この記事で分かること
- 二軸NMRとは:信号を平面上の2つの周波数軸に展開する分析手法です。1次元では重なり合うピークを分離し、原子間の結合や空間的な近接関係を「クロスピーク」として可視化できるため、複雑な分子の構造決定に不可欠です。
- クロスピークとは:クロスピークとは、2次元NMRにおいて「2つの異なる原子核が相互作用していること」を示す信号です。縦軸と横軸の周波数が交差する位置に現れ、結合を介したつながり(COSY等)や空間的な近接(NOESY等)の動かぬ証拠となります。
二軸NMR
機器分析とは、化学反応を用いる古典的な化学分析に対し、物質が持つ物理的・化学的性質を精密な機器で測定し、その物質の成分や構造を分析する方法の総称です。
高感度で迅速な分析が可能であり、微量な成分や複雑な混合物も精度高く分析できるため、現代の科学技術分野で広く利用されています。
今回は二軸NMRに関する記事となります。
二軸NMRとは何か
二軸NMR(2D NMR)は化学構造のパズルを解くための、2次元の地図のような分析手法です。
通常のNMR(1D NMR)が横軸だけに信号が並ぶ「折れ線グラフ」だとすれば、2D NMRは縦軸と横軸の両方に情報を持ち、信号が「等高線」のように表示されます。
これにより、分子の中でどの原子とどの原子が隣り合っているか、あるいは空間的に近いかといった、1次元では重なって見えない情報を解き明かすことができます。
1. なぜ2D NMRが必要なのか
1D NMR(例えば 1HNMR)では、分子が複雑になるとピークが重なり合ってしまい、どの信号がどの原子に対応するのか判別できなくなる「ピークの混雑」が起こります。
2D NMRを使うことで、信号を2次元平面に展開し、原子同士の「つながり(相関)」を可視化できます。
2. 代表的な2D NMRの種類
用途に合わせて、何と何の相関を見るかによって手法が使い分けられます。
| 手法名 | 何を調べるか(相関) | 主な目的 |
| COSY | 1Hと1H | 隣り合った水素原子(結合を2〜3本介したもの)を特定する。 |
| HSQC | 1Hと13C | どの炭素に、どの水素が直接くっついているかを特定する。 |
| HMBC | 1Hと13C | 2〜3結合離れた炭素と水素の関係を見る。骨格の構築に不可欠。 |
| NOESY | 1Hと1H | 結合は離れていても、空間的に距離が近い水素同士を特定する(立体構造の決定)。 |
3. チャートの読み方の基本
2D NMRのチャートには主に2種類のピークが現れます。
- 対角ピーク (Diagonal Peaks):対角線上に並ぶピーク。これは通常の1D NMRと同じ情報です。
- クロスビーク (Cross Peaks):対角線以外の場所に現れるピーク。これが2D NMRの真骨頂で、「縦軸の原子と横軸の原子に相関がある」ことを示しています。
COSYで炭素Aの水素と炭素Bの水素の間にクロスビークがあれば、「炭素Aと炭素Bは隣り合っている」と判断できます。
2D NMRのメリット
- 構造決定のスピードアップ: 複雑な天然物や合成化合物の構造を論理的に組み立てられます。
- 情報の分離: 1Dで重なっていたピークを切り離して解析できます。
- 立体配置の解明: 分子の「形」や「ねじれ具合」までわかります。

二軸NMR(2D NMR)とは、信号を平面上の2つの周波数軸に展開する分析手法です。1次元では重なり合うピークを分離し、原子間の結合や空間的な近接関係を「クロスピーク」として可視化できるため、複雑な分子の構造決定に不可欠です。
COSYとは何か
COSY(コリレーション・スペクトロスコピー)は、二軸NMRの中でも最も基本的かつ重要な手法で、「隣り合っている水素(1H)同士」を特定するために使われます。
COSYの主な特徴
- 相関の対象: 通常、結合を3本挟んだ(H-C-C-Hのような)関係にある水素同士に信号(クロスピーク)が現れます。
- 目的: 分子の「炭素骨格のつながり」を、水素を介して数珠つなぎに確認していくことができます。
- 表示: 正方形のチャートで、対角線以外の場所に現れるピーク(クロスピーク)が、水素同士のペアを示します。
解析のイメージ
例えば、エタノール(CH3-CH2-OH)を測ったとします。
- 横軸の CH3の位置から垂直に辿る。
- CH2 の高さにクロスピークがあれば、「この CH3 と CH2 は隣り合っている」と断定できます。
このように、パズルのピースを繋げるように構造を確定させていくのがCOSYの役割です。

COSY(Correlation Spectroscopy)は、「隣り合う水素原子(1H)同士」のつながりを調べる2次元NMR手法です。結合を3本介した水素間にクロスポッドが現れるため、分子の炭素骨格を数珠つなぎに特定する際に非常に重宝されます。
なぜクロスピークが生じるのか
クロスピークが生じる根本的な理由は、「スピン結合(J結合)」という現象を通じて、隣り合う原子核同士がエネルギーをやり取り(磁化転移)しているからです。
1次元NMRでは、この結合はピークの「枝分かれ(分裂)」として現れますが、2次元NMR(COSYなど)では、この相互作用を2つの軸の交点として描き出します。
クロスピークが生じる仕組み
- パルスの照射: 最初のラジオ波パルスで、ある原子核(HA)を励起します。
- 待ち時間(進化時間): 励起された HAが、自身の周波数で回転しながらエネルギーを保持します。
- エネルギーの移動: 次のパルスを打つことで、結合している隣の原子核(HB)へ、そのエネルギー(磁化)J結合を介して「お裾分け」されます。
- 信号の検出: 最終的に HB から出てきた信号を読み取りますが、この信号には「元々は HA のエネルギーだった」という情報が含まれています。
結果としてどう見えるか
- 縦軸: HA の周波数
- 横軸: HB の周波数この2つが交差する位置に信号が出ることで、「この2つは結合を介してつながっている!」という証拠(クロスピーク)になります。

クロスピークは、隣り合う原子核同士がJ結合(スピン結合)を介してエネルギーを分け合うことで生じます。一方の核で受け取った磁化がもう一方へ伝わるため、2つの周波数の交点に「つながりの証」として信号が現れます。
HSQCとは何か
HSQC(Heteronuclear Single Quantum Coherence)は、「直接結合している水素(1H)と炭素(13C)」のペアを特定するための手法です。
1次元の炭素NMR(13C-NMR)は感度が低く時間がかかりますが、HSQCを使えば感度の高い水素の信号を利用して効率よく炭素の情報を引き出せます。
HSQCでわかること
- どの炭素にどの水素がついているか: 例えば、メチル基(CH3)やメチレン基(-CH2)の水素と炭素の組み合わせが一目瞭然になります。
- ピークの重なりを解消: 1次元の 1HNMRでピークが重なって見分けがつかない場合でも、結合先の炭素の周波数が違えば、2次元平面上で別々のスポットとして分離できます。
解析のポイント
- 1対1の対応: 原則として、直接つながっているペアにしかクロスピークが出ません。
- 編集型HSQC: 最近の測定では、CH2(下向き)と CH や CH3(上向き)を色分けして表示するタイプが主流で、より直感的に構造を判別できます。

HSQCは、「直接結合した水素と炭素」の相関を調べる手法です。高感度な水素の信号を介して炭素の情報を得るため、どの炭素にどの水素が結合しているかを確実に特定でき、ピークの重なりも鮮明に分離できます。
HMBCとは何か
HMBC(Heteronuclear Multiple Bond Coherence)は、「2〜3結合離れた位置にある水素(1H)と炭素(13C」の相関を調べる手法です。
直接の結合(1結合)を見るHSQCに対し、HMBCは少し離れた「遠隔相関」を捉えるため、分子のバラバラなパーツを繋ぎ合わせる「接着剤」のような役割を果たします。
HMBCでわかること
- 四級炭素の特定: 水素が直接ついていない炭素(C=O や四級炭素)でも、隣の水素との相関が出るため、位置を特定できます。
- ヘテロ原子をまたぐ結合: 酸素(O)や窒素(N)を挟んで隣接する炭素と水素のつながりが見えるため、エステル結合やアミド結合の確認に不可欠です。
- 骨格の連結: HSQCやCOSYで判明した小さなユニット同士が、どう結合しているかを証明できます。
解析のポイント
- 相関の距離: 通常は2結合(2JCH)または3結合(3JCH)離れた関係にピークが出ます。
- HSQCとの併用: HSQCで「直接のペア」を除外した後、残ったHMBCのピークを見ることで、分子のネットワークを広げていきます。

HMBCは、「2〜3結合離れた水素と炭素」の相関を捉える手法です。水素が直接結合していない四級炭素(カルボニル基等)の位置特定や、ヘテロ原子を挟んだ骨格同士の連結を確認する際に、決定的な証拠となります。
NOESYとは何か
NOESY(ノエジー)は、Nuclear Overhauser Effect Spectroscopyの略で、「空間的に距離が近い(約5Å以内)水素原子(1H)同士」の相関を調べる手法です。
これまでのCOSYやHMBCが「結合(手)」を介したつながりを見ていたのに対し、NOESYは「結合は離れていても、空間でたまたま近くにいる」関係を暴き出します。
NOESYでわかること
- 立体配置(シス・トランス): 結合のつながりは同じでも、空間的な向きが違う「立体異性体」を区別できます。
- 分子の折り畳み: 巨大なタンパク質などが、どのように丸まっているか(高次構造)を推定できます。
- 相対的な距離: クロスピークの強度が強いほど、その水素同士はより近くに存在していることを示します。
解析のポイント
- NOE効果: 磁化が「空間(スピン拡散)」を通じて直接伝わる現象(核オーバーハウザー効果)を利用しています。
- 偽ピークに注意: 分子のサイズや溶媒によっては、信号が逆転したり消えたりすることがあります(その場合はROESYという手法が使われます)。

NOESYは、結合の有無に関わらず「空間的に近接(5Å以内)する水素同士」を特定する手法です。分子の立体的な形状や、結合が離れた部位同士の接近を確認できるため、複雑な天然物やタンパク質の立体構造決定に不可欠です。

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