受精時期の気温が将来の肥満リスクに影響を与える可能性 なぜ、影響を与えるのか?エピジェネティックとは何か?

この記事で分かること

・影響する理由:受精や妊娠初期が寒冷期にあたると、熱を生み出す褐色脂肪組織の発達が促されたり、エピジェネティックな変化によって、脂肪の蓄積やエネルギー代謝を調節する遺伝子の働きが変化することで肥満になりにくい可能性があります。

・エピジェネティックとは:遺伝子そのものの配列(DNA配列)を変えることなく、その「働き方(発現)」を変える仕組みのことです。

・褐色脂肪細胞が熱を出す理由:脂肪を燃やして → ミトコンドリアで → UCP1を使って → ATPを作らずに熱を作るという順序で熱を発生させています。

受精時期の気温が将来の肥満リスクに影響を与える可能性

 東北大大学院医学系研究科などの研究チームが受精時期の気温が将来の肥満リスクに影響を与える可能性について発表しています。

 https://mainichi.jp/articles/20250407/k00/00m/040/237000c

 10月中旬から4月中旬の寒冷期に受精した人々は、褐色脂肪組織(ブラウンファット)の活動が活発で、成人後もスリムな体型を維持しやすいことが示されました。

なぜ受精時期が肥満リスクに影響するのか

 受精時期(=受精が起こった季節や気温)によって将来の肥満リスクが変わる可能性がある理由には、主に次のような生物学的メカニズムが関わっていると考えられています:


1. 褐色脂肪組織(ブラウンファット)の発達

  • 褐色脂肪は体温を保つために熱を生み出す脂肪で、エネルギーを消費します。
  • 受精や妊娠初期が寒冷期にあたると、胎児の体温調整に関わる遺伝子や褐色脂肪の発達が促される可能性があります。
  • 成長後もこの褐色脂肪の活性が高いと、基礎代謝が高くなり、太りにくくなるという説があります。

2. エピジェネティックな変化

  • 季節によって母体のビタミンDレベル(太陽光由来)やホルモンバランスが変化し、胎児に伝わる「エピジェネティックな影響(遺伝子のオン・オフ)」が異なるとされています。
  • これにより、脂肪の蓄積やエネルギー代謝を調節する遺伝子の働きに影響が出る可能性があります。

3. 母体の生活環境や代謝

  • 寒い季節は食事内容、運動量、睡眠など母体の生活習慣にも変化があり、それが胎児の発育に影響する可能性があります。
  • たとえば、冬に妊娠初期を過ごすと、脂肪代謝に関わるホルモン(例:レプチン、インスリン感受性など)に影響を及ぼすことが示唆されています。

受精や妊娠初期が寒冷期にあたると、熱を生み出す褐色脂肪組織の発達が促されたり、エピジェネティックな変化によって、脂肪の蓄積やエネルギー代謝を調節する遺伝子の働きが変化することで肥満になりにくい可能性があります。

エピジェネティックとは何か

 エピジェネティック(epigenetic)は、遺伝子そのものの配列(DNA配列)を変えることなく、その「働き方(発現)」を変える仕組みのことです。つまり、「どの遺伝子がオンになるか、オフになるか」を調節するメカニズムです。


■ エピジェネティックの基本

遺伝子の発現を調整する代表的な方法は以下の2つ:

1. DNAメチル化
  • DNAの特定の部位(主にシトシン塩基)にメチル基(–CH₃)が付加されること。
  • メチル化されると、その遺伝子は「読まれにくくなる(オフになる)」傾向があります。
2. ヒストン修飾
  • DNAはヒストンというタンパク質に巻き付いていて、そのヒストンにアセチル基やメチル基などが付くと、DNAの巻き付き具合が変わります。
  • ゆるく巻かれると遺伝子が「オン」に、きつく巻かれると「オフ」になります。

■ なぜ重要なのか

エピジェネティックな変化は、環境要因によって引き起こされます:

  • 栄養(母体の食事内容)
  • ストレス
  • ホルモン状態
  • 母体の体温や日照時間
  • 化学物質の暴露 など 

 つまり、同じDNAを持っていても、生まれる環境が違えば発現する遺伝子が変わり、体質や病気のなりやすさも変わるということになります。


■ エピジェネティクスと肥満の関係

  • 胎児期の栄養や寒暖差によって、脂肪を蓄えやすいか・燃焼しやすいかを決める遺伝子にエピジェネティックな変化が起こる。
  • 例えば、「脂肪を分解する酵素」の遺伝子がオフになると太りやすくなる可能性がある。

エピジェネティックは、遺伝子そのものの配列(DNA配列)を変えることなく、その「働き方(発現)」を変える仕組みのことです。

遺伝子の発現が変化し、例えば、「脂肪を分解する酵素」の遺伝子がオフになると太りやすくなる可能性があります。

なぜ、褐色脂肪細胞が熱を生むのか

■ 褐色脂肪細胞の特徴

  • 通常の脂肪(白色脂肪細胞)は「エネルギーを蓄える」のが主な役割。
  • 褐色脂肪細胞は逆に「エネルギーを使って熱をつくる」細胞。
  • 特徴的なのはミトコンドリアがとても多いこと。このミトコンドリアが熱産生の中心となります。

■ 熱を作る仕組み(非ふるえ熱産生=non-shivering thermogenesis)

STEP 1: 寒さを感じる
  • 寒い環境にさらされると、交感神経が活性化し、ノルアドレナリンが分泌される。
STEP 2: 褐色脂肪細胞が刺激される
  • ノルアドレナリンは褐色脂肪細胞にあるβ3アドレナリン受容体に結合。
  • これにより、脂肪(中性脂肪)が脂肪酸グリセロールに分解される。
STEP 3: ミトコンドリアで熱産生開始
  • 脂肪酸がミトコンドリアに取り込まれ、エネルギー生産サイクルに入る。
  • ここで登場するのが「UCP1(Uncoupling Protein 1)」というタンパク質です。

■ UCP1の役割(最重要!)

  • 通常、ミトコンドリアではATPを作るために「プロトン(H⁺)」を膜を通して流します。
  • しかし、UCP1はこのプロトンをATP合成とは別ルートで漏れさせます
  • その結果、エネルギーがATPではなく「熱」として放出されることとなります。

褐色脂肪細胞は脂肪を燃やして → ミトコンドリアで → UCP1を使って → ATPを作らずに熱を作るという順序で熱を発生させています。

どんなが遺伝子が肥満に関わるのか

 肥満に関係する遺伝子は以下のようにたくさんあります。


■ 主な「肥満関連遺伝子」

1. FTO遺伝子(Fat mass and obesity-associated gene)
  • 最も有名な肥満関連遺伝子の1つ。
  • 変異があると食欲が増す満腹を感じにくい高カロリー食を好む傾向があります。
  • 遺伝的にリスクが高い人は、体重が2〜3kg多くなりやすいと報告されています。

2. MC4R(Melanocortin 4 Receptor)
  • 視床下部にあって、食欲の制御に関わる。
  • この遺伝子に変異があると、脳が「もう満腹だよ」と感じにくくなり、過食になりやすくなります。
  • 先天的にこの遺伝子に変異があると、小児期から重度の肥満になるケースもある。

3. LEP(レプチン)/ LEPR(レプチン受容体)
  • レプチンは脂肪細胞から分泌され、「脂肪がもう十分あるよ」という信号を脳に送るホルモン。
  • LEPまたはLEPRの遺伝子異常があると、この「満腹信号」がうまく伝わらず、際限なく食べてしまう

4. ADRB3(β3アドレナリン受容体)
  • 脂肪の燃焼(熱産生)に関与する。
  • 特定の変異(トリプトファン64→アルギニン)を持つ人は、脂肪の分解が鈍く太りやすい傾向がある。

5. PPARG(Peroxisome proliferator-activated receptor gamma)
  • 脂肪細胞の発達・分化に関係。
  • この遺伝子の機能に異常があると、脂肪の蓄積が増えやすく、インスリン抵抗性にも関与

肥満にかかわる遺伝子は明らかになりつつありますが、 肥満は、1つの遺伝子だけで決まる単純なものではなく、数十〜数百の遺伝子の組み合わせと、食生活や運動、睡眠などの環境要因が影響しあって決まる、非常に複雑な現象です。

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