業ではNTTグループが出資・連携しており、IOWN構想などでの活用が期待されますが、現時点で公表された大口の製造受託顧客は限られています。
先端メモリロジックに特化する理由
ラピダスがあえて失敗リスクの高い最先端ロジック半導体(2nm以下)に特化した理由は、主に以下の4つの戦略的な視点に基づいています。
1. 経済安全保障上の危機回避
- 地政学的リスク: 現在、最先端半導体の製造は台湾のTSMCに極度に集中しており、台湾有事などの地政学的なリスクが現実味を帯びています。
- 供給途絶の懸念: 日本を含む各国は、先端チップの供給が途絶える事態を避けたいと考えており、地政学的リスクの少ない地域(日本)に代替の製造拠点(セカンドベンダー)を確保することが国家的な急務となっています。ラピダスはこの役割を担うことを期待されています。
2. 「周回遅れ」からの脱却
- レガシー分野は競争激化: レガシー半導体は既に多くの国や企業が参入しており、競争が激しい上に、大きな収益を上げるのが難しい「レッドオーシャン」です。
- 先端技術の獲得: 日本の半導体産業は、最先端ロジックの分野で世界から大きく遅れをとっています。この状況を打破するため、米IBMとの技術提携などにより一気に最先端技術(GAAトランジスタ構造など)を導入し、技術の空白地帯を埋めることを優先しました。
3. 日本の強みを活かす戦略
- 装置・材料メーカーとの協業: 日本は半導体製造装置や材料の分野で依然として高い世界シェアを持っています。ラピダスは、これらの国内の強力なサプライヤーと緊密に連携することで、世界最速のサイクルタイム(開発から製造までの時間)短縮を目指すとしています。
- 特定のニッチな需要: 大量生産を主とするTSMCとは異なり、ラピダスは少量多品種の専用チップや、短納期を求める顧客に特化し、特定のニッチ市場を狙う戦略を模索しています。
4. 国の支援の方向性
- ラピダスへの巨額の国費支援は、「最先端技術の国内開発・量産化」という国家戦略に沿ったものであり、収益性は低いレガシー半導体の製造に充てることは、国の政策目標とは合致しません。
ラピダスは「既に勝負がついた市場(レガシー)」ではなく、「今後の需要拡大と地政学的ニーズが明確な最先端市場」に、日本の技術基盤を活用して一気に追いつき、国際的なサプライチェーンの一角を担うことを目指しているのです。

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