この記事で分かること
- 電気自動車向け減速機とは:電気自動車のモーター回転数を調整し、タイヤに適切なトルク(回転力)を伝える部品です。これにより、効率的な加速、スムーズな走行、静粛性の確保、そして電費向上に貢献します。
- 樹脂にするメリット:軽量化、コスト削減、設計自由度の向上、静粛性向上などがメリットとなります。
- 樹脂する難しさと対処方法:樹脂化の難しさは、高強度・耐熱性・寸法安定性の確保です。オティックスは、高性能樹脂の選定や精密成形技術、長年培ったギア設計ノウハウでこれらを克服し、2030年度の量産を目指しています。
オティックスの樹脂製電気自動車向け減速機部品
オティックスが電気自動車(EV)向け減速機の部品を樹脂に切り替えるという取り組みを行っていることがニュースになっています。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOFD19BME0Z10C25A6000000/
この取り組みが成功すれば、オティックスはEV市場において競争力を高めることができ、EVの普及にも貢献する可能性があります。
EV減速機とは何か
EV減速機(Electric Vehicle Reducer)とは、電気自動車(EV)に搭載される重要な部品で、モーターの回転数を調整し、適切なトルク(回転力)をタイヤに伝える役割を担っています。
従来のガソリン車における「トランスミッション」に相当する部品だと考えると分かりやすいでしょう。ただし、EVのモーターは内燃機関に比べて非常に高速で回転できる特性があるため、ガソリン車の複雑な多段変速機は不要な場合が多く、よりシンプルな構造の「減速機」が用いられます。
EV減速機の主な役割
- トルクの増幅: EVのモーターは低速域から高いトルクを発生できますが、車両を効率的に加速させたり、坂道を登ったりする際には、さらに大きなトルクが必要です。減速機はモーターの高速回転を減速することで、その分トルクを増幅させ、スムーズな走行を可能にします。
- 回転数の調整: モーターは非常に高回転で動作するため、そのままではタイヤに伝わる回転数が過剰になります。減速機によって回転数を適切な範囲に調整し、タイヤが効率よく路面を捉えるようにします。
- モーターの保護と効率向上: 減速機を介することで、モーターにかかる負荷を軽減し、モーターの寿命を延ばす効果もあります。また、モーターが最も効率の良い回転数で動作するように調整することで、電費(燃費に相当)の向上にも貢献します。
- 静粛性の確保: EVはエンジン音がないため、減速機から発生するギアノイズが目立ちやすくなります。そのため、EV減速機には高精度な歯面仕上げ技術などにより、低騒音化が求められます。
EV減速機の構造と種類
EV減速機は主に歯車(ギア)の組み合わせによって構成されています。大小異なる歯車をかみ合わせることで、回転速度を減少させ、その分トルクを増加させる仕組みです。
主な種類としては、モーターの出力軸と同軸に減速機を配置する「同軸e-Axle」と、複数の軸を用いて減速を行う「平行軸e-Axle」があります。同軸e-Axleは、e-Axle(モーター、インバーター、減速機を一体化したもの)全体をコンパクトにしやすいというメリットがあります。
減速機とトランスミッション(変速機)の違い
厳密には、減速機とトランスミッションは異なります。
- 減速機: 主に回転数を一定の比率で減速し、トルクを増幅させることを目的としています。EVでは基本的にモーターの広いトルクレンジを活かせるため、多段の変速は不要な場合が多く、シンプルな構造の減速機が用いられます。
- トランスミッション(変速機): 複数のギア比を持ち、走行状況に応じてギアを切り替えることで、エンジン(またはモーター)の回転数を効率的に利用し、車両の速度とトルクを最適化します。ガソリン車では必須の部品です。一部の高性能EVやレース用EVでは、効率向上やさらなる加速のために多段トランスミッションが搭載されることもあります。
オティックスの取り組みのように、EV減速機の部品を金属から樹脂に切り替えることは、軽量化やコスト削減、さらには静粛性の向上にも繋がる可能性があり、EVの進化において注目される技術開発の一つです。

EV減速機は、電気自動車のモーター回転数を調整し、タイヤに適切なトルク(回転力)を伝える部品です。これにより、効率的な加速、スムーズな走行、静粛性の確保、そして電費向上に貢献します。
EV減速機は従来どんな材料で作られるのか
EV減速機の主要な部品であるギアやハウジング(ケース)は、従来、主に以下の金属材料で作られてきました。
- スチール(鋼材): 特にギアなどの歯車部分には、強度と耐久性が求められるため、高強度なスチールが広く使用されてきました。熱処理を施すことで、さらに硬度や耐摩耗性を高めることができます。
- アルミニウム合金: 減速機のハウジング(ケース)には、軽量化のためにアルミニウム合金が用いられることが多いです。アルミダイカストなどの技術で複雑な形状に成形され、軽量でありながらも一定の強度を確保しています。
- 鋳鉄: 一部の減速機の部品や、より重厚な構造が求められる場合に鋳鉄が使われることもありますが、EVにおいては軽量化が重視されるため、アルミ合金に置き換えられる傾向にあります。
これらの金属材料は、強度、耐久性、熱伝導性といった機械的特性に優れており、高速回転や大きなトルクがかかる減速機には不可欠なものでした。

EV減速機は従来、ギア部分には強度と耐久性に優れたスチール(鋼材)が、軽量化が求められるハウジング(ケース)にはアルミニウム合金が多く使われていました。
樹脂にするメリットは何か
EV減速機などの自動車部品を金属から樹脂に切り替えることには、主に以下の大きなメリットがあります。
軽量化
- これが最大のメリットです。樹脂は金属(特に鉄)に比べて比重が非常に軽いため、部品の樹脂化によりEVの総重量を大幅に削減できます。
- EVにおいて軽量化は、バッテリーの消費を抑え、航続距離の延長や電費の向上に直結します。また、運動性能の向上にも寄与します。
コスト削減
- 樹脂は金属に比べて原材料費が比較的安価な場合があります。
- 射出成形などの成形加工が容易なため、複雑な形状の部品でも一体成形が可能になります。これにより、複数の金属部品を組み合わせる場合に比べて部品点数や組み立て工程を削減でき、製造コストを大幅に低減できます。
設計の自由度向上
- 樹脂は成形性が高く、複雑な形状や機能一体型の部品を比較的容易に実現できます。これにより、よりコンパクトな設計や、従来金属では難しかった斬新なデザインも可能になります。
静粛性の向上
- 樹脂は金属に比べて振動吸収性や制振性に優れているため、ギアの噛み合いから発生する騒音や振動を低減する効果が期待できます。EVはエンジン音がないため、走行中の静粛性が重視されており、この点は大きなメリットとなります。
防錆性・耐薬品性
- 金属のように錆びる心配がなく、特定の薬品に対する耐性も高いため、使用環境の制約を減らせる場合があります。
生産性の向上
- 射出成形などによる大量生産に適しており、サイクルタイムが短いため、生産効率が向上します。

樹脂化のメリットは、主に軽量化(EV航続距離延長に貢献)、コスト削減(部品点数・工程削減)、設計自由度の向上、静粛性向上(騒音低減)です。
樹脂にする難しさとオティックスの対処方法は
EV減速機部品の樹脂化は多くのメリットがある一方で、実現にはいくつかの技術的な「難しさ」が伴います。
樹脂化の難しさ
- 強度・耐久性の確保:
- 課題: 減速機はモーターの大きなトルクを受け止め、高速回転するギアが噛み合うため、非常に高い機械的強度と耐久性(特に耐摩耗性、耐疲労性)が求められます。一般的な樹脂は金属に比べてこれらの特性が劣ります。特にギア部分には、瞬間的な高負荷や長期間の使用による摩耗、破損のリスクがあります。
- 対処方法: オティックスがどのような具体的な樹脂を採用するかは公表されていませんが、一般的には、
- 高性能エンジニアリングプラスチック(スーパーエンプラ)の使用: PEEK(ポリエーテルエーテルケトン)やPPS(ポリフェニレンサルファイド)、PAI(ポリアミドイミド)などの高強度・高剛性・高耐摩耗性を持つ樹脂を採用することが考えられます。
- 繊維強化プラスチック(FRP): 炭素繊維やガラス繊維などを樹脂に配合することで、強度と剛性を飛躍的に向上させます。これにより、金属に匹敵する、あるいはそれを超える強度を実現できる可能性があります。
- 最適なギア歯形設計: 樹脂の特性を最大限に活かし、かつ負荷を分散させるための精密なギア歯形設計が不可欠です。
- 耐熱性の確保:
- 課題: EV減速機は、モーターやギアの摩擦熱、さらには周囲の温度(特に夏場の高温環境下や高速走行時)によって高温になります。一般的な樹脂は熱に弱く、高温下で軟化したり、変形したりする可能性があります。これにより、ギアの噛み合い精度が狂い、性能低下や破損に繋がる恐れがあります。
- 対処方法:
- 高耐熱性樹脂の選定: 連続使用温度が非常に高いスーパーエンプラ(上記PBI、PI、PEEKなど)を選定します。
- 熱マネジメント: 減速機内の熱の発生を抑え、効率的に放熱する設計や、冷却システムとの連携が重要になります。潤滑油の選定も重要です。
- 寸法安定性:
- 課題: 樹脂は金属に比べて熱膨張係数が大きく、温度変化によって寸法が変化しやすい特性があります。減速機のギアは非常に高い精度が求められるため、わずかな寸法の変化でも噛み合い不良や異音、振動の原因となります。また、吸湿による寸法変化も考慮する必要があります。
- 対処方法:
- 低熱膨張率樹脂の選定: ガラス繊維や炭素繊維を配合することで、熱膨張係数を抑制することができます。
- 精密成形技術: 高度な射出成形技術により、高精度な部品を安定して生産します。
- 設計段階での熱膨張考慮: 使用温度範囲全体での寸法の変化を予測し、設計に織り込む。
- 潤滑油との相性:
- 課題: 減速機には潤滑油が使用されますが、一部の樹脂は特定の潤滑油と化学反応を起こし、劣化する可能性があります。
- 対処方法:
- 潤滑油との適合性評価: 使用する樹脂と潤滑油の組み合わせについて、事前に徹底的な耐久性・劣化評価を行います。
- 耐薬品性に優れた樹脂の選定: 潤滑油に対して安定した特性を持つ樹脂を選定します。
- 量産技術の確立:
- 課題: 研究開発段階で成功しても、自動車部品として求められる品質とコストで大量生産する技術を確立するのは容易ではありません。
- 対処方法:
- 金型技術の高度化: 高精度な樹脂部品を安定して生産するための金型技術の開発。
- 成形条件の最適化: 樹脂の流動性や固化特性を考慮し、最適な成形条件を見つけ出す。
- 品質管理体制の構築: 大量生産における品質のバラつきを抑えるための厳格な品質管理体制。
オティックスは長年培ってきた自動車部品製造のノウハウ、特にギアや駆動部品に関する知見を活かし、これらの課題に取り組んでいると推測されます。2030年度ごろの量産開始を目指していることから、現在も検証と技術開発が活発に進められている段階にあると考えられます。

樹脂化の難しさは、高強度・耐熱性・寸法安定性の確保です。オティックスは、高性能樹脂の選定や精密成形技術、長年培ったギア設計ノウハウでこれらを克服し、2030年度の量産を目指しています。
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