国産電池のサプライチェーン戦略 なぜサプライチェーン構築が必要なのか?どのように実現するのか?

この記事で分かること

  • サプライチェーン構築の課題:激しい国際競争、巨額投資の不足、特定国への原材料依存、次世代電池の実用化遅れ、EV電池リサイクル体制の未整備といった多岐にわたる課題に直面しています。
  • サプライチェーン構築の必要性:経済安全保障の確保、産業競争力の維持・強化、脱炭素社会実現への貢献が主な理由です電池の安定供給体制を国内で構築し、特定国への過度な依存を脱却、日本の基幹産業を未来へ繋ぐ狙いがあります。

国産電池のサプライチェーン戦略

 経済産業省が進める国産電池のサプライチェーン(供給網)確保戦略が、いくつかの重要な課題に直面しています。

 巨額の投資が必要な電池産業において、諸外国の支援規模や市場の変化に追いつくことは容易ではありません。日本が再び電池産業で国際競争力を高めるためには、官民一体となったさらなる戦略的な投資と、技術開発、サプライチェーン全体の強靭化、そして国際的な連携が不可欠となります。

どのような課題があるのか

 経済産業省が進める国産電池のサプライチェーン(供給網)確保戦略は、いくつかの重要な課題に直面しています。主な「壁」となっている点は以下の通りです。

1. 国際競争の激化と投資力の不足

  • 中国・韓国勢の台頭: かつてリチウムイオン電池開発で優位に立っていた日本企業ですが、市場の拡大とともに中国や韓国メーカーがコストと品質で猛追し、シェアを拡大しています。特に中国勢は巨額の投資を行い、生産設備の一括提供なども進めています。
  • 投資力の格差: 韓国は主要財閥の投資力によって欧米にまでサプライチェーンを拡大している一方、日本はトヨタやパナソニックを除くと、十分な投資力が不足しており、海外進出が難しい現状があります。電池産業は巨額の先行投資が必要な装置産業であり、この投資規模の差が競争力の低下に繋がっています。
  • 海外からの補助金攻勢: 米国や欧州、韓国、中国は、自国の電池産業育成のため大規模な補助金や税制優遇措置を導入しており、これが日本企業の競争環境を厳しくしています。例えば、米国のインフレ抑制法(IRA)は、北米域内での電池生産を促すもので、日本企業もこれに対応するための投資を迫られています。

2. サプライチェーン全体の脆弱性

  • 特定国への依存: 電池セル製造を支える鉱物資源や材料のサプライチェーンは、特定国(特に中国やDRコンゴなど)への依存度が高く、地政学リスクや調達価格の変動リスクを抱えています。
  • 原材料確保の課題: リチウムイオン電池の主要な原材料、特にコバルトなどのレアメタルは一部の地域に偏在しており、安定的な調達が課題となっています。また、原材料コストが電池生産コストに大きく影響します。
  • 国内製造基盤の維持・強化: 電池セルだけでなく、それを支える素材や生産設備などの重要技術においても、国内製造基盤の維持・強化が喫緊の課題となっています。

3. 技術的課題と次世代電池への移行

  • 液系リチウムイオン電池の課題: 液系リチウムイオン電池は、エネルギー密度、コスト、安全性、充電時間、寿命などの面で依然として課題を抱えています。特に安全性に関しては、発煙・発火リスクの管理が重要です。
  • 全固体電池の実用化の遅れ: 日本は全固体電池の研究開発で世界をリードしているものの、量産化に向けた技術的課題(界面抵抗、電極と電解質の密着性、安定した製造技術など)が残り、実用化には時間を要しています。液系リチウムイオン電池が主流として定着する中で、全固体電池への集中投資が市場の動向と乖離するリスクも指摘されています。

4. 循環経済(サーキュラーエコノミー)の課題

  • EV電池のリユース・リサイクル: EV電池の普及に伴い、使用済み電池の品質や安全性への不安、運搬コスト、リサイクル技術の未確立などが課題となっています。健全な物質循環を形成し、資源の枯渇や環境負荷を軽減するためのリユース・リサイクルシステムの構築が求められています。

経済産業省の取り組みと今後の展望

経済産業省は、これらの課題に対応するため、以下のような施策を進めています。

  • 供給確保計画の認定と助成: 「経済安全保障推進法」に基づき、蓄電池を特定重要物資と位置付け、国内の製造基盤・安定調達の強化を目的に、企業による事業計画を認定し、設備投資や技術開発を支援しています。実際に、SUBARU、パナソニックエナジー、トヨタ自動車、日産自動車などが認定を受け、大規模な助成金を得ています。
  • 海外展開の支援: 日本企業による海外での電池工場建設や鉱山開発、共同開発などを支援し、グローバルなサプライチェーン構築を後押ししています。
  • 次世代電池の研究開発支援: 全固体電池などの次世代電池の開発を加速させるため、技術開発への投資や連携を促しています。

 日本が再び電池産業で国際競争力を高めるためには、官民一体となったさらなる戦略的な投資と、技術開発、サプライチェーン全体の強靭化、そして国際的な連携が不可欠となります。

国産電池のサプライチェーン確保戦略は、激しい国際競争巨額投資の不足特定国への原材料依存次世代電池の実用化遅れEV電池リサイクル体制の未整備といった多岐にわたる課題に直面しています。

国産電池のサプライチェーン確保戦略を進める理由は

 経済産業省が国産電池のサプライチェーン(供給網)確保戦略を進める理由は、多岐にわたる重要な要因に基づいています。主な理由は以下の通りです。

1. 経済安全保障の確保

  • 戦略物資としての重要性: リチウムイオン電池は、電気自動車(EV)や定置型蓄電池、スマートフォン、PCなど、現代社会に不可欠な様々な製品の基幹部品であり、今後の脱炭素社会の実現にも欠かせない存在です。このため、電池は石油や半導体と同様に「戦略物資」として位置づけられており、その供給を他国に完全に依存することは、日本の経済活動や国家安全保障に深刻なリスクをもたらします。
  • 地政学リスクの回避: 電池の主要な原材料(リチウム、ニッケル、コバルトなど)や、一部の製造工程が特定の国や地域に集中しているため、国際情勢の変動(紛争、貿易制限、パンデミックなど)によって供給が途絶えるリスクがあります。国産化を進めることで、これらのリスクを低減し、安定的な調達を可能にします。
  • 特定国への過度な依存からの脱却: 現在、電池セル製造や材料供給において中国や韓国の存在感が非常に大きく、これら特定の国への依存度が高い現状があります。有事の際にサプライチェーンが寸断されることを防ぐためにも、国内での生産能力を確保し、多様な調達先を確保することが重要です。

2. 産業競争力の維持・強化

  • 基幹産業の育成・維持: 自動車産業は日本の基幹産業であり、EV化の進展に伴い、電池はその競争力を左右する最重要部品となっています。国産電池のサプライチェーンを確立することは、日本の自動車産業の競争力を維持し、将来にわたる成長の基盤を築く上で不可欠です。
  • 雇用創出と技術蓄積: 国内での電池生産は、製造業における新たな雇用を創出し、関連技術(材料、製造装置、リサイクルなど)の蓄積と発展を促します。これは、日本の技術力の維持・向上に繋がり、国際的な優位性を確保するためにも重要です。
  • 次世代技術の主導権: 全固体電池など、日本が研究開発でリードする次世代電池技術の実用化と量産化を進めることで、国際的な技術標準や市場ルール形成において主導権を握り、将来の電池市場での競争優位性を確立することを目指しています。

3. 脱炭素社会実現への貢献

  • EV普及の加速: 脱炭素社会の実現にはEVの普及が不可欠であり、安定した電池供給はその前提となります。国内での電池生産能力を強化することで、EVの供給を安定させ、国内でのEV普及を加速させることができます。
  • 再生可能エネルギーの導入促進: 定置型蓄電池は、再生可能エネルギー(太陽光、風力など)の不安定な発電量を調整し、電力系統を安定化させる上で重要な役割を担います。国産電池の安定供給は、再生可能エネルギーの導入を促進し、電力供給の安定化に貢献します。
  • 循環経済の構築: 電池の生産だけでなく、使用済み電池のリユース・リサイクル体制を国内で構築することで、資源の有効活用と環境負荷の低減を図り、持続可能な社会の実現に貢献します。

4. 安定的な国内投資と経済成長

  • 投資誘致と経済活性化: 国内での電池生産拠点の構築は、関連企業からの投資を誘致し、地域経済の活性化に繋がります。政府からの支援策は、企業が国内投資に踏み切る大きなインセンティブとなります。

 これらの理由から、経済産業省は国産電池のサプライチェーン確保を国家戦略として位置づけ、積極的な支援策を講じています。これは単なる産業振興に留まらず、日本の将来の経済安全保障と持続可能な成長を見据えた、極めて重要な取り組みと言えます。

経済安全保障の確保、産業競争力の維持・強化、脱炭素社会実現への貢献が主な理由です。EV普及や電力安定化に不可欠な電池の安定供給体制を国内で構築し、特定国への過度な依存を脱却、日本の基幹産業を未来へ繋ぐ狙いがあります。

経産省はどのようにサプライチェーンを確保する予定なのか

 経済産業省は、国産電池のサプライチェーン(供給網)確保戦略を多角的に進めており、その具体的な施策は以下の通りです。

1. 経済安全保障推進法に基づく強力な支援

  • 特定重要物資としての指定と供給確保計画の認定: 「経済安全保障推進法」に基づき、蓄電池を「特定重要物資」に指定し、国内での製造基盤・安定調達の強化を図る事業計画(供給確保計画)を認定しています。
  • 大規模な助成金の支給: 認定された企業に対して、設備投資や技術開発にかかる費用を最大1/2(大企業1/3、中小企業1/2)補助する形で、巨額の助成金を支給しています。これまでに、SUBARU、パナソニックエナジー、トヨタ自動車、日産自動車など、多くの企業が認定を受け、大規模な投資に対する支援を受けています。2023年9月までに計27件の計画が認定され、事業総額は1兆円を超え、最大で約3500億円の助成が予定されています。

2. サプライチェーン全体の強化

  • 製造能力の目標設定: 2030年までに、国内の蓄電池製造能力を年間150GWh(現在の約7倍)に向上させることを目標としています。
  • 部素材・製造装置への支援: 電池セルだけでなく、その製造に必要な部素材(正極材、負極材、電解液、セパレータなど)や、製造装置についても国内での生産能力強化を支援し、サプライチェーン全体での強靭化を図っています。
  • 上流資源の確保: リチウム、ニッケル、コバルトなどの重要鉱物資源について、特定国への依存度を低減するため、JOGMEC(石油天然ガス・金属鉱物資源機構)による支援制度の活用や、オーストラリア、チリ、インドネシアなどの資源国との関係強化を通じて、調達先の多様化と安定供給の確保を目指しています。また、日本国内での精錬事業の立ち上げも支援対象となっています。

3. 次世代電池の開発・実用化

  • 研究開発の推進: 全固体電池など、液系リチウムイオン電池の次の世代を担うとされる革新的な電池技術の研究開発を支援しています。これは、将来の国際競争での優位性を確保するための重要な柱です。
  • 量産化技術の確立: 単なる研究開発に留まらず、次世代電池の量産化に向けた製造技術の開発や、実証試験も支援し、早期の実用化を目指しています。

4. 国内市場の創出と循環経済の構築

  • 国内需要の喚起: 電気自動車(EV)購入補助金や充電インフラ整備補助金、定置用蓄電池の導入補助金などを通じて、国内での電池の需要を喚起し、国内市場の成長を促進しています。
  • リサイクルシステムの確立: 使用済みEV電池のリユース・リサイクルシステムの構築を支援しています。これにより、資源の有効活用と環境負荷の低減を図り、持続可能なサプライチェーンを目指します。リサイクルのためのブラックマス(使用済み電池から分離・回収された電極材料の混合物)のルート構築や、国際連携も推進しています。

5. 人材育成

  • 専門人材の育成: 電池産業を支える専門性の高い人材の育成・確保にも力を入れています。2030年までに3万人の関連人材の確保を目指し、大学や高専との連携による教育プログラムの実施、コンソーシアムの設立などを進めています。

 これらの多岐にわたる施策を通じて、経済産業省は、日本がグローバルな電池サプライチェーンにおいて再び存在感を示し、経済安全保障と産業競争力を確保することを目指しています。

経済産業省は「経済安全保障推進法」に基づき、国産電池の設備投資や技術開発に巨額の助成金を支給し、国内生産能力を強化します。また、重要鉱物資源の安定調達や次世代電池の開発支援、リサイクルシステムの構築も進め、サプライチェーン全体の強靭化を目指します。

官民の協力ではどのような企業が候補なのか

 経済産業省の国産電池サプライチェーン確保戦略において、官民協力で中心となる企業は、電池そのものを作るメーカーだけでなく、その材料や製造装置、さらには完成品を組み込む自動車メーカーなど、幅広い層にわたります。

 具体的には、これまでの「経済安全保障推進法」に基づく「供給確保計画」認定企業や、次世代電池開発に積極的に取り組んでいる企業が主な候補となります。

主な候補企業

  1. 電池セルメーカー(完成電池):
    • パナソニックエナジー: 車載用電池の主要サプライヤーであり、SUBARUやマツダとの協業計画が認定されています。
    • プライムプラネットエナジー&ソリューションズ(PPES): トヨタ自動車とパナソニックの合弁会社で、トヨタグループの電池戦略の中核を担っています。
    • GSユアサ / ブルーエナジー / Honda・GS Yuasa EV Battery R&D: ホンダグループと連携し、車載用電池の開発・生産を進めています。
    • 宇部マクセル: 特定重要物資としての蓄電池の供給確保計画が認定されています。
  2. 自動車メーカー(電池の主要需要家であり、自社開発も推進):
    • トヨタ自動車: PPESを通じて電池生産を強化し、出光興産と組んで全固体電池の実用化を強力に推進しています。
    • 日産自動車: 独自の電池開発を進め、経済安保推進法に基づく供給確保計画が認定されています。
    • ホンダ: GSユアサとの連携に加え、自社でも全固体電池の開発に取り組んでいます。
    • SUBARU、マツダ: パナソニックエナジーとの協業で、車載用電池の確保を進めています。
  3. 電池材料メーカー:
    • 出光興産: トヨタと組んで全固体電池の中核材料となる硫化物系固体電解質の量産化に取り組んでいます。
    • 旭化成: セパレータの主要メーカーであり、北米での高品質セパレータ製造にも取り組んでいます。
    • 三井金属鉱業: 硫化物系固体電解質や正極材料などの開発・量産化を進めています。
    • 住友金属鉱山: 電池正極材の製造技術開発や、ニッケルプロジェクトへの参画など、上流資源から材料まで幅広く関与しています。
    • 三菱ケミカルグループ、デンカ、レゾナック、クレハ、東海カーボン、関東電化工業など: 各種電解液、負極材、バインダーなど、幅広い電池材料メーカーがサプライチェーンに貢献しています。
    • TDK、村田製作所、日本ガイシ、京セラなど: 小型全固体電池やセラミックス系電池、材料開発などで実績があります。
  4. 製造装置メーカー:
    • 電池生産における高度な製造装置は日本の強みであり、各電池メーカーの生産ライン構築において重要な役割を担います。具体的な認定企業名は多く挙げられていませんが、サプライチェーン全体の強化には不可欠です。
  5. 商社・資源開発企業:
    • 三菱商事、三井物産など大手商社: 海外の鉱山開発プロジェクトへの出資や、原材料の安定的な調達において重要な役割を果たしています。特に電池鉱物資源の確保においては、商社のグローバルネットワークが不可欠です。

 これらの企業群が、それぞれの得意分野で連携し、政府からの強力な支援を受けることで、電池のサプライチェーン全体を国内で強靭化し、国際競争力を高めていくことを目指しています。特に、全固体電池のような次世代技術の実用化においては、自動車メーカーと材料メーカーの連携が非常に重要視されています。

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