この記事で分かること
- MOCVD装置とは:有機金属ガスと反応ガスを高温の基板に供給し、化学反応によって半導体などの高品質な薄膜を結晶成長させる装置です。基板の結晶構造に合わせて薄膜の結晶が成長する「エピタキシャル成長」が可能です。
- エピタキシャル成長とは:単結晶基板上に、その結晶構造を引き継ぐ形で原子レベルで制御された高品質な単結晶薄膜を形成する技術です。半導体デバイス製造に不可欠で、高純度かつ欠陥の少ない層を実現します。
大陽日酸のMOCVD装置
大陽日酸がポーランド科学アカデミー高圧物理研究所(Unipress)に、複数台のMOCVD装置を納入することが決定しました。

MOCVD装置は、有機金属やガスを原料として基板上に化合物半導体の薄膜を形成する装置で、半導体製造において非常に重要な役割を担っています。
MOCVD装置とは何か
MOCVD装置は、Metal Organic Chemical Vapor Deposition(有機金属化学気相成長)装置の略称で、主に半導体製造において、高品質な薄膜やエピタキシャル層(結晶性の良い薄膜)を形成するために用いられる装置です。
MOCVDの原理
MOCVDの基本的な原理は、以下の通りです。
- 原料ガスの供給:
- 薄膜を形成したい材料の元となる有機金属化合物(例:トリメチルガリウム (TMGa) やトリメチルインジウム (TMIn) など)や、水素化物ガス(例:アンモニア (NH₃) 、アルシン (AsH₃) 、ホスフィン (PH₃) など)を、キャリアガス(水素や窒素など)と共に反応室に供給します。
- 有機金属化合物は常温では液体や固体であることも多いため、バブリングなどの方法で気化させてから反応室へ送られます。
- 熱分解と反応:
- 反応室内に設置された基板(ウェハー)は、通常500℃~1200℃の高温に加熱されています。
- 供給された原料ガスは、この高温の基板表面で熱分解し、金属原子や非金属原子が放出されます。
- 放出された原子同士が化学反応を起こし、目的の化合物半導体薄膜が基板上に形成(堆積)されます。
- エピタキシャル成長:
- MOCVDでは、基板の結晶構造に合わせて薄膜の結晶が成長する「エピタキシャル成長」が可能です。これにより、高品質で結晶性の良い薄膜が得られます。
- ガス流量、温度、圧力などのパラメータを精密に制御することで、薄膜の厚さ、組成、均一性を原子レベルで制御することができます。これにより、非常に薄い層(量子井戸など)や複雑な構造を持つデバイスの作製が可能です。
MOCVD装置の構成要素
一般的なMOCVD装置は、以下の主要な構成要素から成り立っています。
- ソース供給システム: 有機金属前駆体やその他の原料ガスを供給する部分。
- ガス輸送および流量制御システム: 原料ガスの正確な流量制御と反応チャンバーへの供給を保証する部分。
- 反応チャンバー(リアクター)と温度制御システム: 実際に化学反応が起こり、薄膜が形成される核となる部分。基板が設置され、加熱されます。
- 排ガス処理および安全保護警報システム: 反応で生じる副生成物や未反応ガスを安全に処理し、システムが安全に動作することを保証する部分。
- 自動運転・電子制御システム: プロセス全体の正確な制御と自動化を可能にするシステム。
MOCVD装置の用途
MOCVD装置は、主に以下のような高性能半導体デバイスの製造に不可欠な技術となっています。
- LED(発光ダイオード): 青色、緑色、白色LEDの製造において、窒化ガリウム(GaN)などのIII-V族化合物半導体の薄膜成長に広く用いられています。
- 半導体レーザー: ブルーレイディスクの読み取りヘッドや光通信、ディスプレイなどに使われる半導体レーザーの製造に不可欠です。
- 高出力電子デバイス(パワーデバイス): 高温・高電圧動作が可能なGaNベースのトランジスタなど、次世代のパワーエレクトロニクスデバイスの製造に利用されます。
- 太陽電池: 高効率な多接合型太陽電池の製造にも応用されています。
- その他の化合物半導体デバイス: GaAs(ガリウムヒ素)やInP(リン化インジウム)などを用いた高速トランジスタや光デバイスなど、多岐にわたる化合物半導体デバイスの製造に用いられます。
MOCVDは、高純度で均一な薄膜を大面積にわたって形成できること、また生産性に優れることから、これらのデバイスの大量生産において非常に重要な役割を果たしています。

MOCVD装置は、有機金属ガスと反応ガスを高温の基板に供給し、化学反応によって半導体などの高品質な薄膜を結晶成長させる装置です。LEDやパワー半導体などの製造に不可欠な技術です。
エピタキシャル成長はなぜ高品質な薄膜となるのか
エピタキシャル成長によって形成される薄膜がなぜ高品質になるのかは、主に以下のメカニズムと特徴によります。
基板の結晶構造をテンプレートにする(格子整合性)
- エピタキシャル成長は、基板となる単結晶の原子配列を「手本(テンプレート)」として、その上に新しい結晶層を成長させます。
- ホモエピタキシャル成長(基板と同じ材料の層を成長させる場合、例:Si基板上にSi層)では、基板と層の格子定数が完全に一致するため、非常に欠陥の少ない、高純度で完全な単結晶層が得られます。
- ヘテロエピタキシャル成長(基板と異なる材料の層を成長させる場合、例:サファイア基板上にGaN層)では、基板と層の格子定数が近いことが重要です。多少の不整合があっても、薄膜が歪むことで基板との連続性を保ちながら成長することがあり(コヒーレント成長)、ある程度の高品質な結晶が得られます。格子不整合が大きい場合は、欠陥(ミスフィット転位など)が生じやすくなるため、バッファ層を導入するなどの工夫がされます。
原子レベルでの精密な制御
- MOCVDなどのエピタキシャル成長法では、供給するガスの流量、基板温度、圧力などを非常に精密に制御できます。これにより、原子が一つずつ、あるいは一層ずつ規則的に基板表面に堆積し、狙い通りの厚さや組成を持つ層を原子レベルで制御しながら形成することが可能です。
- これにより、非常に薄い層(数原子層の厚さ)や、異なる材料の層を積み重ねた複雑な構造(ヘテロ構造、超格子など)を欠陥なく作製できます。これは、デバイスの高性能化に不可欠な要素です。
不純物の低減と純度向上
- エピタキシャル成長は、非常に清浄な環境(例えばMOCVDでは超高純度ガスを使用)で行われます。これにより、不純物の混入を極めて低く抑えられ、高純度の結晶層が得られます。不純物は半導体の電気的特性に大きな影響を与えるため、純度が高いことは高品質なデバイス実現に直結します。
- ドーピング(意図的に不純物を添加して半導体の電気的特性を調整すること)を行う場合でも、エピタキシャル成長では層ごとにドーピング濃度を正確に制御できるため、不純物散乱を抑え、電子移動度の高い層を形成することも可能です。
これらの理由から、エピタキシャル成長は、トランジスタ、LED、半導体レーザー、パワーデバイスなど、高性能な半導体デバイスの製造において不可欠な技術であり、その根幹をなす高品質な薄膜形成を実現しています。

エピタキシャル成長とは、単結晶基板上に、その結晶構造を引き継ぐ形で原子レベルで制御された高品質な単結晶薄膜を形成する技術です。半導体デバイス製造に不可欠で、高純度かつ欠陥の少ない層を実現します。
MOCVD装置は、超高純度ガスを精密に供給し、高温の基板上で原料ガスを分解させます。これにより、基板の結晶構造に倣って原子が規則正しく堆積し、高品質なエピタキシャル成長が実現されます。
なぜMOCVD装置でエピタキシャル成長できるのか
MOCVD装置でエピタキシャル成長が可能な理由は、その緻密なプロセス制御と特定の化学反応の組み合わせにあります。
- 正確なガス流量制御と純粋な原料:
- MOCVD装置は、有機金属化合物や水素化物ガスといった原料を、キャリアガス(水素や窒素など)と共に非常に精密な流量で反応室に送り込むことができます。
- これらの原料は超高純度であり、不純物の混入を極力抑えることができます。これは、薄膜の結晶性を高める上で非常に重要です。
- 適切な温度と圧力の制御:
- 反応室内の基板は、目的の薄膜材料に応じて最適な温度(通常500℃~1200℃)に加熱されます。この温度は、供給された原料ガスが基板表面で選択的に熱分解し、結晶成長に必要な原子が効率よく生成されるように調整されます。
- 適切な圧力制御も、ガスの拡散や反応速度をコントロールし、均一な膜厚と組成の薄膜を得るために重要です。
- 基板表面での原子の規則的な堆積:
- 高温に保たれた基板表面に到達した原料ガスは、熱分解によって原子(例:Ga、N、Asなど)に分解されます。
- これらの原子は、基板表面を動き回り(表面拡散)、最もエネルギー的に安定な位置、つまり基板の結晶格子に合う位置に順次結合していきます。
- このように、基板の原子配列をテンプレートとして、それに倣う形で原子が規則的に配列していくことで、高品質な単結晶薄膜が形成されます。これが「エピタキシャル成長」の核心です。
- 副生成物の効率的な排出:
- 化学反応によって生じた副生成物(例:メタンなど)は、反応室から速やかに排出されます。これにより、不純物が薄膜に取り込まれるのを防ぎ、純度の高い結晶成長を維持できます。
MOCVD装置は、これらの要素を高度に統合することで、原子レベルでの精密な制御を可能にし、基板の結晶構造を忠実に引き継いだ高品質なエピタキシャル薄膜の形成を実現しています。

MOCVD装置は、超高純度ガスを精密に供給し、高温の基板上で原料ガスを分解させます。これにより、基板の結晶構造に倣って原子が規則正しく堆積し、高品質なエピタキシャル成長が実現されます。
母材には何がつかわれるのか
窒化ガリウム(GaN)のMOCVD成膜において、高品質な薄膜を得るために使われる母材、基板はいくつか種類があります。それぞれに特徴があり、用途やコストに応じて選択されます。
主な母材は以下の通りです。
- サファイア(Al₂O₃)基板:
- 特徴: 広く普及しており、比較的安価で大口径化が容易です。熱的・化学的に安定しています。透明なため、GaN-LEDの裏面から光を取り出す構造に適しています。
- 課題: GaNとサファイアの間には大きな格子不整合(格子定数の違い)と熱膨張係数の違いがあります。これにより、GaN層に高い転位密度(結晶欠陥)や応力が発生しやすく、デバイス性能に影響を与える可能性があります。この問題を緩和するために、バッファ層(AlNなど)を導入したり、成長条件を工夫したりします。
- 主な用途: 青色・緑色LED、白色LEDの主流。
- シリコンカーバイド(SiC)基板:
- 特徴: サファイアよりもGaNとの格子不整合や熱膨張係数の違いが小さいため、より高品質なGaN層が得られやすいです。熱伝導率が非常に高いため、高出力・高周波デバイスにおいて発生する熱を効率的に放熱できます。
- 課題: サファイアに比べて高価であり、大口径化もサファイアほど進んでいません。
- 主な用途: パワーデバイス(GaN-HEMTなど)、高周波デバイス、一部の高性能LED。
- シリコン(Si)基板:
- 特徴: 最も安価で大口径化が非常に進んでおり、既存のSiプロセス設備を流用できるため、コスト削減と量産化に有利です。熱伝導率もサファイアよりは高いです。
- 課題: GaNとSiの間にはサファイア以上に大きな格子不整合と熱膨張係数の違いがあります。これにより、GaN層に非常に高い応力が発生し、クラック(ひび割れ)が生じやすいです。このため、多層のバッファ層(AlNやAlGaNなど)を導入して応力を緩和する技術が必須となります。また、高温成長時にGaがSi基板を溶かす「Gaメルトバック」現象も課題となります。
- 主な用途: GaNパワーデバイス(GaN-on-Si HEMTなど)のコストダウンを狙った量産。
- GaN(窒化ガリウム)基板(自立GaN基板、ネイティブ基板):
- 特徴: GaNそのものであるため、格子不整合がゼロであり、最も高品質なGaN薄膜(ホモエピタキシャル成長)が得られます。転位密度が極めて低く、デバイス性能を最大限に引き出すことが可能です。
- 課題: 製造が非常に難しく、高価で大口径化も現状では非常に困難です。
- 主な用途: 次世代の超高電圧パワーデバイス、垂直型GaNデバイス、UV-LEDなど、最高性能が求められる研究開発や限定的な用途。
これらの母材の選択は、開発するデバイスの性能要件、製造コスト、量産性などを総合的に考慮して行われます。

GaN成膜には、主にサファイア(安価でLEDに多用)、SiC(熱伝導性高くパワーデバイス向け)、Si(大口径・低コストで注目)、そしてGaN自立基板(最高品質だが高価)が用いられ、用途とコストで選択されます。
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