この記事で分かること
- 売りが続く理由:米国の対中半導体規制強化の懸念が主因です。加えて、AIブームで高騰した株価の利益確定売りや、AI需要の鈍化懸念も重なり、半導体関連株は売られています。
- AIへの懐疑論:AIへの巨額投資に対し、企業の実際の導入や明確な収益化が遅れており、市場の過度な期待と実態に乖離があると指摘する見方です。
- シリコンサイクルとは:半導体業界特有の景気変動で、約3~4年周期で好況と不況を繰り返す現象です。需要増→設備投資→供給過剰→価格下落→減産→需要回復というサイクルを繰り返します。
半導体業界全体で売りが続いている理由
2025年7月29日午前の東京株式市場では、日経平均株価が前日終値比374円95銭安の4万0623円32銭で午前の取引を終えました。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOFL290WS0Z20C25A7000000/
この下落の背景には、高値警戒感に加え、主要企業の4~6月期決算発表が本格化する中で、いったん利益確定や持ち高整理の売りが出やすくなっている状況があるようです。特に半導体関連株に売りが出ており、その中でもレーザーテックが急落しています。
前回の記事では、レーザテックについての解説でしたが、今回は、半導体業界全体で売りが続いている理由やシリコンサイクルについての解説となります。
半導体関連株が売られている理由は何か
半導体関連株が売られている主な理由は、複数の要因が絡み合っています。特に最近の動きとしては、以下の点が挙げられます。
米国の対中半導体規制の厳格化懸念
- 2024年7月17日(日本時間)にブルームバーグ通信が「米国が対中半導体規制でさらに厳しいルールを検討していると同盟国に警告した」と報じたことが、大きな売り材料となりました。具体的に、日本やオランダの半導体製造装置大手(東京エレクトロン、ASMLホールディングなど)が名指しされたことで、これら企業の株価が急落しました。中国は半導体の主要な市場であり、規制強化は企業の収益に悪影響を与えるとの懸念が広がっています。
高値圏での利益確定売り
- 半導体関連株は、特にAIブームを背景に、これまで大きく上昇してきました。このため、株価が高値圏にある状況で、少しでもネガティブなニュースが出ると、投資家が利益を確定しようとする動き(利益確定売り)が強まります。SOX指数(フィラデルフィア半導体株指数)のバリュエーション(PERなど)が高まっていたことも、利益確定売りの口実となりやすかったと見られます。
AI需要の成長鈍化懸念(一部)
- 一部では、AI関連サービスの実需が市場の期待ほど伸びていないのではないかという懸念や、AI市場の成長性に関する懐疑論も浮上しており、これが半導体株の調整につながっているという見方もあります。特に、高PER(株価収益率)で買われていた銘柄には、成長鈍化の兆しが見えると失望売りが出やすい傾向があります。
地政学的リスクと米大統領選挙への警戒
- 米中対立の激化や、米国大統領選挙で対中強硬派とされるトランプ氏の再選確率が高まったとの見方も、投資家の警戒感を高め、半導体関連株の売りにつながっている可能性があります。
一方で、半導体市場全体の長期的な見通しは依然として明るいとされています。
- AI、IoT、5G/6G、自動運転といった技術革新が、今後も半導体需要を持続的に拡大させると予測されています。
- 2024年の世界半導体市場は、メモリ価格の上昇やAI関連の需要拡大により、大幅に回復し過去最高を更新する見込みです。
- 半導体製造装置市場も、中国市場の好調さやAI関連投資により、2024年度は大きく成長すると予測されています。
短期的には米国の規制強化や利益確定売りといった要因で株価が調整していますが、中長期的な半導体市場の成長ポテンシャルは依然として高いと見る向きも多く、株価が下がった局面は中長期的な投資の機会と捉える声もあります。

米国の対中半導体規制強化の懸念が主因です。加えて、AIブームで高騰した株価の利益確定売りや、AI需要の鈍化懸念も重なり、半導体関連株は売られています。
AIが市場の期待ほど伸びていないのではないかという懸念の根拠は
AI関連サービスの実需が市場の期待ほど伸びていないのではないかという懸念には、いくつかの根拠が挙げられます。これは、主に以下の点から読み取ることができます。
- AI投資の先行と収益化の遅れ:
- AI(特に生成AI)の開発には莫大な設備投資(GPUなどの半導体、データセンターの構築、電力など)が必要ですが、現時点ではその投資に見合うだけの明確な収益モデルや大規模な収益化が確立されていないという見方があります。
- 多くのAIスタートアップ企業がまだ資金を消耗する段階にあり、短期間で大きな利益を上げるのが難しい状況にあると指摘されています。
- 企業におけるAI導入の現状と課題:
- 企業がAI、特に生成AIの導入を検討している割合は高いものの、実際に本格的に活用している企業はまだ限定的であるという調査結果があります。例えば、一部の調査では生成AIの活用にとどまっている企業は17.3%に過ぎないという報告もあります。
- 企業がAI導入に際して抱える課題として、「AI運用の人材・ノウハウ不足」「情報の正確性の確保」「どの業務で活用すべきか不明確」などが上位に挙げられています。また、「セキュリティとプライバシー保護の課題」「著作権侵害や機密漏洩のリスク」なども懸念されています。
- レガシーシステムとの統合の難しさや、AI導入にかかる初期コストとROI(投資対効果)の不透明さも、企業がAIの実装を躊躇する要因となっています。
- 「AIバブル」への警戒感:
- AI関連株(特に半導体関連株)は、将来への大きな期待から株価が先行して大きく上昇してきました。このため、現在のバリュエーション(企業評価)が、今後の数年間の成長を既に織り込んでいる、あるいは過大評価されているという指摘があります。
- 過去のITバブル崩壊の経験から、期待先行で実需が伴わない場合、株価の調整が起こる可能性があるという警戒感が存在します。
- 特定の企業のデータセンター投資削減の報道:
- 一部の主要なIT企業が、データセンターへの投資を削減する意向を示したという報道が過去にありました。これは、AI開発に必要なインフラ投資のペースが鈍化する可能性を示唆し、AI半導体の需要に影響を与えるとの懸念につながりました。
これらの根拠は、AIが長期的に大きな可能性を秘めている一方で、短期的には企業での実運用や収益化に課題があること、そして市場の期待値が先行しすぎている可能性を示唆しています。このギャップが、半導体関連株などのAI関連銘柄における「実需不足懸念」の根拠となっています。

AIへの巨額投資に対し、企業の実際のAI導入や収益化に課題が多く、期待されたほどのビジネス成果が出ていないとの見方が根拠。高バリュエーションへの警戒感も背景があります。
AI市場の成長性に関する懐疑論とは
AI市場の成長性に関する懐疑論とは、以下のようにAI、特に生成AIに対する現在の市場の熱狂的な期待に対し、実際のビジネスへの浸透度や、それによる具体的な収益化が期待通りに進むのか疑問視する見方を指します。
過剰な投資と収益のミスマッチ
- 大手テクノロジー企業はAIインフラ(GPU、データセンターなど)に年間数千億ドル規模の巨額な投資を行っています。しかし、その投資に見合うだけの具体的なAIアプリケーションからの収益が、現時点ではまだ十分に確立されていない、あるいは遅れているという指摘があります。これは「投資先行、収益遅延」の構造と言えます。
企業におけるAI導入・活用への障壁
- 多くの企業がAI導入に強い関心を示しているものの、実際に全社的に本格的なAI活用ができていない現状があります。主な障壁として、以下が挙げられます。
- 人材・ノウハウ不足: AIを使いこなせる専門人材や、具体的な活用方法に関するノウハウが不足している。
- データの課題: AI学習に必要な質の高いデータが不足している、あるいはデータガバナンスが確立されていない。
- セキュリティとプライバシー: 機密情報の漏洩リスク、著作権侵害、ハルシネーション(AIが誤った情報を生成すること)といったリスクへの懸念。
- ROIの不透明さ: AI導入にかかるコスト(初期費用、運用費用)に対し、どの程度の投資対効果が得られるのかが不明確。
- レガシーシステムとの統合の難しさ: 既存のITシステムとAIをシームレスに連携させるのが難しい。
- ユースケースの特定: どの業務にAIを適用すれば最大の効果が得られるのか、具体的なユースケースを特定できていない。
「AIバブル」への警戒
- AI関連株(特に半導体関連株)は、将来への大きな期待感から株価が急速に上昇し、非常に高いバリュエーションで取引されています。この状況が、過去のITバブルを想起させ、実体経済との乖離や過熱感を懸念する声があります。もし実需の伸びが期待に追いつかなければ、株価の調整が起こる可能性が指摘されます。
AIの限界と課題の露呈
- 生成AIの登場で大きな注目を集めましたが、その一方で、ハルシネーションの問題、倫理的な課題、著作権問題、AIによる偏見の助長といった側面も顕在化しています。これらの課題が、AIの本格的な社会実装を遅らせる要因となり得るという見方もあります。
AI市場の成長性に関する懐疑論は、AI技術のポテンシャル自体を否定するものではなく、「技術の進展速度と、それによるビジネスへの具体的な貢献・収益化の速度にはギャップがあるのではないか」という現実的な視点から来るものです。このギャップが、市場の過度な期待を冷まし、株価調整の要因となることがあります。

AI市場の成長性に関する懐疑論とは、AIへの巨額投資に対し、企業の実際の導入や明確な収益化が遅れており、市場の過度な期待と実態に乖離があると指摘する見方です。
シリコンサイクルとは何か
シリコンサイクルとは、半導体業界特有の景気変動サイクルを指します。半導体の主原料であるシリコンにちなんで名付けられ、以下のようにおおよそ3年から4年周期で好況と不況を繰り返すのが特徴です。
需要の急増と供給不足(好況期)
- 新技術(例:PC、スマホ、AI、IoT)の登場や普及により、半導体需要が急増します。
- しかし、半導体工場(ファブ)の建設には莫大な投資と数年の時間がかかるため、需要に供給がすぐに追いつかず、半導体は品薄状態となり価格が上昇、メーカーは好業績となります。
設備投資と供給過剰(不況期)
- 好況を受けて、各メーカーは大規模な設備投資を行い、生産能力を増強します。
- 数年後、これらの工場が稼働し始めると、供給が需要を上回り、半導体の在庫が増加します。
- これにより激しい価格競争が発生し、半導体価格は下落、メーカーの業績は悪化します。
減産と回復への準備
- 不況期には、メーカーは減産を行い、在庫削減とコスト削減に努めます。
- この間に、次なる需要を喚起するような新たな技術革新や製品開発が進められ、再び需要が増加するサイクルへと移行します。
このように、半導体業界は技術革新と設備投資のタイムラグ、そして需給バランスの変動によって、景気が循環する特性を持っています。

シリコンサイクルとは、半導体業界特有の景気変動で、約3~4年周期で好況と不況を繰り返す現象です。需要増→設備投資→供給過剰→価格下落→減産→需要回復というサイクルを繰り返します。
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