この記事で分かること
- 海底送電ケーブルとは:海や湖の底に敷設され、陸上と離島、または洋上風力発電所などと陸を結び、電力を伝送する特殊なケーブルです。過酷な海中環境に耐えるよう、高強度な補強材などで保護されています。
- 補強材としての鋼線の課題:鋼線は非常に重いため、ケーブル全体の自重が著しく増加します。これにより、深海への敷設時に必要な引張力が膨大となり、敷設船への負担増やコスト増、さらに長距離輸送や作業の難易度が高まるため、不向きとされます。
- アラミド繊維が使用されるようになっている理由:洋上風力発電の大規模化・深海化により、従来の鋼線の重さが課題となるためです。鋼線では敷設コスト増、作業難易度上昇、腐食の問題がある一方、アラミド繊維は軽量・高強度で、コスト削減と信頼性向上に貢献するためです。
海底送電ケーブルとその補強材
帝人グループは、高強度アラミド繊維を海底送電ケーブルの補強材として積極的に活用しています。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC02C3C0S5A700C2000000/
洋上風力発電の導入が進む中で、より深く、より遠くへ送電するための長距離・高電圧の海底ケーブルの需要が高まっており、軽量で高強度なアラミド繊維の重要性はますます増しています。
帝人グループは、これらのアラミド繊維の優れた特性を活かし、海底送電ケーブルだけでなく、係留索や海洋構造物の補強材など、海洋分野における幅広い用途での採用拡大を進めています。
前回の記事では、アラミド繊維全般に関する解説でしたが、今回は海底送電ケーブルとその補強材に関する解説となります。
海底送電ケーブルとは何か
海底送電ケーブルとは、海や湖の底に敷設され、電力を伝送するための特殊なケーブルです。陸上の送電網では対応できない、以下のような様々な目的で利用されます。
主な役割
- 離島への電力供給: 本土から離れた離島へ安定した電力を送るために不可欠です。
- 洋上風力発電など再生可能エネルギーの送電: 洋上(海上)に設置された風力発電設備などで発電された電力を陸上へ送る「動脈」となります。
- 国際間・地域間の電力融通: 国境を越えて電力系統を接続したり、異なる地域の電力系統を連携させたりすることで、電力の安定供給や効率的な運用に貢献します。
- 過疎地・遠隔地への送電: 山間部や遠隔地など、陸上での送電線建設が困難な場合に、海を経由して電力を供給する手段としても利用されます。
海底送電ケーブルの構造的特徴
陸上の送電ケーブルと異なり、海底という非常に過酷な環境で使用されるため、その構造は特別な配慮がされています。主な構成要素は以下の通りです。
- 導体: 電流を流すための中心部分で、主に銅やアルミニウムが使われます。
- 絶縁体: 導体から電気が漏れないように覆う層で、架橋ポリエチレン(XLPE)や絶縁紙に絶縁油を含浸させたMI(Mass Impregnated)ケーブルなどがあります。高電圧のケーブルでは、水の浸入を防ぐために鉛シースなどが用いられます。
- 水密層: 内部への水の浸入を防ぐための層。
- 補強層(鎧装:がい装): 敷設時や運用中にケーブルにかかる引っ張り力や外部からの物理的な衝撃(アンカー、漁具、岩など)からケーブルを保護するための層です。鋼線や高強度アラミド繊維などが使用されます。
- 外装(保護層): 最も外側を覆う層で、耐候性や耐腐食性を高め、摩耗などから内部を保護します。
種類
海底送電ケーブルには、送電方式によって主に以下の種類があります。
- 交流(AC)ケーブル: 比較的短距離の送電に適しており、主に洋上風力発電と陸上を結ぶケーブルなどに使用されます。
- 直流(HVDC)ケーブル: 長距離の送電において、電力損失を抑えることができるため、大陸間や大規模な電力系統連系などに用いられます。
海底送電ケーブルは、再生可能エネルギーの導入拡大や電力の安定供給において、ますますその重要性が高まっているインフラです。

海底送電ケーブルは、海や湖の底に敷設され、陸上と離島、または洋上風力発電所などと陸を結び、電力を伝送する特殊なケーブルです。過酷な海中環境に耐えるよう、高強度な補強材などで保護されています。
海底送電ケーブルの補強材とは何か
海底送電ケーブルの補強材とは、海中という過酷な環境下でケーブルを保護し、その性能を維持するために用いられる部材のことです。主にケーブルの機械的強度を高める役割を担います。
- 引張強度(引っ張る力への耐性)の向上:
- ケーブルの敷設時や回収時に、その自重や潮流、地形の影響などで大きな引っ張り力がかかります。この力によってケーブルが断線したり、内部構造が損傷したりするのを防ぎます。
- 特に、深海への敷設ではケーブル自体の重さが非常に大きくなるため、引張強度の確保は極めて重要です。
- 圧縮強度(押しつぶす力への耐性)の向上:
- 敷設後の海底では、漁具が引っかかったり、海底の起伏による圧力、あるいは潮流による振動などが加わることがあります。これらの力からケーブル内部の導体や絶縁体を保護します。
- 座屈(ねじれ、折れ曲がり)防止:
- ケーブルが不適切な形でねじれたり、鋭角に曲がったりするのを防ぎ、内部の導体や光ファイバーへのダメージを抑制します。
- 外部からの損傷防止:
- 漁船のアンカーや海底の岩石、その他漂流物などによる物理的な衝撃や損傷からケーブルを保護します。
補強材として使用される主な材料
- 鋼線(スチールワイヤー): 伝統的に最も広く使われてきた補強材です。非常に高い強度を持ちますが、深海への敷設や長距離化には課題があります。
- 高強度アラミド繊維: 帝人のテクノーラ®やトワロン®などが代表的です。鋼線に比べて大幅に軽量でありながら、同等以上の引張強度を発揮します。これにより、ケーブル全体の軽量化が可能となり、敷設作業の効率化、作業船の負担軽減、輸送コスト削減などのメリットがあります。特に深海や長距離のケーブルで採用が増えています。
- ガラス繊維強化プラスチック(FRP): 特定の用途で補強材として使用されることもあります。
これらの補強材は、ケーブルの最外層に近い部分に、らせん状に巻き付けたり、編み込んだりする形で配置されることが一般的です。海底送電ケーブルの信頼性と長寿命を確保するために不可欠な要素です。

海底送電ケーブルの補強材は、ケーブルの引張・圧縮強度を高め、敷設時や運用中の断線、損傷、座屈を防ぐ部材です。自重や外力から内部の導体を保護し、ケーブルの信頼性と長寿命化を確保する役割を持ちます。
鋼線が深海への敷設や長距離化に向いていない理由は
鋼線が海底送電ケーブルの補強材として、特に深海への敷設や長距離化において不利となる主な理由は、その「重さ」に集約されます。
ケーブルの自重増加
- 鋼線は非常に重いため、鋼線を補強材として多用すると、ケーブル全体の重量が著しく増加します。
- ケーブルが重ければ重いほど、それを海底に敷設する際に必要な引張力が大きくなります。特に深海では、ケーブルが海中に垂れ下がる部分が長くなるため、その自重を支えるための力が膨大になります。
敷設船への負担増大とコスト上昇
- 重いケーブルを敷設するには、より大型で強力な敷設船が必要になります。これにより、チャーター費用や燃料費などの敷設コストが大幅に上昇します。
- ケーブルの搭載量も制限されるため、長距離のケーブルを一度に敷設することが難しくなり、途中で接続作業(ジョイント)が必要になる可能性も高まります。接続作業は時間とコストがかかり、故障リスクも増大します。
敷設作業の難易度上昇とリスク増加
- 重いケーブルは取り扱いが難しく、敷設作業中にケーブルが破断するリスクや、正確なルートに敷設する難易度が上がります。
- 深海では水圧も高いため、ケーブルへの負荷はさらに大きくなります。
保守・回収の困難化
- 一度敷設されたケーブルが故障した場合、その回収や修理も、重ければ重いほど困難で時間とコストがかかります。
これらの課題に対し、帝人のアラミド繊維のような高強度・軽量素材は、鋼線と同等以上の引張強度を持ちながら大幅に軽量であるため、深海や長距離の海底送電ケーブルにおいて非常に有利な選択肢となります。ケーブル全体の軽量化により、敷設コストの削減、作業効率の向上、そしてより深い海域や長い距離への敷設が可能になるのです。

鋼線は非常に重いため、ケーブル全体の自重が著しく増加します。これにより、深海への敷設時に必要な引張力が膨大となり、敷設船への負担増やコスト増、さらに長距離輸送や作業の難易度が高まるため、不向きとされます。
なぜ、近年鋼線からの切り替えが必要となっているのか
近年、海底送電ケーブルの補強材として鋼線からアラミド繊維への切り替えが進んでいるのは、主に以下の背景とアラミド繊維の優位性によるものです。
洋上風力発電の急速な普及と大規模化・深海化
- カーボンニュートラル実現に向け、洋上風力発電の導入が世界的に加速しています。
- これに伴い、発電所が沿岸から離れた場所やより深い海域に建設されるケースが増えています。
- 長距離・深海に敷設されるケーブルは、自重による負荷が非常に大きくなるため、従来の鋼線では重量の問題が顕著になります。軽量なアラミド繊維は、この課題を解決する最適な材料となります。
敷設コスト・リスクの低減ニーズ
- 前述の通り、鋼線は重いため、敷設には大型で高価な敷設船が必要となり、燃料消費も増えます。アラミド繊維による軽量化は、敷設コストを大幅に削減し、より小型の船での作業も可能にするなど、作業効率向上と経済性に貢献します。
- 重いケーブルの敷設は作業自体も難しく、断線などのリスクも高まります。軽量化はこれらのリスクを低減します。
ケーブルの長寿命化と信頼性向上
- アラミド繊維は、鋼線に比べて耐疲労性(繰り返し荷重に対する耐久性)や耐腐食性に優れています。海洋環境は常に動きがあり、ケーブルには継続的に力がかかります。
- アラミド繊維の低クリープ特性(長期的な負荷による変形が少ない)は、ケーブルの長寿命化と安定稼働に寄与します。
- 鋼線の場合は、錆(腐食)の問題があり、定期的な点検や補修が必要になることがあります。アラミド繊維は非金属であるため、この問題がありません。
サステナビリティ(持続可能性)への配慮
- 軽量化は、ケーブルの輸送や敷設におけるCO2排出量の削減に繋がります。
- 帝人などのアラミド繊維メーカーは、リサイクル技術の開発にも取り組んでおり、環境負荷低減の観点からもメリットがあります。
これらの要因により、特に大規模な洋上風力発電プロジェクトや、より厳しい海洋環境下での利用が増えるにつれて、鋼線からアラミド繊維への切り替えが不可欠な潮流となっています。

近年、鋼線からの切り替えが必要なのは、洋上風力発電の大規模化・深海化により、従来の鋼線の重さが課題となるためです。鋼線では敷設コスト増、作業難易度上昇、腐食の問題がある一方、アラミド繊維は軽量・高強度で、コスト削減と信頼性向上に貢献するためです。
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