この記事で分かること
- 実質賃金とは:給料(名目賃金)が、実際にどれくらいのモノやサービスを買えるかを示す指標です。実質賃金=名目賃金÷消費者物価指数×100で求められます。
- 実質賃金の推移:日本の実質賃金は長期的な低迷傾向にあります。近年は物価上昇の影響が大きく、実質賃金が低下する状況が続いています。
- どのような向上案があるのか:企業が賃上げしやすい環境整備と労働者のスキルアップを促すことで、経済全体の生産性を向上させ、持続的な実質賃金上昇と成長型経済の実現を目指しています。
26年度予算での実質賃金上昇
政府は26年度予算で物価上昇を上回る賃金の上昇を目指す方針を示したことがニュースになっています。
https://news.tv-asahi.co.jp/news_politics/articles/900025848.html
日本経済は長らくデフレからの脱却と持続的な成長が課題とされてきました。その中で、実質賃金(物価変動を考慮した賃金)の持続的な上昇は、消費を刺激し、企業収益の拡大につながる好循環を生み出す鍵とされています。
政府は、この好循環を確立し、成長型経済を実現するために、賃上げを起点とした政策を打ち出していると見られます。
実質賃金とはなにか
「実質賃金」とは、私たちが受け取るお給料(名目賃金)が、実際にどれくらいのモノやサービスを買えるかを示す指標です。簡単に言うと、「お金の価値」を考慮した賃金のことです。
名目賃金と実質賃金の違い
- 名目賃金:
- 給与明細に書かれている、実際に銀行口座に振り込まれる金額そのものです。
- 物価の変動は考慮されません。
- 例えば、お給料が「20万円」であれば、それが名目賃金です。
- 実質賃金:
- 名目賃金から、物価の変動(主に物価上昇、つまりインフレ)の影響を差し引いて計算されます。
- 私たちが「どれだけ豊かになったか」をより正確に表します。
- 同じ名目賃金でも、物価が上がれば買えるモノやサービスは減るので、実質賃金は下がったことになります。逆に、物価が下がれば、同じ名目賃金でも買えるモノやサービスは増えるので、実質賃金は上がったことになります。
計算方法
実質賃金は、以下の計算式で求められます。
実質賃金=名目賃金÷消費者物価指数×100
(消費者物価指数は、基準となる時点の物価を100として、現在の物価がどの程度変化したかを示す指標です。)
具体例
例えば、
- 昨年
- 名目賃金:30万円
- 消費者物価指数:100
- 今年
- 名目賃金:31.5万円(名目賃金が5%上昇)
- 消費者物価指数:105(物価が5%上昇)
この場合、
- 昨年の実質賃金: 30万円÷100×100=30万円
- 今年の実質賃金: 31.5万円÷105×100=30万円
名目賃金は5%増えましたが、物価も5%上がったため、実質的に買えるモノやサービスの量は変わらず、実質賃金は横ばいとなります。
もし、名目賃金が5%上がったのに、物価が7%上がっていたら、実質賃金は下がったことになります。つまり、給与の額面は増えても、生活が苦しくなったと感じる状況です。
なぜ実質賃金が重要なのか
実質賃金は、個人の購買力(モノやサービスを買う能力)を直接的に示すため、私たちの生活実感に深く関わってきます。ニュースなどで「実質賃金が何ヶ月連続でマイナス」といった報道がある場合、それは給与の額面が増えていても、物価上昇の影響で、以前よりも買えるモノやサービスが減っていることを意味し、家計が圧迫されている状況を示唆しています。
政府が「実質賃金1%上昇」という目標を掲げるのは、物価上昇に見合った、あるいはそれを上回る賃上げを実現し、国民の生活水準を向上させることを目指しているからです。

実質賃金とは、給料(名目賃金)が、実際にどれくらいのモノやサービスを買えるかを示す指標です。実質賃銀の上昇は国民の生活水準を向上させるためにも非常に重要です。
具体的な実質賃金向上の方法は
日本政府が実質賃金を上げるために、2026年度予算に向けて、複数の政策を複合的に進める予定です。主なアプローチは以下の通りです。
1. 賃上げ促進税制の強化と継続
- 企業へのインセンティブ付与: 賃上げを実施した企業に対して、法人税の税額控除などの優遇措置を適用します。特に、大企業・中堅企業では最大35%、中小企業では最大45%の税額控除率が設けられており、より高い賃上げ率(大企業向けに5%や7%などの要件も)を達成した場合には、さらに高い税額控除が適用されるようになります。
- 適用期限の延長: 賃上げ促進税制は、令和8年度末(2026年度末)まで適用期限が延長されています。これは、企業が中長期的に賃上げに取り組むことを促す狙いがあります。
- 教育訓練費や子育て支援への上乗せ: 教育訓練費の増加や、子育て・女性活躍支援に積極的な企業への上乗せ措置も盛り込まれており、単なる賃上げだけでなく、従業員のスキルアップや働きやすい環境整備も同時に促します。
2. 適正な価格転嫁の促進
- 下請け法改正と運用強化: 物価上昇分や人件費上昇分を、親事業者から下請け・受注側へ適切に転嫁できるよう、下請代金支払遅延等防止法(下請法)の改正が進められています。2026年1月1日施行予定の改正法では、適用の対象が拡大され、発注者が受注者と適切に価格協議を行わず一方的に支払代金を決めることを禁止します。
- 取引慣行の見直し: 約束手形の利用廃止(2026年目標)や、運送事業における荷役・荷待ち時間の解消など、取引慣行そのものを見直し、サプライチェーン全体で適正な価格形成がされるよう働きかけを強化します。
- 「振興基準」の改正: 下請中小企業振興法に基づく「振興基準」を改正し、「買いたたき」の解釈を明確化するなど、より具体的な指導基準を設けることで、中小企業が適正な対価を得られる環境を整備します。
3. 医療・介護分野の賃上げ
- 診療報酬・介護報酬改定: 医療・介護分野では、診療報酬や介護報酬の改定を通じて、そこで働く職員の賃上げを促します。2025年度からの介護職員等処遇改善加算(新加算)の本格適用や、2026年度の診療報酬改定において物価・賃金上昇分を考慮した「真水での対応」が求められています。
4. 労働市場改革と人材投資
- リスキリング(学び直し)の推進: 労働者が新たなスキルを習得するための支援を強化し、成長分野への労働移動を促進します。これにより、労働者の生産性向上と、より高い賃金が得られる仕事へのアクセスを支援します。
- 「三位一体の労働市場改革」: 岸田政権が掲げるこの改革では、「能力向上支援(リスキリング)」「円滑な労働移動の支援」「職務給(ジョブ型雇用)への移行促進」を柱とし、労働者の生産性向上と賃金上昇を後押しします。
- デジタル人材の育成: デジタル技術の進展に対応できる人材を育成し、生産性向上に貢献できる人材を増やすことで、経済全体の賃上げを促進します。
5. 国内投資の拡大とイノベーションの加速
- GX(グリーントランスフォーメーション)投資: 脱炭素化に向けた大規模な投資を促進し、新たな産業や雇用を創出します。2026年度から排出量取引制度の本格稼働が予定されており、これにより企業のGX投資が加速することが期待されます。
- DX(デジタルトランスフォーメーション)投資: 企業のDX推進を支援し、業務効率化や新たなビジネスモデルの創出を通じて生産性向上と高付加価値化を図ります。
- スタートアップ支援: 成長性の高いスタートアップ企業への投資を促進する「エンジェル税制」の拡充や、資金調達支援などを行い、イノベーションを創出しやすい環境を整備します。これにより、高成長企業が生まれ、雇用と賃金を牽引することを期待します。

賃上げ促進税制の強化と継続、価格転嫁の促進、生産性の向上などによって、企業が賃上げしやすい環境を整備し、労働者のスキルアップを促すことで、経済全体の生産性を向上させ、持続的な実質賃金上昇と成長型経済の実現を目指しています。
日本の実質賃金はどのように推移してきたのか
日本の実質賃金は、過去30年以上にわたって低迷傾向が続いています。特に1990年代半ば以降、欧米諸国が着実に実質賃金を上昇させてきたのに対し、日本は横ばい、あるいは微減傾向にあります。
1. 1990年代以降の低迷
- 長期的停滞: 1997年と2022年を比較すると、日本の平均賃金は微増にとどまるか、年齢階層によっては低下しているというデータもあります。OECDの比較では、日本の賃金は国際的に見て最下位グループに位置し、アメリカの約半分、韓国よりも低い水準となっています。
- 国際比較での顕著な差: 1991年から2020年にかけての実質賃金の推移を見ると、アメリカやイギリスが1.4倍程度上昇しているのに対し、日本は1.03倍とわずかな上昇にとどまっています。
2. アベノミクス期(2012年以降)
- 名目賃金の上昇と実質賃金の低迷: アベノミクスが始まって以降、名目賃金は上昇傾向にありましたが、消費者物価指数(インフレ)の上昇がそれを上回ったため、実質賃金は低下する傾向が見られました。
- 労働時間短縮の影響: 一人当たりの実質賃金指数を見ると低下していますが、一人当たりの平均総労働時間で割った「時間当たり実質賃金」を試算すると、2012年度から2021年度にかけては上昇しているという見方もあります。これは、労働参加率が上昇し、労働時間が短く賃金水準が低い女性や高齢者の労働者が増加したことが背景にあるとされています。
- 実質雇用者報酬: マクロで見ると、経済全体で生み出された付加価値のうち、雇用者に回る割合(労働分配率)は低下しておらず、実質雇用者報酬は増加したという指摘もあります。
3. 2020年代の動向
- 直近のマイナス: 2022年は実質賃金指数が前年比でマイナスとなり、2年連続の減少となりました。2023年以降も、物価高の影響で実質賃金は前年同月比でマイナスが続く状況が見られます。
- 所定内給与の上昇傾向: 一方で、残業代などを除いた基本給である所定内給与は、上昇傾向が見られます。物価上昇に見劣りしないレベルまで所定内給与が上昇しているという分析もあります。
- 今後の見通し: 最低賃金の引き上げや、2025年春闘に向けての賃上げ機運の醸成など、先行きの実質賃金の上昇が期待される動きも出てきています。
実質賃金低迷の主な要因
- インフレの影響: 物価上昇率が名目賃金の上昇率を上回ると、実質賃金は低下します。特に近年は輸入物価の高騰(交易条件の悪化)が実質賃金を押し下げる要因となっています。
- 労働生産性の停滞: 労働生産性の上昇が鈍いことも、賃金が上がりにくい一因とされています。
- 非正規雇用の増加: 正規雇用者と非正規雇用者の間の賃金格差が大きく、非正規雇用者の実質賃金の伸びが低い傾向にあります。
- 企業の賃上げ抑制: 多くの企業が、将来の経済不確実性やグローバル競争の激化から、人件費抑制に慎重な姿勢を取ってきたことも影響しています。
- 労働時間の減少: 長時間労働の是正などで労働時間が減少したことも、一人当たりの実質賃金指数の低下要因として挙げられます。

日本の実質賃金は長期的な低迷傾向にあり、その背景には様々な経済的・社会的な要因が複雑に絡み合っています。近年は物価上昇の影響が大きく、実質賃金が低下する状況が続いています。
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