情報処理推進機構におけるDXの調査日本の課題は?外向きのDXとは?

この記事で分かること

  • 日本のDXの課題:日本のDXは、成果創出の遅れと成果を測る指標設定の不足が顕著です。業務効率化に留まりがちで、「外向き」のDXが不足しています。DX人材不足やレガシーシステム、中小企業の遅れも課題です。
  • 外向けのDXとは:経営戦略にDXを統合し、データとAIを徹底活用して顧客価値創造やビジネスモデル変革を追求しています。単なる業務効率化に留まらず、売上・利益向上、市場シェア拡大といった「外向き」の成果をDXによって実現することを目的としています。

情報処理推進機構におけるDXの調査

 情報処理推進機構(IPA)は、日本、米国、ドイツの企業におけるデジタル変革(DX)の取り組みや成果について継続的に調査を行っており、その結果を「DX動向」や「DX白書」として公開しています。

 最新の調査結果として、「DX動向2025」が2025年6月26日に公開されました。この調査では、日本、米国、ドイツの3カ国の企業を比較分析し、日本企業のDXの現状と課題を多角的に明らかにしています。

調査結果の概要

 総括として、IPAの調査からは以下のことが読み取れます。

  • 日本企業は、DXを「内向き・部分最適」から「外向き・全体最適」へとシフトし、具体的な成果に結びつけるための戦略的な取り組みと、その成果を可視化するための指標設定が喫緊の課題であると言えるでしょう。
  • 日本企業はDXへの意識が高まり、取り組みも進んでいるものの、米国やドイツと比較すると、成果創出の面で遅れが見られます。
  • 特に、DXの成果を適切に測定・評価するための指標設定が不十分であることが、この成果の差に大きく影響していると考えられます。

日本の課題は何か

 情報処理推進機構(IPA)の調査結果から見えてくる、日本のデジタル変革(DX)における主な課題は以下の通りです。


1. DXの成果創出と把握の遅れ

  • 成果の低さ: 日本企業のDXへの取り組みは進んでいるものの、「成果が出ている」と回答する企業の割合は米国やドイツと比較して低く、約6割にとどまっています。これは、米国・ドイツの8割超と大きな差があります。
  • 「わからない」の多さ: さらに深刻なのは、日本企業でDXの成果が「わからない」と回答する割合が26.2%と非常に高い点です。米国・ドイツが5~6%であることを考えると、日本企業はDXへの投資や取り組みが、具体的な事業成果に結びついているのかどうかを把握できていない状況にあります。
  • 成果指標設定の不足: この「わからない」という状況の背景には、DXの成果を測定するための適切な指標設定ができていないことがあります。日本企業で指標を「設定している」と回答した割合は3割以下である一方、米国・ドイツでは8割以上が設定しています。

2. 内向き・部分最適に留まるDX

  • 業務効率化止まり: 日本のDXは、業務効率化や生産性向上といった「内向き」の取り組みに留まる傾向が見られます。
  • 顧客・市場への価値提供不足: 一方、米国やドイツのDXは、顧客や市場に新たな価値を提供する「外向き」の全体最適を志向しており、ビジネスモデルの変革や新規事業の創出に繋がっている傾向があります。

3. DXを推進する人材の不足

  • IT人材の偏り: 経済産業省の「DXレポート」でも指摘されているように、日本のIT人材はIT企業に多く所属しており、ユーザー企業に十分なIT人材が不足しています。これにより、ユーザー企業でのDX推進が滞る要因となっています。
  • スキル評価の課題: IT人材のスキルが適切に評価されにくい現状も、優秀な人材の確保や育成を阻害しています。
  • 少人数での推進体制: DXを推進するための十分な人員を確保できないため、少人数でのDX推進体制や仕組みの構築が求められています。

4. レガシーシステムの存在

  • 「2025年の崖」問題: 複雑化・老朽化・ブラックボックス化した既存システム(レガシーシステム)が残存している企業が多く、これがDX推進の大きな足かせとなっています。この問題は「2025年の崖」と呼ばれ、放置すれば年間最大12兆円の経済損失が発生するとも言われています。

5. 中小企業のDXの遅れ

  • 取り組みの遅れ: 大企業に比べて、中小企業でのDXへの取り組みは大きく遅れています。特に従業員規模が小さい企業ほど、DXへの意識や具体的な取り組みが進んでいません。
  • 知識・情報の不足: 中小企業では、DXに取り組むための知識や情報が不足していると感じている割合が高く、DX戦略の立案や推進に必要なスキルを持つ人材も不足しています。
  • 予算の不足: DX推進に必要な予算の確保も、中小企業にとって大きな課題です。

まとめ

 これらの課題を克服し、日本企業が国際競争力を高めるためには、DXを単なるIT導入で終わらせず、経営戦略と一体化したものとして捉え、具体的な成果を追求するための指標設定と評価、そしてビジネスモデル変革につながる「外向き」のDX推進への転換が不可欠です。また、DX人材の育成・確保、レガシーシステムの刷新、そして中小企業のDX推進支援も喫緊の課題と言えるでしょう。

日本のDXは、成果創出の遅れ成果を測る指標設定の不足が顕著です。業務効率化に留まりがちで、顧客価値創出やビジネスモデル変革といった「外向き」のDXが不足しています。DX人材不足やレガシーシステム、中小企業の遅れも課題です。

アメリカやドイツはどのように成果創出をしているのか

 アメリカやドイツがDXで成果を創出している背景には、単なる技術導入にとどまらない、より戦略的で多角的なアプローチがあります。IPAの調査からも、彼らが「売上高増加」「利益増加」「市場シェア向上」「顧客満足度」といったバリューアップを中心とした「外向き」の取り組みに注力していることが示されています。

1. 経営戦略と一体化したDX

  • トップダウンでの推進: 経営層がDXを事業戦略の核と位置づけ、強いリーダーシップで推進しています。単なるIT部門任せではなく、全社的な変革として捉えられています。
  • 明確なビジョンと目標: DXによってどのような価値を創出し、どのような成果を目指すのか、明確なビジョンと具体的な目標を設定しています。これにより、各部門が同じ方向を向いてDXに取り組むことができます。

2. データとAIの徹底活用

  • データ駆動型経営: 膨大なデータを収集・分析し、経営判断や製品開発、マーケティング、顧客サービスに活かすデータ駆動型経営が浸透しています。これにより、顧客ニーズの深い理解や市場変化への迅速な対応が可能になります。
    • 例:Amazon は、顧客の購買履歴や行動データをAIで分析し、レコメンデーション機能や在庫管理、配送プロセスを最適化することで、顧客満足度向上と効率化を両立させています。
    • 例:Netflix は、ユーザーの視聴履歴データを徹底的に分析し、コンテンツ制作の意思決定やパーソナライズされたレコメンデーションに活用することで、高い顧客エンゲージメントと収益性を実現しています。
  • 予測分析と最適化: AIを活用して、設備の故障予測、需要予測、生産プロセスの最適化などを行い、コスト削減や生産性向上、品質向上に繋げています。
    • 例:ボッシュ(ドイツ) は、全世界の工場をネットワークで連結し、生産や物流計画の管理、機械の状態把握を一本化。これにより、生産リードタイムの短縮やメンテナンスコストの削減を実現しています。

3. 顧客体験の変革と新たな価値提供

  • 顧客中心のアプローチ: DXを顧客体験の向上や新たな顧客価値の創造に直結させています。デジタル技術を活用して、顧客との接点を増やし、パーソナライズされたサービスを提供しています。
    • 例:Domino’s Pizza (アメリカ) は、「Domino’s AnyWare」プログラムで、あらゆる端末からピザを注文できるユビキタスなeコマースプラットフォームを構築し、顧客の利便性を大幅に向上させました。
    • 例:Nike (アメリカ) は、アプリを活用して顧客の足のサイズやフィット感を計測し、最適なシューズを提案することで、顧客満足度を高めています。
  • ビジネスモデルの変革: デジタル技術をテコに、既存のビジネスモデルを刷新したり、新規事業を創出したりしています。
    • 例:Siemens (ドイツ) は、自社技術を標準化・デジタル化し、それをサービス事業として他社に展開するなど、製造業の枠を超えたサービス化・プラットフォーム化を進めています。また、「デジタルツイン」を活用して設備の故障予測やメンテナンス最適化、エネルギー管理を行い、製造コスト削減と環境負荷軽減を両立させています。
    • 例:Uber (アメリカ) は、ライドシェアという新たなビジネスモデルをデジタル技術で実現し、交通のあり方そのものを変革しました。

4. エコシステム形成と標準化

  • オープンイノベーション: 自社単独でDXを完結させるのではなく、スタートアップ企業や研究機関、他企業との連携を通じて、オープンイノベーションを推進しています。
  • 業界標準の構築: 特にドイツでは、「インダストリー4.0」に代表されるように、産官学が連携してデジタル化の標準化を進め、産業全体の効率化を図っています。
    • 例:Catena-X (ドイツ) は、自動車業界の国際的なデータ連携基盤構想であり、サプライチェーン全体のデジタル連携を強化することで、効率性と透明性を高めています。

5. DX人材の育成と確保

  • 技術人材への投資: DX推進に不可欠なAI、データサイエンス、クラウドなどの専門技術を持つ人材の育成や外部からの獲得に積極的に投資しています。
  • 企業文化の変革: リスクを恐れずに新しい技術やアイデアを試すことを奨励し、アジャイル開発など迅速な意思決定と実行を促す企業文化を醸成しています。

 これらの要素が複合的に作用することで、アメリカやドイツの企業はDXから具体的な成果を生み出し、競争優位性を確立していると言えるでしょう。

アメリカやドイツは、経営戦略にDXを統合し、データとAIを徹底活用して顧客価値創造やビジネスモデル変革を追求しています。単なる業務効率化に留まらず、売上・利益向上、市場シェア拡大といった「外向き」の成果を明確に設定し、それを測る指標を重視しています。

日本の成功例にはどんなものがあるのか

 日本においても、以下のようにデジタル変革(DX)で顕著な成果を上げている企業は数多く存在します。特に、製造業、小売業、サービス業、そして中小企業など、多様な分野で独自の強みを活かした取り組みが見られます。

製造業

  • トヨタ自動車:材料開発におけるDX、工場IoT
    • ポイント: 長年培ってきた現場の「カイゼン」文化にデジタル技術を融合。材料の研究・開発に情報科学を活用し、予測モデルで開発期間を短縮。また、工場におけるIoT活用で生産性向上や設備の予兆保全を実現し、グローバルでの競争力を維持しています。
  • コマツ:スマート建機ソリューション「KOMTRAX」「Smart Construction」
    • ポイント: 建設機械にIoTセンサーを搭載し、稼働状況や位置情報をリアルタイムで把握。これにより、顧客へのメンテナンス提案や効率的な現場運営を支援。さらに、ドローンやICT建機を活用した「Smart Construction」で建設現場全体の生産性向上に貢献し、新たな価値を創出しています。
  • 日立製作所:大みか事業所のLighthouse選出
    • ポイント: 社会インフラに関する情報制御システムを手掛ける大みか事業所は、長年にわたるIoT技術とデータ分析ノウハウを活用したDX推進により、生産リードタイムの短縮や品質管理の向上を実現。これにより、世界経済フォーラムの「Lighthouse(先進工場)」に日本企業として初めて選出されました。これは、デジタル技術による生産性の劇的な向上を示す好例です。

小売・サービス業

  • ローソン:AI発注システムと次世代型店舗
    • ポイント: AI技術を用いた半自動発注システムを導入し、店舗ごとの最適な品揃えを実現。また、セルフレジやスマホレジ、完全キャッシュレス・タッチレスの無人店舗「ローソンGo」の導入を進め、顧客利便性の向上と従業員の業務負担軽減を両立させています。
  • 三越伊勢丹:リモートショッピングアプリ
    • ポイント: リアル店舗の強みを活かしつつ、オンライン接客を強化。ビデオチャットを通じてスタッフが顧客とコミュニケーションをとり、遠隔地からでも店舗にいるかのような接客体験を提供。新たな顧客層の獲得や顧客体験の向上に成功しています。
  • 無印良品:MUJI passportアプリ
    • ポイント: 顧客データを活用したパーソナライズされた情報提供や、店舗在庫情報の確認、ポイント付与など、オンラインとオフラインを融合した顧客体験(OMO)を推進。顧客ロイヤルティを高め、店舗への来店促進に繋げています。
  • メルカリ:スマホ完結型フリマアプリ
    • ポイント: CtoC(個人間取引)という新たな市場をデジタル技術で創造。誰でも簡単に商品を売買できるプラットフォームを提供し、圧倒的なユーザー数を獲得。顧客体験を最優先に考えたシンプルなUI/UXと、決済・配送システムとの連携により、利便性を追求しています。

中小企業の成功事例

 中小企業においても、DX推進による成功事例が増加しています。多くの場合、経営者の強いリーダーシップと、自社の課題を明確にし、そこにデジタル技術を適用するシンプルなアプローチが特徴です。

  • 株式会社陣屋(旅館業):
    • ポイント: 倒産寸前まで追い込まれた状況から、社長自らがシステム開発に取り組み、旅館業務のあらゆる情報を一元管理するシステムを構築。これにより、従業員の業務効率が飛躍的に向上し、顧客へのきめ細やかなサービス提供が可能になりました。
  • フジワラテクノアート(醸造機械メーカー):
    • ポイント: 社内でDX推進委員会を立ち上げ、社員が自主的にIT学習を進める「デジタル人材の内製化」に成功。フルオーダーメイドのものづくりにおいて、リアルタイムデータの可視化や業務プロセス改善を進め、短期間で多数のシステムを導入。経済産業省の「DXセレクション」でグランプリを獲得しています。

これらの事例から、日本企業がDXで成果を出すためには、以下のような点が重要であると考えられます。

  • 経営戦略との連携: DXを単なるツール導入ではなく、経営戦略の中核に位置づけること。
  • 顧客価値の追求: DXを通じて、顧客体験の向上や新たなビジネスモデルの創出を目指すこと。
  • データ活用の深化: データを単に収集するだけでなく、分析し、意思決定やサービス改善に活かすこと。
  • 人材育成と文化変革: DXを推進できる人材を育成し、新しいことに挑戦できる企業文化を醸成すること。
  • アジャイルな取り組み: 完璧を目指すよりも、まずは小さく始めて検証し、改善を繰り返すアジャイルな姿勢。

 これらの成功事例は、日本の企業がDXの課題を克服し、具体的な成果を創出していく上での示唆に富んでいます。

日本のDX成功例は、トヨタの材料開発DXやコマツのIoT建機、ローソンのAI発注など、現場の強みとデジタル技術を融合し、生産性向上や新たな顧客価値創出を実現しています。経営層のコミットメントとデータ活用、人材育成が鍵です。

コメント

タイトルとURLをコピーしました